国民民主党はいわゆる「年収の壁103万円」の引き上げを主張していることで知られていますが、これについて本稿ではいくつかの仮定を置いたうえで、所得階層別に手取りの増加額と増加率をグラフ化する試みをしておきたいと思います。また、あわせて著者自身が必ずしも国民民主党を支持するものではないにせよ、また、この政策が万全なものではないとも考えているにせよ、とりあえずこの「控除引き上げ」はバブル崩壊後の日本で長らく続いてきた、「税率を上げれば良い」式の発想からの脱却の端緒を開くことになる可能性が高いことを指摘しておきたいと思います。
目次
トンデモさんを相手にする意義
著者自身は昔からX(旧ツイッター)をやっているのですが、「国の借金」論の間違いを当ウェブサイトだけでなくXの方でも発信するようにしたところ、思いのほか反響が良いのに驚いています。
残念ながら一部のトンデモさんにはこうした説明は通じないようですが(『Xに出没…「国の借金」論に拘るトンデモさんへの反論』等参照)、彼らにはいくつかの共通点があるようにも見受けられます。
- 長文が読めない
- 数字が読めない
- 理論を知らない
- 学ぼうとしない
- すぐ論点逸らす
- ナゾの勝利宣言
ただ、仮に「国の謝金」論への反論がこれらのトンデモさんに届かなかったとしても、非常に幸いなことに、その裏側にいる数十倍のマトモな人にはちゃんと届くのは興味深いところです。
その意味でも、じつは、トンデモさんたちへの反論はトンデモさんたちに向けられたものではなく、その裏にいる圧倒的多数の良識的な人々に向けた説明である、という側面があるのかもしれない、などと思う次第です。
国民民主党の所得減税に関するシミュレーション
さて、先ほどの稿でも指摘しましたが、国民民主党が掲げるレベルの減税策であれば、財源の議論などそもそも不要である、というのが著者自身の持論です(いちおう前置きをしておきますが、著者自身は国民民主党の支持者ではありません。是々非々で国民民主党の減税策には賛成しているというだけのことです)
はあるのですが、それ以上に国民民主党の主張の一部を取り入れて、実際に所得控除が拡大されたらどうなるかについてシミュレーションを行っておくことは有益でしょう。
これについては先日の『年収一千万はおカネ持ちなのか?』等を含め、当ウェブサイトでは(かなり粗い)試算をしばしば提示しています(住民税の均等割りや雇用保険の論点、課税所得が2500万円を超えると基礎控除がゼロになる点などをすっ飛ばすなど、かなり粗いものもあります)。
こうした反省を踏まえ、『【資料集】給与の年収と手取りの関係表(1億円まで)』では、現行の税制、社会保険制度などを前提に、年収と手取りの関係について、もう少し精緻な試算を提示しています。
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試算の前提の概要は、次の通りです。
試算の前提
- 被用者は40歳以上で東京都内に居住し、東京都内の企業に勤務しているものとし、給与所得以外に課税される所得はなく、また、ボーナスはないものとし、月給は年収を単純に12で割った値とする
- 年収を12で割った額が88,000円以上の場合、厚年、健保、介護保険に加入するものとし、その場合は東京都内の政管健保の令和6年3月分以降の料率を使用するものとする(ただし計算の都合上、端数処理などで現実の数値と合致しない可能性がある)
- 雇用保険の料率は1000分の6とし、「社保」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の従業員負担分合計、税金とは所得税、復興税、住民税の合計とし、住民税の均等割は5,000円、所得割は10%とする
- 本来、住民税の所得割は前年の確定所得に基づき翌年6月以降に課税されるが、本稿では当年の所得に連動するものと仮定する
- 基礎控除は合計所得金額が2400万円までの場合、所得税が48万円、住民税が43万円とし、以降2450万円まで、2500万円まででそれぞれ基礎控除が逓減し、2500万円超の場合はゼロとする
- 配偶者控除、扶養控除、ふるさと納税、生命保険料控除などは一切勘案しない
