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原爆投下に真剣に向き合うべきは、日本ではなく米国だ

本日は76回目の広島原爆忌であり、3日後の来週月曜日には同じく76回目の長崎原爆忌を迎えます。原爆投下が人類の汚点であることは論を待たないところでもありますし、また、人類は核の脅威から解放されなければならないこともまた、同様です。ただ、原爆投下といえば、短絡的に「日本の戦争責任論」「憲法9条死守」などと主張する人たちもいますが、当ウェブサイトとしては、その本質が「米国にとっての宿痾」だと考えているのです。

広島原爆忌

「安らかにお眠り下さい、過ちは繰り返しませぬから」

76年前の今日、すなわち1945年(昭和20年)8月6日午前8時16分に、広島市上空で原子爆弾が炸裂しました。

まずは、犠牲となられたすべての方に心からのご冥福をお祈りするとともに、後遺症に苦しむ方々へのお見舞いをお伝えしたいと思います。

ただ、毎年この日が来ると思うのですが、本来、原爆忌は犠牲者のご冥福を静かに祈るべきときなのに、どうしてもこれ自体が政治利用される嫌いがあります。政治的主張をなさるのは勝手ですが、今日と8月9日くらいは、静かに平和を願って祈りたいものです。

ところで、広島・平和記念公園に設置された石碑の碑文をご存じの方はいらっしゃるでしょうか。

石碑には、こう刻まれています。

安らかに眠って下さい/過ちは繰り返しませぬから

この、主語が曖昧な文章は、いったい何なのでしょうか?

「安らかに眠って下さい」と呼びかけている相手は原爆の犠牲者の方々でしょう。これについてはまったくそのとおりであり、異論はありません。

しかし、「過ちは繰り返しませぬから」に含まれる「過ち」とは一体何なのでしょうか。そして、「過ち」を犯したのは誰であって、「繰り返しませぬから」は、「誰が」「何を」繰り返さない、という宣言なのでしょうか。

客観的な事実関係を確認する

まずは、や広島市役所のウェブサイトなどの記述を参考にしつつ、客観的な事実関係を整理しておきましょう。

広島に投下された原爆「リトルボーイ」は「ガンバレル」(gun barrel)と呼ばれ、爆弾の内部に搭載された臨界量未満の2つのウラン塊をぶつけることで炸裂させるという、比較的シンプルな構造の爆弾でした。しかし、それでもその破壊力は抜群で、TNT火薬に換算して約16キロトン分とされます。

この濃縮ウラン型原爆は、特徴的なT字型で知られる相生橋の真上を狙って投下され、8時16分に島病院(現・島外科)の上空約600メートルで炸裂。爆心地はただちに3000~4000度の熱線と放射線にさらされ、衝撃波は爆発の約10秒後に約3.7キロメートル先まで到達するというすさまじいものでした。

この熱線と放射線、衝撃波(爆風)などにより、爆心地から半径2キロメートル地点にある木造家屋のほとんどが倒壊し、倒壊を免れた鉄筋コンクリートの建物も甚大な被害を受けています。

これに対し、3日後に長崎市に投下された原爆「ファットマン」は、「爆縮方式」(inplosion)を採用し、爆心地が市の中心地から外れていたなどの事情もあり、人的被害こそ広島より少なかったものの、TNT火薬に換算した破壊力は21キロトンにも達していました。

参考ウェブサイト

そして、当ウェブサイト的に着目する疑問点のポイントは、少なくとも次の4つです。

原爆投下を巡る4つの疑問点
  • ①なぜ、広島市の上空5~600メートル付近で炸裂させたのか。
  • ②なぜ、広島市に対しては8時15分という時間を狙って投下されたのか。
  • ③なぜ、原爆を2発も投下したのか。
  • ④なぜ、広島と長崎以外に核兵器が「実戦使用」された事例がないのか。

「都市破壊実験」としての原爆投下

このうち、①~③の3つに共通する視点として、最初に当ウェブサイトなりの見解を述べておくと、原爆投下には「近代的な都市を新型兵器で破壊する実験」という意味があったのだと思います。

もっといえば、もう事実上の戦闘能力・反撃能力を失い、あとは無条件降伏が時間の問題とされている日本に対し、さっさと「実戦版核実験」をする、ということです。

そのうえで、まずは最初の①について考えておきましょう。

一説によると、京都に原爆を投下する計画もあったものの、米陸軍長官であったヘンリー・スティムソンがトルーマンに対して宛てた書簡のなかで、文化財が多い京都への原爆投下に反対し、これによってトルーマンが京都への原爆投下をとりやめた、というものがあります。

ただ、ここで個人的な見解を申し上げるなら、そのような書簡のやりとりはあったのかもしれませんが、爆撃目標都市を決定するのに「文化財」云々はあまり関係なかったのではないかと思います。なぜなら、ポイントは、原爆を「広島市の」、「上空5~600メートル付近で」炸裂させた、という点にあるからです。

