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夫婦共働きでも子育て世帯の生活が苦しい理由は税社保

「年収800万円でも子育ては苦しい」―――。こんな趣旨の記事が『Yahoo!ニュース』に掲載されたところ、「年収800万円でも生活費が足りないとは、いったい何に使っているの?」、などと批判する趣旨のコメントがあったのに気づきました。厚年保険料が労使合計で18.3%と、1970年代前後の3倍水準にまで跳ね上がっていることなどを踏まえると、それだけで手取りの条件が大きく変わってきます。

人件費、年収、手取りの関係

【総論】税と社保の詳説…人件費と年収と手取りの関係』では、現在の制度を前提に、▼企業が支払う人件費、▼額面の年収、▼手取り―――の関係について詳述しました。それぞれの概念をまとめると、次の通りです。

人件費

企業がある従業員を雇うために必要な総費用。従業員に対して支払う給与等だけでなく、社会保険料の雇用主負担分も含まれる。とくに社保等は額面年収に対して15%を負担せざるを得ないため、年収600万円の人を雇うのに必要なコストは約700万円に達する

額面年収

俗にいう「年収」で給与・諸手当・賞与などを含む。年収600万円だと単純計算で月給50万円。ただし、わが国では賞与(ボーナス)が事実上、給与の一部となっており、年2回・合計4ヵ月分程度のボーナスが支給されることも多い

手取り

額面年収から社会保険料(※本人負担分)や所得税・復興税・住民税・森林税などを天引きした残額。可処分所得ともいわれることもあるが、平たく言えば「本人の自由になるカネ」。ただし、現代社会だとこの可処分所得からさらに消費税などの税金を負担させられている

試算の前提

人件費、額面年収、手取りを試算するための前提については本稿末尾参照

年収600万円の人の手取りはたった457万円

そのうえで、年収600万円(※ただし賞与なし、月給50万円)のサラリーマンに関し、①会社がこの人に支払っている人件費、②この人の額面年収、③この人の手取り、の関係を示すと、次の通りです。

  • ①人件費 …6,969,600円
  • ②額面年収…6,000,000円
  • ③手取り …4,566,563円

ちなみに①-②が社保の会社負担分、②-③が社保の自己負担分、諸税(所得・復興・住民・森林税)の合計額と一致します。

  • ④社保の会社負担分…969,600円
  • ⑤社保の本人負担分…927,000円
  • ⑥所得復興住民税等…506,437円
  • ※①-②=④
  • ※②-③=⑤+⑥

本当に、ややこしい税制です。

ですが、これを「わかり辛い」、「わからない」、などと述べていては、話が進みません。

ちなみに次の図表1は、現在の税、社保などの仕組みを「ややこしい」「わからない」などと思っている人たちのために作ったものです。出所さえ示していただければ、Xやご自身のツイートなどへの引用も転載も自由ですので、どうかご活用ください(もし改善提案などがありましたら教えてください)。

図表1 人件費、年収、手取りの関係(年収600万円の場合)

©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでの引用・転載は自由。試算の前提については本稿末尾参照

共働きで年収800万円でも7割弱は「生活が苦しい」

さて、それはともかくとして、本稿で取り上げておきたいのが、『LIMO』というサイトが14日付で配信した、こんな話題です。

【子育て世帯】共働きは増加。世帯年収の平均は800万円台も「生活苦しい」65.0%

―――2025/4/14 06:23付 Yahoo!ニュースより【LIMO配信】

『LIMO』とは “LIFE & MONEY” の略だそうですが、厚労省『2023年国民生活基礎調査の概況』によると「子育て世帯のへ平均年収は812万6000円」だ、とするものです(※原文ママ、「平均年収」の直前の「へ」は誤植と思われます)。

平均年収800万円なら、生活は楽ちんではないか―――。

そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

が、これは正しくありません。

記事が引用するとおり、同調査では、「子育て世帯のうち、生活が苦しいと答えているのは65.0%で、前年の54.7%に比べ10ポイント以上増加」しているからです。

この記事が掲載されている『Yahoo!ニュース』の読者コメント欄を眺めると、こんな趣旨の書き込みが散見されます。

昔の平均年収は今よりも低かったし、国からの各種支援は今よりずっと薄かった。年収800万円あってもたりないとは、」。

…。

厚年料率は1970年代の3倍に!

