以前の『輸出規制?輸出管理?「規制」について考える』でも議論しましたが、輸出管理という考え方があります。これは、世界の安全を脅かすような国・地域に戦略物資が渡ってしまうことを防ぐための仕組みであり、自由貿易の例外として認められているものですが、日曜日の日経の報道によると、日本が主導し、人工知能(AI)や量子コンピューターの技術なども輸出管理の対象に加えようとする動きがあるそうです。
輸出管理の仕組み
輸出管理という仕組みがあります。これは、安全保障上の観点から自由貿易に例外を設けて管理しようとする考え方で、日本の場合、『外国為替及び外国貿易法』という法律に、輸出管理の根拠が定められています。
外国為替及び外国貿易法 第48条第1項(輸出の許可等)
国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は、政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。
条文の本分にあるとおり、「国際的な平和と安全の維持を妨げることになる」ような場合に、その品物の輸出を許可制にするというものですが、この仕組みはべつに日本だけが採用しているものではありません。先進国を中心とする共通の仕組みです。
そして、国際的にはいくつかの輸出管理レジームが設けられています。
外務省の『輸出管理レジーム』というページによると、日本が現在参加する輸出管理レジームとしては、「原子力供給国グループ(NSG)」、「ザンガー委員会(ZC)」、「オーストラリア・グループ(AG)」、「ミサイル技術管理レジーム(MTCR)」、「ワッセナー・アレンジメント(WA)」の5つがあります。
これらの5つの輸出レジームのすべてに参加している国は30ヵ国あります。
5つの輸出管理レジームのすべてに参加する国
アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、日本、韓国、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、ウクライナ、英国、米国
各輸出管理レジーム
少し長くなって恐縮ですが、それぞれのリンクと概要は次のとおりです。
原子力供給国グループ(Nuclear Suppliers Group:NSG)
1974年、カナダ製研究用原子炉から得た使用済燃料を再処理して得たプルトニウムを使用したインドの核実験を契機に創設されたもの。1978年にNSGガイドライン制定。参加国は48ヵ国。
ザンガー委員会(Zangger Committee)
1970年7月、スイスのザンガー教授の提唱により、NPT第3条2項にいう供給の規制の対象となる核物質、設備及び資材の具体的範囲について非公式な協議が開催された。1974年8月22日、参加国間の合意文書がIAEA事務局長宛に発出され、9月3日にIAEA文書(INFCIRC/209)として公表された。参加国は39ヵ国。NPT第3条2項の不明確さに端を発して発足したものであるが、NPT上の義務から自動的に生じたものではない。あくまでも、各国が自発的に参加するとの位置づけであり、NPT締約国は同委員会の参加国になることを求められるわけではない。また、同委員会の結論は輸出国としての同委員会参加国間の紳士的申し合わせであり、法的拘束力を有さない。
オーストラリア・グループ(AG:Australia Group)
1984年、イラン・イラク戦争の際に化学兵器が用いられていたことが発覚したことを契機に、化学兵器開発に用い得る化学剤の輸出管理制度を整備する必要性が強く認識されるようになった。しかし、各国の輸出管理の適用範囲や運用方法に相違があり、化学兵器開発を企てる国が規制の緩い国を抜け穴として用いる恐れがあったため、オーストラリアより、化学剤の供給能力を持つ各国が輸出管理政策の協調を図り、協力を強化することが提案され、1985年6月に第1回会合が開催された。その後生物兵器関連汎用品・技術も規制の対象とされることとなった。この枠組は、オーストラリアが議長国を務めていることから「オーストラリア・グループ(Australia Group:AG)」と呼ばれる。化学及び生物兵器開発・製造に使用し得る関連汎用品及び技術の輸出管理を通じて、化学・生物兵器の拡散を防止することを目的とし、年1回(1994年までは年2回)主にパリで総会を開催している。参加国は42ヵ国と欧州連合(EU)。