あくまでも推測ですが、京都市には木造建築物が多いとされる一方、近代都市に多いコンクリート造りなど、爆風に強い建物が多いのは広島市の方です。したがって、原爆投下が「近代都市の破壊実験」だったとすれば、広島市と京都市のどちらの方が「実験台」として相応しいかは明白でしょう。

そして、目標地点の相生橋ではなく、わざとその手前、島病院の上空5~600メートルで炸裂させたのも、「より高い破壊効果」を得るためではないでしょうか。

破壊するのは都市だけではない!投下時刻と2回投下の意味

次に、②の原爆投下時刻について、です。

もしも本気で都市の破壊だけを考えているのならば、当時ほかの都市でやっていたように、それこそ真夜中に空襲する方が効率的ではないでしょうか。

もちろん、当時の日本は灯火管制などを敷いていたため、真夜中だと目標地点が見えづらいという問題はあります。しかし、なぜ朝8時15分に投下したのかと考えていくと、「都市の破壊」以外の目的があったように思えてなりません。

というのも、当時の8時15分といえば、一般的に出勤、通学などが始まる時間帯であり、家で準備をしている人もいれば、市電で勤務先などに向かっている人も、学校の運動場の集会などで屋外にいる人もいたからであり、また、米軍は偵察行動により、市民のこうした動きを把握していた可能性があるからです。

このように考えると、原爆投下には、たんにコンクリート造りの都市を破壊するだけでなく、「人的被害」を「実験」するという目的もあったように思えてなりません。

こうした「実験」説を裏付ける疑問点が、③です。

よく米国では、「原爆を投下する目的は日本の戦意をくじくことにあった」、「原爆投下により日本の無条件降伏が早まり、戦争を早期に終結させ、結果的に多くの米兵の命を救った」、などとする説がまことしやかに唱えられていますが、この見解が正しければ、広島に1発落とせば済む話です。

しかし、実際には長崎に、わざわざ広島とは異なるタイプの原爆が投下されています。また、日本の無条件降伏は、原爆投下が決め手になったというよりはむしろ、ソ連の対日参戦が決め手になったのではないでしょうか(※ここは著者の試験であり、異論があるかもしれない点は認めます)。

ずばり、「異なるタイプの原爆を使うことで、実験データをさらに集めること」にあったのではないでしょうか。

すなわち、8月6日の広島原爆投下によって日本が無条件降伏してしまうと、むしろ米国にとっては都合が悪かったのではないか、という仮説です。

原爆と真に向き合わねばならないのは米国

なぜ広島・長崎以外で「実戦使用」されたことがないのか?

以上を踏まえたうえで、先ほど示した疑問点の④、つまり「人口密集地帯に予告なく核兵器が実戦使用された事例は、現在のところ、広島と長崎の2例に留まっている」という理由について、かなり私見も交えながら考察していきましょう。

この点、核兵器を実践使用した事例が見られない理由として、「核保有国同士が核兵器を打ち合う戦争を始めたら、世界が終わりを迎える」、といった説明を見聞きすることがあります。しかし、この説明が正しかったとしても、核保有国がそうでない国に対して核兵器を実戦使用したことがない理由になりません。

(※なお、朝鮮戦争中にマッカーサーが原爆の使用を主張した、などとする説もありますが、事実として、朝鮮戦争でも核兵器は使用されていません。)

これに関する当ウェブサイトなりの答えは、これです。

核兵器があまりにも残酷だから」。

もし広島市を訪れる機会があれば、ぜひとも訪れていただきたいのが、原爆資料館です。

資料館にはさまざまな遺物が展示され、原爆の破壊力を私たちに伝えているのですが、それだけではありません。

原爆の破壊力を深く知ることができるのです。

厚生労働省の『原爆放射線について』というページの説明によれば、原爆が放出したエネルギーのうち、50%は爆風、35%は熱線、15%は放射線だったのだそうです。そして、浴びるエネルギー量は、爆心地に近ければ近いほど大きくなります。

たとえば、資料館の『人影の石』というページによると、爆心地付近にあった当時の住友銀行広島支店の石段には、銀行の開店前に腰かけていた人の影がくっきりと残っています。原爆の強烈な熱線により、この人が腰かけていた部分を除いて、階段自体が変色しているためです。

また、熱線は爆心地から離れていても人的被害をもたらしますし、爆心地から3キロ地点においてもなお、火傷や家屋の自然発火などをもたらしたともされています。

次に、運よく熱線を逃れたとしても、原爆の爆風(衝撃波)に巻き込まれれば、それだけで人の体は吹き飛ばされるかもしれませんし、それによって大けがをしたり、命を落としたりした人も大勢いらっしゃったと考えられます。