大変残念ですが、このコメントは、ピント外れにもほどがあります。

この手のコメントを書き込んでらっしゃる方の年齢はよくわかりませんが、仮にこの手の方がご自身の子育て経験をもとにこれを書き込んでいらっしゃるならば、そもそも論として1972年ごろと比べ、現在の厚年保険料率は3倍近くに跳ね上がっているという事実を忘れないでいただきたいところです(図表2)。

図表2 厚年保険料料率(第1種)の変遷

(【出所】厚生労働省『厚生年金保険料率の変遷』をもとに作成)

つまり、同じ年収800万円といっても、厚年保険料も物価も安かった時代の800万円と現代の800万円では価値がまったく異なるのです。

年収800万円といわれても、ボーナス込みの800万円なのか、それともボーナスなしで単純月割りで800万円なのかによっても微妙に計算結果は変わってきますが、ここでは単純化のため、ボーナスなしのケースで試算してみました。

まずは、現在の厚年保険料18.3%(※労使折半)という前提で年収800万円の人の人件費と手取りなどを計算してみましょう。

  • ①人件費 …9,273,770円
  • ②額面年収…8,000,000円
  • ③手取り …5,870,609円(※月額489,217円)
  • ④社保の会社負担分…1,273,779円
  • ⑤社保の本人負担分…1,217,699円
  • ⑥所得復興住民税等…**911,692円
  • ※①-②=④
  • ※②-③=⑤+⑥

次に、厚年保険料率が労使合計で1980年代並みの11.6%にまで直ちに下げられたとしたら、これらがそれぞれどうなるかについても計算してみましょう。

  • ①人件費 …8,954,930円
  • ②額面年収…8,000,000円
  • ③手取り …6,072,030円(※月額506,003円)
  • ④社保の会社負担分…**954,939円
  • ⑤社保の本人負担分…**926,939円
  • ⑥所得復興住民税等…1,001,031円
  • ※①-②=④
  • ※②-③=⑤+⑥

なんと、驚いたことに手取りが587万円から607万円へと20万円アップします(※余談ですが、会社が負担する人件費も927万円から895万円へと32万円も削減されますので、会社としてはその分をこの人の人件費に加算することができます)。

かつては消費税も存在しなかった

もちろん、これ以外にも基礎控除の額や健保の料率が異なる、介護保険がない、復興税がないなど、計算の前提はほかにも異なる点が多々ありますが、単純計算で同じ年収800万円でも、厚年分だけで見て、少なくとも労使合わせて50万以上、負担額が重くなってしまっているのです。

しかも、かつては存在していた年少扶養控除が廃止されてしまったこと、それと引き換えに導入されたはずの児童手当が2024年9月以前は所得制限で高所得者には支給されなかったことなどを踏まえると、手取りは明らかに減らされているのです。

それに1989年以前は消費税が存在しなかったことも忘れてはなりません。

同じ年収800万円でも、可処分所得は今よりずっと多く、物価も今よりずっと安かったのですから、そんな時代の感覚で「年収800万円はカネ持ちだ」、「それで生活費が足りないのは甘えだ」、などと偉そうにご高説を垂れられても、正直、困惑する限りです。

いずれにせよ、国の財政は過去最高の税収を毎年のように更新し続けており、毎年の剰余金も巨額です。

これに加えて昨年は「岸田減税」が行われ、1人あたり4万円、所得税と住民税が減税され、非課税世帯には給付も行われたはずですが、それでも昨年の税収はおそらくは過去最大となる見込みです(『財源論者に不都合な事実…来年度税収見通しは過去最高』等参照)。

最近、減税反対派は「減税派は財源を示していない」、とする主張に終始しているようです。減税に反対する理由がひとつひとつ論破されたためでしょうか。ただ、この「財源論者」にとって、またしても不都合な事実が出てきました。一般会計では毎年のように巨額の剰余金が計上されています(しかも毎年のように、公債の発行が中断されていながら、です)が、それだけではありません。先日の補正予算で2024年の税収見通しが上方修正されたばかりですが、報道等によると、27日にも閣議決定される来年の税収見積もりが70兆円台後半と過去最...
財源論者に不都合な事実…来年度税収見通しは過去最高 - 新宿会計士の政治経済評論

