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訪日外国人目標に必要なのは「人数」ではなく「質」

東京の街中でも外国人旅行客の姿を見かけることが増えてきました。多くの外国人が観光客として日本を訪れ、日本を好きになってくれるのであれば、これ以上、日本にとっても良いことはないでしょう。しかし、統計を冷静に分析してみると、日本を訪問している旅客のうち、実に7割が東アジア(中国・韓国・台湾・香港)に集中しています。そして、「最大の訪日国」である中国から日本に観光をするためには、旅行会社を通した観光ビザの取得が必要です。「訪日旅客3000万人」を目標に掲げるのは結構ですが、悪質な旅行会社を排除する仕組みが不十分であることに加え、「人数そのもの」を目標にすること自体が独り歩きしてしまうことは危険です。

順調な訪日旅行客

日本政府観光局(JNTO)が公表する統計によると、2016年8月末までに日本を訪問した外国人は1606万人に達しています。これは、8月までの数値としては過去最高です(図表1/図表2)し、このペースでいけば年間2000万人を超えることはほぼ間違いないでしょう。

図表1 8月までの8ヵ月間の累計訪日外国人数(2010年度以降)
年度 総数 中国 韓国 台湾 香港 米国 欧州 その他
2010 5,883 1,040 1,652 889 374 492 559 877
2011 3,941 653 1,128 637 223 356 338 606
2012 5,656 1,129 1,345 978 331 480 492 900
2013 6,864 838 1,780 1,463 493 531 588 1,171
2014 8,638 1,542 1,778 1,900 587 593 676 1,561
2015 12,875 3,347 2,554 2,468 992 682 820 2,012
2016 16,060 4,485 3,289 2,886 1,212 818 676 2,694

(【出所】JNTOデータより、8月までの累計訪日者数をカウント。単位:千人)

図表2 8月までの8ヵ月間の累計訪日外国人数(2003年度以降)

(【出所】JNTOデータより、8月までの累計訪日者数をカウント。単位:千人)

また、JNTOデータが出そろっている8月までの1年間で集計しなおしてみても、訪日外国人数は過去最大です(図表3/図表4)。

図表3 8月までの12か月間の累計訪日外国人数(2010年度以降)
年度 総数 中国 韓国 台湾 香港 米国 欧州 その他
2010 8,266 1,391 2,197 1,228 530 724 833 1,362
2011 6,669 1,025 1,915 1,016 357 592 633 1,131
2012 7,934 1,520 1,876 1,335 473 690 723 1,317
2013 9,566 1,134 2,477 1,951 644 767 871 1,721
2014 12,138 2,018 2,455 2,648 840 862 993 2,323
2015 17,651 4,214 3,531 3,398 1,330 981 1,192 3,004
2016 22,922 6,132 4,737 4,095 1,745 1,169 1,101 3,944

(【出所】JNTOデータより、前年度9月から当年度8月までの累計訪日者数をカウント。単位:千人)

図表4 8月までの12か月間の累計訪日外国人数(2003年度以降)

(【出所】JNTOデータより、前年度9月から当年度8月までの累計訪日者数をカウント。単位:千人)

(遠方である米国や欧州などの地域も含めて)2000万人を超える人々が、主に観光客として日本にやって来てくれるのは、本当に喜ばしい限りです。なお、欧州からの訪日旅客数が2016年度に前年割れを起こしているように見える理由は、JNTOの集計が間に合っておらず、欧州の8月の数値が「0人」となっているためです。

中国人観光客「激増」のカラクリ

ところで、年間2000万人を優に超える人々が日本にやって来てくれるのは嬉しい話ですが、その一方で、少し気になる点もあります。それは、訪日旅客のうち、「アジア4か国」(中国、韓国、台湾、香港)の訪日旅客者数が、恒常的に7割を超えている、という点です(図表5)。

図表5 訪日客に占める各国のシェア

(【出所】JNTOデータより、前年度9月から当年度8月までの累計訪日者数をカウント)

