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日本が「バスに乗り遅れた」AIIBの現状・最新版

以前から当ウェブサイトで継続的に追いかけているテーマのひとつが、「人民元とAIIB」です。「AIIB」とは「アジア・インチキ・イカサマ銀行」のことではありません。中国が主導する「アジアインフラ投資銀行」のことです。ただ、アジアにはすでに日米が主導する国際開発銀行であるアジア開発銀行(ADB)が存在していて、しかも、AIIBには日米両国がいまだに参加していません。日米両国というパワフルなエンジンを欠いたAIIB、現状はいったいどうなっているのでしょうか。

ADB対AIIB

中国が主導する国際開発銀行といえば、「AIIB」です。正式名称は、「アジア・インチキ・イカサマ銀行」ではありません。「アジアインフラ投資銀行」(Asian Infrastructure Investment Bank)だそうです。

これに対し、アジアの国際開発銀行としては、すでに日米が主導する「アジア開発銀行」(Asian Development Bank, ADB)という組織が存在しています(ただし、本部は東京ではなく、フィリピン・マニラにあります)。

ADBとAIIBはともにアジアの国際金融支援を担う組織ということなのですが、まずは両者の違いを比べておきましょう(図表1)。

図表1 ADBとAIIBの比較
比較項目 ADB AIIB
設立年 1966年 2015年
本部所在地 フィリピン・マニラ 中国・北京
総裁(任期) 浅川雅嗣(2020年1月17日~) 金立群(設立当初から)
出資国数 68ヵ国(うち「リージョナル」は49ヵ国)(※2018年12月末時点 76ヵ国(うち「リージョナル」は44ヵ国)(※2019年12月末時点
出資金(授権資本+応募済資本) 約1480億ドル(※2018年12月末時点 約967億ドル(※2019年12月末時点
最大出資国と出資比率 日本、米国(いずれも15.6%)(※2018年12月末時点 中国(30.79%)(※2019年12月末時点
融資残高 1064億ドル(※2018年12月末時点 21億ドル(※2019年9月末時点、貸出金+債券)
累計の承認プロジェクト数 10408件(※2020年1月16日時点 62件(※2019年12月12日時点

(【出所】図表中にリンクとして表示。人名については敬称略)

AIIBの成績

出資国数ですでにADBを追い抜く!が…

AIIBは設立からわずか4年あまりにも関わらず、出資国数だけで見れば76ヵ国に達しており、先行するADB(68ヵ国)をすでに追い抜いてしまいました。しかも、AIIBのウェブサイトによると、出資予定国はさらに増えるらしく、26ヵ国が出資を予定しているのだとか。

ここで、ADBとAIIBの上位出資国をリストアップしておきましょう(図表2)。

図表2 上位出資国と出資比率
ランク ADB AIIB
日本(15.6%) 中国(30.79%)
米国(15.6%) インド(8.65%)
中国(5.8%) ロシア(6.76%)
インド(5.2%) ドイツ(4.64%)
オーストラリア(5.0%) 韓国(3.87%)
インドネシア(4.3%) 豪州(3.82%)
カナダ(2.3%) フランス(3.49%)
韓国(2.0%) インドネシア(3.47%)
ドイツ(1.8%) 英国(3.16%)
10 マレーシア(1.5%) トルコ(2.70%)

(【出所】ADB『出資者』およびAIIB『Members and Prospective Members of the Bank』より著者作成。なお、便宜上、ADBは日本を1位、米国を2位の欄に示している)

さて、このAIIB、参加国数だけではすでにADBを抜いたのですが、眺めていると、いくつかの重要な特徴があります。

まず、両者ともに「アジア」を名乗っていますが、出資国中の上位10ヵ国を眺めると、「リージョナル」(アジア太平洋地域)が7ヵ国、それ以外が3ヵ国という共通点があります(ADBは米国、カナダ、ドイツの3ヵ国が、AIIBはドイツ、フランス、英国の3ヵ国が、それぞれ「ノンリージョナル」です。)

