出張で疲れて戻ってきたときに見つけたものとは、玄関ポストに刺さる「ゴミ」でした。
目次
貧乏暇なしの新宿会計士
貧乏暇なしと言われますが、私も「一難去ってまた一難」となっています。
今週は年内刊行予定の企業会計の入門書が完成しましたが、息つく間もなく出張、帰京後には法人税の申告、そして顧客との面談などが続いています。
本来ならば、年末年始のタイミングでは、資料の更新や知識のインプットに努めたいところですが、どうもこの年末も、無駄に忙しい時間が続きそうです。
ところで、昔在籍していたある職場では、「忙しい」ことを自慢する人が居ましたが、本来、私はこの「忙しい」という日本語が、あまり好きではありません。なぜなら、「忙」という漢字は「心を亡くす」と書くからです。
忙しい状態が長続きしてしまえば、本当に「心を亡くす」ことになりかねません。その点を、強く自戒したいと思います。
毎日新聞によるゴミ投棄問題
毎日新聞社が新宿会計士の会社にゴミを不法投棄!
今週、出張から戻ってきて、朝出社すると、会社として利用しているマンションの玄関ポストに、明らかに違和感があるモノが突っ込まれていました。それは何と、「毎日新聞夕刊」です。
私は毎日新聞を購読していません。ときどき、当ウェブサイトで毎日新聞のバカらしい記事をツッコミとともに紹介することはありますが、その際も、基本的には無料ページのみを紹介しています。
毎日新聞社さんには大変申し訳ないのですが、私に言わせれば、毎日新聞という媒体は、カネを払って読む価値がある代物ではありません。もちろん、「読みたい」と思う人がカネを払って毎日新聞を読むことは否定しません。「読みたい」と思う人はどうぞ読んで下さい、と申し上げたいと思います。
ただ、私は「カネを払ってまで毎日新聞を読みたい」と思うことは絶対にあり得ません。そのような人間にとって、勝手に配達されている毎日新聞はゴミです。なぜならどうせ読まずに捨てるからです。
ということは、毎日新聞社(※)は、新宿会計士が経営する会社に、ゴミを不法投棄したことになります(※厳密にいえば、「毎日新聞の専売所が」、ですが…)。
毎日新聞社さんに申し上げたいのですが、ゴミの処分費用は無料ではありません。貴社にとっては値札を付けて販売している商品かもしれませんが、受け取る方からすれば、タダでも迷惑です。
毎日新聞社さん、ひとの家にゴミを勝手に投棄しないでください!
垣間見える、新聞社の苦境
ところで、今回、勝手に投函されたのは毎日新聞でしたが、新聞が勝手に投函されていたことは、1度や2度ではありません。現在の物件に移って来てからも、私の記憶では数回、「お試し」と称して、東京新聞や毎日新聞が投函されています。
こちらが望まないチラシやビラのたぐいは非常に迷惑でもありますが、そのようなチラシ類に紛れて、購読してもいない新聞が投函されるのは、さらに迷惑です。
とくに、昨日のように、出張帰りで疲れているときに、大量のチラシ類と紛れて、かさばる新聞紙が投函されていると、正直、投函した人間の首根っこを掴んでマンションの外に放り出したい気分に駆られます。
ただ、考えようによっては、こうした「試読紙」が勝手に投函される事例が増えていることは、新聞社が部数の減少に耐えられなくなりつつあるという証拠かもしれません。
というのも、新聞社のビジネスモデルは、紙に印刷した新聞を読者に届けることで、新聞購読料を読者から払ってもらうことで、成り立っているからです。それだけではありません。新聞広告、折込チラシも、新聞社や新聞販売店にとっては重要な収入です。
ということは、紙で印刷した新聞の部数が減少すれば、購読料と新聞広告収入、折込チラシ収入が同時に減少してしまうのです。これは新聞社にとって、重大な脅威です。
これに対し、ビジネスモデルの転換を図るためと称して、各社ともウェブサイトを開設し、「電子版」の提供を始めています。しかし、現実にウェブ版で採算が取れている新聞社といえば、日本国内では日本経済新聞社くらいなものでしょう。
読者の側からすれば、日本経済新聞はいちおう、経済の専門紙を名乗っているため、それなりに電子媒体でも読者がつきます(※記事のクオリティには非常に大きな疑問符が付きますが…)。しかし、それ以外の全国紙のうち、読売、朝日、産経、毎日の4紙と、中日新聞(東京だと東京新聞)については、流すニュースでは大した差別化を図ることができなくなっています。
その最大のライバルは、インターネットです。
