日本が提唱する新しい輸出管理の仕組みは、さしずめ「ジャパングループ(JG)」だ――。こんな話を、かなり以前の『先端技術の輸出管理が実現なら「ジャパングループ」』で取り上げましたが、これに「続報」がありました。読売新聞によると、日本は米国とともに、基本的価値を共有する国と「現代版ココム」の創設を検討しているのだそうです。実現すれば、日本はいよいよ産業・経済面でも「近隣国重視型」から「FOIP重視型」へと変貌を遂げていくのかもしれません。
輸出管理と輸出規制はまったくの別物
2019年7月、日本政府が韓国に対する輸出管理を厳格化(あるいは適正化)を発表したことに関連し、当ウェブサイトではこれまでにずいぶん、輸出管理と輸出規制の違い、輸出管理の概要などについて議論してきたつもりです。
ごく大ざっぱにいえば、輸出管理とは、国際社会が合意して創設した、民生品の武器転用などを防ぐための仕組みのことであり、輸出規制とは、経済制裁の一環として、輸出に制限を加えることを指します。そして、両者は基本的には別の仕組みです。
韓国政府は対韓輸出管理適正化措置のことを「不当な輸出『規制』だ」などと決めつけていますが、これは輸出管理を輸出規制と混同し、誤認させるような主張であり、極めて不適切です。なぜなら、もともと「輸出管理」と「輸出規制」はまったく異なる仕組みだからです。
法律の条文としては、輸出管理が外為法第48条第1項に、輸出規制が同第3項に、それぞれ規定されています。
輸出管理(外国為替及び外国貿易法第48条第1項)
国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は、政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。
輸出規制(外国為替及び外国貿易法第48条第3項)
経済産業大臣は、前二項に定める場合のほか、特定の種類の若しくは特定の地域を仕向地とする貨物を輸出しようとする者又は特定の取引により貨物を輸出しようとする者に対し、国際収支の均衡の維持のため、外国貿易及び国民経済の健全な発展のため、我が国が締結した条約その他の国際約束を誠実に履行するため、国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、又は第十条第一項の閣議決定を実施するために必要な範囲内で、政令で定めるところにより、承認を受ける義務を課することができる。
このうち「輸出管理」の方は、基本的には日本からの輸出品についてはすべての国に対して適用される仕組みのことであり、「輸出規制」の方は、経済制裁の一環として、ごく一部の国(たとえば北朝鮮など)に対してのみ、適用される仕組みのことです。
したがって、日本が韓国に対し、これまで何らかの輸出「規制」を適用した事実はありません(ただし、個人的には、日本政府が今後、韓国に輸出「規制」を発動する可能性は皆無ではないとは思っていますが…)。
このあたりは、大変重要なので、くれぐれも混同しないようにしましょう。
輸出管理の基本的な仕組みとは?
こうしたなか、以前の『輸出管理の仕組みをまとめてみた』でも議論したのですが、輸出管理の仕組みとは、基本的には次のようなものです。
4つの国際的な輸出管理レジーム
- 「原子力供給国グループ(Nuclear Suppliers Group:NSG)」、「オーストラリア・グループ(AG:Australia Group)」、「ミサイル技術管理レジーム(MTCR: Missile Technology Control Regime)」、「ワッセナー・アレンジメント」という4つの輸出管理レジームが存在する
- 日本はこの4つのすべてに参加しているほか、日本以外にも29ヵ国がこの4つのレジームすべてに参加している
グループA~Dの4つに分ける
- 相手国を輸出管理上の優遇度合いに応じ、グループA(旧「ホワイト国」)からグループDの4階層に分ける
- グループAは「一般包括許可」という最も緩い許可が認められるが、ここに区分されるためには4つのレジームすべてに参加していることが必要。現在、グループAに区分されている相手国は26ヵ国
- 4つのレジームすべてに参加していてもグループAに区分されていない国がウクライナ、トルコ、韓国の3ヵ国
グループB以下
- グループBの場合、「一般包括許可」は認められないが、「特別一般包括許可」、「特定包括許可」などの仕組みが使える品目があるなど、グループAに続いて優遇されている
