この期に及んで対象者を絞った現金給付を唱える人が出てきました。時事通信の報道によると、岸田文雄前首相は25日の講演で、「物価高対策として対象者を限定した給付が選択肢になる」と述べたのだそうです。報道だと発言の全容はわかりませんが、少なくとも「対象者を限定した給付」、あるいは「政府が企業に賃上げを要請すること」などは、物価高対策としては非常に場当たり的なものだと言わざるを得ません。
目次
税社保取り過ぎニッポン
年収600万円の人は何におカネを使っているのか
当ウェブサイトでここ半年以上、ずっと唱え続けているのが、「現在の日本の現役世代は税、社保を取られ過ぎている」、という仮説です。
「仮説」、といっても、べつにさほどおかしなことを述べているわけではありません。
民間企業などに勤めるサラリーマンの場合で考えると、額面年収が600万円という人は143万円ほど引かれ、手取りがだいたい457万円前後です(被用者の年齢は40歳以上とし、月収は年収を単純に12ヵ月で割ったとした場合。なお、社保等は東京都政管健保・令和7年3月分以降の料率で試算)。
額面年収600万円の人の控除額と年収に対する割合
- 厚生年金…549,000円(9.15%)
- 健康保険…297,300円(4.96%)
- 介護保険…*47,700円(0.80%)
- 雇用保険…*33,000円(0.55%)
- 所得税額…197,000円(3.28%)
- 復興税額…**4,137円(0.07%)
- 住民税額…305,300円(5.01%)
- 控除合計…1,433,437円(23.89%)
これだけでも重税感があるが…じつは「人件費」はもっと高い!
つまり、額面年収600万円といっても、この人にとっては年間600万円が「自分の自由になるおカネ」、ではないのです。ざっと年収の24%ほど、厚年や健保、介護などの公的保険、さらに所得税や住民税などに費やしている計算です。
これだけでもなかなかの重税感がありますが、それだけではありません。会社があなたに「年収600万円」を支払っている、ということは、会社が負担しているおカネは600万円ではない、ということです。これが、「社保の会社負担」という論点です。
会社はあなたに見えないところで、公的保険等を同額以上、負担させられています(厳密にいえば「同額」ではなく、厚生年金については「子ども・子育て拠出金」を負担させられているほか、雇用保険についてはそもそも雇用主の方が負担割合が大きいです)。
額面年収600万円の人の会社負担合計と年収に対する割合
- 厚生年金…549,000円(9.15%)
- 健康保険…297,300円(4.96%)
- 介護保険…*47,700円(0.80%)
- 雇用保険…*54,000円(0.90%)
- 子供拠出…*21,600円(0.36%)→いわゆる「子ども・子育て拠出金」
- 会社負担合計…969,600円(16.16%)
つまり、この「会社負担」部分で100万円近く、会社は余分に人件費を負担させられている格好であり、言い換えればこの勤労者に対し支払われている額は「年収600万円」ではなく、「人件費約700万円」とみるべきなのです。
その他の税、あるいは「税と名乗らぬ税」
しかも、私たち国民の負担は、これだけではありません。
わが国には所得税や住民税以外にも個人が負担する税目が非常に多いうえに、「税と名乗らない税」も、少々多すぎるからです。
たとえば個人が日々、負担させられている税金の典型例は消費税(と地方消費税)ですが、これらの税目については本則税率は合計10%(うち国税7.8%、地方税2.2%)、軽減税率は8%(うち国税6.24%、地方税1.76%)が、それぞれ課税されています。
赤ちゃんが生まれたらその日から紙おむつ(10%)、産着(10%)、粉ミルク(8%)などが課税されますし、赤ちゃんを迎えるために必要なグッズにも―――たとえば哺乳瓶(10%)、ベビーカー(10%)、ベビー服(10%)など―――容赦なく、消費税が課税されます。