意外な話ですが、中国人(や韓国人)の訪日旅客者数は、彼らが「極右」と呼んで嫌う安倍晋三政権が成立して以降、急激に増えています。また、2015年頃までの旅客者数の増加は「アベノミクス」や日本銀行の「黒田緩和(QQE)」による円安によりある程度の説明がつくのですが、円高に転じた2016年に入っても増加傾向は止まらず、各国の旅客が堅調に増加を続けているのは不思議です。

ビザの問題

外国人は基本的に、日本に入国する前に、現地の日本大使館・日本領事館に出かけて「入国ビザ」を取得することが必要です。この「日本入国ビザ」とは、日本に入国する前に取得する、事前の入国許可証のようなものです。ただ、次の67か国・地域については、在留期間が90日までであれば、日本入国に際して入国ビザを取得する必要がありません(いわゆる「観光ビザ」、図表5)。

図表5 日本が入国ビザを免除している国・地域(2014年12月時点)
地域
アジア(9か国) インドネシア(※1)、シンガポール、タイ(※1)、マレーシア、ブルネイ(※1)、韓国、台湾、香港、マカオ
北米(2か国) 米国、カナダ
中南米(12か国) アルゼンチン、ウルグアイ、エルサルバドル、グアテマラ、コスタリカ、スリナム、チリ、ドミニカ、バハマ、バルバドス、ホンジュラス、メキシコ(※2)
大洋州(2か国) オーストラリア、ニュージーランド
中東(2か国) トルコ、イスラエル
アフリカ(3か国) チュニジア、モーリシャス、レソト
欧州(37か国) アイスランド、アイルランド(※2)、アンドラ、イタリア、エストニア、オーストリア(※2)、オランダ、キプロス、ギリシャ、クロアチア、サンマリノ、スイス(※2)、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、セルビア、チェコ、デンマーク、ドイツ(※2)、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、マケドニア(旧ユーゴ)、マルタ、モナコ、ラトビア、リトアニア、リヒテンシュタイン(※2)、ルーマニア、ルクセンブルク、英国(※2)

【出所】外務省ウェブサイト。ただし※1については15日、※2については6か月

韓国に対するビザ免除措置の事例

ビザ免除措置により、特定国からの入国者数が激増した事例があります。それが韓国です。

韓国人旅客に対する訪日観光ビザは、2006年3月から「免除措置」の恒久化が行われており、それ以降はリーマン・ショックの翌年の2009年と東日本大震災のあった2011年を除くと、年間200万人を超える韓国人が日本に入国。2015年には実に400万人を超えています。

このように考えていくと、中国人観光客が大量に日本にやってくるようになったのは、おそらく訪日ビザの緩和による影響が大きいでしょう。

中国人の訪日ビザ

中国人に対する短期訪日ビザについては、以前、「安易な入国ビザ要件緩和」という記事で触れたとおり、主なものとしては次の6種類があります(図表6)。

図表6 中国人の訪日ビザ
区分 概要 備考
一般のビザ 一次ビザ 短期商用、親族・知人訪問当の目的で90日以内の滞在を申請するもの 「一次ビザ」とは、一枚のビザで一度しか入国できないビザ
数次ビザ 大企業の管理職以上などの者の商用目的文化人、知識人等のに対するビザ。有効期間は最長5年 「数次有効ビザ」とは、期限内なら何度でも使えるビザ。2016年10月17日から「最長10年」に緩和
観光ビザ 団体観光ビザ 中国の関連法令に基づく「団体観光」の形式をとり、滞在期間は15日以内 「団体観光ビザ」の場合、添乗員なしの自由行動は認められない
個人観光ビザ 団体観光の形式をとらない「一次ビザ」(ビザ一枚につき1回士会入国できないビザ)。滞在期間は15日または30日以内 事前に旅行日程を作成して中国の旅行会社を通じてビザを申請する
沖縄県数次ビザ
東北三県数次ビザ
1回目に沖縄県や東北三県で1泊以上するなどの要件を満たした場合に発給される、何度でも日本に入国できるビザ。有効期間3年、1回の滞在期間は30日以内 1回目の訪問のみ旅行会社を通じてビザを申請すれば2回目以降は旅行会社に旅行手配を依頼する必要はない。発給対象者は十分な経済力を有する者とその家族などに限られる
相当な高所得者用数次ビザ 有効期間5年、1回の滞在期間90日以内の数次ビザ 1回目だけ旅行会社を通じてビザを申請すれば2回目以降は旅行会社に旅行手配を依頼する必要はない