さらに、物陰に入るなどして、熱線と爆風を逃れたとしても、後日、放射線により白血病などを発病することもありますし、実際、原爆投下後に救援のために広島市内に入った人たちが残留放射線の影響を受けたことが知られています。

写真がほとんど残っていない

こうしたなか、以前から個人的に抱いている疑問のひとつが、原爆投下直後の爆心地の様子を写した写真がほとんど残されていない、という点にあります。「皆無」ではありませんが、その数は非常に少なく、断片的です。

もちろん、救護所で被害者の様子を撮影した写真などや、原爆投下の翌日以降の写真などについては、比較的多く残されているのですが、「原爆投下直後の爆心地の様子」について撮影した写真については、ただの1枚も見た記憶がありません。

もちろん、被爆者の記憶を頼りに、さまざまな絵が残されていて、なかには相当細かいところまで再現した絵本も出版されています(興味がある方は是非、探してみてください)。

もちろん、これらの絵で見ても、原爆のお恐ろしさは伝わってきますし、「原爆は怖い」という情報を漠然と知っている人は世界にも多いとは思いますが、やはり、どこか現実感に乏しい部分はあります。

では、仮にそれらの姿が「映像で」伝わってしまえば、どうなるでしょうか?

それを知る好例が、2001年9月11日の同時多発テロでしょう。

超高層の世界貿易センタービル2棟に相次いでジェット機が突っ込み、ビルが崩落する姿が、全世界に同時中継され、全世界に中継されて大きな衝撃を与えました。

米国が日本に原爆を投下したのは、日本が無条件降伏する直前というタイミングであり、また、実際に米国を主体とする連合軍による日本占領が開始された際にも、報道統制がなされました。

しかし、1945年と比べると、写真や動画を撮影する手段は飛躍的に増えましたし、撮影した情報を全世界が共有する手段もいくらでもあります。インターネットがここまで発達した以上、全世界のどこにいても、「悲惨な姿」が共有されるからです。

たとえば、ちょうど1年前、昨年8月5日にはベイルートで倉庫に保管されていた硝酸アンモニウムが大爆発を起こしたという事故がありましたが、そのときの様子がツイッターなどのSNSで全世界的に共有されたのが、その典型例でしょう。

すなわち、どこかの国が原爆や核爆弾を実戦使用したら、その瞬間、その映像が瞬く間に全世界に流れることを覚悟しなければなりません。

つまり、当ウェブサイトの仮説に基づけば、終戦間際の情報統制が可能だった時期ならともかく、現時点において核兵器は「悲惨過ぎて使えない」のです。

もし1度でも、核が実戦使用されたら…?

ここから先は、あくまでも「仮説」という位置づけではありますが、米国にとって少し怖い話を指摘しておきましょう。

現在のところ、「現実に存在する都市に対し、核兵器による攻撃が実行された事例」は、広島と長崎、たった2つしかありません。そして、どちらも加害者は米国、被害者は日本です。

日本はどこかの国と違って、いつまでもネチネチと米国に対し「謝罪しろ、賠償しろ」と要求したりしませんので、米国もいろいろと勘違いしているフシもあるのですが、もしも米国以外の国が核兵器を実戦使用したとすれば、これが米国に跳ね返ってくる可能性があるのです。

ここでひとつ考えられるのは、「北朝鮮やイランが核兵器を密造し、それらが第三国(ないしテロ組織)に流出した場合」というシナリオです。

お叱りを覚悟で申し上げるならば、北朝鮮が核兵器を開発し、さらにそれらを運搬する手段(ミサイル)をうまく開発することに成功したとしても、それを実戦使用することは難しいといえます。

たとえば米国の同盟国である日本や韓国に対し、北朝鮮が核兵器を実戦使用したとすれば、その瞬間、米軍(あるいは国際社会)にとっては北朝鮮に軍事侵攻する名目ができます(※さすがに中国やロシアも反対できないでしょう)。

米国が本気でそれをやれば、金正恩(きん・しょうおん)ら幹部はたちまち拘束され、軍事裁判にかけられてしまうかもしれません。あるいは、イラクのサダム・アル・フセインのように、北朝鮮全土を逃げ回り、最後は無残に身柄を拘束されるという末路を辿るかもしれません。

しかし、もしも北朝鮮が小型核兵器の開発に成功し、それを「誰かに転売」したら、いったい何が生じるでしょうか。

もっといえば、アルカイーダやISILなどのテロ組織の手に渡り、それが中東のどこかで、あるいは北京やモスクワなどで、自爆テロに使用されたら、いったいどうなるか、という問題です。

1945年当時の広島、長崎の事例と異なり、現代のたいていの大都市には地下鉄網が張り巡らされていますし、高層ビルにはガラスがびっしりと使われています。

都市の中心部で原爆が炸裂でもすれば、爆風で粉々に砕け散るガラス自体が甚大な被害をもたらしかねませんし、細長い地下鉄網に爆風などが流れ込めば、二次被害、三次被害なども想定されます(※)。

