ここにきて、再び「国の借金」論、です。日本の「国の借金」は先進国でも最悪の水準だ―――。そんなロジックを、大手民放が堂々と配信しているわけです。これ、「国」を「トヨタ自動車」に変更してみると、どんなにおかしなことを述べているのかがなんとなくわかると思いますが、端的にいえば「国の借金」論を唱える人は勉強不足です。少なくとも経済、会計、金融などの基礎知識が全く足りません。
目次
「トヨタ自動車の借金、ヤバい」
皆さんは、トヨタ自動車の借金の額を、ご存じだろうか。
2024年3月期決算を連結ベース(IFRS)で見ると、なんと約36兆5618億円。同社の連結ベースの従業員数は380,793人だそうだから、単純に1人あたりで割ると、なんと、9601万円(!)だ。四捨五入したら約1億円にも達する。
これ、もはや会社経営として、行き詰っているといえるのではないだろうか。
なぜなら、トヨタ自動車(やその連結子会社)に入社すると、その瞬間、あなたは9601万円という巨額の借金を負っているのと同じことになるからだ。
これだけたくさんの借金を抱えていたら、トヨタ自動車は財政破綻し、倒産することは間違いない。なぜなら、山ほどおカネを借りてしまったら、絶対に返せなくなるからだ。トヨタ自動車はいますぐ人件費や設備投資を極度に抑制し、財政再建に努めなければならない。
本気で主張しているなら頭おかしい
さて、冒頭の文章を読んで、いかがお考えでしょうか。
常識的に考えたら、まともな複式簿記の知識があれば、「あなたはいったい何を言っているんですか?」、という反応が通常でしょう。
もし企業の財務部などに配属された新人がこんな文章を書いたら、上司から「簿記の勉強からやり直してこい!」と怒鳴られるレベルでしょう(※もっとも、最近だと会社で上司が部下に怒鳴りつけると、即、パワハラとして通報されるようですが…)。
また、想像するに、マスコミ各社で新人記者が上記のような文章を書いたら、やはり同様に、デスクとしては頭を抱えるのではないでしょうか。
当たり前の話ですが、有利子負債の話をする際、「債務の絶対額」だけでなく、「資産側の議論」、「将来収益力(将来キャッシュ・フロー獲得能力)の議論」なども必ずセットで行わなければなりません。借金の額が多額であっても、資産や収益の額もまた巨額であれば、問題とならないケースもあるからです。
また、企業の債務額を従業員1人で割ってもまったく意味がありません。
当たり前の話ですが、「借金」(とやら)を返す必要があるのは従業員ひとりひとりではなく、企業だからです。法的にはトヨタ自動車という会社やその連結子会社などが有利子負債を返す義務を負っていますが、そのトヨタ自動車に雇われただけの従業員が、連帯債務を負うわけではないのです。
以上より、冒頭に挙げた文章は、正直、経済評論としては間違いなく「零点」であり、上記のような記事を書いてしまった人は、今後、経済記者を名乗ることもはばかられるほどに恥ずかしいことをやってしまったのと同じことでもあるのです。
「国の借金」論もこれと同じでは?
