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「時事通信経営不安」報道を外部データで検証してみた

株式会社時事通信社を巡り、先月末頃からいくつかのメディアが経営不安を報じ始めています。こうしたなか、「時事通信労働者委員会」というウェブサイトを通じて、株式会社時事通信社の売上高、営業損益、経常損益などのデータを得ることができました。これに株式会社電通グループの有価証券報告書から大株主の状況を拾ってみたところ、株式会社時事通信社が株式会社電通グループからの配当金に依存しているという状況が浮かび上がってきました。ただし、資産状況としてはまだ十分な余裕もありそうです。

非上場会社の決算分析には限界がある

マスメディア業界がどこに向かおうとしているのか。

これは非常に気になる論点ですが、それと同時に、私たち一般人のレベルでできる分析には、限度があります。

新聞社の多くは非上場会社であり、株式会社朝日新聞社のように有価証券報告書を提出するなど詳細な決算データを公表しているケースを別とすれば、ほとんどのケースにおいては詳細な決算書を公表しておらず、したがって、財政状態や経営成績について詳細に分析することは難しいのが実情です。

実際、当ウェブサイトでは年1回のペースで「とある税法上の中小企業」の要約財務諸表のレビューをしているのですが(『土地と利益剰余金が「両建て」で膨らむことはあるのか』等参照)、同社の決算もやはり不透明であり、なかなか正確な分析は難しいところです。

やはり財務内容を一般に広く公開していない会社の場合だと、決算書を使った財務分析は不十分なものとなりがちですし、こうした不十分な分析をもとにした議論は不正確になりがちで、なかなかに悩ましいところです。

複数メディアが時事通信の経営不安を報じたが…

さて、以前の『複数のメディアが時事通信の経営不安を相次いで報じる』では、ダイヤモンドオンラインとFACTAが相次いで株式会社時事通信社の経営内容について報じた、とする話題を取り上げました。これについては記事のリンクを再掲しておきましょう。

【内部資料入手】時事通信が役員報酬と幹部給与をカットし社員の異動凍結も…電通の赤字が波及、「もうこの会社にはいられない」社員が嘆く深刻事情

―――2025年10月28日 5:22付 ダイヤモンドオンラインより

スクープ/時事通信の主力銀行が読売新聞、朝日新聞、共同通信らに経営支援を打診

―――2025/11/04 18:30付 FACTA ONLINEより

これらの記事について、当ウェブサイトでは次のように申し上げました。

  • (新聞部数の急減や新聞購読時間の激減などの)業界の状況を踏まえれば、メディア各社がいずれ大規模な人員削減や経営支援要請を余儀なくされるであろうことは、十分に予想されるところである
  • ただし、株式会社時事通信社を含めた多くのメディア各社は非上場会社であり、私たち部外者が同社の正確な財務内容を気軽に調べることは難しい

…。

ただ、冒頭でもお伝えしたとおり、じつは、この「非上場のメディア各社の経営状態」については個人的にはかなり以前から気になっている論点です。

時事通信労働者委員会が決算データの一部を公開していた

こうしたなかで、これについて、「意外な情報源」をひとつ発見しました。

それが、『時事通信労働者委員会』のホームページです(※SSL未対応ですのでご注意ください)。

同ホームページでは、最近10年間の労使交渉の記録が公表されており、そのなかに労働者委員会側が会社側から伝えられた売上高、営業損益、経常損益、純損益の状況が記載されているのです。

これらを拾ってみると、次の図表1のような状況が浮かび上がりました。

図表1 株式会社時事通信社 経営成績の概要(金額単位がないものは百万円)
決算期 売上高 営業損益 経常損益 純損益
2025年3月期 156億円 ▲3,617 ▲1,047 ▲1,060
2024年3月期 152億円 ▲3,797 ▲1,178 ▲1,215
2023年3月期 157億円 ▲3,618 ▲838 ▲790
2022年3月期 165億円 ▲2,937 ▲790 ▲851
2021年3月期 162億円 ▲2,513 ▲1,107 2,309
2020年3月期 171億円 ▲2,060 ▲439 688
2019年3月期 172億円 ▲1,973 ▲392 243
2018年3月期 176億円 ▲1,619 ▲20 385
2017年3月期 180億円 ▲1,441 21 2,500
2016年3月期 177億円 ▲1,636 337 282

(【出所】『時事通信労働者委員会』をもとに作成)

数値については同ウェブサイトから拾ったものであり、また、原文に若干の不整合(の疑い)もあるため、図表は若干不正確である可能性がある、という点にはご注意ください。

「26期連続営業赤字」と営業外・特別損益の状況

それはともかくとして、売上高についてはこの約10年間で、だいたい180億円から150億円ほどへと低落傾向にあるのですが、それだけではありません。営業損益については少なくとも確認できた決算期で毎期赤字であり、経常利益段階または最終損益段階で黒字化する年と、そうでない年があることがわかります。

ちなみに営業損失については、同委員会の2024年7月31日付『団体交渉報告』によれば24年3月期で「25期連続」との記述がありますので、2025年3月期の営業損失は「26期連続」だった、ということだと推察されます。