一方、AIIBについては中国が最大出資国として事実上の「胴元」となっていますが、国際金融支援の世界において「ツートップ」を占めている重要な国である日本と米国はそろってAIIBに参加していません(※この時点で、正直、AIIBに存在意義があるのか、という気がしないではありません)。

さて、そのAIIBの出資国数と出資額について、グラフ化してみると、なかなか興味深いことがわかります(図表3)。

図表3 AIIBの参加国数と出資額、貸出金勘定

(【出所】AIIBウェブサイトより著者作成)

それは、出資国の「数」は順調に増えているものの、資本金(払込資本+授権資本)の額については2016年12月までに900億ドル台に到達してから、ほとんど増えていない、という事実です。

これは「有力な出資国」はすでに2016年中に出資してしまい、その後参加してきた国は、「支援を受ける側の国」であるという有力な証拠だといえます。

おカネを集めたら運営できる、というものではない

当たり前の話ですが、国際開発銀行は「おカネさえ集めたら自動的に運営できるようになる」、というものではありません。国際的なインフラ金融、開発金融の世界は、プロジェクトの採算性、需要予測、安全性、社会環境基準、技術の途上国への移転など、いわば「ノウハウの塊」です。

人材がいなければどんだけおカネを集めても運営は難しいといえます。

これについて、AIIBのウェブサイトから、AIIBの出資国数、プロジェクトの累計承認件数、貸出金勘定(厳密には単体貸借対照表上の「貸出金勘定+債券勘定」)の金額を一枚にまとめたものが、次の図表4です。

図表4 AIIBの出資国数、プロジェクト承認件数、貸出金勘定

(【出所】AIIBウェブサイトより著者作成)

これで見ると、出資国数の累計値は順調に増えているのですが(※このでーたについては図表3と同じです)、プロジェクトの累計の承認件数は設立から4年で60件を少し超えたくらいで、融資実績は20億ドル少々、といったところでしょう。

ただ、この図表4だけだと、AIIBの融資の状況についてはよくわかりませんので、ADBと状況を比較してみましょう。

先ほどの図表1にも示したとおり、ADBは1967年に設立されて以来、1万件を超えるプロジェクトを承認して来たのに対し、AIIBのプロジェクト承認件数は現時点で62件に過ぎません(※AIIBのトップページには「63件」と表示されていますが、数えたら62件しかありません)。

両者の差は歴然

ただし、50年を超える歴史を持つADBと、たかだか4年少々の歴史しかないAIIBを比較して、件数実績で見てADBがAIIBを上回っているのは当たり前の話であり、「件数」だけで比較するのはフェアではありません。

そこで、2枚ほど図表を追加してみます。

  • 図表5…AIIBが初めてプロジェクトを承認した2016年以降の4年間で両者を比較したもの
  • 図表6…ADB設立(1967年)からの5年間とAIIB設立(2015年)からの5年間で両者を比較したもの
図表5 2016年以降のADBとAIIBのプロジェクト承認件数
ADB AIIB
2016 359件 8件
2017 315件 15件
2018 370件 11件
2019 346件 28件

(【出所】ADBについては “PROJECTS & TENDERS” のページで年を指定して表示される “Result” をカウント、AIIBについては “Approved Projects” から手動でカウント)

図表6 設立後5年間のプロジェクト承認件数
ADB AIIB
1年目 1件 0件
2年目 17件 8件
3年目 33件 15件
4年目 51件 11件
5年目 41件 28件

(【出所】ADBについては “PROJECTS & TENDERS” のページで年を指定して表示される “Result” をカウント、AIIBについては “Approved Projects” から手動でカウント)

…。

いかがでしょうか。

ADBは設立されたのが1960年代であるにも関わらず、設立2年後からすでに年間数十件の案件をこなしていたのに対し、AIIBはようやく5年目で年間28件を達成したという状況です。

とくに図表6の場合は、1960年代と2010年代だと時代環境もまったく異なるため、こうした単純な比較が妥当なのかどうかという疑念が生じるのは当然のことではあります。