「ヤフーニュース」などのポータルサイトが提供するニュースはもちろん、時事通信、共同通信などの国内系通信社、さらにはBloombergやロイターなどの外国の通信社が、ウェブサイトを通じて直接、ニュースを提供しているのです。
さらに、インターネット上には、日本語版を開設している外国のメディアも増えました(英語圏のメディアとしてはCNN、WSJ、BBCなど、ほかに中国の新華網や人民網、韓国の朝鮮日報や中央日報など)。
これらの多くは、一部の記事を除き、無料で閲覧可能です。
さらには、新聞だと紙面でしか情報を受け取ることができませんが、インターネットの世界では文字情報だけでなく、映像や音声でニュースを受け取ることもできます。
このように考えていくならば、新聞の「文字と写真を印刷した大きな紙を、二酸化炭素をまき散らしながら各戸に配る」というビジネスモデル自体が、時代遅れなのです。しかも、情報は印刷された直後から古くなり始めます。常に最新の情報が流れるインターネットに対し、情報の鮮度、選択肢の豊富さ、文字・映像・音声などのバリエーションにおいて、新聞が勝てるはずなどないのです。
決して紙媒体を否定するつもりはないが…
もっとも、私は紙媒体を決して否定するつもりはありません。
超満員電車の中では新聞を広げる行為自体が迷惑ですが、空いている電車内では、新聞を広げて読んでも、それほど周りに迷惑を掛けることはありません。
そして、強烈なライトで目に悪いスマートフォンと比べれば、新聞・雑誌などは、比較的、目に優しい媒体であることも事実でしょう。
また、情報には、鮮度が求められる場合(たとえば、最新のニュースなど)と、そうでない場合(たとえば、文芸評論や学術論文など)があります。実際に私は、金融や会計などを中心に、業界紙を4種類ほど定期購読しています。
さらに、金融規制や企業会計などの専門書、基準書などについては、電子媒体だけでなく、紙媒体でも参照することがあるため、「何でもかんでもインターネット化すれば良い」、というものではありません。
ただし、時代の趨勢として、今後、社会全体でいっそうのペーパーレス化が進むことは間違いありません。そのように考えていくならば、新聞という媒体自体が、時代遅れとなっていることは時代の要請から逆行していることは間違いありません。
新聞社の権威の失墜
ところで、新聞社が経営危機に瀕しつつあることについて、その大きな理由の1つが、「紙媒体が時代遅れになっていること」があることは間違いありません。
ただ、それと同時に、新聞社の経営危機には、もう1つ、重要な要素があります。それが、「新聞社の権威の失墜」です。
インターネットが普及する前であれば、新聞に書かれていることは、「社会のスタンダードな意見」でした。たとえば、朝日新聞が「開戦やむなし」だの、「1億総玉砕」だのと叫んだことで、日本国民もそれに騙され、破滅的な戦争への道を歩んだことは、私たち日本人としては苦い記憶です。
しかし、現代社会においては、インターネットが存在し、その力は日々、強くなって来ています。これと反比例するように、新聞社やテレビ局などの「オールド・メディア」が急激に力を失いつつあるのです。
もちろん、日本国民も一様ではありません。新聞やテレビからの情報を日常的に得る人もいれば、私のように、ほぼ100%の情報をインターネットから得ているような人間もいます。
こうした傾向は、男性か女性か、若者か中高年か高齢者かによっても異なりますが、一般に若い人ほどインターネットに抵抗がありません。また、「中高年や高齢者は新聞やテレビを盲信している」と信じている人もいますが、当ウェブサイトのコメント欄を見て頂いてもわかる通り、中高年・高齢層の全員が新聞・テレビを盲信しているということはありません。
インターネットから流れてくる情報の全てが正しいわけではなく、既存のマス・メディアの報道が全て間違っているわけではありません。しかし、「森友学園事件」や「加計学園『問題』捏造事件」などの影響で、マス・メディアの権威失墜がますます加速したことは事実でしょう。
朝日新聞を中心とするマス・メディア(あるいはネット・スラング風にいえば「マスゴミ」)が、あれほどまでに「加計学園『問題』」を騒ぎ立てたにも関わらず、10月22日の衆院選では自民党が圧勝(※)したことが、その何よりの証拠です。
(※余談ですが、私は衆院選で自民党はもっと勝てたはずだと考えており、「自民党が圧勝した」とされる報道には違和感を覚えています。これについては『恒例の選挙データ分析』もご参照ください。)
既得権益にしがみつくマスゴミ
電波利権はそんなに大事か!