そして、営業損益段階の赤字が経常損益段階で黒字になる、あるいは経常損益段階の赤字が最終損益段階で黒字になる、ということは、逆算して営業外損益または特別損益で利益が計上されている、ということを意味しています。

これを試算したものが、図表2です。

図表2 株式会社時事通信社 営業外損益・特別損益(逆算ベース、金額単位:百万円)
決算期 営業外損益 特別損益
2025年3月期 2,570 ▲13
2024年3月期 2,619 ▲37
2023年3月期 2,780 48
2022年3月期 2,147 ▲61
2021年3月期 1,406 3,416
2020年3月期 1,621 1,127
2019年3月期 1,581 635
2018年3月期 1,599 405
2017年3月期 1,462 2,479
2016年3月期 1,973 ▲55

(【出所】図表1から逆算)

目につくのは毎年10億円を超える(年によっては30億円に迫る)営業外損益と、それから不定期的に出てくる特別損益でしょう(たとえば2017年3月期、20年3月期、21年3月期にはそれぞれ10~30億円台の特別利益が計上されています)。

株式会社電通グループ有報から株式保有状況を確認してみた

このうちの営業外収益については、おそらくは株式会社時事通信社が株式を保有する株式会社電通からの配当収入であろうと考えられます。

株式会社電通グループの2024年12月期有価証券報告書(P45)によると、株式会社時事通信社は発行済株式総数の6.15%に相当する16,028,680株を所有しているそうです。

これについて、株式会社電通グループの過去の有価証券報告書から株式会社時事通信社の保有株式数データを調べ、あわせて『Yahoo!ファイナンス』から株式会社電通グループの過去の配当金データを取得し、計算したものが次の図表3です。

図表3 株式会社時事通信社の株式会社電通グループからの受取配当金(推定)
電通の決算期 時事通信の保有株数 1株配当金 受取配当金(百万円)
2024年12月期 16,028,680 139.5 2,236
2023年12月期 16,028,680 139.5 2,236
2022年12月期 16,028,680 155.25 2,488
2021年12月期 16,028,680 117.5 1,883
2020年12月期 16,028,680 71.25 1,142
2019年12月期 16,178,680 95 1,537
2018年12月期 16,328,680 90 1,470
2017年12月期 16,678,680 90 1,501
2016年12月期 16,878,680 85 1,435
2015年12月期 17,228,680 75 1,292

(【出所】株式会社電通グループ過年度有価証券報告書『大株主の状況』記載内容および『Yahoo!ファイナンス』データをもとに作成)

いかがでしょうか。

図表2の「営業外損益」と図表3の「受取配当金」のデータ、だいたい整合しています。

過去の特別損益と電通株

また、図表3から、株式会社時事通信社は株式会社電通グループの株式を少しずつ売却していることがわかりますが、これも図表2に示した「特別損益」の額と照らし合わせると、辻褄が合います(図表4

図表4 株式会社時事通信社の特別損益と電通株の変動
時事通信決算期 株数の減少 特別損益(百万円)
2025年3月期 0 ▲13
2024年3月期 0 ▲37
2023年3月期 0 48
2022年3月期 0 ▲61
2021年3月期 ▲150,000 3,416
2020年3月期 ▲150,000 1,127
2019年3月期 ▲350,000 635
2018年3月期 ▲200,000 405
2017年3月期 ▲350,000 2,479

(【出所】株数の減少は株式会社電通グループ過年度有価証券報告書『大株主の状況』、特別損益は図表2。なお、株式会社時事通信社と株式会社電通グループは決算期が3ヵ月ずれているため正確なデータではない可能性がある)

実質的な自己資本比率は80%超の可能性も

このように考えると、ダイヤモンドオンラインやFACTAの報道については、(そのすべてではないとはいえ)部分的には公開された資料をつなぎせることでその妥当性が検証できた格好です。

この点、たとえば18年3月期や19年3月期は、それぞれ20万株、35万株と大量に株式の売却を行っているにも関わらず、特別損益の額はそれぞれ4億円、6億円あまりと少額であるのは、想像ですが、固定資産の減損処理などとあわせて益出しを行ったため、という可能性があります(あくまでも可能性です)。

これに加えてその株式会社電通グループが無配に転落する見通しであるとの報道もあります。

電通グループの25年12月期、3期連続最終赤字に 海外で人員削減

―――2025年8月14日 16:47付 日本経済新聞電子版より

このため、時事通信労働者委員会が公表している株式会社時事通信社の経営成績が正しければ、また、営業赤字体質が短期に解消されなければ、たしかに同社の2026年3月期決算もまた最終損失となる可能性がありそうです。

ただし、(少し古いですが)2023年3月期の株式会社時事通信社の貸借対照表を眺めると、資産合計は約381億円、負債合計は約125億円で、純資産が約256億円です。

また、株式会社時事通信社が保有する株式会社電通グループの株式は昨年12月末時点で約1600万株であり、現時点の株価は3,500円前後といったところですので、少なくとも時価ベースでまだ500~600億円程度の資産は保有している格好です。

