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「取って配る」に拘泥する人たち

財務官僚にとって、減税というものは「死んでも飲めない」というものなのでしょうか。これを裏付けるかのように、「取って配る」に拘泥し続けているのではないかと思えるような話題に相次いで出会いました。国民民主党が主張する減税案で7兆円の減収、などといわれているわりに、その3回分の経済対策についてはあっさりと了解してしまう政府。減税案を「死んでも飲めない」と言い張ったとされる財務省が画策しているのか、「富裕層に対する税額控除の適用制限」という話題。どれもなかなかに強烈です。

国民民主党は政策を訴えて躍進した

衆議院議員総選挙から、そろそろ1ヵ月が経過しようとしています。

自民党が単独過半数割れと惨敗する一方で立憲民主党が50議席も躍進した要因については、『小選挙区得票分析で見える与野党「際どい戦い」の実情』などでも述べたとおり、「衆議院議員総選挙が小選挙区を中心とする選挙制度であること」に尽きます。

躍進したはずの立憲民主党が、小選挙区で前回と比べ、147万票も得票を減らしていたからです。言い換えれば、小選挙区での自民党の得票数が前回と比べて676万票減るなど、立憲民主党以上に惨敗しただけの話です。

ただ、やはり今回の選挙を特徴づけたものがあるとすれば、それは「政策を訴えて勝利した政党」の存在ではないでしょうか。

当ウェブサイトでは選挙前から何度となく指摘してきましたが、国民民主党は(外交・安保政策などでやや首をかしげるものがないではないにせよ)少なくとも経済政策で見れば野党の中では最もマトモな部類だったと思います(※あくまでも著者による私見です)。

多くの勤労者に恩恵が及ぶ年収の壁上限引き上げ

その国民民主党は、公示前の勢力が7議席だったにもかかわらず、今回の衆院選で大躍進し、結果的に勢力は4倍の28議席となりました。それも、比例代表での立候補者不足で3議席を他党(自民党と立憲民主党)に譲ったうえで、です。

そして、そんな国民民主党が掲げた政策のひとつが、もう当ウェブサイトの読者の皆さまにとっても「常識」のひとつである、「所得税103万円の壁問題への対処」です。

同党の主張によれば、物価水準その他を加味したうえで、この「103万円」―――基礎控除48万円と給与所得控除55万円の合計額―――を、少なくとも178万円に引き上げるべきだ、としています。

これについては当ウェブサイトの『国民民主が開いたパンドラの箱…国民対財務省の戦い?』などでも試算を示した通り、年収200万円の人にとっては8万円少々の、年収1000万円の人にとっては23万円弱の、それぞれ手取り増がもたらされる可能性があります。

当ウェブサイトにおける試算では配偶者控除や配偶者特別控除、高校生の家族の扶養控除などについては考慮に入れていないため、試算としては少し雑ではありますが、それでもだいたいのイメージについては理解していただけるのではないかと思います。

ちなみに同記事の派生形として、『生活保護費を労働で稼ぐための必要年収を逆算してみた』では、一定の前提を置いたうえで、生活保護費と同じ手取りを実現するための年収のイメージを逆算しており、これについては某界隈にもちょっとした波紋をもたらしたようです。

国民民主党の手をなかば離れた年収の壁問題

この点、玉木雄一郎代表が当ウェブサイトをご覧になられている可能性もあるので、念のために申し上げておきます。

著者自身は国民民主党を明示的に支持しているわけではなく、また、当ウェブサイトの読者の皆さまにも、「国民民主党に投票してほしい」と呼び掛けたつもりはありませんし、今後も呼び掛けるつもりはありません(今のところは、ですが)。

しかし、国民民主党が掲げる政策のうち、少なくとも「103万円の壁」問題と「消費税5%」に関しては、著者自身としては強く支持していますし、また、自公政権が少数与党状態で、国民民主党が上手く立ち回れば、これらのうちのいくつかが実現する可能性が生じていることについては素直に歓迎したいと思います。

そして、『国民民主が開いたパンドラの箱…国民対財務省の戦い?』などでも述べたとおり、少なくとも減税に関しては、なかば、国民民主党マターではなくなりつつあります。

自公両党が合わせて衆院で過半数を割り込んだこと、国民民主党と合わせれば辛うじて過半数ラインを超えていること―――

こうした事情もあって、国民民主党案を自公両党が丸呑みするという可能性への期待が高まってしまったのです。

これ、冷静に考えると、本当に怖い話です。

先の衆院選で国民民主党に投票しなかった人たちの間でも、(おそらくは)この「年収の壁問題」は強く意識されているからであり、もしそれが実現できなかった場合は、その実現を阻んだ人たちに対する怒りに容易に転化しかねないからです。

非課税世帯3万円バラマキを含む経済対策は減税の3回分!?

