インフレが進めば税法も変えていくのが本来であれば当然の話です。国民民主党が今回、「手取りを増やす」を合言葉に選挙を戦ったことで、「年収の壁」は人口に膾炙しましたが、じつは税法上の壁はそれだけではありません。本稿では参考資料的にいくつかの「壁」を紹介しておきたいと思います。
国民民主党が撤廃を主張する「年収103万円の壁」とは、「年間の給与収入が103万円を超えたら所得税が課せられる」とされる問題のことです。
昨日の『基礎控除拡大でも高所得者の負担率は大して下がらない』を含め、当ウェブサイトでときどき実施しているシミュレーションでも示してきたとおり、日本の所得税・社会保険料・住民税の仕組みは非常に複雑ですが、端的にいえば、「103万円の壁」を超えてしまうと所得税が跳ね上がるのです。
これがどういう場合に問題となるかといえば、典型的には夫婦の片方がフルタイムで働いていて、もう片方がパートタイムで仕事をするときに、収入が103万円を超えるとかえって税負担が上がる、という問題です(ちなみに配偶者控除の要件も給与収入が103万円以下であることが求められています)。
そこで、基礎控除の額を拡大したり、給与所得控除の規定を修正したりして、この壁を178万円にまで引き上げよう、というのが国民民主党の主張の大きなポイントです。
ただし、昨日の議論でも明らかにした通り、「壁」は103万円以外にも多数あります。
たとえば配偶者の場合、給与収入の額が月額88,000円(≒年額106万円)を超えたら、勤めている先の企業規模によっては社保の加入が必要となりますし(例外あり)、さらに年収が130万円を超えたときには国民年金3号被保険者資格を失い、年金・健康保険料の支払い義務が生じます。
このように考えると、公租公課負担が上昇することを嫌気して仕事を抑制するという現象が日本全体で生じているわけであり、こうした「壁」を解消すれば、日本全体で労働時間が増え、人手不足問題の解消にも役立つことが期待できますが、それだけではありません。
物価水準や給与水準が上昇しているわけですから、事実上の「インフレ増税」(専門用語でいう「ブラケット・クリープ」)対策としても有効だと考えられます。
実際のところ、理論的にはインフレで物価が2倍になったときには、以前と同じ生活をするためには2倍の給料が必要です。ところが、月給が50万円のときには21%だった負担率が、月給が100万円になると27%になってしまうわけです(負担率は著者による試算)。
いわば、その分、国家が税金を取り過ぎているわけですから、所得税法上の給与所得控除、法人税法上の交際費損金算入規定、一括償却資産などの金額を調整するのは、いわば、当然のことではないでしょうか。
著者自身が国民民主党を無条件で支持しているわけではありませんが、少なくとも物価水準が上昇しているなかで、税法の規定は時代に応じて変えていかなければならないわけであり、こうした修正が「自公少数政権」下で国民民主党の協力により実現するとしたら、興味深い話だと思うのです。
さて、そういうわけで、著者自身が考える「壁」をいくつか列挙しておきますので、資料集としてご活用くださいますと幸いです。
壁の項目 | 概要 | 備考 |
103万円の壁① | 給与収入が103万円を超えると所得税がかかる | 基礎控除(48万円)+給与所得控除(55万円) |
103万円の壁② | 配偶者の給与収入が103万円を超えると配偶者控除が受けられなくなる | 基礎控除(48万円)+給与所得控除(55万円) |
130万円の壁 | 専業主夫・主婦が年収が130万円を超えたら3号保険者資格を失い年金・健保に加入する必要がある | ― |
106万円の壁 | 給与収入が月間8.8万円を超えると企業規模によっては社保の加入義務が生じる(例外あり) | 106万円≒8.8万円×12か月 |
交際費5,000円の壁 | 損金算入が否認される交際費に要件が1人あたり5,000円とされている | 時限措置として2027年3月末まで1万円とされている |
固定資産の10万円の壁 | 10万円以上の耐用資産を購入したときには固定資産計上が必要 | 1年を超えて使用できる資産は耐用年数で減価償却する |
一括償却資産の20万円の壁 | 3年で一括償却可能な要件は「20万円未満の固定資産」とされる | 要件に該当すれば一律3年で償却可能 |
なお、他に思いつけば追加していくつもりです。
View Comments (53)
国民負担の見直しというものは、個々の利害関係に直接に関わるので、ものすごい政治力が必要ではないでしょうか。
(望んでいる訳ではありませんが)日本は、戦争にでも巻き込まれない限り、個々人の利害関係を直撃する改革など出来ないのではないでしょうか。
政局に絡めてならともかく、視聴者個々人の利害に直接関係する改革の話を、テレビ番組は放送できるのでしょうか。
時給を上げつつ壁は残し、結果手取りは増えないどころか減ることさえあるとか制度しては破綻しています。その当たり前なことをしらんぷりして是正しない、是正できないものに国政や行政に関わらせてはいけません。
何だか政局化しつつありますが、反対している勢力は国民の敵認定していいくらいのお話ではないでしょうか。
誰がどんな立場の人が反対しているか、敵を炙りだすだけでも、この闘いには価値があります。
私はまさしく壁にぶち当たってます。時間も体力も気力も有り余っているに、毎年8月以降は働く時間を調整。月によっては週5時間しか働けない。これで『少子高齢化対策で女性の労働力を活かす!』とか、絵空事です。
今年だったか、雇用者側の視点で其れを取り上げてたのを見ました。
最低賃金が上がり、年収の壁の所為で一人当たりの労働時間が減り、人手を増やそうにも人手不足の昨今では難しく、機械化やDXも踏み切れる程余裕が無く。
…人手不足倒産ってそういう隙間?狭間?で身動きが取れなくなって亡くなるケースなのかなぁと。
国民民主党みたいなまともな見識を持った政党が台頭してようやくスタートラインに立てたという印象です(少なくとも30年は遅れましたが…)。
公明立憲社民共産れいわ(と参政)には早いところ完全消滅してもらいたいです、ルーピー軍団は自民党内左派だけで十分なんですから…
給与アップや最低賃金の切り上げなど、民間企業に人件費を増やす努力をさせて課税最低限度額や社会保険制度の見直しを行わないというのは、労働者の上前を撥ねる行為とも言えるのではないでしょうか?
