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日本企業の中国ビジネスの現状:撤退加速に至らずも…

日本企業の中国リスクとの向き合い方は、中・長期的に見る必要があるかもしれません。現状、日本は経済の3要素である「ヒト・モノ・カネ」のうち、「ヒト」と「モノ」という側面から見て、中国と極めて近い関係にあるわけですが、それと同時に「カネ」の関係は案外薄く、しかも中期的には人を少しずつ引き上げていく方針が見て取れます。こうしたなか、東京商工リサーチ(TSR)のアンケート調査によれば、日本企業のなかで具体的に「新規での駐在を停止」などの対応を取っている社は少ないようですが…。

非常に深い日中関係

中国は日本にとって最大の貿易相手国

先月の『数字で予測する「日本企業の中国ステルス撤退」の今後』でも論じたとおり、現在の日本にとって、「中国との関係を完全に断つ」というのは非現実的な選択肢です。

現在の中国は「世界の組み立て工場」のような存在で、そんな中国から日本も多くの財貨を輸入していますし、それと同時に中国は日本にとって主要な輸出先でもあります(図表1)。

図表1-1 輸出金額(2024年8月)
相手国 金額 割合
1位:米国 1兆6066億円 19.05%
2位:中国 1兆5087億円 17.89%
3位:韓国 5853億円 6.94%
4位:台湾 5490億円 6.51%
5位:香港 4816億円 5.71%
6位:タイ 3435億円 4.07%
7位:シンガポール 2372億円 2.81%
8位:インド 2330億円 2.76%
9位:ベトナム 2105億円 2.50%
10位:ドイツ 2017億円 2.39%
その他 2兆4764億円 29.36%
合計 8兆4335億円 100.00%
図表1-2 輸入金額(2024年8月)
相手国 金額 割合
1位:中国 1兆8860億円 20.64%
2位:米国 9492億円 10.39%
3位:豪州 6795億円 7.44%
4位:UAE 5109億円 5.59%
5位:韓国 4143億円 4.53%
6位:サウジアラビア 3763億円 4.12%
7位:台湾 3527億円 3.86%
8位:ベトナム 3362億円 3.68%
9位:インドネシア 3122億円 3.42%
10位:タイ 2931億円 3.21%
その他 3兆0263億円 33.12%
合計 9兆1367億円 100.00%

(【出所】財務省税関『普通貿易統計』)

中国製品なしで私たちの生活は回らない:多くの日本人も中国に在住

これで見ると、輸出額こそトップは中国ではなく米国ですが、輸入額に関しては中国が米国をほぼダブルスコアで圧倒してトップです。日中両国は地理的にも比較的近いことに加え、物流や交通などの面で日本は中国との関係が深くならざるを得ないという側面もあるのではないでしょうか。

この点、中国からの輸入品の多くはPC、スマートフォン、衣類、雑貨といった組立加工品、軽工業品が中心ではありますが、それでもいまや、私たちの身の回りに「メイド・イン・チャイナ」は満ち溢れており、多くの人にとって、もはや中国製品なしで生活は回りません。

また、人的つながりも非常に深いのが実情です。

外務省の統計によれば、昨年10月時点で中国に暮らす邦人は10万人超(図表2.ただし、香港を除けば在留邦人数は10万人を割ります)、広い意味での日系企業(日本企業の海外支店、現地法人、合弁会社、日本人が現地で起こした企業など)は31,060拠点に達します。

図表2 海外在留日本人(2023年10月1日時点)
国・地域 合計 永住者
1位:米国 414,615 228,178
2位:中国 101,786 5,366
3位:オーストラリア 99,830 63,055
4位:カナダ 75,112 51,950
5位:タイ 72,308 2,414
6位:英国 64,970 28,952
7位:ブラジル 46,902 42,748
8位:韓国 42,547 16,236
9位:ドイツ 42,079 18,263
10位:フランス 36,204 15,232
その他 297,212 102,333
合計 1,293,565 574,727