(※このあたりについてご興味のある方は、平成25年度外務省委託『核兵器使用の多方面における影響に関する調査研究」』【※PDF注意】あたりを読んでみても良いかもしれません。)

この場合、テロ組織にとっては「人々に恐怖を与える」という目的が達成できるだけではありません。

原爆、あるいは核兵器の悲惨さが「映像として」全世界に共有されることになります。

そうなれば、「1945年の米国は日本に対し、いかに残虐なことをしたのか」という連想が働きます。米国が心底恐れているのは、じつはこれではないでしょうか。

ちなみにほかの核保有国(英仏中露、もしかしてインドやイスラエルも?)が核兵器を実戦使用できないのも、おそらくは同じ理由に基づいているのではないかとする仮説は成り立ちます。

広島・長崎は「米国に対する」くびき

もっといえば、「私たちアメリカ人は1945年当時、何と残虐・非道なことをしたのか」と失望する人も多数出てくるかもしれませんし、最悪の場合、多くの市民が星条旗に忠誠を誓えなくなり、アメリカ合衆国の団結が傷つくことになるかもしれません。

米国が北朝鮮やイランから核を取り上げようとしている理由も、おそらく、「自国の敵対国が核武装する」ということへの恐怖感もさることながら、テロ組織などへの核兵器の流出リスクを恐れているからだ、という側面もあるのではないでしょうか。

その意味では、原爆投下に本当の意味で真摯に向き合わなければならないのは、日本国民ではありません。

米国人です。

とりあえず、「原爆投下は戦争を早く終わらせるために必要だった」と市民に教え込むのはやめた方がよいのではないでしょうか。

もちろん、原爆に対する評価がさまざまであるということは認めても良いと思うものの、これが「正しいことだった」、などと自国民を無理やり納得させようとし続けるならば、「Xデイ」が到来したときの社会全体に与えるダメージは計り知れません。

日本こそ優先的に核武装の権利がある

さて、その一方で、日本に対しても指摘しておかねばならないことがあります。

個人的には核シェアリングなどを検討する余地くらいはあるかもしれないと思うものの、日本の核武装自体には反対ですが、ただ、「日本が世界で唯一の被爆国である」ということは、言い換えれば、「日本こそ『過ちを二度と繰り返さない』ために、抑止力として優先的に核武装する権利がある」、ということでしょう。

つまり、「世界で唯一の被爆国である」というステータスをもとに、全世界に対して「核廃絶」を要求することは重要だとは思うものの、「世界で唯一の被爆国だから日本は核武装しない」というのは、少なくともロジックとしてはおかしいのです。

おりしもコロナ禍のなかで、平和の祭典である東京五輪が開かれているタイミングでもあります。

勘違いしてはならないのですが、そもそも「平和について議論する」というのは、「戦争について議論する」というのと同義です。というのも、「どうやれば平和になるか」という設問は、「どうやれば戦争を防ぐことができるか」という設問とまったく等価だからです。

ちなみに、東京五輪を「平和の祭典」と呼ぶメディアは多いのですが、前回の東京五輪の際に、中国が参加をボイコットしたうえ、五輪期間中に核実験という暴挙に踏み切っていたという事実を覚えている人は意外と少ないようです。

東京オリンピックは晴れてる印象があるが、雨の日が意外と多く、放射能雨も降っている

―――2016/10/10 6:00付 Yahoo!ニュースより

いずれにせよ、「平和をもたらすプロセス」の研究は、「戦争が発生するプロセス」の研究とセットで考えねばなりません。

もっというならば、日本国憲法に「コロナ禁止」と書けばコロナがなくなる、というわけではないでしょうし、「犯罪禁止」と書けば犯罪がなくなる、というものでもないでしょう。疫病を予防しようと思えば、疫病が蔓延するプロセスをしっかりと研究しなければなりません。

その意味で、この夏は平和について、核について、あるいは憲法について、じっくりと考える良い機会だと思うのですが、いかがでしょうか。

新宿会計士:

View Comments (46)

  • 先日も書きましたが、過ちは繰り返しませぬから、の主語は「私たち生き残った者」です。
    日本語が如何に主語の曖昧な文章と言っても、特に「誰」と書いてなければ、私または私たちと言うのが普通です。またこの述語からは「貴方たち」でもありません。
    過ちとは何かと言えば「原爆であなたたちを死なせたこと」です。死者に対しての鎮魂の碑なのですから、死者への語りかけと考えるべきです。
    原爆を投下したのは米国ですが、それは戦争の成り行きというもので、戦争を起こした責任は日本に無いことはありません。
    米の謀略に乗せられてつい真珠湾に・・・と言ったって乗せられる方がバカなのです。経済で追い詰められて生存圏確保のために止む無く・・・と言ってもやりようはあるのです。
    米側からすれば、原爆投下は戦術的には過ちどころか正解であったので、主語が米軍であるわけがありません。
    また勝てば官軍なので、賊軍の論理が通用するほど世界が甘く無い事は、このサイトを訪れる方々なら十分お分かりの事と思います。
    だから私たち生き残った者(とその子孫)が反省すべきは、「負ける戦はしない」と言う事で、それをお誓いする文章なのです。と思っています。