ミサイル技術管理レジーム
核兵器等の大量破壊兵器不拡散の観点から、大量破壊兵器の運搬手段となるミサイル及びその開発に寄与しうる関連汎用品・技術の輸出を規制することを目的とする。核兵器の運搬手段となるミサイル及び関連汎用品・技術を対象に1987年4月に発足し、その後1992年7月に核兵器のみならず、生物・化学兵器を含む大量破壊兵器を運搬可能なミサイル及び関連汎用品・技術も対象となった。2017年4月に創設30周年を迎えた。参加国は35ヵ国。
通常兵器及び関連汎用品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント(WA)
目的は「①通常兵器及び機微な関連汎用品・技術の移転に関する透明性の増大及びより責任ある管理を実現し、それらの過度の蓄積を防止することにより、地域及び国際社会の安全と安定に寄与する」ことと、「②グローバルなテロとの闘いの一環として、テロリスト・グループ等による通常兵器及び機微な関連汎用品・技術の取得を防止する」こと。活動内容は、参加国は42ヵ国。
つまり、日本の輸出管理の仕組みは、ワッセナー・アレンジメントを始めとする、国際的に合意された仕組みに従って行われているのです。
日本の輸出管理の仕組み
ちなみに経産省が公表する『リスト規制とキャッチオール規制の概要』という資料などによれば、リスト規制は国際的な輸出管理レジームで合意された品目の輸出に適用されるものであり、また、キャッチオール規制は上記以外のすべての品目のうち、経産相が通知するなどした品目に適用されます。
また、昨年8月以降、日本は世界中の国を「グループA」~「グループD」の4つのカテゴリーに分類しており、最も優遇される「グループA」に指定されるためには、先ほどの輸出管理の仕組みのうち、「ザンガー委員会」をのぞく4つのすべてに参加していることが必要です(図表)。
図表 日本の輸出管理上の4つのカテゴリー
グループ | 概要 | 具体的な内容 |
---|---|---|
A | 4つの国際的な輸出管理レジームに参加している国のうち、トルコ、ウクライナ、韓国を除く26ヵ国 | このカテゴリーの国に対しては一般包括許可が認められ、キャッチオール規制も適用されない |
B | 4つの国際的な輸出管理レジームのいずれかに参加している国 | 一般包括許可が適用されず、特別一般包括許可、個別許可などが適用される |
C | A、B、Dのいずれにも該当しない国 | グループBと比べ、特別一般包括許可の対象品目が少ない |
D | 懸念国11ヵ国(イラン、北朝鮮など) | 原則として、個別許可しか適用されない |
(【出所】輸出貿易管理令および経産省『リスト規制とキャッチオール規制の概要』などを参考に著者作成)
ただし、グループAに指定されている国は、4つの国際レジームに参加している30ヵ国のうち、日本を除く29ヵ国ではありません。26ヵ国です。具体的には、トルコ、ウクライナ、韓国の3ヵ国が除外されています。
いずれにせよ、日本は自由貿易を尊重しているものの、世界の平和を乱すような国に野放図な輸出を許せば、世界平和が損なわれるような事態も生じかねません。高い技術力を持つ日本ならばなおさらのことでしょう。
「ジャパングループ」誕生?
さて、こうしたなか、日本経済新聞電子版に日曜日、こんな記事が掲載されていました。
輸出規制枠組み、米などに提案へ 先端技術で政府検討
人工知能(AI)や量子コンピューターなどの先端技術が軍事転用される事態を防ぐため、日本政府が輸出規制の新たな枠組みを米国やドイツなどに提案する検討に入った。<<…続きを読む>>
―――2020/9/27付 日本経済新聞電子版より
記事タイトルに「輸出『規制』」と記載されていますが、これはおそらく輸出管理の誤記でしょう。先日の『輸出規制?輸出管理?「規制」について考える』などでも議論しましたが、輸出管理と輸出規制は別の概念です(厳密にいえば、輸出規制は根拠条文が異なります)。
ただ、その点はさておき、この日経の記事、非常に気になります。記事本文では、「民間技術を活用して国防力を強める中国を念頭に」、国際的に緊密に連携し、すばやく輸出の制限ができるようにするためのものだからです。