また、飲食料品は酒、外食、ケータリングなどを除いて8%の軽減税率が適用されていますが、この軽減税率は、(なぜかは知りませんが)日刊新聞などにも適用されています(※新聞軽減税率には一定要件を満たす必要があります)。
余談ですが、これだとまるで、「財務省が新聞社を手なずけるために新聞社に対する不当な優遇措置を導入した」かに見えてしまいますね(※そういえば、大手新聞が財務省を強く批判する記事、ないわけではないものの、あまり見かけない気がしますが、気のせいでしょうか?)。
また、税にはほかにも固定資産税、ガソリン税、酒税などさまざまな税目がありますし、これらに加えて法人税、地方法人税、法人事業税など私たち個人が負担しないものの税収への貢献度が非常に高い税目も存在します。
さらには税と名乗っていないものの、実質的に税金と似たような性質を有する賦課金―――たとえばテレビを持っているだけで支払わなければならないNHK受信料、電気を使用すると徴収される再エネ賦課金など―――も多いのが実情でしょう。
「この社会 あなたの税が いきている」
これをまとめたものが、最近、当ウェブサイトで頻繁にお示ししている次の図表1です。
図表1 会社が払った人件費は何に浪費されているのか
「この社会 あなたの税が 生きている」。
「生きている」のは「あなたの税」であってあなた自身ではありません。
官僚機構を生かすために労働者が生きられないような社会が果たして正しいものなのか…。
なんだか、よくわかりませんね。
しかも、年金や健保などの場合は、高額の保険料を支払った人ほど損をする仕組みです。
たとえばそこそこ高額の所得者は、(理論上最大で)生涯数千万円から1億円の保険料を負担させられるわりに、将来受け取れる公的年金額の見込額は年間せいぜい300万円前後というから、開いた口がふさがりません(受け取れる年金額などは、年齢により幅があります)。
また、同じく高額の所得者は支払う健保の額が大きいくせに、いざ大病を患ってしまったときの保障(いわゆる高額療養費の自己負担額)が異常に高く、若くて比較的高い金額を稼ぐビジネスマンは、大病に罹ると治療費負担に耐えられず、治療を諦めてしまう問題も指摘されています。
日本の公的保険システム、「保険」などと称しながら、実質的に保険としての体をなしておらず、実質崩壊状態に瀕しているのだ、という言い方をしても良いかもしれません。
減税を拒否する人たち
減税?賃上げ?それとも給付?
こうしたなかで、これも普段から述べている通りですが、昨今の物価高で生活苦を訴える人が増えていることは間違いありません。
こうしたときに、減税・社保引き下げを通じてではなく、政府が企業に賃上げを要請したり、住民税非課税世帯の個人などに現金やクーポン券を配ったりするなどして、生活苦への支援を行おうとする考え方があることは間違いありません。
物価高・生活苦への支援の在り方
- ①減税する、社保を下げる、税目を廃止する
- ②企業に対し賃上げを要請する
- ③低所得層に現金やクーポン券を配る
このうち①については、当ウェブサイトでは長らく指摘し続けてきた通り、法律さえ通せば特別な手続が不要、というケースも多く、たとえば国民民主党が提唱した「基礎控除の引き上げ」は条文を数本改正すれば、民間企業は控除額テーブルを微修正するだけですぐに実現可能です。
問題は、②と③ですが、結論から言えばどちらも下策です。
賃上げしたら半額近くが税社保に消える現象
たとえば②については、政府が高すぎる税・社会保険料をそのままにして、企業に賃上げを要請したところで、従業員の手取りは大して増えません。このことを実例により確認するために、ここでは人件費が800万円の場合と900万円の場合を考えてみましょう(図表2)
図表2-1 人件費800万円の場合の手取り
図表2-2 人件費900万円の場合の手取り