    • 門外漢様

      門外漢様>私たち生き残った者(とその子孫)が反省すべきは、「負ける戦はしない」と言う事で、それをお誓いする文章なのです。

      同感です。
      そしてその反省が「争い事を謝る事で避ける」という誤った方法を用いた事が今の周辺国家との問題を「自業自得でもたらした」と思います。

      以上です。駄文失礼しました。

      • パーヨクの工作員様

        「負けない戦をする」は、石碑を建立する時点での日本人全員の
        想いでした。
        現在は、それに付け加える言葉があります。
        「1)朝鮮半島に何しても手をつけてはいけない。
        2)中国大陸に資金・技術等を与えてはいけない」
        これを現在の日本人が忘れているから、中共や朝鮮半島諸国から
        歴史を忘れた民族だとバカにされるんです。
        朝鮮半島や中共に残した莫大な財産を取り戻す事無く、
        第二次大戦が終了しただけでなく、今現在も強請られている事を
        気がつかないのですから。

        • ちょろんぼ様

          当方の駄文にコメントを賜りありがとうございました。

          ちょろんぼ様>1)朝鮮半島に何しても手をつけてはいけない。
          2)中国大陸に資金・技術等を与えてはいけない

          金言と思います。まあ、半島の人間をシャッフルしてイスラエル辺りから住人が来れば前半の金言は改定でも良いかなと思います。
          後半は全くもって同意しますが、少し世界中が気付くのが遅かったかもしれません(笑)。

          世界中を上手く騙した鄧小平はやはり中国史上でも上位の傑物と思いますね(笑)。

          以上です。駄文失礼しました。

    • 門外漢様
      >だから私たち生き残った者(とその子孫)が反省すべきは、「負ける戦はしない」と言う事で、それをお誓いする文章なのです。

      私も同感です。
      そして、過ちを繰り返さぬためにも、最低限の抑止力は必要だと思います。
      ”使う使わない” 以前の問題として「射程内に収める手段」くらいは持っておかないとですね。

      *原爆投下の犠牲となられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

  • 更新ありがとうございます。今年も6日.9日と重い日がやって来ましたね。私はあと12日の御巣鷹山も生涯、重いです。

    米国が2個も原爆を落としたのは、甚大な被害が出る事は分かっていながら、人体実験をしてみたかった。2回にしたのは、違う種類の核爆弾で、効果を見たかった。

    京都にしなかったのは、木と紙の家しか無い、軍需産業が無い、一方、東京ならもし失敗した時、日本の科学が集積しているため、即座に解体されバレてしまう。広島、長崎なら失敗しても追加絨毯爆撃すれば跡も無くなるーーーでは無いでしょうか。

    もうその時、日本は死に体でした。あんな無惨な市民巻き込む攻撃は酷すぎる、という意見が共産党や左傾の方に居ますが、日本も東南アジア、満州、ハワイ、南方島嶼で民間人を巻き添えにしてます。

    広島、長崎のあと、米国は患者を最新設備の病院を作って治療、研究しました。米国本土に渡って研究の材料にされた人も居ます。しかし、しかし、私は戦後生まれの為か、米国が酷いと言う気持ちにはなかなかなりません。

    寧ろ親や年良りが言っていたソ連人(露助)、朝鮮人、中国人の方が印象としては圧倒的に悪いです。

    • めがねのおやじ 様

      投下の目的は主として実験、同感です。
      アメリカについては酷いとは思いますが、恨む気にはなりません。
      同盟国として手を携えて未来に向かって歩んでいければと思います。

  • 当時、核抑抑止力を持っていたら原爆を落とされずに済んだはずです。
    日本が過ちとするのはアメリカに原爆を使用させたことです。
    その意味では核抑止力をアメリカに頼っていること自体が過ちを繰り返していることです。
    不戦と核保有、軍備保有は両立します。持つだけなら憲法にも違反しません、いざとなったら違憲でも使用するぞと見せかけるだけで良いのです、国が滅びれば憲法もくそもありません。

    • ほぼ同感です。

      少なくとも、保有すべきか否かの議論を放棄すべきではないでしょう。

  • 理想と現実は分けて考える必要があるな、と想います。特定の野党が、話せば分かる外交を提唱してますが、それで済むなら苦労はしない、話を聞かせるための懐刀はチラ見せさせつつ会話とかが必要だと思ってます。

