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「年収一千万円でも生活苦」は明らかに制度設計のミス

高年収だと奨学金も借りられず各種補助も所得制限で打ち切られる。このため、事例によっては年収700万円と年収1200万円で手取りがさして変わらないこともある―――。Xなどで、こんなことが話題になっているようです。考えてみればおかしな話です。そして、こうした制度設計のミスに真摯に向き合わなければ、自民党は次の選挙でも苦戦する可能性があります。

2025/01/06 16:30 追記

試算に当たっての前提条件を記載し忘れていましたので、本稿末尾に該当する記述を追加しています。

国民民主躍進の背景はSNS発展と「取られ過ぎ」への不満

大事なことなので何度でも強調しておきますが、国民民主党が「手取りを増やす」で議席を大幅に増やした大きな理由は、現在の日本では税や社保を巡って、「取られ過ぎている」と不満を持つ人が増えたからではないかと思います。

正直、著者自身は国民民主党という政党を全面的に信頼すべきとは考えていませんし、今すぐ自民党が下野し、立憲民主党や国民民主党を主体とする政権ができるべきとも考えていません(そして、そうした考え方自体、現時点では非現実的でもあります)。

ただ、自民党が昨年秋の衆院選で、小選挙区で前回と比べて700万近く得票を減らしているという事実に照らすと、あるいは若年層になるほど国民民主党に対する支持率が高いというメディアの調査結果を見ると、国民民主党が「SNS層」から絶大な支持を得ていることは、どうやら間違いなさそうです。

(※あるいは「自民党がSNS層から見放されつつある」、とでもいうべきでしょうか。)

年収300万だと天引き率は21.28%

それはそうとして、改めて「年収と手取りの関係」について示しておくと、なかなかに壮絶です。

たとえば、後述する「試算の前提」に従って年収と手取りの関係を調べてみると、年収300万円の人は、毎年約47万円の社会保険料と約17万円の租税(所得税、復興税、住民税)を負担している計算であり、手取りは約236万円で、21.28%天引きされ、手取りは額面の78.72%です。

また、この人が年2回、月給の2ヵ月分のボーナスをもらっている(つまり月収は年収の16分の1である)という前提を置くと、この人の月収は月収18.8万円、月手取りは145,728円と試算できます。

年収300万円の人の手取り
  • 社保料466,200円
  • 諸税金172,197円
  • 年手取2,361,603円(手取り率78.72%、天引き率21.28%)
  • 月収(=年収÷16ヵ月)18.8万円、月手取り145,728円

このくらいならば、まだ理解できる、という人もいるかもしれません。

年収があがると次第に天引き率が増える

しかし、日本の税制では、年収が高くなるほどに天引きされる金額が増えます。

たとえば年収300万円で21.28%だった天引き率は、年収500万円だと23.06%に増え、年手取りは3,847,111円、ボーナス4ヵ月分の前提で計算した月収は31.3万円、月手取りは237,259円に過ぎません。

年収500万円の人の手取り
  • 社保料777,000円
  • 諸税金375,889円
  • 年手取3,847,111円(手取り率76.94%、天引き率23.06%)
  • 月収(=年収÷16ヵ月)31.3万円、月手取り237,259円

同じく年収700万円の人の場合は、天引き率は25%を超え、年手取りは5,233,762円、ボーナス4ヵ月分の前提で計算した月収は43.8万円、毎月の手取りは324,768円であり、「自由になるカネ」はやっと30万円を超えくらいです。

年収700万円の人の手取り
  • 社保料1,087,800円
  • 諸税金678,438円
  • 年手取5,233,762円(手取り率74.77%、天引き率25.23%)
  • 月収(=年収÷16ヵ月)43.8万円、月手取り324,768円

年収1000万円を超えた場合はどうなるか?

