最近だとネットで見かける記事に、「オールドメディア」という単語が普通に登場するようになったようです。なかなかに興味深い変化です。そういえば、著者自身も最近、周囲の人がオールドメディア離れを起こしているのを目撃する機会が増えているのですが、こうした傾向は加速するのでしょうか、そしてそれを止めるためには何が必要なのでしょうか。
目次
今年の選挙の前後で潮目が変わったネットとオールドメディアの力関係
以前からしばしば報告している通り、著者自身は普段からさまざまな会合に参加し、(業界は申し上げられませんが)さまざまな企業のマネージャー、部長、執行役員クラスの方々とお会いします。また、(実名は申し上げられませんが)さまざまな立場の方々と会食をすることもあります。
こうしたなかで、ちょっとした気づきがあります。
ビジネス上でお会いする人たち、ひと昔前までであれば情報源は新聞(とくに国の名前と経済を組み合わせたメディア)、あるいは宴席の雑談の会話はテレビのドラマなどが多かったのですが、最近、こうした傾向に大きな変化が生じているように思えてなりません。
やはり、10月の衆院選、あるいは11月の兵庫県知事選挙あたりから、明らかに潮目が変わりました。
先月のとある会合では、お会いした人たちからは誰からもとなく「年収の壁」問題への言及が始まり、著者自身も(いちおう)公認会計士だという事情もあって、日本の所得税法の仕組みを解説したところ、好評を博しました(これに関しては昨日の『否が応でもSNSと付き合わなければならない時代到来』もご参照ください)。
また、同じく先月、とある人(年齢的にギリギリ50代の方)と会食をしたところ、おもむろに「私は最近、これで情報収集をしていると切り出し、スマートフォン(iPhone)を取り出し、X(旧ツイッター)のアプリを立ち上げて見せてくれました。
さらには、著者自身の自宅の近所で、某新聞を購読していたはずの高齢者のご家庭に、先日から新聞が届けられなくなっているのにも気づきました。新聞配達のお兄さんがそのお宅を素通りしているのです。これについて、とある機会にそのお宅のご主人と立ち話をしたところ、このご主人はこうおっしゃったのです。
「いまだとネットがあるでしょ?新聞なんて重いし嵩張るしゴミになるだけだしね。思い切って新聞、解約しちゃった」。
どれも、ちょっとした衝撃でした。著者自身、「日本の中高年は新聞やテレビが大好きで、ネットなどほとんど目にしない」、などと勝手に思い込んでいたからです。
「正確さなら新聞、早さならテレビ」
当ウェブサイトでは普段から、「ネットの威力」、「オールドメディアの限界」を説いているわけですが、著者自身の目に見える範囲でオールドメディアの影響力が急落し始めているのを見ると、やはり、その変化が各所に及んでいるのではないか、という気がしてなりません。
冷静に考えてみたら、それも当然です。
新聞だと、情報が紙に書かれているため、小さな文字が見え辛いご高齢の方にとって、「スワイプして拡大する」ということなどできません。せいぜい虫眼鏡やルーペで文字を拡大するのが関の山であって、それを探すのも億劫です。
また、新聞は物理的に情報を紙に印刷し、人海戦術でそれを各家庭に届けるというビジネスモデルであるため、そこに印刷されている情報は、どう頑張っても7~8時間前のものです。「ほんの数分前に起きた地震」の詳細情報が掲載されることは絶対にあり得ません。
これに対し、情報の速報性という観点からは、テレビは新聞よりは優れています。しかし、テレビの場合、自分が見たい番組があったとしても、放送時間にテレビの前に座っておかなければならないわけです(いちおう録画することもできますが、ニューズ番組を「録画で」視聴したい、という人は、そう多くないでしょう)。
また、テレビ放送はその性質上、文字情報を圧縮して放送する、ということにはあまり適していません。新聞の社説などとことなり、どうしても出演者がテレビカメラの前でしゃべる、といったコンテンツが中心となってしまうため、「正確さ」よりも「わかりやすさ」「簡潔さ」を重視してしまうのです。