  • 長崎の場合は、第一目標は小倉だったそうです。しかし、当日の小倉は靄がかかり目標を確認できなかったため第二目標の長崎に向かったのだとか。
    また、当時アメリカは工場や設備を破壊するのを第一目的としておらず、出来るだけ多くの日本人(軍人・民間人に関わらず)を殺すことを目標としていたと聞いたことがあります。理由は、設備や兵器は破壊しても直ぐに再生産できるが(当時の日本にはその余力はなくなっていましたが)、兵隊は再生産するのに少なくとも17~8年は掛かるため。そのため山に囲まれた長崎市よりより広範囲に爆風が広がる開けた地形の小倉が第一目標だったのだと思います。
    東京大空襲はじめ、日本中の都市が無差別爆撃によって原爆より更に多くの民間人が亡くなっていますが、これも兵隊を再生産する市民を殲滅する同じ目的だったと考えます。
    日本の無条件降伏が時間の問題であったとしても原爆を使ったのは、太平洋の島々、沖縄を攻略し多くの損害を出してきたアメリカ人にとって、最後は降伏するドイツ人と異なり武器・食料が尽きても戦い続けて最後は軍人・民間人含めて玉砕してしまう日本人に相当な恐怖を持っていたからだと自分なりに考えています。 通常兵器で沖縄の数十倍ある日本本土を制圧しようとすると膨大な損害を覚悟せねばなりません。アメリカはトーキョーを破壊・降伏せしめたとしても、その他の地方の抵抗が止まないもう一つのシナリオを持っていたように思います。そのためにソ連の参戦を促し、原爆を使ったのだと(史実は分かりませんが、自分なりの解釈です)

    ところで子供の頃に、日本の降伏があと少し遅れればソ連の南下が早く北海道と本州で日本はドイツと同じく二分されていたと、戦争から帰ってきた大人達によく聞かされました。朝鮮人は日本は分割を免れて何故朝鮮半島が南北に分割されたのだと非難しますが、日本が分割されていたとしても、それに関係なくソ連の南下状態から考えて朝鮮半島も分割は免れなかったと思います。別に日本の代わりに朝鮮半島が分割されたわけでもないですから、恨むなら米ソですね。

    • 匿名29号様

      同感です。
      なお京都への原爆投下を主張したのは学者のノイマン、反対したのは軍人のヘンリー・スチムソンというのが興味深いですね。

      https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79943?page=3

      ソ連と原爆開発競争をしていたので、学者として実地実験が欲しかったのかもしれません。

    • アメリカも政府や軍上層部は日本が条件付きなら降伏することはよく理解していたようです。原爆投下の論議で条件付き降伏の提案があります。

      また、ポツダム宣言の受諾も「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される」という一文があったから日本が受け入れています。
      完全な無条件であったら戦争を継続したでしょう。(軍部を抑えられないので。)

  • 「生き残った私たち」というのと同じことかもしれませんが、主語は「私たち人類」ですよね。

    反省すべき「過ち」とは、この大量虐殺そのもので、これをやってしまった「人類」による、
    「人類は愚かですが、知恵を絞って同じことが起きないようにがんばります」
    という(ある意味空虚な)決意表明だと解釈されるのが一般的だと思います。

    主語が「人類」では、広すぎて、主語が無いに等しいというのはそのとおりです。

    どうやって同じことを起こさないのかという具体性も戦略も方法論もなく、この決意を聞いて、亡くなった方々が未来に安心して「安らかに眠る」なんて、実際には到底無理だというのはそのとおりなのですが、一般に、標語とはもう、ほとんどすべて、そんなものでしょう。

    また、色々解釈できるようにわざと主語を曖昧に、「過ち」の内容も曖昧にしている、というところもあると思います。これも、ある種の効果を狙った標語によくある特徴だと思います。

    具体的実効がないから標語(掛け声だけ)なんて無駄なのか?という点については、実際、完全に無意味な標語も世の中にはいっぱいあるでしょうが、この言葉には、広島を訪れて、その悲惨さを目の当たりにした人が標語を読んで、その「主語」に自分自身も含まれることに気づき、決意を新たにする、という効果くらいはあるはずで。
    (自省させるためには、多少、何を言っているのか曖昧なほうが良いかもしれません。)

    標語とは、まあ、そんなものじゃないかという気がします。
    実効を手に入れるための、原因分析および実現方式をロジカルに検討した記事や論文などとは、性格が違うものと考えるべきかと思います。

  • 原爆投下が実験だったというのは私もそのとおりだと思います。破壊力や人体への影響を見たかったのと、ウラン型とプルトニウム型の違いも見たかったのでしょう。
    大戦後のソ連への威嚇もあったでしょう。

