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    Categories: 金融

悪い円安の正体とは「日本政府自身が作り出した人災」

本稿は、Xと連動しての投稿です(普段より少し短めにしています)。Xでは依然として、「悪い円安」論を唱える人がいるようですので、当ウェブサイトでこれまで指摘してきた「円安が現在の日本にとって望ましい現象である理由」について、ごく簡単に触れておきたいと思います。

悪い円安論

俗に「悪い円安」論とよばれるものがあります。

当ウェブサイトでは『【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由』などを含め、これまでにずいぶんと取り上げて来たとおり、「円安イコール無条件に悪いこと」と決めつけるのは、端的にいえばトンデモ論です。

「貿易赤字国だが世界最大規模の対外純資産を抱えて経常収支は大幅な黒字」、という現在の日本の状況に照らすならば、「総合的に見て」、円安が日本に対し良い影響を与えるからです。

もちろん、「逆も真なり」であり、当ウェブサイトとしても「円安イコール無条件に良いこと」、と断言するつもりはありません。為替変動(円高や円安)が日本経済にもたらす影響は決して単純ではなく、プラス面、マイナス面が複合的にかかわって来ます。

いちおう、「いつものプロコン表」を掲載しておきましょう(図表)。

図表 円高・円安のメリット・デメリット

デメリットは事実上②しかない

このプロコン表の意味は、次の通りです。

①フロー面における輸出効果

円安でプラス効果が生じる部分だが、現在の日本は自動車などを除けば最終製品(川下製品ないしB2C製品)の輸出金額は大きくないため、現在のところ効果は限定的であるものの、下記3番目の代替効果が生じてくれば、日本経済に大きな恩恵をもたらす。

②フロー面における輸入効果

円安でマイナス効果が生じる部分で、現在の日本は原発が稼働停止しているなどの事情もあり、とくにエネルギーの輸入が多い。ただし原発再稼働や新増設を進めるなど、政府がなすべきことをきちんとやれば、解決できる部分も大きい。

③フロー面における代替効果

本来は円安でプラス効果が生じる部分であるが、現在の日本が労働力不足や電力不足に直面していることから、必ずしも十分とは言い難い。ただし、原発再稼働、雇用規制緩和、減税、自動運転導入など、やはり政府による努力でなんとかできる部分も大きい。

④ストック面における資産効果

円安で莫大な恩恵が生じる部分。すでに現在の日本経済に対し、年間40兆円前後の一次所得収支をもたらすなど、大変大きな効果を及ぼしている(が、「悪い円安」論者が決まって無視する論点でもある)。

⑤ストック面における負債効果

円安でマイナス効果が生じるはずの部分だが、現在の日本経済は海外の金融機関などからほとんど外貨建て資金調達を行っておらず、現実的にはほぼ無視して良い。

…。

わかりやすくいえば、円安のプラスの効果が①③④、マイナスの効果が②⑤ですが、そもそも日本が国を挙げて海外からほとんど外貨でおカネを借りていないという事情を踏まえると、⑤のマイナス効果は極めて限定的です。

よく「悪い円安」論者が「円安のせいで海外旅行に気軽に行けなくなった」などと円安デメリットを一生懸命に煽ったりしていますが、「円安のせいで海外旅行に気軽に行けなくなった」をデメッリトとして持ち出すならば、「円安により外国人が日本旅行をしやすくなった」というメリットにも言及しなければなりません。

(※なお、外国人が日本旅行に大挙して押しかけていることでオーバーツーリズムの問題が生じている、という点は、「経済効果」とはまった別の論点から当ウェブサイトにおいて別途問題提起している点ですが、本稿とは直接の関係がないので省略します。)

円安メリット発動を阻む2つの要因

いずれにせよ為替変動は経済に対し、良い影響と悪い影響をもたらし得るわけですが、この図表に示したフレームワークは経済学のごく基礎的な教科書でも載っているものであり、そしてこのフレームワークから逸脱して円安のデメリットを論じても意味をなしません。

