後期高齢者医療費の自己負担額を抑制するための配慮措置が9月末で終わります。これにより、後期高齢者であっても一定以上の所得がある人は医療費負担が2割に上がります。ということは、これまで「9割引」だった医療費が2倍になる、ということですが、これにより医療費総額を抑える効果はどの程度あるのでしょうか?
2025/09/18 23:18追記
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目次
過度な老人福祉税問題
社保は事実上の老人福祉税
社会保険料が事実上の老人福祉税と化していて、現役勤労層に多大な負担をかけているという論点は、最近、当ウェブサイトでも頻繁に取り上げる話題のひとつでもあり、また、最近、当ウェブサイトのトップに掲出している「イチ押し記事」の共通のテーマでもあります。
最近のイチ押し記事(現時点)
後期高齢者は「他人のカネで」医療を受ける
とりわけ中核を占める問題のひとつが、年金と並び、後期高齢者の医療費です。
後期高齢者は現在、年間で医療費を20兆円近く使っているにも関わらず、医療費は(後期高齢者自身が負担している保険料を除けば)自己負担割合が原則10%であり、残りを税収や現役層の健康保険料で負担しているのが実情です。
改めて確認しておくと、2023年度ベースで後期高齢者医療費総額は18.8兆円だったのだそうですが、全体のだいたい8~9割に相当する金額が、税収であったり、現役層などが加入する保険組合からの給付金だったり、といった「他人のカネ」で賄われています(図表)。
図表 後期高齢者医療費総額とそのおもな負担割合(2023年度ベース)
| 項目 | 内訳 | 負担割合 |
| 後期高齢者医療費総額 | 18.8兆円 | 100.00% |
| 高齢者の自己負担額 | 2兆2560億円 | 12.00% |
| 高齢者からの保険料収入 | 1兆5456億円 | 8.22% |
| 現役層などからの仕送り | 7兆1059億円 | 37.80% |
| 国庫支出金(税金など) | 5兆6861億円 | 30.25% |
| 都道府県支出金 | 1兆4850億円 | 7.90% |
| 市町村負担金 | 1兆3854億円 | 7.37% |
(【出所】「医療費総額」は『令和5年度 医療費の動向』P1の「医療保険適用」、「高齢者の自己負担額」は窓口負担割合3割の「現役並み所得者」が全体の10%と仮定して自己負担割合を乗じたもの、それ以外の項目は厚生労働省・2025年8月25日付『後期高齢者医療広域連合の収支状況』から転載)
「9割引で受診できる高齢者」が全体の9割
なお、この図表では引っ張ってきている数値の情報源などが異なっているため、「負担割合」を合計しても100%にはなりません(実際には100%を少し超えてしまいます)が、それでも後期高齢者医療費の実情を把握するという意味において、問題になるレベルの誤差ではありません。
これに加えて図表に示した18.8兆円という金額はあくまでも2023年度の数値であり、2024年度に関しては19.6兆円にまで高齢者医療費が膨らんでいるため、費用の分担については実態から大きくズレるものでもありません。
おそらく今年度(2025年度)の後期高齢者医療費は20兆円となるでしょうが、その負担割合については、次のようなイメージで考えておけば良いでしょう。
高齢者医療費≒20兆円時代
▶9割以上の高齢者が9割引で(つまり1.8兆円で)受診できる
▶高齢者のなかでも「現役並み所得者」は3割負担するが、その割合は7%に過ぎない
▶支払う保険料は医療費全体の10%未満(2023年実績で1.55兆円)
▶現役層やその雇用者が負担した保険料が7兆円投入される
▶国庫から30%(6兆円弱)、都道府県・市区町村から15%(3兆円弱)が投入される
…。
老人福祉税は低所得者層にも大きな負担に!