こうした試算の延長で、年収が1000万円を超えた場合についても考えてみましょう。

「社会的成功者」の目安とされる年収1000万円の場合、天引き率は28.18%に増え、年手取りは7,182,475円、ボーナス4ヵ月分の前提で試算した月収は62.5万円、月手取りは441,338円と計算されます。

年収1000万円の人の手取り
  • 社保料1,352,700円
  • 諸税金1,464,825円
  • 年手取7,182,475円(手取り率71.82%、天引き率28.18%)
  • 月収(=年収÷16ヵ月)62.5万円、月手取り441,338円

また、年収1200万円の人は、天引き率は29.58%と、ほぼ3割に増え、年手取りは8,450,249円で、ボーナス16ヵ月の前提だと月収も75万円ですが、毎月の手取りは519,951円。「年収1200万円」で「12ヵ月で割って毎月100万円」、という印象を持つ人も多いと思われますが、現実はその半額です。

年収1200万円の人の手取り
  • 社保料1,480,500円
  • 諸税金2,069,251円
  • 年手取8,450,249円(手取り率70.42%、天引き率29.58%)
  • 月収(=年収÷16ヵ月)75.0万円、月手取り519,951円

高額療養費問題…1650万円以上の人は25万円しか残らないことも?

さらに報道等で「2027年8月から高額療養費上限が約44万円に引き上げられる」などと報じられている年収1650万円の人の場合、天引き率は33.88%と3割を超えており、毎月の手取りは691,912円です。ここから44万円取られたら25万円しか残りません。

年収1650万円の人の手取り
  • 社保料1,778,472円
  • 諸税金3,812,281円
  • 年手取10,909,247円(手取り率66.12%、天引き率33.88%)
  • 月収(=年収÷16ヵ月)103.1万円、月手取り691,912円

しかも、上記の試算はいずれも「社保の半額以上を雇用主が負担している」という事実を無視したものであり、社保のうち雇用主が負担している部分も「年収」に含めた場合、国民の負担率はさらに跳ね上がることになります。こうした実態に照らすと、やはり現在の日本では、税、社保の額が高すぎると断じざるを得ません。

年収1200万円で子供3人…生活苦とは?

こうしたなかで、Xでちょっとした話題となっているのが、「年収1200万円だけれども、子供が3人いて、生活にまったくゆとりがない」、とする趣旨のコメント主さんです。お住まいの県では高校の学費補助もなく、子供の大学費用をどう捻出するか困っている、としています。

「年収1200万円で子供を大学にも行かせられないなんて、それは家計管理がずさん過ぎる」。

そう思う人もいるかもしれません。

しかし、上で見たとおり、年収1200万円の人の毎月の手取りは519,951円に過ぎません

もちろん、これとは別にボーナスが年2回、合計4ヵ月分出るほか、昨年10月から児童手当の所得制限がなくなったため、子供3人なら最大で毎月5万円の手当がもらえますし、また、高校生ならば扶養控除の適用が受けられるケースもあります。

ただ、それでもそもそも給与や社保が合計30%近くも天引きされているわけですから、やはり生活が苦しいのは仕方がありません。

しかも、日本では子育てに必要なさまざまなモノにも容赦なく消費税が課せられます。

生まれたばかりの子供をお持ちであれば、粉ミルク(8%)、紙おむつ(10%)、お尻ふき(10%)、ベビーカー(10%)、肌着(10%)、離乳食(8%)。少し大きくなったらお子様ランチ(10%)、遊戯施設入場料(10%)。小学生以降ならば学習用品(10%)。

実質的な租税負担は、世帯によっては稼ぎの50%を超えたりすることもあるかもしれません。

さらに大きな問題があるとしたら、なまじっか年収が多い場合には奨学金が借りられないなど、さまざまな支援が打ち切られるケースが多いことでしょう。

控除や各所補助の関係に照らし、下手をすると年収700万円前後の世帯と年収1200万円の世帯で、実質的な手取りが多い、といった事態すら考えられます。

自民党よ、真摯に向き合え

こうした状況に最も大きな責任があるのは、選挙で選ばれてもいないくせに実質的な権力を握ってきた財務省を含めた官僚組織と、官僚組織の暴走を幇助したオールドメディアですが、官僚どもの暴走を政治責任で止められなかった政治家(とくに与党の足を引っ張ってきた特定野党など)の責任もゼロではありません。