労働者の味方であったはずの立憲民主党がこの件に対して傍観しているように見えますが、何を考えているのでしょうかね?
まあ、労働者の味方であったかどうか疑わしいですが。
>労働者の味方であったはずの立憲民主党がこの件に対して傍観しているように見えますが、何を考えているのでしょうかね?
元から特定アジアの狗だったと理解しているのですが。
いままでデフレだったので、固定されていたのはむしろ労働者にとってメリットだったのですよ。
>>理論的にはインフレで物価が2倍になったときには、以前と同じ生活をするためには2倍の給料が必要です。ところが、月給が50万円のときには21%だった負担率が、月給が100万円になると27%になってしまうわけです
これ、本当おかしいと思います。
金額の数字は頑なに変えようとしない。
消費税免税業者の基準は1千万円のままだし、公営企業の公共工事の随意契約の基準は税込み250万円のまま。
30年前と比べると工事費2倍3倍になってて消費税も上がってるのに。
毎年2%のインフレを目標にするなら、全ての基準も物価に連動させて上げていかないと、実質的には逆に基準をどんどん下げてることになる。
30年間注視して給料貰てただけなので、頭回らんのではないかと、しかし国民もバカみたいに我慢強いよね。
これぞ 財務省の思う壺。財務省を大改革しない限り 政権交代しても何も変わらない。
ガソリンのトリガ条項も 阿部元総理も騙されたと言っていたような記憶がある。
阿部は安倍の誤り
新宿会計士さんの観点に全面的に賛成します。
減税は良いとしても、どこから手を付けるかは、きちんとした議論をすべきです。
「103万円の壁」を引き上げたって、新たな壁が出来るだけです。
とはいえ、収拾はつくかな?
>「103万円の壁」を引き上げたって、新たな壁が出来るだけです。
無意味なレトリックかと。
新たな壁までの新たなスキマに意味があるわけで。
物価上昇や最低賃金上昇、基礎的な指標の上昇に追従して「103万円の壁」も高さを上げましょう、というだけのお話でしょうに。
国民民主党のHPを見た感じ、配偶者控除(+3号年金)を廃止して壁を取り払う考えのようです。
税金は軽減して、働いた人全員で社会保障を担う形を考えているようです。
厚労省はうれしいけど、財務省は面白くない方針ですね。
どこかで線を引く限り必ず「壁」は存在する。
最近まで「発泡酒の壁」もあった。
穿った見方をすれば、インフレを次なる増税策として狙っているとか。
インフレによる物価上昇に伴い、賃金が上昇。
しかし、各種壁や税率には手を付けなければ、賃金の上昇がそのまま実質的な増税に繋がる。
と。
扶養控除と配偶者特別控除もあります
一般論になるかと思うですが、各種経済の数値が変われば、それに応じて数値を変更する必要があります。
控除額について、本当は議論されるべき議題でしたが、おざなりにされてきました。
現在103万の壁として議論が活発化していることについて良いこと・・・というより当たり前の内容です。
それをキャンキャン反対意見を出してるリベラル政党は誰の味方なのでしょうか?
手取りが欲しい労働者の敵でしょうか?
駅田 さま
>それをキャンキャン反対意見を出してるリベラル政党
ここで言うリベラルの定義は何ですか。
自分たちをリベラルと自称している政党ですね。
実際にリベラルな政策を掲げているかは別です。
ということは、自民党も明日からリベラル政党になることが可能ですね。
自民党の英語表記は既にLiberal Democratic Partyなのですが.....
https://www.jimin.jp/english/