(【出所】外務省ウェブサイト)

ここで、「観光ビザ」はいずれも、最初に日本に来るときのビザの申請には、必ず中国国内の旅行代理店を通す必要がある、というのがポイントです。たとえ「個人旅行」であったとしても、旅行代理店を通す必要があるのです。

悪質な旅行業者を排除しているのか?

こうした中、少し気になる報道を見かけました。

何があった!?中国人客「訪日団体ツアーにはもう参加しない」=中国報道(2016年9月12日 7時55分付 ライブドアニュースより=サーチナ配信)

リンク先の記事では、「団体ツアーによる訪日」には何かと不満が多い、ということです。しかし、中国人の観光目的での訪日には、上記で見たとおり、少なくとも1回目は必ず「中国の」旅行代理店を経由してツアーを申し込む必要があります。

年間600万人にも達する中国人の全てが、「観光客として」日本を訪れて、日本の社会・文化・人々に触れ、「感動して」帰っていくのであれば、日本にとっても非常に嬉しい話に違いありません。しかし、現実には、非常に残念なことに、「ぼったくり系の旅行ツアー」も存在するようですし、そのようなツアーに参加してしまい、強い不満を抱いてしまう人も中には存在するようです。

外務省、観光庁、JNTOなど、日本政府関係者は、「訪日旅客数をとにかく増やすこと」だけを目的にしている節がありますが、「質の低い旅行業者」を排除しなければ、中国人観光客が日本に嫌な印象を抱いて帰ってしまうことにもなりかねません。政府は「訪日観光客目標」を年間3000万人に引き上げたようですが、「人数ありき」の目標設定の前に、旅館業法の改善、旅行業者の品質の確保など、優先課題は他にもいくつもあるのではないでしょうか?

必要なのは「人数」ではなく「質」

日本では、反日デモや中国公船による尖閣周辺海域への頻繁な領海侵犯などを受けて、中国に対する印象が年々悪化しています。内閣府が公表する「外交に関する世論調査」でも、中国に「親しみを感じない」とする回答割合が8割を超えており、少なくとも日本側から中国に対する親近感が近い将来、劇的に上昇する可能性は極めて低いでしょう。

一方、逆に中国では、GDPの上では日本を逆転し、「経済大国」となったはずなのに、日本に対する「憧れ」なのか、日本は旅行先としても、相変わらず強い人気を誇っています。これは、考え様によっては悪いことではありません。年間500~600万人もの中国人が日本を訪れれば、中国国内の「中国共産党による反日プロパガンダ」を打破する底力になり得るからです。

ただ、それと同時に私は、「人数」を目標にするのには反対です。日本の役所のことですから、「どんな人でも良いからとにかく年間3000万人を日本に入国させる」ことだけを目標にすると、安易なビザの緩和措置などに頼ってしまいがちです。さらに、「従軍慰安婦問題」を筆頭に、捏造した問題で日本を糾弾し続けている韓国に対し、制裁目的で観光ビザ免除制度を廃止することを検討するうえで、「年間3000万人訪日目標」を優先する、という愚かな決断をしてしまうのは避けなければなりません。

いずれにせよ、私は「多くの国から多くの人が日本にやって来て、日本を好きになって帰っていってもらう」こと自体は、日本の国益にも深く資するものだと考えています。しかし、だからといって「人数自体」を目標にすることには大きな問題がありますし、また、観光客が特定国(特に中韓)に偏ることも警戒すべきです。その意味で、「観光客激増」の報道を、私自身は手放しで素直に喜ぶことができないのも事実なのです。

新宿会計士: