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年収の壁巡り「2割」を切り捨てた自民党と国民民主党

給与所得者の2割に恩恵を及ぼさないのが「年収の壁178万円」の決着だったようです。自民党と国民民主党は18日、年収の壁を178万円に引き上げることを巡って合意したのですが、その合意文書を読むと、目を疑わざるを得ません。複雑な所得制限を維持したまま、年収665万円までの層に限定した壁の引上げを実施するらしいからです。高市総理と玉木代表が切り捨てた2割。この判断は正しいのでしょうか?

合意書

人間、本当に脱力したときは、何もやる気がなくなってしまうものなのかもしれません。

手短に述べますが、石破茂政権時代に国民民主党が提起し、自公国3党の幹事長で合意までした「年収の壁を178万円にまで引き上げる」とする点を巡って、なにやら意味不明な合意が取り交わされたようです。

自国両党の合意文書の原文は、たとえば自民党のウェブサイト等で閲覧することが可能ですが、本稿ではこれについて転記しておきます。

合意書

物価高に負けない日本経済を実現するためには、実質賃金をプラスにし手取りを増やすとともに、国内投資を促進し成長力を底上げすることで、経済の好循環を生み出す必要がある。

こうした認識の下、自由民主党及び国民民主党は、以下に合意するとともに、今回の合意を第一歩として更に協力を進めていく。

1.別紙のとおり、昨年12月の「3党合意」で合意した、いわゆる「103万円の壁」については、「178万円」まで引き上げる。これにより、納税者の約8割をカバーするように手取りを増やす。

2.所得税の人的控除のあり方について、給付付き税額控除など新たな制度の導入を念頭に、3年以内に抜本的な見直しを行う。

3.高校生の扶湊控除については、当面、これを維持する。

4.いわゆる「ハイパー償償却税制」を求める国民民主党の主張を容れ、全ての業種に対し、建物を含む広範な設備を対象とする即時償却・税額控除に加えて、繰越控除を認める大胆な設備投資減税を導入する。

5.自動車税、軽自動車税の環境性能割については、自動車ユーザーの取得時における負担を軽減、簡素化するため、これを廃止する。地方税の減収分については、安定財源を確保するための具体的な方策を検討し、それまでの間、国の責任で手当する。

6.上記4~5の実現のために必要となる令和8年度税制改正法案及び令和8年度予算について年度内の早期に成立させる。

令和7年12月18日(高市早苗・自民党総裁と玉木雄一郎・国民民主党代表の署名)

(【出所】自民党ウェブサイト『合意書』)

問題の別紙

合意書の内容は上記の通りですが、これに『別紙』がついています。

別紙

(1)物価連動(2年ごとの見直し)

①「基礎控除(本則)」(現行58万円)を、消費者物価指数(総合)に連動して4万円引き上げる。

②「給与所得控除の最低保障額」(現行65万円)を、「基礎控除(本則)」の引上げ額と同額の4万円引き上げる。

(2)「二党合意」を踏まえた対応

今後、課税最低限は生活保護基準を勘案して見直すことを基本とする。

ただし、働き控え問題に対応するとともに、物価高で足元厳しい状況にある中低所得者に配慮し、課税最低限を178万円となるよう特例的に先取りして引き上げる。

具体的には、現行「37万円」の「基礎控除(特例)」と「給与所得控除の最低保障額」を(1)と同様にそれぞれ5万円引き上げる。併せて現行「37万円」の「基礎雄除(特例)」の対象を現行「年収200万円まで」から「年収475万円まで」に拡大する。さらに、年収475万円から665万円までを対象とする現行「10万円」の「基礎控除(特例)」を32万円引き上げる。

(今後、生活保護基準が178万円に違するまでは、課税最低限178万円を維持し、(1)の物価運動による引き上げに応じて、同額を特例措置からそれぞれ振り替えていく。)

※(2)の引上げは、物価高で厳しい状況にある中低所得者に配慮したものであることや、給付付き税額控除の議論の中で中低所得者層の給付・負担のあり方を検討していくことを踏まえ、令和7年度改正において時限措置とされた「基礎控除(特例)」を含め、令和8年・9年の時限措置として講ずる。

(3)これらにより、全納税者の「所得税の負担開始水準」(=基礎控除+給与所得控除)は178万円以上となる。

(【出所】自民党ウェブサイト『合意書』)

そもそもなぜ基礎控除に所得制限があるのか

これらについてはコピー禁止措置が施されたPDFから無理やり文字起こししたため、若干の誤植(それも妙な誤植など)が混じっている可能性がある点についてはご了承ください(なぜコピー禁止措置を施しているのか理解に苦しみますが…)。

端的にいえば、これは大変に複雑な改定です。

そもそも『基礎控除「4枚の壁」案に専門家も批判…維新は迷走か』でも報告したとおり、石破茂前首相の時代に行われた改定で、基礎控除は合計所得金額に応じて数多くの種類の壁が新たに設けられたことを思い出しておきましょう(図表1)。

図表1 基礎控除
合計所得金額 令和7・8年 令和9年~
~132万円 95万円 95万円
~336万円 88万円 58万円
~489万円 68万円 58万円
~655万円 63万円 58万円
~2350万円 58万円 58万円
~2400万円 48万円 48万円
~2450万円 32万円 32万円
~2500万円 16万円 16万円
2500万円超 0円 0円

(【出所】国税庁タックスアンサー『No.1199 基礎控除』を参考に作成)

余談ですが、基礎控除は貧乏人であれカネ持ちであれ生活に最低限必要な金額には税金をかけないという基本思想に基づき設計されているものであるはずですが(学説的には日本国憲法の生存権とのかかわりを指摘するものもあります)、なぜここに複雑な所得制限が設けられるのでしょうか?

一部メディアによると、宮沢洋一・前税調会長は「税は理屈だ」という名(迷?)言を放ったとも伝えられていますが、これのいったいどこが「理屈」なのか、理解に苦しむところです。

複雑な制度の骨格を維持したまま…

それはともかく、この基礎控除がどうなるかについて、文書を読みながら一部想像ベースで書いたものが、次の図表2です。

図表2 基礎控除(今回の合意)
合計所得金額 令和8・9年 令和10年~
~132万円 104万円 104万円
~336万円 104万円 62万円?
~489万円 104万円 62万円?
~655万円 67万円? 62万円?
~2350万円 62万円? 62万円?
~2400万円 不明 不明
~2450万円 不明 不明
~2500万円 不明 不明
2500万円超 0円 0円

(【注記】自民党文書等を参考に作成。ただし一部自民党文書の記載が不明瞭な部分があるため、正確なものであるかどうかは不明)

…。

やっぱり、よくわかりません。

それに、自民党広報のXのポストには、こんな文言も出てきます。

給与所得の全納税者の約8割を対象に基礎控除の上乗せ措置を講じることで、全ての納税者の方々にとって所得税の負担が生じ始める水準が178万円以上となるということと同時に、多くの納税者の方々にとって一定の手取りの増加が実現することになります」。

合意によって、昨年末に自民・公明・国民民主の3党幹事長間で交わした合意は完全に履行される形になります」。

ということは、驚く話ですが、自民党税調としては、この「所得制限付き基礎控除」という複雑怪奇な決着が「年収の壁178万円」合意を履行したつもりなのだそうです。「8割に恩恵」ということは、残り2割を切り捨てる、という意味でもあります。

ミッション・コンプリート

本当に開いた口がふさがりません。

切り捨てられる側の2割は富裕層扱いでしょうか?富裕層を敵視することで国民を分断するのが自民党税調の狙いなのでしょうか?

さらには、玉木雄一郎氏が今回の合意をもって「ミッション・コンプリート」と述べた、とする報道もあります。

国民・玉木代表「ミッション・コンプリート」年収の壁178万円引き上げ実現 納税者約8割に恩恵

―――2025/12/18 19:52付 Yahoo!ニュースより【日刊スポーツ配信】

これでミッションを終わらせたというのは、不可解です。

想像するに、今回高市総理と玉木代表に切り捨てられた2割の側に、国民民主党の支持者がかなり含まれているのではないでしょうか?(知らんけど。)

高市早苗総理大臣は、おそらく先月の「台湾答弁」では(特定野党や特定メディアの)批判報道にも関わらず、国民の支持はしっかりと得られていたのではないかと思います。しかし、今回の所得制限は「やらかした」可能性があります。

おそらく多くの国民は、著者と同様、高市総理については「是々非々で支持するかどうかを決める」というスタンスであろうと思われますが、今回の合意がケチの付き初めとならないでしょうか。気になるところです。

いずれにせよ、自民党と国民民主党は、今回の減税の恩恵を受けられない「2割」の票は不要だと判断したのかもしれませんが、もしそうだとしたら、当ウェブサイトとしても、もう何もいうことはありません。

新宿会計士:

View Comments (4)

  • おかしな税制度が日本を発展させない。勝手な社会像を決めてかかっている。
    かつては源泉徴収額の早見表が冊子として税務署から会社に送付されていたものです。今はオンラインで参照せよということになっています。
    もし自分で自分の給与を決めれるとしましょう。早見表をめくってみれば数字を探ってしばし考えれば、そこそこの生活をして税金をたんまり払わないですむ給与ゾーンが透けて見えてきます。それより少なければ貧乏人、それより多ければ高額所得者と、お国が国民をそう見なしているいう数値ゾーンです。600あたりだと思います。
    国民は賢いですから、気張って働いてたくさん給料を稼いでも割に合わないと分かる。税の専門家が決める中庸人生、税の専門家が決める理想的な所得額、そのせいで国家が伸びていかないという、まこと愚かしい本末転倒が起きている。底を上げていく、上を伸ばしていく視点など存在していない。
    これが自分で年末調整してみようと、源泉徴収の早見表と各種税額計算式を点検して当方が得た結論でした。

    • きりきり働いてもしょうがねー。「年収の壁」は、かくも嘆かわしく、愚かしい。
      こんな話があります。
      東大阪で小さな会社を経営している社長どのから聞きました。従業員は10人ほど、業種はいわゆる IT、新卒入社した会社は倒産し、自分で会社を始めていた。
      彼は若手です。商工会議所の青年経営者たちから編成される分科会(正式は聞き取れませんでした)に参加していて、経営問題に取り組んだり、業績や労務に関する調査活動をして報告書を作成する任務をやったりしていた。
      あるとき経営者同士の会話のなかでこんな話題が出た。社長さんたちはいったいいくらの給与を貰っているだろうか。そこで会議所の名で調査票を送付して回答を募った。調査票を返送してくれた会社さんたちから得た結果は驚くべきものでした。
      中小企業零細企業の社長さんたちの年収はびっくりするほど低い。棒グラフ分布を見せてもらった。右へいくほど給与が多いわけですが、1千万2千万3千万の社長は「ぱらぱらと」いる。ご盛業中の会社さん、まず社員にたんまり給与を払う、当然です。そして余った分を社長に払う。会社とはそうゆうものです。圧倒的多数の中小企業零細企業の社長さんは驚くほど低い年収に甘んじている。なぜか。
      調査を思いついた彼は結果に唖然としたと発言しています。そこそこ給与で十分だ、額に汗して稼いだところで、持って行かれるだけだ。経営者さんはよく分かっている。だから社長の給与は貧困ぎりぎりに設定してある。生活費補填のやりようはいくらでもありますから、「納税額最小の暗黙則」が働いた結果が、この棒グラフというわけなのでした。
      会議所からの給与額調査票に会社さんたちがホントウの数字を答えなかった可能性もありますので、本件は話半分で読んでください。要点は「バランス経営の肝要」とは「納税額最小の暗黙則」と同じということです。安いニッポンを小ばかにする日本経済新聞社は現実を分かっていない。ただそれだけです。

  • 他の制度(生活保護)との整合性が取れたのなら、素直に評価したいですね。

  • まあ、私は何も出来なかった石破よりは遥かに評価しますね
    私も2割に該当してますが、どちらかと言うと安全保障がしっかりしていればそれでいいので、切り捨てというより655万以内までを優先と考えます
    他の部分でもう少し税金減らせるか擦り合わせでいいと思いますよ