自民党議員の皆さま、あるいは自民党支持層の皆さまには心していただく必要があります。

勤労者層の税や社保の負担が高すぎること。

負担と給付のバランスが取れていないこと。

これらに気付いた国民が激怒していること。

こうした状況を放置したまま、夏の参院選に突入してしまうと、自民党は参院選でも惨敗しかねませんし、現実問題として「自民党に代わる保守政党」が出現していない場合は、国民民主党もさることながら、最大野党である立憲民主党が相対的に議席を伸ばす可能性も十分にあるのです。

その意味では、年収の壁問題には自民党こそ真摯に取り組まねばならないのですが、残念ながら宮沢洋一・税調会長ら「税調インナー」の危機感は見えてきませんし、また、党総裁として自民党を束ねる石破茂首相の動きも見え辛いところです。

しかし、わが国を取り巻く外交・安全保障上の懸案が山積するなかで、現在の日本で政権交代を生じさせるだけの余裕があるのか。

そうであるならばこそ、与党、とくに自民党は一般国民の声に真摯に向き合い、「年収と手取りの逆転」、「働いている人が生きていけなくなるような制度設計上のミス(たとえば高額療養費上限など)」の問題に最優先で取り組むべきではないでしょうか。

自民党の皆さまには真剣に考え直していただきたいと思う次第です。

試算の前提

※ここからが追記です。オリジナル稿では「試算の前提」を書き忘れていましたので追記します。

  • 被用者は40歳以上で東京都内に居住し、東京都内の企業に勤務しているものとし、給与所得以外に課税される所得はなく、また、ボーナスは年間4ヵ月分、月給は年収を単純に16で割った値とし、配偶者控除、扶養控除、ふるさと納税、生命保険料控除、配当控除、住宅ローン控除などは一切勘案しない
  • 年収が約106万円以上である場合、厚年、健保、介護保険に加入するものとし、その場合は東京都内の政管健保の令和6年3月分以降の料率を使用するものとする(ただし計算の都合上、「標準報酬」を使用していないため、端数処理などで現実の数値と合致しない可能性がある)
  • 雇用保険の料率は1000分の6とし、便宜上、少しでも収入が発生したら自動的に雇用保険料が発生するものとする
  • 「社保」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の従業員負担分合計、「諸税」とは所得税、復興税、住民税の合計とし、住民税の均等割は5,000円、住民税の所得割は10%とする
  • 本来、住民税の所得割は前年の確定所得に基づき翌年6月以降に課税されるが、本稿では当年の所得に完全に連動するものとし、かつ、年初から課税されているものと仮定する
  • 基礎控除は合計所得金額が2400万円までの場合、所得税が48万円、住民税が43万円とし、以降2450万円まで、2500万円まででそれぞれ基礎控除が逓減し、2500万円超の場合はゼロとする
新宿会計士:

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  • 支持層が高齢者に偏っており減っていく一方で、SNSが発達し日々、悪行が暴かれている自民党は若者からは支持が得られず、これ以上はないでしょう。
    自民党はオワコン、新聞みたいなもんです。

  • 財務省の役人も試算するとどうなのでしょう。官舎による住居費と退職後の渡りで辻褄をあわせているのか。どちらの恩恵も受けられない人もいそうだが。省内で発言を封じられているのかな。

  • 先ほど東大に中国人留学生がわんさか
    院生は半数が中国人だとか
    税金を使ってスパイ養成?それとも人民解放軍強化?それとも人民解放軍日本省の育成?
    財務省が「取って取ってばらまき」に徹するのは自分たちの為でなく侵略者様の為?
    恐ろしいことが着々と進んでいる
    自民党よ
     日本の安売りを止めろ
     日本の為の仕事をしろ