じつは、俗世間で見られる「国の借金」論も、冷静な目で見ると、上記とそっくりです。
「国の借金」論とは、「日本の公的債務残高GDP比率がG7などと比べても断然トップを走っており、このままだと日本という国自体の財政が破綻してしまう」、といった言い分のことです。
もちろん、専門家の目から見たら間違いだらけなわけです。
「公的債務残高」をどう定義するかにもよりますが、国債発行残高で見てみると、資金循環統計上は2024年6月末時点において1211兆円です(※ただし、これにはいわゆる普通国債だけでなく、財投債や国庫短期証券も含みます)。
この1211兆円、日本の名目GDP(約600兆円)と比べて倍の水準ですので、これだけを見るとたしかに巨額にも見えます。また、国民1人あたりで割ると、赤ちゃんからお年寄りまで、単純計算で1人1000万円前後の「借金」を負っているのと同じだ、といえなくもありません。
だからこそ、こんな文章が成り立ちます。
皆さんは、日本国の借金の額を、ご存じだろうか。
資金循環統計上、2024年6月末で、なんと約1211兆円。日本の人口が約1.2億人だから、単純に1人あたりで割ると、なんと、1000万円前後だ。
これ、もはや国家経営として、行き詰っているといえるのではないだろうか。なぜなら、わが国で生まれると、その瞬間、あなたは1000万円という巨額の借金を負っているのと同じことになるからだ。
これだけたくさんの借金を抱えていたら、日本政府も財政破綻することは間違いない。なぜなら、山ほどおカネを借りてしまったら、絶対に返せなくなるからだ。政府はいますぐさまざまな予算を削り、増税を断行して、財政再建に努めなければならない。
日本国債の9割弱は国内で消化されている
ただ、この一見するとバカげた文章、日本のメディアではわりと頻繁に目にするものでもあります。
これは、いったい何がおかしいのでしょうか。
結論的に言えば、先ほどのトヨタ自動車の例と同じで、日本国という国の「借金」(?)については将来の税収や経済成長、政府資産の売却などに応じて返していけるのであれば、まったく問題ではありません。債務総額の問題にすぎないからです。
もちろん、何の裏付けもなしに政府が無駄遣いするために国債を発行しているなら、それはそれで問題です。
しかし、政府などが発行している時価ベースで1211兆円の国債(※財投債、国庫短期証券を含む)は、そもそもその大部分が国内投資家により消化されている事実を知っておく必要があります。とりわけ日本国債はその全部が円建てであり、ドルなど外貨建てのものはありません。
しかも、この1211兆円のうち、日銀が全体の46.93%に相当する568兆円を保有しているほか、保険・年金基金(222兆円)、預金取扱機関(134兆円)などの機関投資家が引き受けています(図表)。
図表 国債の保有主体別残高と構成割合(2024年6月末時点)
主体 | 金額 | 構成割合 |
中央銀行 | 568兆円 | 46.93% |
預金取扱機関 | 134兆円 | 11.05% |
保険・年金基金 | 222兆円 | 18.33% |
社会保障基金 | 63兆円 | 5.22% |
海外 | 154兆円 | 12.73% |
その他 | 69兆円 | 5.73% |
合計 | 1211兆円 | 100.00% |
(【出所】日銀資金循環統計データをもとに作成。ただし「金額」は国債、財投債、国庫短期証券の合計額)
つまり、国債はこれらの機関投資家の「資産」に計上されている、ということです。
そして、機関投資家の「負債」には、一般の家計、企業などから預かったおカネ(預金や保険・年金の責任準備金など)が計上されています。それらは機関投資家から見たら負債ですが、家計や企業から見たら資産なのです。
このため、ごく大雑把に言えば、家計などが保有する巨額の金融資産が、国債などの金融負債に形を変えている、ということでもあるのです。
インフレを伴った経済成長により債務価値は薄まる
これに加え、国債の場合はインフレを伴った経済成長により、実質的な債務価値が縮減されるという特徴があります。
仮に年間の経済成長率が1%だったとすれば、経済の規模が倍増するまでに70年の年月が必要ですが、経済成長率が2%ならば35年で、3%ならば23年、5%ならばたった14年で、経済規模が倍になるという計算です(エクセルが得意な方はLOG関数で底に2と入力し、1+rのrを色々変えてみてください)。
つまり、仮に財政再建を先送りし、ガンガン政府支出を増やすことで、10年あまり経済成長率を4~5%に維持することができれば、それによってGDPは倍近くに増えるということですし、債務価値は名目値で計算されるため、実質債務価値は薄まっていくのです(もちろん、金利を払う必要はありますが…)。