人件費800万円といっても、手取りは大したことがありません。社保の会社負担分が111万円引かれ、額面年収は689万円に減ってしまうからですが、それだけではありません。社保の本人負担分が106万円、所得税や住民税などの諸税が65万円引かれ、本人の手取りはたった517万円です。
しかし、この状態から企業がこの人に支払う人件費を100万円増額した場合は、もっと驚く現象が生じます。
企業が払う人件費は900万円に、社保会社負担分125万円を引いた残額が額面775万円に、それぞれたしかに増えるのですが、今度は社保本人分が120万円引かれるだけでなく、所得税や住民税などの負担が85万円に一気に増えるため、手取りは570万円しか残りません。
517万円から570万円。
頑張って賃上げしても税社保にゴッソリ持って行かれる現状
企業が人件費を100万円増やしたはずなのに、驚くことに、従業員の手取りは53万円しか増えないのです(図表3)。
図表3 企業が人件費を800万円から900万円に増やした場合
(【試算の前提】図表1と同じ)
すなわち、企業にとってはせっかく頑張って従業員に支払う人件費を100万円増やしたとしても、税、社保などで半分近くをゴッソリと持って行かれてしまい、従業員の手に渡るのは半分ちょっと、ということになるのです。
なぜこんなおかしな計算結果になっているのか。
話は簡単で、所得税が累進課税制度を採用しており、適用される所得税率区分が10.21%から20.42%に跳ね上がるからです。これにより所得税・復興税が13万円ほど増えてしまい、住民税とあわせた諸税負担も19万円ほど増えてしまう、というわけです。
要は、上記の計算は誤っておらず、誤っているのは税制・社会保障制度の方だ、ということですね。
低所得者向け給付は社会の分断を煽る
先ほど示した『物価高・生活苦への支援の在り方』に話を戻しましょう。
今度は③の「低所得層に現金やクーポン券を配る」、についても簡単に考えておくと、これは「低所得者に対する福祉」という観点からは、一見合理的です。
しかし、現在の日本で生じているのは、ミドルインカム層以上の勤労者の貧窮化であり、また、住民税非課税世帯には金融資産などを豊富に持つ実質的な富裕層なども含まれていることを踏まえると、支援対象を「低所得者」に絞ることは、適切ではない可能性が濃厚です。
問題は、それだけではありません。
低所得者に対する現金給付は、それを振り込む役所の側の手間も大したものがありますし、これに加えて(一般論ですが)「低所得者」の範囲から漏れるミドルインカム・ハイインカム層も、現実問題としては生活苦にさらされていることを忘れてはなりません。
当然、こうした「低所得者向け支援」が大々的に報じられれば、勤労層の大多数を占めるミドルインカム以上の層からの反発も強くなりますし、この「低所得者層への優遇措置」は、社会の分断と対決を煽るという結果をもたらしかねないのです。
日本国民の対応
岸田さん、そりゃないよ…
こうした文脈で、やはり気になるのは、こんな話題かもしれません。
物価高対策、給付も選択肢 岸田前首相
―――2025/05/25 19:08付 Yahoo!ニュースより【時事通信配信】
時事通信によると、岸田文雄前首相は25日の会合で、物価高対策として「対象者を限定した給付が選択肢になる」、などとする考えを示した、というのです。
時事通信の記事自体は非常に短く、岸田前首相がいかなる文脈でこれを述べたのかについてはよくわかりませんが、それにしてもこの「対象者を限定した給付」云々の部分だけを読むと、なんとも残念です。
岸田前首相と言えば、首相在任中には(中途半端ながらも)ひとり4万円の「定額減税」を実施した人物ですが、やはり恒久減税には及び腰、ということなのでしょうか。
そもそも物価上昇し、実質賃金が変わっていないのに名目賃金が上昇して適用税率が上がってしまうインフレ増税問題(いわゆるブラケット・クリープ)を放置しているのも理解に苦しむ点ですが、それ以上に、この期に及んで「対象者を限定」とは、いったいなにをのたまっているのでしょうか?
選挙に必ず行ってくださいね!