  • 日本の医療費は高いのか?
    私自身外国で(香港)医者にかかったことが1度あるがあまり参考にならない。いろいろな情報を勘案すると決して高くないように思える。すぐに日本のxxxは高い、安いと言うオールドメディアが騒がないところをみると高くはないのだろう。
    健康保険はその高くない医療費をカバーするためにあるが健康保険では医療費を賄いきれず公費が入っている。
    つまり現在徴収されている健康保険料は高くはないのではないかというのが私の推論。

    勤務医の年収を知って呆れたことがある。6年大学通って、高い学費払って、国家試験受けて、研修医やって、人によっては浪人してから大学はいってこれかよという水準。
    日本の医療水準、医療へのアクセスは世界トップクラスだと思うけどそれが今の医療費水準で維持できているのはみんなが我慢してるんじゃないかな?
    医者、看護師はもっともらいたい、製薬企業、医療機器の製品はもっと高く売りたいと思ってるはず。それをやったら保険料はもっと高くなるだろうね。

    • X で 「稼ぎたい医者の卵は、自由診療の美容整形外科に行ってしまう」 と嘆いている医師がいましたね。通常の診療科目は、診療報酬が国に決められていますからね。

      また、個人の開業医は、高い医療機器が必要ない心療内科に流れてるんじゃないかと思います。最近、メンタルクリニックが、やたらと増えてますよね。

      いずれにせよ、「医者が儲かって、ウハウハだった時代」 は過去のものでしょう。

  • 子供2人を確実に養えない制度設計がそもそもおかしい。
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA032RT0T00C22A6000000/

    官僚機構は、内輪の評価向上につながる支配力強化と天下り先の創出のために、実質的な税率アップを常に画策している。国会は、自説の崩壊をおそれ意地でも経済成長させたくない官僚機構の本質を見抜き、強く牽制する存在でなければならないし、有権者としてもそのような議員を選びたい。
    歴代政権の財政にまつわる失政、不作為、思考停止ぶりがこれから容赦なく暴かれていくでしょう。自民党の議員は、異議を唱えないのなら税調の言い分を容認していることになるが、それでもいいのだろうか。

    • 石破総理が「税金を下げるより少子化対策が優先」とTVで話したそうです
      税金が高いから子供を育てるのが大変。とは思わないのかなあ
      財務省もこれだけ叩かれてるのに修正しないよね
      国民世論との意地の張り合い? かな

  • 日本国民は、消費税まで含めると所得の半分以上を税金に費やしています。
    しかし「経済学者」さんたちからは、消費が増えないとか人口が増えないとか成長性が低いなど課題の指摘ばかりで改善策は一向に聞こえてきません。
    私は国民負担の軽減しか改善策は無いと思うのですが。
    「経済学者」さんたち一体何を研究されておられるのでしょうかね?
    経済学は後講釈の学問とよく言われますが、後講釈でも良いので日本が背負ってしまった課題の原因くらいは分かりやすく説明してもらいたいものです。

  • 年収1千万円で生活苦になるのは、年収1千万円での現実の手取り額に見合わない高額な出費(例えば、月収100万円を使い切るような出費)をしているからに過ぎません。

    1千万円で生活苦になるなら、1千万円の人よりも手取りの少ない年収700万円の人は必ず生活苦になるはずですし、500万円の人は猶更です。

    年収1千万円の現実の手取りの範囲で可能な出費の範囲で生活をすれば良いだけで、家族の人数などの条件が同じであれば、年収700万円の人たちや年収500万円の人たちよりも裕福な生活ができることは、累進課税の仕組みでも保証されています。

    ただ、本当に問題なのは、年収がある額(「しきい額」と呼ぶことにします)を超えると途端に全額打ち切られる手当や補助金が現実には存在している点です。これは改められねばなりません。(例えば、実際の年収がしきい額を超えた額を、支給される手当・補助金の総額から減じる仕組みにする等)