そして、「悪い円安」論を煽る人たちは、得てして経済のごく一部分を切り取って、そのごく一部分をことさらに全体の問題であるかのごとく騒ぎ立てる、というわけです。

ただし、円安メリットを完全に享受するための条件が、現在の日本では欠落していることにも注意が必要です。

せっかく円安になっているのに製造拠点が日本になかなか戻ってこないのは、(著者が考える限りは)少なくとも2つの要因を挙げておく必要があります。

それが労働力不足と電力不足です。

「労働力不足」については、日本社会が急速に高齢化するなかで、働き手が不足している問題です。それによって社会のさまざまな部分で、今まで当たり前のように維持されていたサービスが維持できなくなってくる可能性があります。

悪い円安論、結局は日本政府が作り出した「人災」

「だったら外国人労働力を入れれば良いじゃないか」、と思う人もいるかもしれませんが、これはさまざまな意味で軽率な考え方です。

外国人労働者が日本に入国したら、働けなくなった場合にどうするのか、といった問題が生じますし、これらの外国人労働者は家族を引き連れて日本にやってくるかもしれません。宗教・文化の違いでさまざまなトラブルが生じるかもしれません(こうしたコストを引き受けるのは、企業ではありません。地域社会と国家です)。

このように考えたら、労働力不足に対処するためには、基本的には①自動化投資、②働くのを邪魔する要因の除去、という、少なくとも2つの対策が必要でしょう。

とりわけ「自動化投資」を阻む要因がいわゆる規制や法人税制であり、「働くのを邪魔する要因」がいわゆる「年収の壁」であり、社会保険料の加入要件です(その意味で、労働力不足解消のためのボトルネックは日本政府が作り出しているようなものです)。

さらに、電力不足に関しては、これはもう完全な人災でしょう。

東日本大震災後に発生した原発事故の影響もあってか、当時の民主党政権が超法規的に全国の原発をなかば強制的に停止させたこと、原子力規制委員会が仕事を原発の再稼働を長らく阻んでいたことなどを踏まえると、これもやはり政府が作り出した問題です。

電気代を高止まりさせている再エネ賦課金の問題も深刻です。

このように考えていくと、現在の日本経済は、円安によって潜在的に大きなメリットを享受する可能性があるものの、政府が作り出した問題によって停滞している、と総評できるのではないでしょうか。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

なお、本稿は著者自身がXに保有しているアカウント(@shinjukuacc)と連動させた企画です。

普段の当ウェブサイトの記事と比べて、かなり短めにまとめていますが、こうした「軽く読める企画」については、もし好評であれば、来年以降も増やしていこうと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (14)

  • 「悪い円安」「良い円安」は日経編集部の見出し付け係が操る「卑しい言葉」の一例です。

  • メディアが、読者(視聴者)の声を募っても、困った側の声しか届かないですからね。
    悪い為替論は、彼らが現場に出て「生の街の声」を拾っていない証左なのかもですね。

    • イエロージャーナリズムが SNS と Youtube に怒りをぶつけて来る本当の理由は、印象報道を行使して独占的な力を社会に発揮できていたという自負と成功体験から来るもの。チカラと地位を喪失しつつある現実を目の当たりにして敵意を隠さない。
      「時間を使ってもらえない」「商品に興味を持ってもらえない」「売り上げ蒸発」
      存続を危うくさせるとしてアタマに血が上っているのはコントロール議員だけではありません。外は厳冬だし海は冷たいし、彼らはサメと戦い続けるだけです。

      • 生の声を拾わない家籠ジャーナリズム、こたつ記事のことですね。

  • チャーリー・マンガー(Charles T. Mungerは、ウォーレン・バフェットの長年のビジネスパートナーであり、バークシャー・ハサウェイの副会長を務めた投資家・実業家、だそうです)という人が「借金1300兆円でも日本円が崩壊しない真の理由」というタイトルで円安にも及んでいる動画をたまたま先ほど見ました。今回の当ブログの内容と整合し、高齢情弱な私も理解できる内容と思いました。お暇がある方はどうぞ。
    https://www.youtube.com/watch?v=6TpG9P8VuDE