- グループDは懸念国で、現状はイラン、イラク、北朝鮮など11ヵ国が指定されている
- グループCはグループA、グループB、グループD以外の国
…。
昨日の『韓国政府高官「韓日技術協力は続けなければならない」』などでも触れましたが、最近、当ウェブサイトでは再び「輸出管理」について言及することが増えています。そうなってくると、各稿で輸出管理についていちいち説明するのは面倒です。そこで、本稿ではちょっとしたメモとして、また、最新の金融規制動向という観点で、この輸出管理の仕組みについて、著者自身が理解しているところをまとめておきたいと思います。輸出管理が今後のテーマに?現在、とある事情があって、日本から外国への技術移転や輸出管理などについて調べ... 輸出管理の仕組みをまとめてみた - 新宿会計士の政治経済評論 |
ちなみに韓国はグループAではありませんが、グループBという優遇対象国でもありますし、実際、日本から韓国に対するフッ化水素等の輸出については、現在でも継続して行われています(『輸出管理:韓国に対するフッ化水素輸出は継続している』等参照)。
最新の輸出統計で確認すると、フッ化水素等の韓国への輸出は続いていることが判明します。韓国政府の言い分だと、日本政府が2019年7月に発表した対韓輸出管理適正化措置は「不当な輸出『規制』」だったはずですが、それにしては日本製のフッ化水素等の輸出が継続しているというのは興味深い点です。輸出規制?輸出管理適正化措置?日本政府が2019年7月に発表した、韓国に対する輸出管理の厳格化(あるいは適正化)措置を巡っては、韓国側から「不当な輸出『規制』だ」、などとする反発が生じていた、という話題については、当ウェブ... 輸出管理:韓国に対するフッ化水素輸出は継続している - 新宿会計士の政治経済評論 |
余談ですが、もしも日本が韓国に対する輸出管理を再度厳格化するならば、韓国をグループBからグループCに格下げする、といった対応も考えられるかもしれません。
日米が「対中国・現代版ココムを検討」=読売
こうしたなか、読売新聞に1月10日付で、こんな記事が掲載されていました。
【独自】対中国「現代版ココム」に発展も…先端技術の輸出規制で日米が新たな枠組み検討
―――2022/01/10 05:00付 読売新聞オンラインより
読売によると、日米両政府が先端技術の輸出を「規制」する新たな枠組み作りを検討しており、「価値観を共有する欧州の有志国と連携することを視野に入れ」ていることを、「複数の関係者が明らかにした」と報じています。
これが事実であるならば、大変に興味深い動きです。
読売はまた、中国が「軍民融合」、つまり「民間の先端技術を活用して軍事力を高める戦略」を進めているとしつつ、この新たな輸出「規制」の仕組みは、先端技術の中国への輸出を食い止めることが念頭にある、などとしています。
そのうえで、「規制する具体的な対象は調整中だが、半導体製造装置や量子暗号、人工知能(AI)に関連する技術などが含まれる可能性がある」、などとしています。
ここで念のために指摘しておきますが、読売の記事では「規制」とありますが、ただしくは「輸出管理」のことでしょう。
そして、かなり以前の『先端技術の輸出管理が実現なら「ジャパングループ」』でも取り上げたとおりこうした新たな輸出管理の枠組みが報じられるのは、今回の読売の記事が初めてではありません。
以前の『輸出規制?輸出管理?「規制」について考える』でも議論しましたが、輸出管理という考え方があります。これは、世界の安全を脅かすような国・地域に戦略物資が渡ってしまうことを防ぐための仕組みであり、自由貿易の例外として認められているものですが、日曜日の日経の報道によると、日本が主導し、人工知能(AI)や量子コンピューターの技術なども輸出管理の対象に加えようとする動きがあるそうです。輸出管理の仕組み輸出管理という仕組みがあります。これは、安全保障上の観点から自由貿易に例外を設けて管理しようとす... 先端技術の輸出管理が実現なら「ジャパングループ」か - 新宿会計士の政治経済評論 |
菅義偉政権が発足した直後のタイミングで、日経も同様の内容を報じているのです。
輸出規制枠組み、米などに提案へ 先端技術で政府検討
―――2020/9/27付 日本経済新聞電子版より
(※日経の記事でも「輸出規制」と記載されてしまっているのはご愛敬、といったところでしょうか。)
当時の日経では、①AI・機械学習、②量子コンピューター、③バイオ、④「極超音速」の4分野が中心だと記載されていましたが、先日の読売の記事ではこれに半導体製造装置なども追加される可能性がある、と述べている格好です。