したがって、金融商品会計ベースで置き換えてみると、(税効果会計を無視すれば)資産と「その他有価証券評価差額金」が両建てで500億円程度膨らむ可能性もあり、そう考えると実質的な自己資本比率は80%を超える可能性もあります。

このように考えると、「時事通信社の経営危機」とでもいわんばかりのネット上の一部書き込みはやや行きすぎではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (17)

  • 毎度、ばかばかしいお話を。
    時事通信:「高市内閣の支持率を下げてやる」
    日本国民:「時事通信の利益は、下がってないの」
    どこかのお笑い芸人が、ネタでやりそうですな。

    • 作中ではあの銀行は潰れたのでしょうか?
      そこまで見ていなかったので。

      • 私も分かりませんすみません。
        大蔵省が他の銀行とマッチングするかもですが加代さん邪魔しそう。

  • あーなるほど。時事通信さんと電通の繋がり有り難いです。いやw彼等の行動で自明でしたがw
    中共資本で環球時報を垂れ流すオールドメディアの資本関係も調査頂くと有り難くw
    フジ、日テレ、TBSが2割以上が中共資本らしいので。
    最近調べちゃいましたw
    https://newspicks.com/news/5710764/
    朝日は言わなくても自明か。。。
    親玉は中共べったりの電通でしょうね。。。オールドメディアの丼なんでしょう。。。
    自明で調べる気はないですが。。。

  • >ダイヤモンドオンラインやFACTAの報道については、(そのすべてではないとはいえ)部分的には公開された資料をつなぎせることでその妥当性が検証できた格好です。

    さすが、すばらしいですね。
    しかし4期連続で最終赤字だったとは。営業損失の幅が配当収入を超えたあたりから続いてるっぽいですね。
    そもそも四半世紀営業赤字続きってのも、企業の存在としてどうなんだよと思いますが。
    一時騒がれた電通無配の影響も、仮に無配でも営業外損失に20億のっかるくらいということですね。しばらくは保ちそう。

    売上の変動幅の割には営業損失の増え方は堅調ですね。んーー、Xデイは10年以内でしょうか。

    • >それが、『時事通信労働者委員会』のホームページです(※SSL未対応ですのでご注意ください)。

      時代に取り残される組織の特性が表れてるんでしょうかね。「自分さえよければいい」の発露なのかも。
      Lets Encryptとか簡単手軽な方法あるし、ケチってないでちゃちゃっとやれよ。

      • 時事通信の財務のことは、それこそ記事中に引用されたFACTAなどの雑誌記事で誰もが知っていたわけですから、「点と点を結」んだり「行動を観察」するまでもなく、既知の情報でした(そもそも財務を予想するのに行動を観察するとは初めて聞きました)。新宿会計士さんの本記事は、その情報がある程度確かであると確認されたことに意味があります。
        誰でも予想できるから記事に価値がない、なんてことはありません。

        証拠が不足するなかで行間を予想してアテを付けることは大事なことですが、根拠を以てどこまで正しいと言えるか分析・確認することも大事で、目的も意味も違います。
        私が新宿会計士さんのブログが好きなのは、確からしいと言える範囲を根拠によって狭めることを追究する知的作業の経緯を記事化されるからです。私はそういう点に知的好奇心を感じます。今回の記事はそれを一つ突き詰めた成果と言えるでしょう。

        まあまた今時は、どこの誰だかわからない仮説レベルの話で「そうかもね」と思えるネタはネットに溢れてますから(誰でも知ってる)、そんな情報の価値は極めて低くなっていますね。

  • なるほど素晴らしいOSINTだ。
    1個人がDOLとかFACTA並みの記事を書くとは。
    マスゴミが要らなくなるわけだね。

  • >「とある税法上の中小企業」

    日毎(ひごと)、気がかりな”毎日”ですねー。

    Q.旦那さん、どうされましたか?
    A.それが・・。毎日が日曜日・・。

    • その税法上の中小企業さん、主力商品であるはずの WEB サイトが自営の可能性があって、CDN 業者を使っていないのではないかと思います。同業他社さんは揃って著名 CDN 会社が ぞろぞろ CNAME になっています。どうなんだろうなあ、他人ごとだなあ、心配はしてないです()

  • そもそも他の諸外国では新聞社が淘汰されているのがここ10年ありふれた事になっています。軽減税率やらで延命していた自体がモラルハザードです。潰れたくないなら業界再編でもすればいいのです。

    • ですよねー。日本の場合は親玉電通潰さないと。。。ソレが難しい。。。官僚にも影響力あって支配下が中共なので。。。

  • 定款を変更して、有価証券投資を本業にして、営業利益の黒転も可能ですね。まずは、電通の尻を叩いて、配当要求ということですかね。大手町のとなりの駅の新聞社は、不動産事業に舵をきったようで、しぶとく生き残りを計っているようです。銀行が貸し続ければ、潰れないということですかね。
    本日、偶々、印刷会社の有報を見ていたのですが、昔の印刷会社とは業容が変わっています。
    時事通信の場合は、電通次第ということであれば、電通のビジネスモデルがどうなるのか?無配が継続すると、時事通信も尻に火が付く感じですが、資産の取崩しで安泰かもしれませんね。