マス・メディアの話題といえば、もう1つ、こちらも見逃せません。
電波割り当てに価格競争を=入札制度は結論持ち越し-規制改革会議(2017/11/29-20:38付 時事通信より)
行政改革の一環として、規制改革推進会議が検討を進めていた「電波オークション制度」の導入については、ひとまず見送られたようです。この「電波オークション制度」とは、特定の周波数帯の利用権を競争入札にかけるという制度ですが、時事通信はこれについて、
「業界団体の慎重意見を踏まえ、結論を持ち越した」
格好だとしています。
ただ、時事通信によれば、この電波オークション制度は経済協力開発機構(OECD)加盟35ヵ国中、日本だけが導入していないため、「一部委員が導入の必要性を指摘」したものの、業界団体からは
「放送業には公共性があり、価格競争を持ち込むのは不適切だ」「外資参入を規制できず、安全保障上の問題が生じる」(※下線は引用者による加工)
などの反対意見が相次いだため、「諸外国の課題などを引き続き検討することになった」としています。
あれだけ「森友学園」だ、「加計学園」だと虚報を垂れ流し続けたテレビ局が、恥知らずにも「公共性」と、よくいけしゃあしゃあと言えたものです。現在のテレビ局には、公平性も何も、あったものではありません。まさに「開いた口がふさがらない」とは、このことを指すのでしょう。
偏向報道と放送法第4条第1項
考えてみればわかりますが、電波利用権は一種の既得権益です。もともと電波は国民の共有財産ですが、携帯電話会社3社やテレビ局などが、この電波を独占して、事業を営んでいるのです。ということは、国民共有の財産である電波を独占させてもらえるということ自体、何らかの付加価値を生みます。
もちろん、本来、放送業には公共性があるという点については、私も否定しません。
しかし、公共性があるのであれば、テレビ局が行っている猛烈な偏向報道を、いったいどう考えれば良いのでしょうか?
放送法第4条第1項は、次のように規定します。
放送法第4条第1項
放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
では、テレビ局(つまり放送事業者)は、これらの規定を守っているのでしょうか?
「放送法遵守を求める視聴者の会」の調査によれば、明らかにテレビ局はこの規定を守っていません。すなわち、今年7月の「加計学園『問題』」を巡る国会の閉会中審査において、意見が対立している参考人の発言時間が、明らかに偏っていたのです。
同会は、参考人として招致された前川喜平・前文科省事務次官と加戸守行・前愛媛県知事、原英史・国家戦略特区WG委員の3人の発言を、在京キー局6社(NHK、日テレ、テレ朝、TBS、テレ東、フジ)が7月10日、11日の2日間でどう報じたかを調べています。
その結果、放送時間のおよそ95%が前川氏の発言に当てられており、前川氏と全く異なる証言をした加戸氏、原氏の発言の報道時間は、あわせて5%程度に過ぎませんでした。
これを放送法違反と言わずして何といえば良いのでしょうか?
絶対権力は絶対に腐敗する!
この「放送法遵守を求める視聴者の会」の主張に対し、私にとっては部分的に共感する箇所はあるものの、私の基本的なスタンスは、同会とは全く異なります。つまり、私は、テレビ局の偏向報道を正す必要はないと考えているのです。
それはなぜでしょうか?その理由は、2つあります。
1つ目の理由は、テレビ局は新聞社と並び、既得権益の塊であり、長年、「絶対権力」として日本社会に君臨して来たからです。そして、「絶対権力は絶対的に腐敗する」と言われますが、その例に漏れず、テレビ業界は今や腐敗し切っているからです。
「放送法遵守を求める視聴者の会」の主張を私の言葉で要約すれば、「テレビ局は電波の独占使用権があるがために、本来ならば放送法を守らなければならないはずだが、それを守らないのは不当だ」というものです。
しかし、腐敗し切った業界を立て直すことなど、現実的ではありません。莫大な労力がかかる割には、それによって得られる効果は限られているからです。
テクノロジー進化に期待したい!