(【出所】外務省『海外在留邦人数調査統計』データをもとに作成)

多くの中国人が日本に住み、日本を訪れる

その一方、法務省の統計によれば、日本に在住する中国人は821,838人(うち永住者は330,810人、留学生等は134,651人)と非常に多く、これは在日外国人のなかでも最も多いです(図表3)。

図表3 国籍別在留者数(総数計、2023年12月末時点)
国籍 在留者数 割合
1位:中国 821,838 24.09%
2位:ベトナム 565,026 16.56%
3位:韓国 410,156 12.02%
4位:フィリピン 322,046 9.44%
5位:ブラジル 211,840 6.21%
6位:ネパール 176,336 5.17%
7位:インドネシア 149,101 4.37%
8位:ミャンマー 86,546 2.54%
9位:台湾 64,663 1.90%
10位:米国 63,408 1.86%
その他 540,032 15.83%
合計 3,410,992 100.00%

(【出所】『在留外国人統計(旧登録外国人統計)』データをもとに作成)

特に都市部などでは、近隣に中国人の姿を見かけることも増えているのではないでしょうか。

さらに、日本を訪れる外国人観光客に占める中国人の割合は再び高まっており、日本政府観光局のデータによれば、2024年8月時点で日本を訪れた外国人(2,933,000人【※速報ベース】)のうち、中国人は25%以上に相当する745,800人に達しています(図表4)。

図表4 訪日外国人・国籍別内訳(2024年8月)
人数 構成割合
1位:中国 745,800 25.43%
2位:韓国 612,100 20.87%
3位:台湾 564,300 19.24%
4位:香港 246,600 8.41%
5位:米国 174,000 5.93%
6位:ベトナム 52,400 1.79%
7位:カナダ 46,900 1.60%
8位:豪州 41,000 1.40%
9位:フィリピン 39,000 1.33%
10位:タイ 34,700 1.18%
その他 376,200 12.83%
総数 2,933,000 100.00%

(【出所】JNTOデータをもとに作成)

このように考えると、経済活動の3要素「ヒト、モノ、カネ」のうち、とりわけ「ヒト」と「モノ」という側面から見て、日中の関係は現状で非常に深く、物流・コスト優位などの面でも、中国の影響は無視し得ないのです。

いずれにせよ、現在の日本にとって中国との関係は非常に大事であり、「今すぐに」中国との関係を断絶することがいかに非現実的であるか、という点についてはご理解いただけることでしょう。

日本企業の「中国足抜け」

案外「カネ」のつながりは弱い

なお、少しだけ余談です。

一般に「ヒト・モノ・カネ」が経済の3要素といわれるとおり、経済的関係の深さを測る際には、「ヒト」「モノ」に

もうひとつ、「カネの流れ」(投融資)という側面も見ておく必要があります。

これに関しては、じつは日中双方は隣国同士とは思えないほどに関係が希薄です。

たとえば、日銀が国際決済銀行(BIS)に提出した『国際与信統計』最新データによると、邦銀の国際与信総額は2024年6月末時点で4兆9706億ドルと、微妙に5兆ドルの大台を割り込んでしまいましたが(円安のせいでしょうか?)、それでも日本は世界最大規模の債権国であることがわかります。

しかし、その日本の融資先を見ると、トップは米国、続いてケイマン諸島、英国、フランスなどが続き、中国は日本にとってタイに続く10番目の与信相手国に過ぎず、邦銀の対外融資に占めるシェアもたった1.62%に過ぎません(図表5)。