つまり、「国の借金」(敢えてこの言葉を使います)は、その気になればわざわざ増税して返済するという必要などなく、自然体で経済成長が続けば自然に解消していくのです。日本のように資産超過国の場合はなおさらそうでしょう。
あぁ、やっぱりテレビはテレビだなぁ…
こうしたなかで、簿記、会計、金融、経済学などに対する絶望的なまでに知識が欠如した記事がありました。
“世界最悪”の財政赤字…国の借金ウナギ登り 投票に行く前に要チェック!【数字でわかる今の日本】
―――2024/10/21 19:24付 Yahoo!ニュースより【テレ朝日news配信】
タイトルからも何となく想像がつくと思いますが、ま、そういう記事です。
記事では冒頭に、こう述べます。
「総選挙について考える参考になる近年の日本の状況を示すデータを紹介することになった。正直、気が重い。一般的な言い方をすれば『悪いデータ』『右肩下がりのデータ』が多くなるのが最初からわかっているからだ。最近のわが健康診断の数値みたいなものだ」。
結論からいえば、日本の財政赤字は「国際的に異常状態が固定化」とあり、「国の借金」が「どんどん増え続け約1100兆円まで積み上がってしまった」、などと述べる記事です。
申し訳ありませんが、この記事を執筆した人物は、当ウェブサイトの本記事の冒頭に記した「トヨタ自動車の有利子負債」論を熟読していただきたいと思います。
国家財政の債務総額について、資産側(たとえば巨額の外為特会や巨額の含み益を溜め込んでいる特殊法人など)についていっさい言及することなく、また、将来の税収による債務圧縮効果、経済成長を伴ったインフレが実現した場合の債務価値の圧縮などの議論はいっさいありません。
ただ、それよりもやはり強烈なのは、「しょせん、テレビはテレビ」、という感想を抱かざるを得ないというレベルの記事でしょう。
既に読者のレベルの方がはるかに上回っている現状
新聞、テレビの専門知識の欠如はいまに始まった問題ではないのかもしれませんが、さすがにシンプルな「国の借金」論で国民を騙すには、少々無理があります。
というのも、この『Yahoo!ニュース』の読者コメント欄を見ても、「なぜ負債側だけ見て、資産側を無視するのか」、「なぜ経常収支黒字国の日本で、しかも自国通貨建てで発行されている国債のデフォルト可能性を議論するのか」、といった、非常にまじめなツッコミが相次いでいるからです。
いわば、この手の「国の借金」論、すでに読み手(読者)の側の方が、情報の発信者(この場合は『テレ朝news』)の情報発信レベルを大きく上回っている、ということがよくわかります。
「悪い円安」論、「自民党政治家の裏金」論、「(旧)統一教会論」や「もりかけ桜」論に騙される人は一定数存在しますが、やはり多くの国民は、メディアが唱える「自民党悪玉論」にはあまり引っかからなくなっていると信じたいところです。
いずれにせよ、ネット上でこれだけ批判されても、依然として「国の借金」論を唱えるメディアが後を絶たないのは、日本のメディアが情報発信者として、すでにその歴史的役割を終えようとしている、ということを象徴しているのかもしれない、などと思う次第です。
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ああ、やっぱり、新聞は新聞だなぁ ...
社会進化ただ乗り、変革出遅れ、劣後経営、びり産業
確信犯か表層的な見方しかできないからなのかどちらかですね。
表層的な見方をしてる例だと
コメ不足は政府の減反政策ガーですね
コメ不足かどうかは昨年の作況指数をでわかるし、8月のPOSデーターを見れば一目瞭然、在庫がなければ販売数が減らるはずなのに逆に増えてることでわかるでしょ。
確信犯なら
収支報告書不記載を裏金と呼んだりですかね。
もっとも私自身は国の借金論ではない財政正常化派です。
行政サービスを受けているなら国債で賄わずその対価を国民が支払うべきだと思います。
一口に読者と言っても、能力(?)のある人ない人、そのどちらでもない人と分かれるのではないでしょうか。どれが多数派なのかは分かりませんが。
さらに変動金利で数千万円もの住宅ローンを背負った国民も多数いる日本はもう終わりですね。
*日乃本家の家計・・の問題点
①日乃本父(=中央政府?)の借金は約1200兆円
②うち約1000兆円は日乃本母(=国内?)からのもの
③日乃本母は、約1600兆円の資産を保有している
要約すれば
④外部(=海外?)からの借金が約200兆円・・=①-②
⑤日乃本家の手元資産は約600兆円 ・・・・=③-②
⑥日乃本家の純資本は約400兆円 ・・・・・=⑤-④
結論:「『問題なし!』だと理解できない」のが問題!