ただ、私が「テレビ局の偏向報道を正す必要などない」と考える理由は、もう1つあります。
つまり、2つ目の理由とは、「経済合理性」にあります。
インターネットが存在しなかった時代ならまだしも、現代社会においては、私たちのような一般人が、テレビ以外の手段により、映像を含めたさまざまな情報を仕入れることができるようになっているからです(もちろんこれは、テレビだけでなく、新聞、雑誌などを含めた「オールド・メディア」全体にも同じことが言えます)。
テレビは長年の「絶対権力」にあぐらをかいてきたため、インターネットという新興メディアのことを、すこし甘く見ていたのではないでしょうか?気がついたら、インターネット上には、動画サイト、ニュース・サイトなどが多数存在しており、少し目の肥えた消費者は、テレビを見なくなり、もっぱらインターネットを楽しむようになってしまったのです。
ここから先はあくまでも私の仮説ですが、
- ステップ①「レベルの高い情報を求める人は、テレビではなくインターネットを見るようになる」
- ステップ②「テレビを見る視聴者全体が求める情報のレベルが少し下がる」
- ステップ③「テレビ番組を提供する側であるテレビ局が番組の質を下げる」
- ステップ④「現時点でテレビを見ている視聴者の中で、テレビのコンテンツに不満を持つ人が、テレビを捨ててインターネットにシフトする」
(以下、ステップ②~④の繰り返し)
という負のスパイラルが、この数年で発生していたのではないでしょうか?
そして、私のこの仮説が正しければ、テレビを見る人たちが求める情報のレベルは落ちるところにまで落ち、テレビは現代社会のオピニオン・リーダーやビジネス・エリート層からは一切支持されていない、ということになるはずです。
いや、すでにそうなっていると見るべきでしょうか。
選挙に行く人、行かない人とテレビ番組
テレビ局が新聞社と並んで、大きな社会的影響力を持っていた理由の1つは、有権者がテレビ番組を見て、どの政党に投票するかを決める傾向があったからです。
たとえば、1980年代後半には、社会党が「マドンナ・ブーム」により、国政選挙で議席数を大きく躍進させるという社会現象が発生しました。
これにはもちろん、当時の自民党は金権政治で腐敗していましたし、消費税導入により多くの国民が自民党に対して怒りを抱いたという側面もあります。しかし、私に言わせれば、まだ女性の政治家が珍しかった時代に、土井たか子が社会党委員長に就任したことで、テレビ局がもてはやし、煽ったことこそが、大きな原動力だったのです。
つまり、テレビの人気ニュースキャスターが話した内容を聞いて、人々は社会党などの野党に投票したのであり、これこそがテレビ局の権力の源泉でした。
その後、いわゆる「椿事件」から2009年8月の「政権交代選挙」までが、テレビの権力のピークだったのかもしれません。
民主党政権が成立し、日本は株価もGDPも景気も低迷し、為替は円高となり、デフレは進行し、さらには東日本大震災により、東京の夜も真っ暗になってしまったことで、有権者は「テレビの言うことを信じていてはダメだ!」と気付いたのです。
そして、テレビ局の偏向報道は未だに続いていますが、2012年以降の大型国政選挙(衆院選3回、参院選2回)では、今のところ自民党は負けなしの状況が続いています。
私は自民党が100%正しい政党だとは思いませんが、それでもテレビ局が一生懸命貶めている自民党という政党が、有権者から毎回、高い支持を受け続けていることは、れっきとした事実なのです。
ミサイル発射の当日にもりかけ!