    >日本こそ優先的に核武装の権利がある
    これも同意します。
    原爆の被害者の方が核兵器追放の運動をしていますが、気持ちは分かります。
    しかし、チンピラ国家に囲まれている日本のその他大多数の国民の安全を蔑ろにしていると思います。
    また、気持ちは分かると書きましたが、そういう運動をするなら中国、朝鮮、ロシアにも強く言ってもらいたいところです。

    • Naga様

      原爆被害者の人達が核兵器廃絶運動を行っているのは知っておりますが
      何故か、あの人達って日本にだけ核関連侍候の研究を反対するのに、
      ソ連・中共・北朝鮮に核兵器廃絶運動をしませんよね。
      (米国には核兵器廃絶運動を行った事はある)
      そこがものすご~く不思議なんですよね。 アレってもしかして
      昔流行した「ソ連の核兵器は綺麗な核兵器で、米国の核兵器は侵略する為の
      兵器」が未だ流行しているのでえしょうか?
      注)同じ人達が日本の原発反対運動しているが、日本の近くで危険な
      ソ連・中共・南朝鮮の原発停止運動はしませんよね。
      メルトダウンしたと噂になっている中共の原発、あれどうなったのでしょうか?

  • この時期になると日本の戦争責任を問う報道が繰り返されますよね。もちろん戦略や見通しの誤りにより多大な犠牲者を出し、一時は主権を奪われすべてを失った責任は当時の為政者、それを推した国民にあると思いますが、戦争がいけなかったというのは違うと思います。帝国主義の情勢の中で列強が勢力を伸長する時代でした。その中で維新以降、日本は富国強兵に努め、その中でのぶつかり合いで日本は負けたというだけです。今の価値観で歴史を見ると見誤りますよね。
    アメリカの原爆投下、都市空襲などの無差別な攻撃というのは戦時とはいえ、ナチスのホロコーストと同様の人権に対する犯罪です。条約を締結したので、いつまでも責め立てるのは違うと思いますが、事実を忘れず噛みしめる時期だと思います。

  • 「過ちは繰り返しませぬから」の主語については、既に皆さんが意見を出されているので繰り返しません。私は、「過ち」が何かが気になります。

    子供の頃に、戦前は東大に入るよりも、陸軍士官学校、海軍兵学校に入ることの方が難しかったと聞きました。当時不思議に思ったのは、それだけ優秀な人材が、なぜ日本が破滅になる「過ち」をしてしまったのか、私には不思議でなりませんでした。大げさではなく、その後の私の戦前史に対する興味と読書は、その疑問を納得させるためでした。

    些末な議論になるのは本意ではありませんので、今の私なりの結論は細かいことは省きます。
    賀屋興宣が東京裁判で言った「軍部は突っ走るといい、政治家は困るといい、北だ南だと国内はガタガタで、おかげでろくに計画も出来ずに戦争になってしまった。それを共同謀議などとは、お恥ずかしいくらいのものだ」は、今の日本でも変わらないと思っています。
    学校教育で、「戦争はいけない」と教えるのではなく、逆説的ですが「どうしたら戦争に勝てたのか」を、生徒に研究させディベートさせたら、日本型組織と意思決定の欠陥が浮き彫りになり、「過ち」を再現しない日本につながっていくのではないかと考えています。

    • >「どうしたら戦争に勝てたのか」を、生徒に研究させディベートさせ

       深く同意します。戦争反対は結構なのですが、論理的に「戦争をした方が損だから」「どう試算しても勝ちの目がないから」という過程を経ねば、ただのお花畑の住人ができあがってしまいます。というかもうなってます。
       そうすると、短絡的に「じゃあ勝てて得するなら戦争して良いのかよ!この人でなし!!」と喚く方もいらっしゃるでしょう。そういう方こそ、戦争をすると必ず損をする機構を作り広めれば良いのです。望む平和のできあがりです。

       戦争反対論にも責任を。今の日本人の「戦争反対」はあまりにも無責任で浅慮です。

      • 小生の駄文から、実に的確に文意を汲んでいただき、有り難うございます。

        毎年7月下旬から8月中旬は、かつて戦争に加担したオールドメディアが、「戦争はいけない」を繰り返します。しかし、「なぜ戦争はいけないの?」、「日本は何のために戦争をしたの?」といった素朴な問いに答えられずに、何が戦争反対かと思います。
        今の戦争反対の軽薄さは、いつオセロが裏返るか分からない危うさを感じます。

    • あるある様
      日本が参加した第二次大戦は2つの局面があります。

      第1局面:米国との戦争は絶対避けられません。
      まず、この事実を受け止めなければなりません。

      当時の状況から推察されるもの
      1)日本は基本的に米国との戦争を避けたかった
       日本に無い物を全部持っている(人・工業力・資金)
      2)米国は中国大陸に進出したかったが、日本が邪魔をしている状況
      3)米国は欧州大陸の戦争に参加したかった
      4)ルーズベルト大統領選挙公約で戦争をしないといった
      5)米国が戦争参加するには理由が必要
      6)日本と戦争状態になれば、自動的に欧州戦争に参加できる
      7)米国が既に実施していた日本人排斥運動では、日本が米国に宣戦布告しない
      8)日本との輸出入を止め、実質宣戦布告と言えるハルノートを日本に提出する
       これで、日本が米国に戦争をしかけるだろうと期待した
       日本軍の実力は、アル・カポネ等シカゴのギャング団相当と分析
      9)日本軍のパールハーバー奇襲