しかし、AIIBが設立された当初の報道などによれば、習近平(しゅう・きんぺい)中国国家主席の音頭により、「一帯一路構想」「シルクロード基金構想」などと並び、アジアにおけるインフラ金融の「3本柱」のひとつだったはずです。

華々しく資金を集めたわりには、プロジェクト件数、融資金額のいずれにおいても「苦戦している」というのが実情でしょう。

AIIBの今後

AIIBはカネ余りだが…

AIIBの2019年9月末時点における総資産は約226億ドルで、その資金調達源は、「払込済資本等」が200億ドル弱、債券が約26億ドルです(なお、債券については『AIIBの総裁来日と債券発行 いったい何に使うのですか?』をご参照ください)。

(※余談ですが、先ほどの図表1にはAIIBの出資金を967億ドルと記載していますが、厳密にはこの967億ドルは「授権資本」であり、「払込資本」とは異なる概念です。おそらく、現在の払込資本は授権資本の20%、ということなのでしょう。)

その一方、この226億ドルという総資産のうち、実際に貸出金・債券投資に回っている金額は約21億ドルであり(内訳は貸出金が19億ドル、債券が1.7億ドル)、これは総資産の10%弱に相当します。

残り90%は、定期預金だの現金預金だの、売買目的投資だのといった金融資産に投資されており、いわば、銀行や証券会社からは格好の「カモ」のようになっている格好ですね。というよりも、設立されてから5年も経過するのに、

  • 967億ドルの授権資本の20%しか払い込みが出来ていない
  • 総資産の10%しか本業に使っていない

という状況は、いかにAIIBに投資先がないか(=カネ余り状態になっているか)、という証拠でしょう。

ただし、AIIBがこのまま「泣かず飛ばず」の状況を続けるのかどうかは微妙です。

AIIBの財務諸表を分析すると、「本業」である貸出金等(A)への投資額は順調に増えており、総資産(B)の金額はほとんど変わっていませんが、両者の比率(A÷B)もまた順調に増えていることがわかるからです(図表7)。

図表7 AIIBの貸出金と総資産、両者の比率

(【出所】AIIBの四半期ごとの貸借対照表より著者作成)

泣かず飛ばず?それとも…

さて、少なくとも現在手に入る最新の状況から判断する限り、AIIBについては、国際開発銀行としての「本業」であるインフラ金融等への投資に関しては、ほぼ、「泣かず飛ばず」という状況だと考えて良いでしょう。

その理由は財務諸表だけからは明らかではありませんが、やはり日米というインフラ金融の両巨頭が参加していないという事情が大きいと思います。

ただし、AIIBはおもに世銀やADBの「おこぼれ」にあずかる形で、共同融資案件の実績を積み上げ続けていることもまた事実であり、その意味では、徐々にノウハウも蓄えられていることは間違いないでしょう。

AIIBがこのまま「泣かず飛ばず」を続けるのか、それともどこかで「大化け」してADBに並ぶ国際開発銀行となるのかについては、いちおうは関心を持っておく価値はありそうです。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

もっとも、当初の報道だと「AIIBは人民元を使った金融を行う予定だ」、などの情報もあったように記憶しているのですが、現実には少なくともAIIBのウェブサイト上、掲載されているプロジェクトはいずれも米ドル建てです。

というよりも、財務諸表自体がドル建てですし、払込資本も米ドル建てで表示されているため、結局、「人民元を使った国際開発銀行」という当初構想自体は最初から頓挫してしまっていた、という言い方をしても良いのかもしれません。

新宿会計士:

View Comments (18)

  • 「バスに乗り遅れた」新聞が書くと「日独伊三国同盟」の時もそうやった。事実として。

  • 更新ありがとうございます。
    突然の昭和世代ホイホイ恐縮です・・・
    雑談ネタかなぁ?