そして、その実現を阻む(あるいは中途半端に策を弄する)ような話が、足元で、随分と出てきました。紹介したい話題はいくつもあるのですが、わかりやすくいえば、どれも「取って配る」を継続したい、という観点からのものばかりです。

そのひとつが、これです。

経済対策を決定、非課税世帯に3万円 補正予算13.9兆円

―――2024年11月22日 5:00付 日本経済新聞電子版より(2024年11月22日 18:45更新)

記事タイトルには「非課税世帯への3万円」、「補正予算の規模が13.9兆円」とありますが、特別会計などを含めた財政支出は総額で21.9兆円、これに地方公共団体や民間資金を合わせた事業規模は39兆円―――などとしています。

ここで「あれ?」と思った方は鋭いと思います。

そもそも論として、国民民主党が主張する「103万円の壁」上限引き上げにより、7~8兆円程度の税収減となる、といった報道がありましたが、今回の補正予算の規模13.9兆円はその「税収減」の約2倍前後であり、特別会計などを合わせた21.9兆円でみれば、「税収減」は約3倍です。

口が悪い人に言わせれば、この経済対策を実施せず、国民民主党の主張する減税案を3年間の時限措置として実施するのと、財源的には一体どこが違うのか、という話です。

もちろん、一般会計と特別会計(財政投融資でしょうか?)という違いもあり、また、財政法などに基づく資金使途にも大きな制約などがある可能性もあるため、経済対策の代わりに減税を実施しろ、などというほどに単純なものではないかもしれません。

年収1000万円世帯、思ったほど豊かではない

しかし、非課税世帯に限定した3万円という中途半端なバラ撒きの経済効果が限定的であろうと考えられる一方で、「103万円の壁引上げ」が勤労世帯の多くに減税という恩恵をもたらすことを踏まえるならば、この経済対策が先の衆院選で自民党に投票した層にも失望をもたらす可能性はあります。

そもそも先日から指摘している通り、年収1000万円の層であっても、「ボーナス年2回・合計4ヵ月分」という人にとっては、毎月の収入は額面で62.5万円、社会保険料・所得税・復興税・住民税を控除した後のベースでは、なんと441,338円(!)に過ぎないからです。

もちろん、この数値については児童手当、扶養控除、配偶者控除といった各種控除の適用がなかったものと仮定しているなど、試算の前提はかなり大雑把であり、子育て世帯などの場合だと、現実にはもう少し手取りが多い可能性はあります。

しかしながら、「年収1000万円」、「世帯年収1000万円」などといわれているケースにおいて、世間一般のイメージと比べると、自由になるおカネがさほど多いわけではないことは間違いありません。

こうしたなかで、住民税非課税世帯など、低所得層にばかり配慮した不公平な経済対策が続けば、国民の勤労意欲を阻害するだけでなく、勤労世帯にとっては政府、政権に対する不信感が募る結果ともなりかねません。

ましてや、「103万円の壁」に関する国民民主党案がここまで強く人々に意識されているなかで、「所得を増やす」というメッセージを、自民党政権が頑なに無視するような態度を取り続けていると、自民党支持層のなかでは、来夏の参院選でも自民党を見限る動きが出て来るのではないでしょうか。

富裕層への適用制限案というふざけた構想

そして、同じような文脈でもうひとつ取り上げておきたいのが、共同通信が23日付で配信した、こんな話題です。

年収の壁引き上げ、富裕層の適用制限案浮上

―――2024/11/23 16:17付 Yahoo!ニュースより【共同通信配信】

本文自体非常に短く、趣旨や検討されている事項の詳細、あるいは具体的に「誰が」検討しているのか、といった基本的な情報が、なんだかよくわかりません。ただ、仮に表題や本文にある通り、政府・与党内で本当にこんなことを検討しているのだとしたら、これもずいぶんと国民を舐めた話です。

以前の『「死んでも飲めない」?財務官僚が減税に抵抗する理由』などでも述べたとおり、一部報道によれば財務省幹部は国民民主党が主張する減税案を「死んでも飲めない」などと言い放ったとされています(普段の財務官僚の行動から判断して、著者自身はこの報道の信憑性は極めて高いと考えています)。

すなわち、財務省としては、万が一、国民民主党の案を飲むにしても、その影響をできるだけ限定しようとするのだ、ということです。

あるいは、減税を頑なに拒みつつバラマキは容認するとでもいわんがばかりの霞が関官僚の姿勢を見ていると、彼らの本質的な希望は、あくまでも「取って配る」を維持したい、ということなのかもしれません。

国民民主党側がもし、この案に乗っかれば、いったいどうなってしまうでしょうか。下手をすると次回の選挙で議席の多くを失うことになりかねないのではないでしょうか?その意味では国民民主党にとっても、まさに正念場です。

どうする、立憲民主党さん?