その結果、新聞は速報性を、テレビは正確性を、それぞれ犠牲にせざるを得ず、必然的に、「正確な情報が知りたい」のであれば新聞を、「手っ取り早く知りたい」のであればテレビを、それぞれ利用する、という「棲み分け」ができていたのです。
新聞とテレビのメディアとしての限界
ところが、ネットが出現したことで、じつは新聞の記事もさほど正確なものではないということが徐々にバレ始め、また、テレビも「速報性」「情報のボリューム」という観点からは、ネットに徐々に負け始めているフシがあるのです。
また、地震速報であれば、たとえば気象庁が出す速報の方がテレビ速報よりも正確ですし、災害時にはショッキングな災害の映像を流すテレビよりも、本当に必要な情報(たとえば避難所や救援物資などの正確な情報など)が手に入りやすいネットの方が優れていることに、人々が気付き始めているのです。
それに、新聞もテレビも、この世の中に取り残され始めているフシがあります。
新聞の場合は情報を物理的に紙に刷り込んで、人海戦術で全国津々浦々に届けるというシステムですが、ネット回線の速度と容量が飛躍的に向上したことで、紙に刷り込んだ遅い情報よりも大量の情報を迅速に人々に届けることができるようになりました。
また、テレビは映像や音響を電波に乗せて全国に送り届けるという仕組みですが、受信する相手に合わせて放送するコンテンツを変えるということは難しく、オンデマンドで個々人のニーズに合わせたコンテンツをネット回線により配信するVODなどのサービスに大きく後れを取っています。
著者自身、テレビ放送が完全に消滅するとは考えていないのですが(スポーツ中継などのように、電波で送り届けた方が効率的だ、というケースはあるからです)、少なくとも新聞に関していえば、ビジネスモデルとして完全に終焉を迎えていると考えています。
一般社団法人日本新聞協会は毎年12月下旬ごろに、『新聞の発行部数と世帯数の推移』などのページで最新の部数データを発表していますが、今年の新聞部数がどうなるかは、今から待ち遠しくてならない今日この頃でもあります。
イトモス研究所の小倉健一氏がテレビの「つまらなさ」を解説
さて、こうしたなかで本稿では、テレビ業界に関して、ちょっと気になる記事を2本ほど発見したので、紹介しておきたいと思います。
ひとつは、ウェブ評論サイト『みんかぶマガジン』が火曜日に配信した、こんな話題です。
TBSは「兵庫、本当に恐ろしいこと起きている」、フジは「PR会社社長宅突撃」…どうしてテレビはむちゃくちゃになったのか『つまらなさ』の正体
―――2024/12/10 10:30付 Yahoo!ニュースより【みんかぶマガジン配信】
執筆したのは雑誌『プレジデント』の元編集長で「イトモス研究所」所長の小倉健一氏で、具体的な番組を切り口として、テレビ業界の現状の問題点に関して非常によくまとまっている論考です。「テレビがつまらなくなった」とされる点に関し、「業界全体が抱える深刻な課題」の存在を示唆しているからです。
小倉氏によると現在の番組編成は同じようなフォーマットのグルメ番組が多くの枠を占め、これに対し視聴者側はネットなどを通じて多様な情報を得ていることから、「テレビが同じテーマを繰り返す姿勢は、視聴者の関心を引き留めることができず、むしろ離反を促している」と指摘します。
こうした企画のマンネリ化、視聴者層の偏りに加え、テレビ業界での若手の離職などが業界全体の成長を阻む要因になっているとしたうえで、「つまらないテレビ」という現在の状況を招いている、というのです。
こうした文脈で、「報道の偏向性」も同様に、「最近、特に問題視されるようになった」とするのが小倉氏の指摘です。
とりわけ兵庫県知事選を巡る百条委員会の報道では「職員の自殺と知事のパワハラが直接関連しているかのような印象操作が行われたと批判されている」とし、「この情報の偏りが視聴者の混乱を助長し、メディア全体への信頼を低下させている」、などと指摘しているのです。