    ●バスストップ 平浩二
    https://www.youtube.com/watch?v=oF_a0SAiJzo

    これが頭に甦ってきました。
    乗客自らが乗降を拒否するってのも今なら有りなのかなぁ・・・。くだらない妄想で申し訳ないです。

  • 更新ありがとうございます。

    ADBは1966年創立、いかに日本の成長期とはいえ、よくもそれだけのカネと参加国、出資が集められたものだと、今更ながら驚きです。その20年前には戦争してスッカラカンの国がですよ。

    AIIBは最近あまり聞かないですね。後進国と中進国で参加国を嵩上げしてますし、運用実績も低い。今んところ思惑ハズレでしょう。シルクロード構想も中国からの発信を聞きません。

  • AIIBのバスに乗り遅れるなと騒いだ面々は、いま韓国との関係改善か必要だと騒いでいる面々と、オーバーラップします。工作員たと考えた方が簡単です。
    AIIBについては、人民元の国際化と合わせて、中国の重要政策です。何れもまだまだですが、領土拡大と同様、中国は諦めずに続けるでしょう。先日運用の為に、日本人をスカウトしたという報道が、見かけましたが読んでません。警戒しながら観察すべきだと思います。

  • 資金を必要とする者は、まず銀行に融資を申し込み審査が通らなければ、それ以外のところに声をかけるとしたものです。

    審査が緩いところはそれなりに利息負担が大きかったり、融資条件として組織への加盟〔出資〕が必須だったりするんですよね・・。

    AIIBは採決〔議決権の75%が必要〕の拒否権を中国が握ってる組織です。
    発足時の加盟国特典〔議決権の割増〕欲しさに加盟表明した諸国が資本払込みをためらうのも当然のことなのかもですね。
    *****

    いつの日か人民元での通貨覇権を目論む中国は、外貨準備高を切り崩したドルでの返済を促し、返済に窮した国々にこう囁くのです。

    お前の外貨準備高の半分相当を人民元でくれてやろう。
    どうじゃ、わしの仲間にならぬか・・。と。

    きっと世界は暗闇に包まれます・・。

  • 「胴元」となるには、力と信頼が必要です。
    中国にあるのは力だけなので、うまくいかないのです。信頼度は現在マイナスです。
    これから信頼を実績として積み上げれば、来世紀あたりには他国が話を聞いてくれるかもしれません。その時まで力を保つことができれば、ですが。

  • >2020/1/13 『韓国経済と中国リスク 真田幸光・鈴置高史ほか』
    http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/day/d200113_0.html

    このエントリー記事の内容で思い出しました。
    タイトルと出演者からして、当然韓国の話が中心ですが、
    中国・米国に関しても興味深い部分が多かったです。
    アメリカは中国に金融覇権を譲る気は無いという話です。

    中共のAIIB設立は、アジア圏での金融覇権を打ち立てる野心というよりは、
    いつか米国に今までの覇権挑戦国と同じ様に潰される前に、
    それから自国経済を防衛する拠点を作っておくという防衛の意図かも知れません。
    しかし米国にとっては、脅威の存在に映り、恐怖心から陰に陽に妨害に走り、
    やがて誰の目にも全面対決である事が明白になって行く。
    歴史上無数に繰り返された事がまた繰り返されて行く。

    私ならもちろん米国にBETしますし、日本政府もそうするべきだと思っています。

  • 数字つきの解説いつもありがとうございます。
    持論に有利な数字だけを抜き取るのではなく比較として有効なものを引っ張ってこられるあたりは流石。

    しかしずっとずーーっと日本さんの乗車を粘ってたバスやっと出たんですね、なんかまだ後ろを気にしてるようですが(笑)「数字は出さないが乗り遅れるぞ論者」さんたちは責任もって本件の続報をしてほしいものですが。

    …なんか「マスコミもちゃんとしろよ」てコメントしかしてない気がしてきた

  • いつも大変興味深く拝読しております。

    目次および本文で「泣かず飛ばず」とあります。正しくは「鳴かず飛ばず」ではないでしょうか。

    気になりましたので一報させていただきました。
    コメント欄への記載・返信は不要です。
    削除していただいて結構です。

    宜しく御願い致します。

  • ふと思ったのですが、AIIBの資金の残りはどこが運用しているのでしょうか?これが中国系なのであれば、残りを国内の投資に使用出来るのではと思いました。そうであるならば、国外への投資を避けるために貸し出しを渋ることもあるのではと思いました。

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