      第2局面
      朝鮮は当時ロシアが南下政策をとり、日本の安全確保を図る為、朝鮮に申し入れ
      しましたが、現在もアレなように、当時もアレで、結局日本が朝鮮を手に入れて
      日本の安全を確保しようとした事です。
      中国大陸進出は、日本の人口増大による問題であり、人口が江戸時代末期の
      3,200万人程度なら起きなかった事であり、違う見方をすれば豊臣秀吉の唐入りの
      昭和版にすぎず、その為清の最後の皇帝から運営を任せられる形で満州国を建国、
      現在日本の人口が1億2千万人を数えるのは、日本国にとりもの凄く思い負担である。

      • ちょろんぼ様

        ちょろんぼ様>2)米国は中国大陸に進出したかったが、日本が邪魔をしている状況

        当方が日本が資源の安定供給の為には満州国の一部にユダヤ人を受け入れアメリカ世論を誘導能力を持つ米国ユダヤ人を味方に引き入れる事と有色人種やユダヤ人をアメリカで対等な立場を得ることを援助する事。言い換えると河豚計画と戦前版の公民権運動を日本が援助することがアメリカに禁輸措置を取らせない手段ではないかと思います。

        日英同盟や当方の対米戦争回避策は日本が大陸の欧米資産や住人の安全を「日本が欧米に代わって近場から保証する」事と思います。

        その意味合いを日露戦争で勝った日本人は忘れたのですよ。

        だから対米戦争が不可避になったのだと思います。

        以上です。駄文失礼しました。

    • あるある様

      あるある様>学校教育で、「戦争はいけない」と教えるのではなく、逆説的ですが「どうしたら戦争に勝てたのか」を、生徒に研究させディベートさせたら、日本型組織と意思決定の欠陥が浮き彫りになり、「過ち」を再現しない日本につながっていくのではないかと考えています。

      良い着眼点と思います。
      しかしながら歴史教育の授業でこのディベートをさせるなら、大東亜戦争が果たした欧米植民地主義の破綻を防ぐ、言い換えれば白人が「神の地位」に留まり有色人が「二度と白人様に歯向かわない」ようにするには日本を他の有色人への見せしめとしてどう対処すべきかを考えさせるべきなのです。

      戦争は相手がいます。相手の視点から優位な内に「政治の延長」としてどうすべきか考えさせると、白人にとっては「ポツダム宣言を受諾した日本に停戦を履行して国家存続させたのが最大の誤り」という歴史の冷酷さに気づくでしょうし、「何故現実は今の歴史のルートをたどったのか」を考える良い機会になると思います。

      なお、当方は毎年この時期に前の戦争で「勝つ方法(=必要資源入手の安定確保の達成)」を考えます。
      一番可能性がありそうなのはシンガポール占領後に占領地を総て返還し、対英蘭と講和し日英同盟復活の上で三国同盟を破棄し、第一航空艦隊他を英国支援を目的に欧州に派遣させることですが、12/8の外務省の売国行為(ソ連に国体を解体させて日本国民1億人総てをスターリンの手で粛清させることを目的とした行為)による「故意的」に「開戦通告を遅らせたこと」で「どんな策も」総て木っ端みじんになります。(英国と講和してもアメリカが受け入れず対米戦で力負けするから)

      開戦通告を遅らせることが故意でないと思う方もいるとは思いますが、「99%あれは故意です。」

      当時の駐米特命全権大使は元海軍大将です。口頭の通告と先方に取らせたメモに自署と拇印で十分「開戦通告は効力を持つ」ことを知っているはずですから(非常時に政治をとれる資格を持つ元将軍ですよ。それも大将です)「このインシデントで最も利益を得る国(ソ連)の意向でわざとやった」と断言してよいと思います。
      やっちゃったとしても平文でよいのですぐに報告すれば、開戦詔勅内で開戦通告のわびと「ハルノートでの背信行為」をぶちまけて、自国の正当性を訴える機会があったと思います。
      非常時です。自分の命を国に捧げることを誓ったもと帝国軍人の大将けいけんしゃです。
      即時に陛下に報告でしょう。

      「だから日本を敗戦させるためにわざとやったのです」

      こういう売国奴を先ず評価でもって断罪することが正しい歴史の反省と思いますが、それすらないので「正しい教育はまだまだずっと彼方」と思います。

      以上です。駄文失礼しました。

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