基礎控除を大きく拡充した場合に手取りはどうなるのか
いろいろと前提条件が多くて申し訳ありません。
そして、その延長線上で、こんな仮定を付け加えたいと思います。
ここで、基礎控除については次のように変更する(図表1)ものとします。
図表1 基礎控除の変更に関する前提(所得税と住民税)
変更前 | 変更後 |
2400万円まで…48万円/43万円 | 2500万円まで…123万円/118万円 |
2450万円まで…32万円/29万円 | 2550万円まで…82万円/79万円 |
2500万円まで…16万円/15万円 | 2600万円まで…41万円/40万円 |
2500万円超…0 | 2600万円超…0 |
このような提案をする趣旨は、そもそも国民民主党の提唱する「手取り拡大」がインフレ調整という側面を持っているためです。現在だと2500万円を超えると打ち切られる基礎控除についても、その上限を引き上げるのが妥当でしょう。
ただ、これについてはまだ詳細案が見えていない中でもありますので、とりあえず100万円ずつ上にスライドさせる、という前提を置いたものが上記図表1、というわけです。
減税効果はどうなるのか
以上を踏まえた上で減税効果を示すと、ざっとこんな具合でしょう(図表2)。
図表2 減税効果(総括表)
(【注記】上記「試算の前提」および図表4参照)
これによると実質的な減税額(左軸)は、段階的に少しずつ増え、750万円くらいのところでいったんフラットとなり、1100万円を超えたあたりと1300万円を超えたあたり、2200万円を超えたあたりで跳ね上がり、さらには2600万円以上のあたりで最高額となります。
そうなる理由は簡単で、図表1の仮定より、これまで基礎控除が手供されていなかった所得2500万円超(≒給与収入2650万円超)から2600万円(≒給与収入2750万円)の層にも基礎控除の恩威が及ぶという前提を置いているためです。
ただ、「率」でいえば最大となるのは年収230万円程度の層で、手取りは約183万円から約194万円へと11万円ほど増え、増加率でいえば6%に達する、という試算です。
デコボコになるのは税制上当たり前の話…財務省は年貢の納め時
上記図表を見ていただいて、どんな印象をお持ちでしょうか?
おそらく多くの方は、「ずいぶんとデコボコでいびつなグラフだなぁ」、などと思われるのではないでしょうか?
ただ、正直、この手のデコボコが生じるのは、現在の税制がそうなっているからであり、当たり前の話でもあります。
また、私たちの手取りを決めている要因としては、所得税法だけでなく、社会保障制度なども関わってきますので、本格的に手取りを増やすのであれば(たとえば社保等の第3号要件の緩和など)社会保障制度の見直しも必須でしょう。
とりわけ俗にいう「106万円の壁」、「130万円の壁」などについては、「パートタイム労働者の円滑な供給を妨げている要因」としてずいぶんと以前から指摘されてきているわけですから、いい加減、改善がひつようではないかと思います。
しかし、これもくどいようですが、国民民主党が主張する「年収103万円の壁」をまずは壊すことは、日本経済再生の重要な一歩となり得ます。バブル崩壊後の日本で長らく続いてきた、「税率を上げれば良い」式の発想からの脱却の端緒を開くことになる可能性が高いからです。
その過程で、「財政再建原理主義」の発信源だった財務省は無傷ではいられないと思われますが、それこそ財務省もそろそろ「年貢の納め時」でもあります。
新聞、テレビといったマスコミ、あるいは御用学者らと一体となって、長らく続けて来た「財政再建原理主義」、「国の借金」論といった言説を振りまきて来たことの落とし前を付けていただく瞬間が近づいているのではないか、などと思う次第です。
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大和総研さんも目覚めました
https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/tax/20241111_024732.html
> 財務省は年貢の納め時
財務省に「年貢の納め時」って会計士様のユーモアセンスさすがです(笑)