ところで、11月29日の早朝、北朝鮮はミサイルを発射しました。
このことを踏まえたうえで、11月29日の参議院予算委員会の審議インターネット中継を見て、私はのけぞってしまいました。というのも、民進党(※誤植ではありません!)の大塚耕平参議院議員が、ミサイル発射の当日であるにも関わらず、「今日の本題」と称して、「森友・加計学園問題」を取り上げたからです(動画の0:30:16あたりから)。
大塚耕平氏といえば、参議院の最大野党である民進党の代表です。その最大野党の代表者が、「国民の安全よりも『もりかけ』の方が重要だ」と考えている、ということだけは、非常に良くわかりました。
私も当ウェブサイトを通じ、全力を挙げて、大塚代表自身を含めた民進党議員の皆様の落選を、積極的に応援していきたいと思います。
View Comments (6)
日経は採算取れているのですか
あそこのスポーツ欄はいい記事書くのでスポーツ新聞として頑張ってほしいです
電波オークションもまともに報道しているのは産経ぐらいですね
テレビを見なくなって10年ほどになりますが
それでも公共財産である電波を独占して毒電波が垂れ流されるのは困りものです
毎日拝読させていただいております。
本題と少し離れて恐縮ですが、“土井たか子”という懐かしい名前が出てきたので関連投稿させていただきます。 小職が土井たか子が党首に就任した際に、印象に残ったのは趣味パチンコということで、やたらパチンコしているシーンがテレビに映っていたことが、ある種の違和感とともに印象に残っています。 今思うと、北朝鮮―総連―社会党の闇のラインを象徴していたのだと思います。
慰安婦捏造も社会党から金がでていたようです。 そういった意味では慰安婦捏造は北起源の日本発の日韓離間プロパガンダのようです。 韓国人の反日感にマッチして大成功しています。
スクープ! 慰安婦劇女優が悔悟の証言 挺対協の背信、そして旧社会党との関係
http://seiron-sankei.com/9502
以下引用
“あれは確か1991年、衆議院議員会館の一階の応接室で尹氏と私、大杉実生氏(元政治家の秘書で東丘さんの署名活動に協力していた)と三人で、打ち合わせをしていた時のことです。いきなり土井たか子氏の秘書の女性が現れ、我々の目の前で尹氏に〝いつものです。活動費に使ってください〟と封筒に入った札束を渡したのです。5万や10万の薄っぺらいものではなく厚みがあったのでおそらく数十万から数百万単位だったと思います。尹氏はその札束を領収証を書くわけでもなく、手慣れた手つきで、スムーズにカバンにしまったのです”
慰安婦問題をめぐる北朝鮮と社会党の深い闇
http://archive.fo/Olx6I#selection-163.1-171.14
以下引用です。
“もちろん戦後補償は日韓基本条約で外交的には終わっているので、外務省はそんな「償い」は認めないが、北朝鮮はそこを金丸の政治力を使ってやろうとした。それを応援したのが、高木や朝日新聞など「戦後補償」を主張する人々だ。そしてその翌91年から、なぜか慰安婦問題が動き出し、福島みずほが朝日やNHKに金学順のネタを売り込み始める。当時、社会党の最大の資金源は朝鮮総連=北朝鮮であり、土井たか子は拉致の存在も否定していた。金丸の金庫から出てきた数億円の金塊は、北朝鮮から来たともいわれる。田辺は社会党の委員長を辞任し、北朝鮮については取材を拒否した。福島も、今に至るまで慰安婦問題には完全黙秘だ。そこにはまだ解明されていない戦後史の闇がある。“
軍事オタでどういうわけか千田夏光“従軍慰安婦”も読んでいて、
おばさんたちから挺身隊で工場が空襲にあって同級生が死んだ話を聞いていたので、突然反日新聞に挺身隊と慰安婦混同した強制連行記事は当時から、でたらめ書くんじゃないと強烈な違和感を感じたものでした。 からゆきさんの“サンダカン八番娼館”と同じく、慰安婦は兵隊ヤクザや日活ロマンポルノのネタでした。当然のように、強制連行でもない貧しさからくる悲しい身売りの話でした。当時見ることはできなかったのですは、予告編かポスターに“熱で弾が出なくなった機関銃の銃身を、叶が銃にまたがり、おしっこで冷やして敵に撃たれるというシーン”がありそれが強烈な印象でした。
従軍慰安婦
http://db.eiren.org/contents/03000000512.html
http://sasurai.biz/0007055.html