これは、さすがにおかしな話です。
『【資料編】人件費と年収と手取りの関係に関する図表集』でも指摘しましたが、社会保険料には「雇用主負担分」という論点もあり、現役層の、とくにサラリーマンが負担している社会保険料(厚年保険料、健康保険料、介護保険料)は年収に対し30%を超えることもあります。
とくに社会保険料は累進課税ではないため、一般に低年収とされるゾーンの人たち(やパートタイムで働きながら社保加入要件を満たしてしまった人たち)などに対し、負担が重くのしかかります。
著者自身はこの3つの「保険」が、「保険」と名乗っていながらも、じつは「保険」としての経済性を満たしておらず、実態は単なる老人への所得移転を目的とした税制であると考えています。これらはつまり、「社会保険料」ではなく、「老人福祉税」とでも呼ぶべきなのです。
社会保険料の実態は「老人福祉税」
厚年保険料→事実上の「老人所得移転税」
健康保険料→事実上の「老人医療負担税」
介護保険料→事実上の「老人介護負担税」
やはり、この高齢者医療費の実態については、引き続き当ウェブサイトにおいて、口が酸っぱくなるくらいに何度も繰り返すべきであることは間違いないでしょう。
医療費「2割負担」が本格施行へ
「2割負担」の人が2割ほどいる
さて、先ほどは「後期高齢者は多くの場合、1割負担(=9割引)で医療を受けることができる」、という話が出て来ましたが、これについてはもう少し詳しく説明すると、「すべての人が」9割引で受診できるわけではありません。
たとえば「現役並み所得者」の場合、たとえ年齢が75歳以上であったとしても、医療機関の自己負担割合は現役層と同じ3割とされます(※疾病リスクの高さに照らして3割で妥当なのかどうか、という議論は、とりあえず脇に置きます)。
また、ここでもうひとつ触れておきたい論点が、「2割負担」です。
後期高齢者のなかでも一定要件(※)を満たした世帯は、2022年10月1日以降、窓口負担が1割ではなく2割に増やされています。
※「一定要件」とは?
次のすべてを満たす世帯
課税所得が28万円以上であること
「年金収入+その他の合計所得金額」が200万円以上(単身世帯の場合)
「年金収入+その他の合計所得金額」が320万円以上(複数世帯の場合)
(【出所】厚生労働省『後期高齢者の窓口負担割合の変更等(令和3年法律改正について)』)
ただし、この自己負担割合増加については、2025年(つまり今年)9月までは「外来の負担増加を月3,000円までに抑える」という「配慮措置」が講じられていたため、結果として上述の「3割負担」となる7%の人を除けば、残り93%の人が「9割引医療」の恩恵を受けていた格好です。
ということは、10月以降は後期高齢者のなかでも新たに2割負担をする人が出現する、ということです。
福岡厚労相の記者会見
これに関して福岡資麿(ふくおか・たかまろ)厚生労働大臣が12日の会見で記者から見解を尋ねられ、影響を受ける人数や給付費の変動について答えています。
福岡大臣会見概要(令和7年9月12日(金)11:04~11:28 省内会見室)
―――2025/09/12付 厚生労働省HPより
福岡大臣の発言を箇条書きで列挙すると、こんな具合です。
配慮措置に係る給付費は制度改正時に年間約600億円程度と見込まれていた
直近のデータでみても同程度の金額であると見込んでいる
年間で1回以上、配慮措置の対象となる月があった人は約310万人(直近データ)
配慮措置終了の影響を受ける人は平均的な厚生年金額相当を受給する層
自己負担額の増加額は平均で年9,000円程度
福岡氏が述べた「年平均9,000円の増加」、「310万人」をもとに、単純に掛け算しても約279億円であり、年間600億円という水準と計算は合いませんが、この理由はよくわかりません。
また、上記図表で示した「後期高齢者医療費約20兆円」に後期高齢者全員に占める2割負担対象者の割合(約20%)を乗じ、それに10%を掛けた金額(4000億円)と比べて、この「年間600億円」という数値はケタが1つ違うなど、ちょっと計算ロジックがよくわかりません。
念のため過年度の予算書などもチェックしましたが、残念ながら、現時点までに納得のいく説明は見つかっていません。
ただ、厚労省の資料などを見ても、2020年時点で後期高齢者医療費制度の対象者約1815万人のうち、は現役並み所得者が約130万人(約7%)、今回2割負担化される「一定以上所得」者が約370万人(約20%)であるとされているため、やはり300~400万人が2割負担化するはずです。
ちなみに余談ですが、後期高齢者のうち「住民税非課税世帯」は約740万人いるのだそうですが、石破首相(あるいは旧宏池会の方々)が大好きな「住民税非課税世帯向け支援」の多くが高齢者層に向けられていた可能性がある、という点については、留意する必要もありそうです。
自己負担割合を高めたら無駄な受診が減る?