    • 有益な情報ありがとうございます。
      見た感想は”情報が少し古いけど非常に納得のゆくもの”です。
      また、MMTとは一線を画すものだと思います。
      特に”誠実さと勤勉さ”が肝と見ている点には大きく同意します。

      しかし最近の風潮(闇バイトに流れる若者等)は、これと正反対な流れであり”楽して儲けよう”という#滓メディア#の悪影響を受けていると思います。

      安易な外国人導入論・観光客誘致(安易な安い労働力導入、金儲け至上主義)は、社会の安定性を重視する上記の視点からも否定されるべきものと思います。

      農業、観光業、介護の分野での人手不足を克服するイノベーションへ高市政権は大胆投資することを期待します。

  • 電力の問題。
    これは結構重いです。
    停止中の発電所の再稼働の優先順位が高いのは当然ですが、現状を遥かに超える電力需要が都市部で発生する場合、遠隔地にある大電力発電所から都市部に電力を送電する送電網の電力容量が不足するでしょう。
    かつて1000KV(100万V)で計画され建造されたはずの基幹送電網は結局半分の電圧である500KVで運用されているからです。上限の送電電流を同じとして単純計算すれば、1000KV送電の4分の1の電力しか送電できません。
    詳しい事情は存じていないのですが、理由として予算や技術的問題だけではなく、「プロ市民」が絡む場合もあるのかもしれません。
    日本列島を縦断横断する基幹送電網の1000KV化が困難な場合は、大口需要事業者の存在地にそれに見合った発電設備を設ける必要があると思います。

    • 今見直したら大間違い書いてました…。
      誤:1000KV送電の4分の1の電力しか送電できません。
      正:1000KV送電の2分の1の電力しか送電できません。

      一方で、1000KV送電で500KV送電と同じ電力を送電する場合は、送電線の抵抗分による電力損失は4分の1で済みます。

      ところで高市さんの総裁選演説の際、超小型原子炉による発電について触れていたと思うのですが、これを大電力需要のある場所に配備し地産地消する事で、技術的には送電線網による律則を回避する事を狙ったものと思っています。

  • サステナで自社のサプライチェーン全体を見直す必要があり、かつフィジカルAIで製造業のDXを構築する必要がある日本の製造業企業にとって、最近の円安は、外部環境としては大きなメリットだと思います。日本に回帰して、再度、日本でフィジカルAIベースの製造業を作っていただきたいと思います。日本は解雇規制があり、終身雇用の年功序列で自社以外の知見がないのが弱点ですが、皆さん東京にいますので、ワイガヤでイノベーションできそうですね。

  • 最近、経済面や安保関連の記事を読むと、その方の出身母体が見えてくる。
    やたら、どっちもどっち論でデーターに裏打ちされていない内容だなー。
    元NHK…だった、やはり。
    染まってしまうのは怖い。

    • ”原子力規制委員会の解体”には反対です。
      原発は”ある種の原子爆弾”というスタンスに立って取り扱うべきもの。

      なので、一般的な経済合理性で進めようとする輩を止める組織としては絶対必要と思います。特に事故が起きた時の影響&損失の限定化の視点が重要。金銭的な補償では間に合わない。規制委員会の存在価値はここにある。

      一方、Zero Defectを求める反原発原理教に対する歯止めとなることも期待される。
      即ち、出鱈目さんレベルの似非科学者ではなく、原子力の専門家、放射線と材料の専門家、地震・火山の専門家、防災の専門家、対テロ、軍事の専門家等も加わり、それぞれが安全と思えるレベルの安全確保策を求める立場であることが必要。

      郷土防衛隊の組織と対ドローン、対ミサイル等、防空部隊の設置も必要かもしれない。

      東電の原発運用部隊の抜本的教育のし直しはその第一歩。

  • 「高市総理の支持率を下げてやる」のマスゴミとしては、今の円安は悪くなければ、困るのでは。
    (悪いかどうかは、人によって異なるでしょう)