1974(昭和49年)/7/17公開 86分 カラー シネマスコープ 映倫番号:17990
配給:東映 製作:東映
己の肉体を兵隊に捧げることが″お国の為″と信じて戦地へ赴いた慰安婦たち。北支前線へ送られた慰安婦たちと兵隊の最前線での性を描いた戦記異色作。
埼玉県民 様
いつもコメントありがとうございます。
先ほどはせっかくコメントを頂いたにも関わらず、反映されなくて申し訳ありませんでした。
コメント反映を手動修正しましたのでご確認ください。
度々ご不便をおかけしていることを深くおわび申し上げます。
引き続き当ウェブサイトのご愛読ならびにお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
訂正です。
日活ロマンポルノではなく東映でした。
< 毎日の更新ありがとうございます。
< 最近は無くなりましたが、取ってない新聞がポストに入っているということ、以前はよくありました。多かったのは毎日、読売、日経、地元紙でした。間違えて入れたのかと思い、電話すると販売店は丁寧に対応してくれますが、そのあとにかかってくる販売員が「1か月無料にするから」「1年契約すると◯◯を進呈する」とか、シツコイです。あれは新聞社と販売店とはどういう関係なんでしょう。契約件数高給与(フルコミ)なのか、とにかくクドイ。でもその新聞を間違えて宅配も無くなりましたから、完全にウチは対象外の世帯になったのでしょうね。
< 放送法は公平な報道、事実を曲げて放送してはいけないなら、今のテレビは全部アウトじゃないですか。CMは大音量で煩いし。既得権社が離さないから難しいですが、テレビ、ラジオとも一度権限を国が回収して、再度公序良俗に適した枠組みに変えていかねばなりません。すぐ「報道の自由が侵された」と叫ぶでしょうが。
< 電波オークション制度がOECD加盟国で未整備が日本だけというのは、ちょっと困りもんですね。テレビ局=新聞社なんで既得権を守る団体の抵抗が強いんでしょう。私がテレビの生き残る道を考える必要はないですが、今のままならテレビは過去の遺物になります。話変わって、テレビの出始めからS40ごろまでは、報道陣が合同記者会見、インタビューしても、新聞社が第1報を流すまで、テレビラジオは先に放送してはいけない、という決まり、プレスコードがあったそうです。なんたる傲慢な新聞社の姿勢か。テレビより先にアンタラが逝くよ(笑)。
すいません。実は新聞とっていないんです。もう5年ほどになります。「新聞からは得るものがない!」などと、大仰な理由ではありません。我が家、4人家族ですが私も含め「誰も読まない」ので、それで「止めよう…」となってしまいました。(その前は一応「世界一の発行部数」家でした)
財務相は「チラシが来なくて、安いスーパー情報が途絶えた」だの、冷蔵庫に入れる「野菜を包む紙が無くなった」だの、色々と問題も生じてはいますが、ただ、情報収集媒体としての用途では「全く困っていません」です。
ウチには何と8台ものPC(除:スマホ)が跋扈しています。で、普段情報はスマホからで必要充分ですし、多少詳しく知りたければ、そこいらじゅうに放置してあるPCから取り入れれば事足ります。各部屋有線LANですが、この安普請家屋であれば、ほとんど減衰無しに無線LANで十分な速度です。
もう「紙ベース」での新聞は無理なのでは? たまに職場でタダ新聞を広げて驚きます。「広告6割、記事4割」程度でしょう。その「死に体」媒体に、まぁ、よくもこんなに広告を出すものだ、と思ってしまいます。その広告も「この物品がこんなに安い!」だの「この旅行が今ならこの価格!」だので「釣り」ますが、いまのスマホ・PC世代に何の宣伝効果があるのか?。
デジタル媒体では、同じ品物、同じ旅行商品を比較検討して「あなたにはコレが最適!」と自動選択してくれます。地方グルメでも「釣り」を避け得る「目」さえ養っておけば目的に適った美味しいものに到達できます。ありとあらゆる消費者からの選択がデジタル媒体から可能な時代になった、とつくづく思います。
逆に、それを利用した詐欺・犯罪も横行するようになりました。我がメーラーには、それこそ数百件/日の迷惑メールがフィルターに引っ掛かります。自動学習機能で次々ゴミ箱行きになっていますが、昨今、本当の本物の有名企業名での「釣りメール」が頻繁です。「あなたのログインIDを更新しました」だの「ID・PWご確認のお願い」だの、日々、巧妙化しています。皆さま、用心、用心…