要するに、政府は税を取り過ぎているわけであり、いわば「角を矯めて牛を殺している(※)」ようなものだといえるかもしれません。

※なお、「角を矯(た)めて牛を殺す」は、もともとの意味は「些細な過ちを改めさせることで、却って全体をダメにすること」だそうです。どうでもよい話かもしれませんが。

試算の前提

最後に、本稿で出てきた人件費、年収、手取りの計算ロジックを確認しておきます。

【※試算の前提】
  • ①被用者は40歳以上で東京都内に居住し、東京都内の企業に勤務している
  • ②被用者は給与所得以外に課税される所得はなく、月給は年収を単純に12で割った額でボーナスはないものとする
  • ③配偶者控除、扶養控除、ふるさと納税、生命保険料控除、配当控除、住宅ローン控除などは一切勘案しない
  • ④月俸が88,000円以上である場合は厚年、健保、介護保険に加入するものとし、その場合は東京都内の政管健保の令和7年3月分以降の料率を使用するものとする(※ただし計算の都合上、「標準報酬」を使用していないため、端数処理などで現実の数値と合致しない可能性がある)
  • ⑤雇用保険の料率は本人分が1000分の5.5、雇用主分が1000分の9とし、便宜上、少しでも収入が発生したら自動的に雇用保険料が発生するものとする
  • ⑥「社保本人負担分」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の従業員負担分合計、「諸税」とは所得税、復興税、住民税の合計とし、住民税の均等割は5,000円(森林税含む)、住民税の所得割は10%とする
  • ⑦「社保雇用主負担分」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の雇用主負担分と「子ども・子育て拠出金」の合計とする
  • ⑧本来、住民税は前年の確定所得に基づき翌年6月以降に課税されるものであるが、本稿では当年の所得に完全に連動するものとし、かつ、年初から課税されているものと仮定

新宿会計士:

View Comments (7)

  • ・30年間賃金は増えていない
    https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/h06_hz020105.html

    ・手取りは激減
    https://diamond.jp/articles/-/327777
    https://president.jp/articles/-/60977?page=3

    昔より価値観が多様化しているのに、手取りが減ったら、結婚自体や産み育てられる子供も減ってしまう。
    税収を毎年のように更新し続けており剰余金が巨額でも税収が足りないとは、いったい何に使っているの?
    政府の無能ぶりが酷い。

  • >同じ年収800万円でも、可処分所得は今よりずっと多く、物価も今よりずっと安かった

    うん。ハンバーガーやガソリン単価が100円未満だった。
    旅行先で奮発するまで、料飲税の存在すら知らなかった。

    *料飲税(当時1人あたり2500円以上の飲食で10%課税)

  • 1970年の税負担率は24%程度、2024年の税負担率は45.8%だそうです。
    ほぼ「倍」になりました。

    これじゃ、働いても働いても生活が楽になるわけないでしょう。
    ましてや、子供を3人とかほぼ無理ゲーですよ。

    少子化の原因は、財務省と厚生労働省のせいでしょう。
    馬鹿みたいに何十年も少子化対策に何十兆も使って、官僚も政治家も今まで気付かなかったんでしょうかね。

    現役世代の負担軽減、これがやはり急務だと思います。

    • 横からすみません。
      とりあえずは前政権で作ったこども家庭庁はいらなさそうですね。
      役所として少子化対策はやってないんだそうです。
      取って配って少子化促進の象徴かもと思いました。

      • いえいえ、レスありがとうございます。

        > こども家庭庁はいらなさそうですね。
        はい。間違いなく、こども家庭庁はいらないです。

        > 役所として少子化対策はやってないんだそうです。
        そもそも、「公務員を減らすぞ!」の掛け声の下、本来行政がやるべき業務がどんどんNPOだかNGOだかよくわからん組織に委託されて、公金チューチュースキームが生まれたように思います。ホント無駄です。

        > 取って配って少子化促進の象徴かもと思いました。
        ですね。そもそも30年も対策やってて成果が出ないのであれば、何かが間違っていると気付きそうでしょうに。少子化「促進」対策としてやっていたんなら、成果は抜群ですが。

  • 子育て世帯には、教育費の高騰も大きいでしょう。

    大学授業料
    1975年  国立: 36,000円 私立: 182,677円
    2021年  国立: 535,800円 私立: 930,943円

    大学数を増やし過ぎたのが影響しているのではと思います。文科省も「少子化を後押しする組織」の資格十分だと思います。

    https://www.mext.go.jp/content/20211224-mxt_sigakujo-000019681_4.pdf

    https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b1edcc92ccb7b1acb140cb834d741dafe0489a3c