いずれにせよ、「2割負担化で年間600億円の給付費が削減される」といのは、少々計算が合いませんが、その一方で「年間600億円の給付が抑制されるが、増える自己負担は279億円」というのは、もしかすると「2割負担化で高齢者の間で受診控えが生じること」が織り込まれている可能性はあります。
これが、自己負担割合引き上げに伴う無駄な医療の抑制、という論点ともつながってきます。
そもそもなぜ、後期高齢者医療費が年間20兆円近くにまで膨張したのかと考えていくと、それには少なくとも次の2つの要因があるはずです。
人間は老化すれば病気になりやすくなること
医療費が9割引だと気軽に病院に行くこと
このうち、「人間は老化すれば病気になりやすくなる」、は、一見するとそのとおりでもありますが、実際のところ、これもよくわかりません。
医学系の記事を読むと、「最近の研究では癌と老化に関係があることがわかった」、などとする話題を目にすることもあります(たとえば国立研究開発法人国立がん研究センターの2019年9月5日付『老化に起因した発がんメカニズムの一部解明がん発生予防の可能性を示唆』等参照)。
著者自身は残念ながら医師ではなく、医療に関しても詳しいわけではありませんが、ただ、加齢とともに病院のお世話になる機会が増えるのは、直感的には理解しやすい現象です。人類の医学がさらに進めば話は別ですが、少なくとも現状では「加齢により病院に行く人が増える」ことはどうやら間違いなさそうです。
やはり問題の中心は「医療費9割引」制度
ということは、もう一方の要因である、「医療費9割引問題」の論点に、どうしても注目せざるを得ません。
わが国の「国民皆保険」という制度は、おカネ持ちであれ、そうでない人であれ、一定の負担で高度な医療儲けられるという理念で整備されてきたものですが、その一方で行き届き過ぎた保険制度が無価値医療を生み、横行させているという可能性が非常に高いからです。
今回、2割負担になる人は、従来の1割負担と比べ、自己負担する医療費が2倍になるわけですから、そうなると「緊急性のない治療」などについては従来と比べ、受診を抑制するというインセンティブが生じる可能性があります。
必要性のないものも含め、やたらと医薬品を処方するという治療が横行しているフシがあるのも、結局はこの「医療費9割引問題」が原因ではないでしょうか。
ここから先はあくまでも想像ですが、後期高齢者医療費約20兆円のうち、ある程度の所得がある人たち(つまり3割を負担する7%・約130万人や2割を負担する20%・約370万人)の医療費は微々たるもので、下手をすると総医療費の9割前後を「9割引層」が享受しているのかもしれません。
一刻も早い制度改正を!