哲学者の内田樹氏はテレビドラマ切り口に「メディアは限界を越えて劣化」
一方、もうひとつの気になる記事が、これです。
「テレビドラマから考えた メディアは限度を超えて劣化した」内田樹
―――2024/12/11 07:32付 Yahoo!ニュースより【AERA dot.配信】
こちらは『アエラドット』が配信したもので、哲学者の内田樹さんの『AERA』巻頭エッセイを転載したものだそうです。
内田氏は「最近のテレビドラマの主人公」から新聞記者やテレビ関係者がランキングに入っていない、という事実を指摘(具体的なトップ10についてはリンク先記事を直接ご参照ください)。そのうえで、こう述べるのです。
「私が子どもの頃、NHKが『事件記者』というドラマを58年から66年まで放送していた。私も毎週食い入るように見ていた。だから、当時の子どもたちの『なりたい職業』の第1位は圧倒的に新聞記者であった」。
なるほど、これは興味深い話です。
内田氏によるとほかにもフリーランスの雑誌記者が政財界の暗部を暴露していくというドラマ『トップ屋』(丹波哲郎氏が主演)や、水谷豊氏が主演する新聞記者のドラマなどの事例を紹介しているのですが、「最近、新聞、テレビ業界関係者を主役にしたドラマが記憶にない」というのは興味深い視点です。
自然に出て来る「オールドメディア」
ちなみに両記事ともに、記事に「オールドメディア」という単語がひょっこり出て来て驚きます。
小倉氏の記事の方は(おそらくは『みんかぶ』編集部が執筆した)リード文に出て来るだけですが、内田氏の方の記事では次の通り、地の文で「オールドメディア」という単語が出て来ています。
「先日テレビ局の人と『オールドメディアが力を失った』という話をしているうちに、そういえば新聞記者やテレビのディレクターを主人公にしたテレビドラマがないねという話になった」。
少し前まで、新聞やテレビのことを「オールドメディア」などと呼んでいると、眉を顰(ひそ)める人もいましたが、昨今だと普通に「オールドメディア」という用語が人口に膾炙しているのは興味深いところです。
ただ、それ以上に興味深いのが、小倉氏の記事の末尾にある、「報道番組が目指すべき方向性」としての、次のような提言ではないでしょうか。
「権威に頼らず、少し過激な識者の意見や見解を積極的に取り入れることで、視聴者に新たな視点を提供すること」。
この提言は、テレビに関してなされたものですが、新聞に関しても全く同じことが言えます。
ネットの強みは多様性にあるわけですから、ネットに対抗するためには、読者や視聴者に対し、わざわざ時間を割いて見てもらうのに見合った価値を提供することができるかどうかが大きなポイントだからです。
ただ、著者自身は小倉氏と知り合いではないのですが、なんとなく小倉氏の提言、小倉氏自身が「どうせテレビ業界にそれはできない」とわかっていながら、わざと提唱しているフシがあるように見えてなりません(間違っていたら申し訳ありません)。
いずれにせよ、現在、「オールドメディア」という単語が一般的なメディア記事に掲載される程度には、社会常識が大きく変わって来ていることだけは間違いないと思う次第です。
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毎度、ばかばかしいお話を。
テレビ局:「テレビはニューメディアであると宣伝しよう」
まあ、テレビ画面で視るなら、動画もテレビ番組も区別はないですから。
これからテレビは「マスゴミ業界の人間を主役にしたドラマ」を宣伝(?)のために連発するのでしょうか。
三十数年前、ギョーカイものとして沢山作られていたような。
ワイドショーなどで活躍された小倉智昭氏が亡くなれました。
>https://www.sankei.com/article/20241210-TXHVKGXJ4VNVVFM6A2AEYDKLXE/