そういえば、この一連の減税議論において、立ち位置が良く分からない政党の筆頭格が、立憲民主党でしょう。『立憲民主党と国民民主党の明暗分ける「年収の壁」対策』でも指摘したとおり、立憲民主党自身がこの問題でいかなるスタンスを打ち出すか、方向性すら明示できていないからです。

考えてみれば、つくづくもったいない話です。

もしも立憲民主党がここで一発、ドカンと「減税」を打ち出せば、そして減税政策で自民党と協議すれば、国民の多くは立憲民主党を見直したかもしれませんし、先日の衆院選で国民民主党に発生したのと同じ現象が、立憲民主党にも発生していたかもしれないからです。

このあたりが最大野党であるはずの立憲民主党の、「オールドメディア依存体質」から抜けきっていない(著者私見)という意味における致命的な弱さであり、限界でもあるのかもしれません。

いずれにせよ、他にもこの「103万円の壁」を巡って、紹介したい(というかツッコミどころの多い)話題は多々あるのですが、これらについては情報を整理したうえで、少しずつ取り上げていきたいと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (11)

  • *生産性のないバラマキ

    立共社は、現役世代から徴収し退役世代に配る方が支持層にウケるのでしょう。
    気になってるのは『働く必要のない資産家』だって非課税世帯だってこと・・。

  • 非課税世帯(厚生年金と退職金で生活に困ってはいない層、ひいては新聞を購読している層)に3万円配って懐柔し、あとはメディアを通じて税収減や財源論を煽って世論を誘導しようってな算段な気がしてきた。

  • 毎度、ばかばかしいお話を。
    役人:「「取って配る」なら、新たなポストと権限が増える」
    まさか。

    • 取るのも仕事、配るのも仕事。
      仕事が増えればポストが増える。
      そう考えるとあながち笑い飛ばせる話でもなさそうですね。

  •  世間では、財務省が悪者になっていますが、役人なんてのは、実力のある(人事に影響力のある)与党政治家の前では、従順です。
     自民党の税調インナーメンバー(宮沢洋一、森山裕、後藤茂之、石田真敏、小渕優子、齋藤健、福田達夫、小林鷹之、上野賢一郎)に直接働きかけた方が、政策実現には効果的、と考えますが、どうでしょうか。
     国民民主党案はどうなるのかなあ。分離案とか、それへの反対とか、128万円での着地とか、さっぱり先行きが見えない。

    • >与党政治家の前では、従順です。

      その解釈はナイーブ。
      従順なフリをしながら論理で説得して結果的に財務省益に貢献させる頭を持っている。だから厄介なの。
      宮澤洋一が財務省の意に反した命令する? しないね。
      意に反した命令を発した結果どうなるか。常日頃から従順なフリをしながら伝えてある。

    • 宮澤洋一も財務省の力を借りて党内基盤を固めた方が楽。そりゃそうだ。日本最大のシンクタンク。
      財務省に求めるのはそれっぽい正当性を伴った大義名分。

      財務省「国民民主党案は7兆円の減収になりますよ」
      宮澤「それはいける、よし、乗った」

  • 国会の最大の仕事は予算でしょ。
    与党で予算通す議席がないということをよ~く考えた方がいい。
    国民民主はもっとつっぱるべきだ。
    103万円が178万円になり景気が良くなったら財務省はなんて言うのかな。

  • ものは試しで「nhk 103」と入力してググってみる。
    出てくる検索結果を見て思う。
    ホントにコイツラ抵抗勢力そのものだな。

  • 住民税分離案なんてのもありますね。
    https://mainichi.jp/articles/20241122/k00/00m/010/296000c

    上記の記事とは関係ない事ですが、立憲は国民民主党に勝る減税政策は出さずに、むしろ国民民主党の足を引っ張る事に注力するのではないでしょうか?
    国民民主党がこのまま躍進し続ければ野党第一党という立場が危ういですから、自民党の足を引っ張るという得意技をここで発揮してくるのでは?

  • アーサー・ラッファーによる、「所得税の税率を下げると、人々がやる気を出して以前よ
    り働くようになるので、所得税の税収総額は増える」
    税率と税収の関係をグラフに書いて、税率が高すぎる場合には、税率を下げると
    税収が上がる、という関係になると主張した。このグラフをラッファー・カープという