日経によると、「輸出『規制』(※原文ママ)」を巡っては、米国が中国のファーウェイを対象に実施するなど独自に動いているものの、「米国が単独で規制拡大を進めることで国際的に足並みがそろわない事態になっている」状況にあります。
また、日経の説明によると、日本が既存の輸出管理レジームではなく、新たなレジームの立ち上げを提案する理由は、既存のレジームは参加国が数十ヵ国に達するなどしていて、意思決定に時間がかかるからだそうです。
たしかに、米国、日本、ドイツ、英国、オランダなど、「先端技術を持つ国に限って」輸出管理の品目を議論するというのは、意思決定を迅速化するという観点からは、非常に有益な試みです。
具体的には、①AI・機械学習、②量子コンピューター、③バイオ、④「極超音速」の4分野が中心なのだそうですが、これがもし実現すれば、「日本の提案による輸出管理の仕組み」ということで、さしずめ「ジャパングループ」とでも呼ばれるのではないでしょうか。
当然、もしこの「ジャパングループ」が実現すれば、先ほどの図表でいう「グループA」~「グループD」という考え方も、変更が必要でしょう。さしずめ、「最も優遇される国・地域」は「グループS」、でしょうか。
いずれにせよ、菅義偉政権下で日本は中国に対し弱腰姿勢を取るわけでもなく、着実に輸出管理の仕組みを(日本主導で)整えていることについては、日本の有権者の1人として、素直に歓迎したいと感じる次第です。
View Comments (18)
世界の平和と秩序を保つのは「〔チカラを〕持てるものの責務」なのですから、毅然と取組んで欲しいです。
米国ではなくて日本が言い出しっぺの方が組織が立ち上がりやすいと思います。
これはなかなか日本国内を整備するのが大変なのではないか、というのが記事を読んでの感想ですが・・
> ①AI・機械学習、②量子コンピューター、③バイオ、④「極超音速」の4分野
この4分野ということで考えるのであれば、インドとイスラエルをどうするかという点が問題ですね。ソフトウェア技術という観点では、この両国は無視できませんので。
「ジャパングループ」は、良い名前ですが、少し出しゃばってる感が、ある様に思います。
日本が、自由側勢力のナンバー2で有る事の自覚を持って、リーダーシップを発揮する事は、色々な面で効果をもたらすでしょう。
先端技術であれば、21世紀の科学系ノーベル賞の受賞歴から、各国の共感が得られやすいと思います。
この記事を読んでなお「不当な報復輸出規制だ!」と思える人間はほぼいないはずですし、逆に実害がさほど無いはずの韓国政府が躍起になるのも意味不明ですね。
韓国の不都合などもし意識していたとしても「ついで」に過ぎず、制度・レジーム自体の主眼は「中国他の体裁上すらも信頼できない勢力」であるはずです。
…んー「アッチ側」認定だって理解できてるから躍起なのかな?
農民 さまへ
これはCOCOMの復活ですか。
敵味方の峻別も厳しくなりますので、アッチ側と認定されればDグル-プ入りでしょうねえ。
某韓国はフッ化水素をどこから仕入れるつもりなんでしょう?
現状の失敗は野放図な自由貿易の結果です。
自由とは、中華だけの自由です。
普通、自由には義務と責任がありますが、中華の自由は何でもありで、自分だけ良ければいいから そら成長出来ますわ。
世界の中で唯一、嘘をつき盗み片無的自由を謳歌していた中国。
具体的には、特許を勝手に使用し、資本移動は自分の所は無く、輸出入も自分の思い通りにしかさせずに自分は、外国の企業は買えるが、他国は中国の企業を買えない。
トランプ大統領は、GDP世界二位なんだから お前も責任ある行動を取れと促したが、中国はそれでは絶対に今の地位を保つ事は出来ないと知ってるので、拒否するしかないです。
そしたら、もう世界も中国に対して同じ様にするしか、道はないです。
故に、これからも米中デカップリング、否世界と中国のデカップリングが一層進んで行くと予想します。
>具体的には、①AI・機械学習、②量子コンピューター、③バイオ、④「極超音速」の4分野が中心なのだそうですが、
こういう「最先端」を締め付けるのも重要ですが、冶金や素材など(材料科学工学と総称することにします)の古典的な分野のノウハウも共産チャイナに流れないように厳格にコントロールして締め付けることが大事です。
実際、ロシアのSu-27系のコピペから力を着けてきたチャイナ製の戦闘機の性能が頭打ちになっている最大の原因はやはりロシア製のコピペからスタートしたチャイナ製の戦闘機用エンジンの性能が思うように向上しないことにあり、その向上に苦労している理由は冶金学(金属工学)という極めて古典的だがAIなどのIT系のような先端分野よりも遥かに経験的でノウハウの占める比重が大きい工学技術の習得・進歩が思ったように進まないことにあります。