グラフありがとうございます。やはり所得が低い人ほど恩恵が大きそうです。
主婦層で月手取り1万円増えるとやはり大きいだろな、と思います。
なんとか減税実現してほしいです。
素人なりの感想ですが、
①低所得者ほど減税はありがたいでしょ。
食うに困ってない人より、毎月ヒイヒイ追い回されてる人には喫緊課題。
GOTOとか生活保護とか「給付方式」だと山ほど手続きさせられるのが不要なのもオッケー。
②「お前の手取りが1万円増えると、高所得者は2万円増えるんだぞ。それでもいいのか?悔しくないのか?」
それでもイイです。
悔しくないです。
元々累進税率で余計に高率で納税していた人たちなのだから。
③壁があるから直前で働くのを止めてた人たちにメリットがある訳なので、仕方なしに壁をこえて嫌々納税してた人たちによる今の税収が減るという試算の数倍な世帯手取り増加があるはずですよね。
④何回も書きますが、そもそも物価スライドを29年ぶりに実施するというのが本質なのだから、「困る!」と騒ぐ奴ほどフリーライドしてきた泥棒みたいなもんですわ。
しかしなんで財務省ではなくて各地自治体が「困る!」と騒いでるのかしら。
弾除けとして、減ったら即座に困るポジションに自治体を座らせていた、ということかなあ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0bc3a150cff270750ff0a452207cf074a5c71008
「103万円の壁」、企業の67.8%が引き上げに賛成
~「撤廃」も含め、9割の企業が、社会保険料等をあわせた「見直し」求める
帝国データバンク11/14(木) 10:10配信
企業は壁の撤廃に賛成みたいですな。
マスメディアではなくて帝国データバンクの報道なのが面白い。
メディアは市井の取材なんかしてない証拠かな。
知事会は、激しく反対してますが、
「足りない!」
としか言ってませんね。
そもそも29年間も放置して物価スライドを適用してなかったから、今が取りすぎなのが問題の本質なのに、
「足りない!」
とか、まったく回答になってないじゃん。
壁の撤廃に大賛成した上で、国に対策を迫るのがスジかと思いますが。
複数の自治体が反対表明しましたね。同時期に。
なんか、総務省が全国の知事に反対意見のレクチャーしていたって、話が。(笑)
動画の8:50あたりからです。
https://x.com/InsHatanCountry/status/1856825583164166579
【超絶悲報】
総務省さん、総務大臣村上誠一郎さん、
全国知事会と自治体に103万円の壁を反対するようにレクチャーをしていた
国政政党である国民民主党
玉木雄一郎代表がとある知事からリークがあったと発言
人口減少下で「税率を上げれば良い」式の発想をすると、持続的な発想でないことは明白ですね。
移民で人口増加を図ると、移民の生活保護と治安維持費用にとられて、税収増をはるかに超えた財政支出が見込まれそう。
従来の延長(官僚の本分)で生きるしかない官僚には、一人当たりのGDPを増加させる発想等の新しい方向性など考えもつかないでしょうね。
財務省は、その意味で官僚の中の官僚ですね。
政治家から新しい方向性を示されたとき、今の財務官僚は、それに適応できる能力は無いだろう。
30年以上もそんな頭脳使うことやっていないので、やった経験のある職員がいないよね。組織としての能力は完全に失われているはず。
アメリカでは政府の支出の見直しに 新組織を作りイーロン・マスク氏を当てるそうですが こうした思い切った手を打てるアメリカと 財務省に仕切られて一切の新機軸を出せない日本との大きな違いです。アメリカも問題が多いですが こういった面は評価できます。
ただ、仮に「国の謝金」論への反論がこれらのトンデモさんに届かなかった・・・・
のところ、おそらく誤字だと思われるのですが、思わず笑ってしまったので、訂正をお願いしたいところです。
ただ、言い得て妙ですね。(笑)
配偶者控除における103万円の壁は検索したら1987年創設
素直な考え方として物価上昇に沿った税制改正はありじゃないかな
うまい棒だって3円値上げして15円の時代ですよ