しゃーかてオカンの金蔵もオトンの年間売上の3分の2しかあらへんからな、オトンも残り有るうちに商売あんじょう大きせなあかんのに経理部が「緊縮緊縮」云うて役員会で幅効かしよって手ェ拡げさせやしゃーへん邪魔ばっかりしよる
えーかげん「売上増やす」方に舵切らんならんさけ、経理部入れ替えか解体して業務小分けて金勘定以外させんようにせなほんまヤバいで
40万円の収入で50万円の生活がしたい。
簡単だよね。10万円借金すればいい。
日本ではこの借金を国がやっている。民間にはカネがうなっている。
韓国ではこれを家計がやる。あるいは韓国電力がやっている(そのため韓国の電気料金は異常に安い)韓国でも国の借金が増え始めている。だが家計は目いっぱい。銀行は異様に預貸率が高い。そろそろ外債にいくんじゃないかな。これっていつかきた道。
そろそろ虫の鳴き声が聴こえてくるだろう。鳴き声は「スワップ、スワップ、スワップ」
日本国籍者で18歳以上ならば1人で1票。
どんな主義主張知性知力の人でもその重みは変わりません。
所謂選挙区による一票の重みの問題は除き、決して一人当たりの票数に重み付けは変えられていません。
であれば、コスパがいいのは、騙されやすい人を対象とした洗脳工作。
騙されやすい人がどのような情報手段で情報を得て意思決定するか。
という判断に基づきテレビ(特に民放ワイドショー)、新聞をツールとして使うのが有効となったのでしょう。
数々の情報から鑑みてみてもマスメディアのグリップする力は低下しつつあるようですが、有権者の少数のみしか影響力を与えていない、というまでには至っていない気がします。
それだけでなく、この国の借金論は日本国の財務管理総本山である財務省の管理下で流布した考えですので、誰もがスネに傷のある身であるであろうマスメディア、政治家ともアンタッチャブルという要因もあるのでしょう。
中川昭一元財務大臣、安倍首相の事件の背因。旧安倍派に対する執拗な攻撃。
どれも財務省の影響力と全く無関係とは言えないように思えてなりません。
陰謀論かも知れませんが、自分も財務省の影響力と全く無関係とは言えないと思ってます。
収支報告書記載漏れ問題では、積極財政派の議員が駆逐されて、結果、税制調査会のメンバーは、緊縮財政派の議員が多数を占める結果となりました。
更に、自民党総裁選の決戦投票で、不可解な逆転負けをした高市議員も積極財政派でした。
この何年かで起こった出来事の多くが、財務省が望む方向に進み過ぎてる事に、物凄く違和感を感じます。
カクシテ、財務真理教の表教義に反する言説はリョーゲンノ火の如くwebネットワークを席巻しZ解体へのカウントが…とはいかんか…
テレビの該当記事は確信犯でやっているのでしょうね。
選挙期間中に投票行動を歪める(政権を批判するためだけの)片務的な報道はいかがなものでしょうか。怒りを通り越して呆れます。ちなみに法的にはOKなんでしょうかね。放送法4条に違反のような気もしますが。
テレビをよく見るお年を召した方たちが騙されないことを願います。
そのTVの朝の番組で、30年前は1ドル97円で30年たった今は150円なので1.5倍。日本は貧乏になったとのこと。固定相場にでもなったのでしょうか?w
バカなの?きっとバカなんでしょうね