さしずめジャパングループ(JG)
また、当時の日経と先日の読売の記事の共通点としては、現在のワッセナー・アレンジメント等の既存の輸出管理レジームだと、参加している国が多く、対象品目の追加などの機動性に欠ける、といった問題点が指摘されており、これこそが新しい輸出管理レジームの創設につながっている、ということでもあります。
ここで、もし日本が提案した新たな輸出管理レジームが実現すれば、「日本の提案による輸出管理の仕組み」ということで、さしずめ「ジャパングループ(JG)」とでも呼ばれるのかもしれません。
そして、この「JG」に参加するのは、日本が「基本的価値を共有する」と位置付ける諸国であり、まっさきに思いつくのは、先端技術を持ち、かつ、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)にコミットする、日本や米国、豪州、カナダ、英国などの諸国でしょう。
次に、FOIPにコミットしているとは限らないにせよ、自由・民主主義国からは、フランスやドイツ、オランダなども参加することが望ましいといえます。さらには、日本政府が「基本的価値を共有している相手」と規定している台湾の扱いは気になるところです。
【参考】FOIP
(【出所】防衛白書)
いずれにせよ、ここに来て「日本と基本的価値を共有する国々」との関係が、とても大切となってきます。
そして、日本の輸出管理の仕組みも、「グループA」のさらに上位に、「JG」に参加している国ということで、「グループS」のようなものが設けられるようになるのかもしれません。
安倍晋三、菅義偉の両総理の功績は、日本の外交を「近隣国重視型」から「基本的価値重視型」に転換したことにあります。
仮に安倍、菅両政権時代からの「JG」創設構想が結実すれば、産業・経済面でも、日本は「価値を共有していない近隣国」ではなく、FOIP諸国との関係を強めるという、いわゆる「FOIPシフト」が始まるかもしれません。
また、日本と基本的価値を共有する台湾がFOIPにコミットするかどうかは微妙ですが、あくまでも個人的な印象に基づけば、半導体王国である台湾は、この「JG」に参加するインセンティブを持っているはずです。
はたしてどうなるのか、今後の展開が興味深いと思う次第です。。
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お疲れさまです。
中央日報のコメントで、「日本の外務省は韓国と仲良くなりたければ、反日教育をやめるよう以前からいうべきだった。」とあり賛成も多くございました。
私もそうおもいます。
手抜き仕事で、日本国民につけをまわしているとおもいました。
それを反省せず、このまま反日の状態で仲良くしようとする日本外務省、韓国にも腹がたちますが外務省にも腹がたちます。
韓国風に言えば、日本の外務省は反日派だとおもいました。
COCOMは元々ソ連とワルシャワ条約機構(WTO、ワトー)加盟国に対する輸出管理の枠組みとして、l1949〜1994年に存在しました。これとは別に中共向けの枠組みも1952年にできました。
その名も、China Comittee ; CHINCOM(チンコム)
すごい名前ですね(笑) ただし、1957年にCOCOMへ吸収されました。
今なら復活できるんじゃないでしょうか?名前がアレですけど(笑)
対中国向けと限定するのかどうかという点は考慮が必要でしょう。もう少し幅を持たせる、あるいは幅を広げる余地を持たせておくのであれば、こんなのもありかも。
Non-Authoritarianism Committee: 略称NACOM
かつて筋肉少女帯やたまなどが所属したレーベル名とか、某警備会社名や某消費者金融会社名などとは、くれぐれも混同されませんように。
テイルズシリーズを生み出し、今はバンダイに吸収されたゲーム会社でもありませんね(笑)
納豆を発展させて新ワルシャワ条約機構を作れば面白いかも
いつも知的好奇心を刺激する記事の配信ありがとうございます。
日本主導の下中国向けCOCOMを適切に機能させるには日本が次世代の軍事組織運営システムを理解してそれに必要なハード、ソフトウェア、ノウハウを特にAIの発展の加速を抑制させるレベルで規制させる必要がありますが、はっきり言って無理です。
規制する決まりを作る日本の官僚たちが次世代型軍事運営システムは何か適切に理解できますかね?
官僚たちを多数輩出する旧帝大に軍事学部の一つもないのに?