なお、当たり前の話ですが、著者自身の願いは、日本政府が外交・安全保障で日本国民の安全と平和な暮らしを守り、適切な経済政策で国民経済の最大限の発展を振興することです。そのためには国民ひとりひとりが最適な選択肢を考え、投票し続けることが必要です。
いずれにせよ、著者自身が当ウェブサイトをあと何年続けられるかはわかりませんが、少なくともこれからしばらくは、次の2点を訴え続けることに注力しようと思います。
- できるだけ客観的なデータを示すこと
- 全ての選挙での投票を呼び掛けること
ご協力いただける方は、(選挙権がある方は)とりあえず選挙には必ず行ってくださいますと幸いです。
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アメリカには貧困対策で1964年から続く「フードスタンプ」という制度がある。(現在はカードになっているらしい)酒タバコは買えず、食料品だけ。
これなんかクーポンの一種だけど。
日本でやろうとしたら批判が集中しましたね。
実情はパチンコやらに使えなくなったり、某団体が吸い上げられなくなるからでしょうけど。
政府が「企業に賃上げを要請すること」に前向きなのは、税社保の収増につながるから。
・・・・・
*岸田派にひとこと。
理想:この社会 あなたの税が 活きている
現実:コーチ会 あなたが税を 遺棄してる
ジャブジャブ差し引かれた厚生年金でためてる金が
国民年金に盗み取られるのは納得できない
自民党が自分で払えよ
コレですね。
「年金改革関連法案、自民・公明・立憲民主が修正案に大筋合意…厚生年金の積立金で国民年金底上げ」
ホント最悪です。
払ってる額が違うんだから貰える額が違うの当然でしょうに。
選挙、行きますよ。
人の金は俺の金
俺の金は俺の金
って感じですかね?
自民・公明・立憲民主さん?
厚生年金に給与天引きされている人、怒りますよ〜?
昨日、今年の源泉徴収票を見てました。本当に悲しくなりますよね。普通のサラリーマンは年収の半分を払い、そのうえ消費税を初め、様々な税を追加で払う事になっています。
これが世界でもっとも債権を持っている金持ち日本なんでしょうか?
自民党は海外のばら撒きを止める事はしないと石破が宣言していました。
理由は日本は海外に育ててもらったからお返ししなければならない。
日本人がどんどん貧乏になってでもですか?
そんな自分達の勝手なイデオロギーを満たすために海外へのばら撒きは止めるべきです。
氷河期世代の人達への年金がどうのとの説明がありました。
氷河期世代を作ったのは、日銀の金融政策の失敗で経済が成長しなかったのが原因ですから、ますは、銀行が日銀に預けている当座預金への利息は、ゼロにして、その分の金額を、損害賠償として国民年金に回して欲しいものです。
これだけ反発があるということは:
政府が言う「世代間の支え合い」なんて誰も賛同していないということ。
なんでオレの積み立てた年金使って低年金者をたすけなきゃなんない?
元の案が
・高収入の現役層の保険料アップ
・厚生年金加入層の拡大
・年金受給者の減額の壁を月額51万から62万に拡大
と、年収612〜714万の豊かな高齢者以外には恩恵が無い案でしたからね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3ed5c9f8e25b5c93f9ad2049acb21da228183a55
選挙前の手土産としては対象が限られていて不十分。サラリーマンの反発は承知の上で、年金受給者の票を固めれば良いという判断でしょう。
自民党もすっかり現役層に背を向けた党になったと感じます。立憲との大連立も、あながちウワサだけでは無いのかもしれません。
それが実現すると「新しい資本主義の実現に向けて」https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/newcapitalism/
にある分配や、市場ではなく政府がコントロールする姿勢はさらに強まり「取って配る」は更に推し進められるのでしょうね。
賛否は人それぞれでしょうが、ちゃんと投票で示さないといけませんね。
「検討」だからやるかも怪しいですし、やってもどうせいつもの非課税世帯のみでしょうな。岸破自民党は崩壊させるしかないです
何と言うか、やることなすこと「働いたら負け」な政策ばかり。
裕福になりたい人からお金を取り上げてれば、そりゃ経済成長なんてできるわけない。
(債務のGDP比率も下がるわけがない)
新聞の軽減税率適応はきっと、新聞社が消費税に批判的な記事を載せない代わりに財務省と自民党が仕組んだでしょうね。
高橋洋一先生が言ってましたが、小泉農水大臣にしたのも裏で財務省が画策しているようです。米の価格2000円台は財務省の操作でできるそうです。
つまり、小泉は達成できるように絵に従って進めているだけです。
そうして小泉は素晴らしいという下地を作って自民党離れを防ぎ、時期総裁として実績作りと人気回復が目的です。
そうすれば財務省は安泰なのです