ということは、ワイドショーは遺族のもとに取材しに行くのでしょうか。
「そういえば新聞記者やテレビのディレクターを主人公にしたテレビドラマがないね」
ないね、どころか新聞記者というそのまんまなタイトルの映画は、興業的には大コケしたようですよ。
この場合、石丸伸二の映画もコケてるようなので、対象の魅力云々よりはドキュメンタリー映画というジャンル自体に魅力がないからですかね。
『ルックバック』や『侍タイムスリッパー』なんかは、変則的な映画なのに好成績ですから、
「レッテルを貼って駄作なのに騙して売る」ようなマスメディアぽい手法の限界なのかもしれませんね。
イイモのは売れる。シンプル。
毎度、ばかばかしいお話を。
テレビ局:「新聞社をスポンサーに、新聞記者というそのまんまのタイトルの映画を、毎日、放送しよう」
スポンサーが文句を言わなければ、それもありかも。
TVはTver等で配信したり新聞もネットで見ることができるのでオールドメディアじゃ無いという人がいますが、そういう意味じゃないのに何を考えているんでしょうね。
小倉健一氏の記事で「テレビはつまらない」とありますが、もう一歩踏み込んで「テレビは害悪である」と私は思ってます。流行っていない流行語や韓国をごり押ししたり、判断するための情報が片方しか報道されなかったりして、往々にして役に立たないばかりか、判断を誤る原因になります。
私はテレビが復活するためには、放送法4条を改正して『うちの番組は立憲民主党を応援する番組です。だから見たい人だけ見てね』ってやるしかないと思います。できもしない中立公平な報道など謳うから批判されるわけで。
いいじゃないですかね。とにかく自民党だけを下げる放送局や番組や新聞。
見る人も読む人も「そういうもの」だとわかって見たり読んだりすればいいと思います。
>最近、新聞、テレビ業界関係者を主役にしたドラマが記憶にない
嘘だろイソコ……興行収入なんと6億円突破って沸いていたじゃないか……
※参考興行収入(邦画)
・鬼滅の刃:400億円
・君の名は。:250億円
まぁドキュメンタリージャンルなら6億は大成功なんですけど。言うほどドキュメンタリーか?ファンタジー映画なような。
>少し過激な識者の意見や見解を積極的に取り入れる
既に取り入れてきたために左傾化(又は、劣化かな)してしまったんじゃないですか?
>少し過激な識者の意見や見解を積極的に取り入れる
これは「現在地」を基準に「これから先」の方向性の話をしているのではないですかね?
現在地が「左側」に有るなら、そこから「最左翼」への距離と等距離右に振った点が中央よりまだ左なら「中央」の意見や見解は「最左翼」より過激という評価になるでしょうし。
テレビが面白くないのは「おもしろい番組」を作れないから。
「おもしろい番組」を作れないのは予算がないから。
予算がないのはスポンサーが金を出さないから。
スポンサーが金を出さないのはテレビに広告効果がないとわかっているから。
広告効果がない理由はテレビを見る人が少なくなっているから。
テレビをみる人が少なくなっているのはテレビが面白くないから。(最初に戻る)
グルメもの、ぶらり旅では視聴率はとれないとわかってきたので、最近はハリウッド映画を放映している局もある(例えばテレビ東京の平日午後)
ただし放映権料が高いらしくスポンサーの数、コマーシャルの長さが半端ない。
FT(The Financial Times)の記者が面白いことを言っていた(テレビで)
今後メディアは2つに分かれる。
有料のメディアと無料のメディアだそうだ。
有料メディアは今後苦境が続くと予想していた。
そして近いうちに呼び名はオワコンメディアに
騙された、ウソつき、自己弁護、報道しない自由、わざと誤解を誘引。。。。
人々の多くがマスコミ・メディアという言葉で想起するものが右脳的ネガ感覚と結合された時、これがマスコミ・メディアのオワコンの時なのでしょう。