情報流出を止めるにはダークウェブ等も含めて検閲の上で規制が要るでしょうが日本政府に有効なシステム構築は無理と思います。
おそらく中国向けCOCOMを機能させるには日本人全ての公私問わずあらゆるモノをアメリカにリアルで提供して評価させてペナルティーをアメリカによって貨幣及び通信利用を禁止させる仕組みを作る必要があると思います。
預金口座以外にも現金すらICチップ込で使用禁止してスマホを含むあらゆるモノの使用を禁止する。
当方にはこれしか浮かばれないですね。
もちろん日本人のあらゆるモノをアメリカによって国益に使われる事を阻止はできないと思います。
何か大きな利益を産む発明を考えても特許出願時にはアメリカによって一字一句同じ出願書類がほんのちょっと前に既に提出されている(笑)。
こういう事を甘受する必要がありますね(笑)。
以上です。駄文失礼しました。
お説の軍事運営システムが何かはわかりかねますが、そこまで悲観されることはないように思えます。
マル防案件の厳しさはつとに有名ですし、既に法制面で情報保護は敷かれています。(情報漏洩の報道はある意味で適正に運用されているという証左です)
それらにより締結された軍事情報保護協定や運用する兵器は相手国からの認証でもある訳で、これは軍事学部などと無関係に達成されているところです。
AIや半導体製造装置他限定された領域を「あらゆるモノ」と同列に考えるのは少々無理がありますし、逆にいえば中国が欲しがりそうなものに網を掛けるのに大した想像力は必要ないということでもあります。
へちまはたわしのみに非ず様
当方の駄文にコメントを賜りありがとうございました。
さて軍事技術の歴史をざっと眺めて見るといくつか流れが有るのですがヒトから機械、より高所を制する技術を有する軍隊が優位性を有するというのがあります。
うわさではアメリカでは制空権を取る為の戦闘機パイロットを育成するのに無人機で模擬戦をするのですが、人間が遠隔操作する無人機側は追随するとレッドアウトやブラックアウトする機動でどんなに腕に覚えのあるパイロットにも優位に立って徹底的に狩る側として人間側を痛めつけるのだとか(笑)。
この無人機が遠隔操作でなくAIで自己判断出来るようになればより強い軍隊になります。
歩兵が人間よりも強力な機械だけで自己判断して人間よりも優秀な射撃精度で任務遂行するようになれば中国は中国史上初めて「優秀な歩兵を所有する」軍隊になりますね。
完全自律制御できるAIと軍事組織の融合。
当方が想定する次世代型軍事運営システムは上記の通りとなります。
極端な話、「数万以上の機械歩兵が日本海の海底を歩いて上陸する」中国人民解放軍に自衛隊はどう対応するべきかという事ですが、日本も軍事運営システムを世代交代させなければ対応は無理です(笑)。
こういった事をなんとかする為に中国のAI発展を特に抑える必要があると思います。
悪意のある組織による情報の日本内での収集と情報の確保ですがへちまはたわしのみに非ず様の仰る通り人間が協力する意思のもと直接関与すればそうなのですが、選択型攻撃やマルウェア等を使って悪意のある人間と無関係な第三者が情報流出させるので、実効的な対策は当方が書いた方法が妥当ではないかなと思います。
スパイ防止方法は日本の場合、かなり後手の気がします。
あくまでも当方の個人的感想ですが。
以上です。駄文失礼しました。
大丈夫、そのうちパイロットが失神しても20G機動で空戦を継続してくれる補助AIが搭載されますよ。
空中勤務者がミンチになっちゃう!
価値観を共有しない国は、それなりに心配しているニダ。
韓国経済紙「日米が輸出規制議論へ…韓国の半導体優位は一瞬で崩れる」「先端技術は日米が握る」
https://korea-economics.jp/posts/22011905/
中身は、以前から分かっている話です。
>日本が提案した新たな輸出管理レジーム
「ルールの抜け穴を率先して探すようなところ」は参加できない仕組みでお願いしたいですね。
諸 国:ルール読むようだ。
どこか:ルールよ、無用だ!
現代版COCOMの創設は、いいアイデアですね。現在の日本(アジア諸国)にとって最大のリスクは、中国が世界の覇権を握り、我々が忖度しなければなることです。クアッド、FOIP、AUKUSいろいろありますが、多方面にわたって網をかけていきましょう。韓国は当然入れないのでしょう?
セカンドCOCOMが成立するとしたら、サムスンが半導体工場を米国で完成した
時以降ですね。 南国に残された半導体工場は中共傘下に入るのはほぼ決定済だと
思います。中共が何千億円使って作った半導体工場が廃墟化したからです。
何で中共の半導体工場稼働しなかったのでしょうか? 技術者を高額で他国から
引っこ抜き、設備を整えたから稼働すると思っていました。
後、南国に残る主要輸出品目は伝統稼業(アレ)と造船だけ?
南国に残った半導体工場関連は日本を中心とした半導体関連製品・技術の提供
取止めにより多少打撃を受ける事になるでしょう。(どうせ南国は規制される側)
後は中共にある日本の工場群問題ですが、これは経営者が歴史問題を無視したから
発生する問題であり、社員をどのように退避させるか・中共人にするかだけの問題ですね。
ファーストCOCOMはソ連が崩壊したから無くなったのですが、セカンドCOCOMは
どのような感じになったら無くなるのでしょうか? 物凄く興味があります。
ソ連は無くなったがロシアとして名前が変わっただけになったからと同じように
中共は名前が中国になっても変わらず、本質はロシア・中共共に変わりません。
>20G機動で空戦を継続
したら脳に酸素が~(笑)
脳内循環ポンプが必要ですね(笑)
上記コメントは当方の駄文にりょうちん様から頂いたレスへの返答です。