もっとも、高齢者医療費の自己負担割合については、少なくとも現在の「9割引医療」が大きな弊害をもたらしていることは間違いなく、これについては疾病リスクに応じた正しい応益負担を可能とするために、究極的には「年齢別医療保険制度」などの導入が望まれます。
また、健康保険だけでなく、介護保険や厚生年金のように、負担と受益のバランスが壊れてしまっている制度についても同様に、是正が必要でしょう。
ただし、少なくとも健康保険制度に関しては、とりあえず後期高齢者の自己負担割合を直ちに現役並みの3割かそれ以上に引き上げることで、応急措置的に現役層の負担を軽減することができる可能性が高いことも間違いありません(※もちろん、それだと抜本的解決にはなりませんが…)。
いずれにせよ、現役層に過度な負担をかける現在の社会保険料(≒老人福祉税)をそのまま放置しておくことは許されません。
一刻も早い制度改正が望まれるところです。
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あくまでも裏を取っていない仮説です。
信頼性工学の世界ではバスタブカーブという言葉があります。
システムの多くは初期不良時期を過ぎたあとは暫くの間は安定した時期があり、システム寿命が近づくと故障率が急増するというカーブがまるでバスタブのようだからです。
人間も生命維持システムである以上、似たようなカーブを描く事は不思議ではないでしょう。
3割2割1割の話しは、年齢を重ね信頼性が低下する個体になっても治療の為の支出が急増しないで済むようにして生活破綻リスクを減らす意図があったものと推察します。
この根っこの考え方は一律3割一定よりも合理性があるように思います。
とすると、問題点はあくまでもその時そのときの原資の話しかなと感じます。世代を超えた貰い得、払い損は許さんという。年金、介護などブログ主さまが挙げる課題に共通していますが、やっぱりコレ、顔の見えないネットの世界では言える事でも、得票数を確保して当選し議員稼業する事でオマンマ食っている議員さん方は中々言えない事でしょう。人口数の多い団塊世代が投票源とならなくなる時代までは是正できないだろうなぁと、あと10年ぐらいですかねぇ。
バスタブであっても、例えば
①風邪薬なら自腹で。
②100万円超な入院手術なら九割補助
とかのメリハリはつけられそうな?
CRUSHさま
そうですね。個人的には同じような落とし所はあると思っているのですが、これを名前出し顔出しの政治稼業する方々が推すだけの社会的合意するのは数がモノを言う議会制民主主義では未だ時期尚早かな?ということですね。
ハンドル名が通用するこの場でも結構厳しい意見を述べられる方は匿名の場合も多いですし、ま、そういう事です。
老化という現象は当然存在し、お年寄り=か弱い保護すべき存在(あるいは敬い奉る存在)、という概念は定着しているものに思えますが、それは生物学的、文化的な話です。「人間誰しも老いる」のですが、「人間誰しも老いたら貧しくなる」などという法則は存在しません。なんかこのへん、雑に混同されて現在に至ってしまっている気がします。
読者の皆さま、
外国からのスパムコメントを排除するために画像認証を導入しました。
普通に考えて高齢者の生活費に占める医療費の割合が他の年代と比較して高くなるとしても、今の制度設計は性善説に基づいてるように思う。
ただ、医療は利権の塊だろうから政治家にとっては火中の栗、拾うには業界以外の強い圧力が必要なんだろう。
ほぼ義務化されている会社員の健康診断も判定基準が年齢を考慮してないという話も聞くし、安定的に医療機関に人を送るというシステムが構築されている面もありそう。
つまり、合理的な判断よりそういった都合が優先されて物事が決められてそう。
気軽に病院にかかれることは、重症化を防いで医療費増加を防いでいる面もあると思われるので必ずしも悪いことではないと思う。
問題はむやみな延命治療、寝たきり大黒柱などの方が大きいと感じる。
本来、胃ろうなどは1カ月を超えるものではないが、老人に一度つけると離脱できない(殺人になる)という制度設計の問題もある。
個人的には、後期高齢者の後に、晩期高齢者(平均寿命を超えた人)を付け加え、
晩期高齢者のすべてと後期高齢者では治療の意思を自ら示せない人に対し、胃ろうなど経口での栄養補給ができない治療が1カ月を超える場合、すべての治療に対し治療費を全面自己負担とする。また、この1カ月の節目において、治療を停止することを殺人罪に問わない、というような仕組みが必要だと思う。
医療法を改正して、医療周辺ビジネスを医療法人に営利行為として解禁し企業との連携を進めて、医療ビジネスを正常化すべきと思います。
厚労省の医系技官からユーチューバーになった木村盛世氏も、同様の意見ですね。
病院は老人だらけ【再アップ】 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=q4SMOWKU4Sk