最先端の性能を戦闘機に与えられるだけの軽量大推力なエンジンに必要な最先端のエンジン技術とそれを支える極めて高度な冶金技術を持つ国は、長い間、アメリカ(エンジンメーカーとしてはGEとP&W)とイギリス(RR)とロシアとの3か国だけでしたが、日本が遂にそれらにほぼ追いついてXF9-1という現在でも世界一流の性能の試作エンジンを完成させ、現在でも最強の空対空戦闘機であるF-22ラプターの心臓のF119-P&Wエンジンと同等かそれ以上の大推力かつ高推力重量比という高性能を実証する域に達しました。
J-20やJ-31等の共産チャイナ製ステルス戦闘機のエンジンの非力さという重大な悩みを抱える人民解放軍としてはIHIが持つXF9-1エンジンの技術とそれを支える日本の冶金技術が喉から手が出るほど欲しがっているのは確実です。
逆に言えば我が国の安全保障のためには絶対にそれらの技術を人民解放軍に盗ませないようにせねばなりません。
AIや量子計算技術のような最先端技術の締め付けも結構ですが、軍の高度な戦闘能力を支え国の軍事力のレベルを左右するのはそれらのような最先端の華やかな技術だけではなく古典的で地味な工学分野にも同様かそれ以上に重要な技術があり、それらも締め付けなければ頭隠して尻隠さずのような事態になりかねないということです。
迷王星 様へ
>共産チャイナに流れないように厳格にコントロールして締め付けることが大事
アッチ側の国はDグル-プに入れる。
戦略物資の対象品目を、自動車からイチゴまで、拡大する。
法律制定しなくても省令の見直しで可能だと思います。
「ロシアのエンジンは使い捨て」
から、やっと、戦闘機のライフサイクル中6回交換まで、性能が向上したそうですw
ちなみにF-16などは、故障しない限り、機体寿命が尽きるまでエンジン換装までは必要ありません。
日本の安保を理由にした輸出管理が正当な権利である、という概念を理解出来ない認めることが出来ない韓国中国がWTOを我が物顔で占めているので、それらを抜いて新しい仕組みを立ち上げることにしたんですね
新しい枠組みを根拠に日本国内の法律を更に整備していくことになると思います
更新ありがとうございます。
日本、米国、ドイツ、英国、オランダ、フランスなど、「先端技術を持つ国に限って」輸出管理の品目を議論するというのは、意思決定を迅速化するのに良い考えだと思います。
問題はどこまでの枠に絞るか。私はできるだけコンパクトにして、米国主導ではないグループを日本が先導できれば、反自由主義国らの活動縮小にに繋がると思います。
先程挙げた国プラス1~2カ国のグループ「S」で十分ではないですか。北東アジアは日本だけ、アフリカ、南米、西アジアは無しという事で。ちょっと極端?(笑)。
日本が優等生過ぎたから欧米は中国も同じようなもんだろ、と勘違いしちゃったんですね。
暮らしが豊かになれば軍国主義、領土拡張主義から脱却し、国際ルールを紳士的に守る国になるだろうと。
最近ようやく中国の本性に気付いたようです。
韓国もそうなんですが、殴ってしつけないとわからないんだと思います。
思うんですが。
先の大戦でもし勝って居たら、日本もは済的発展は遂げても国体(敢えて言えば)は変わって無かったので、「文句があるなら力で来い」体質も残ってたと思います。
決して今のような象徴天皇制になっていないでしょうし、民主主義も制約されたものになってた可能性が強いと思います。
日本が米学校の優等生になったのは、前世の記憶がぶっ飛ぶくらい殴られたから、すべてを受け入れたに過ぎません。
自陣営に引き込む為には、一度立てなくなるくらい痛めつけて、力の差を思い知らさないとダメだと思うのです。
中国にはソ連の牽制として、飴を与え過ぎました。韓国も同様です。
門外漢 様
日本の凄かったところは「国のメンツ」なんてかなぐり捨てて素直に敗けを認めたところだと思います。それで少なくはない国民の命が救われました。
メンツに何よりもこだわる中韓に同じことができるでしょうか。
しきしま 様へ
中国は言っても現実主義ですから、金に換算して話をすれば、手の平返しもあると思っています。
韓国は・・・・・・・・・霊的に生まれ変わらないとダメでしょうなあww