図表5 日本の対外与信相手国一覧(上位20件、2024年6月末時点、最終リスクベース)
相手国 金額 シェア
1位:米国 2兆3050億ドル 46.37%
2位:ケイマン諸島 6114億ドル 12.30%
3位:英国 2286億ドル 4.60%
4位:フランス 2075億ドル 4.17%
5位:オーストラリア 1466億ドル 2.95%
6位:ドイツ 1265億ドル 2.54%
7位:ルクセンブルク 1188億ドル 2.39%
8位:カナダ 1023億ドル 2.06%
9位:タイ 973億ドル 1.96%
10位:中国 807億ドル 1.62%
その他 9460億ドル 19.03%
合計 4兆9706億ドル 100.00%

(【出所】日銀『物価、資金循環、短観、国際収支、BIS関連統計データの一括ダウンロード』サイトのデータをもとに作成)

直接投資額も「シェア」が減ってきた

これに加えて財務省統計によれば、日本企業の中国に対する直接投資額は2023年末で288兆8913億円に達していますが、このうちの中国に対する投資額は18兆7693億円で全体の6.5%を占めるものの、ランクとしては米蘭英に続く4番目で対外直接投資に占めるシェアも6.5%に留まります(図表6)。

図表6 対外直接投資・相手国別内訳(2023年末)
相手国 金額 構成割合
1位:米国 100兆8639億円 34.91%
2位:オランダ 20兆3321億円 7.04%
3位:英国 20兆1633億円 6.98%
4位:中国 18兆7693億円 6.50%
5位:シンガポール 14兆8797億円 5.15%
6位:豪州 13兆6851億円 4.74%
7位:タイ 10兆5041億円 3.64%
8位:スイス 5兆6699億円 1.96%
9位:韓国 5兆4849億円 1.90%
10位:ドイツ 5兆4817億円 1.90%
その他 73兆0574億円 25.29%
合計 288兆8913億円 100.00%

(【出所】財務省『対外・対内直接投資の推移(国際収支マニュアル第6版準拠)』データをもとに作成)

このように考えていくと、日中が隣国同士で日本企業も中国に大挙して進出している(という印象がある)というわりには、「カネ」の面で日中関係は意外と薄い、という言い方もできます。

ステルス撤退進む日本

そして、もうひとつ「良い兆候」があるとしたら、日本企業が「ステルス」的に、徐々に中国から「足抜け」しているフシがあることです。

たとえば、図表5に示した対外与信、邦銀の対外与信全体に占める割合は徐々に低下してきていますし、図表6に示した対外直接投資についても同様に、やはり日本の対外直接投資全体に占める割合が、徐々に低下してきているのです。

また、日本と中国は、「ヒト」「モノ」の関係からも、一見すると「切っても切れない関係」にあるようにも見えますが、これも「短期」の議論と「中長期」の議論を分ける必要があります。

たとえば、中国に在留している日本人は、図表2で述べたとおり、2023年10月1日時点で101,786人でしたが、このうち「永住者」は5,366人に過ぎず、全体の約95%近くに及ぶ96,420人は「長期滞在者」

というステータスです。

この「長期滞在者」とは、「3ヵ月以上の海外在留者のうち、海外での生活は一時的なもので、いずれわが国に戻るつもりの邦人」を意味します。

よって中国で暮らす「長期滞在者」の多くは、留学生であったり、あるいは日本企業の駐在員などとして中国に赴任している人たちであったり、と、いずれ日本に帰国する人が多いと考えられます(ただし、これはあくまでも憶測です。在留邦人の正確な在留目的は、外務省の統計だけではわからないからです)。

これについては図表7がわかりやすいかもしれません。

図表7 在留邦人数の推移

(【出所】外務省『海外在留邦人数調査統計』データをもとに作成)

これで見ると、2012年の150,399人をピークに中国在留日本人数は減り続けており、2023年の101,786人はピーク時の約3分の2です(※ただし、先ほど述べたとおり、それぞれの数値には香港在住者数も含まれています)。

日本企業の密かな足抜け

つまり、日本企業の動きを見ると、こんな推察が成り立ちます。

日本企業は中国との関係を終わらせようとしているわけではないにせよ、これ以上積極的に拡大させることもしていない。日中関係をコントロールし、少しずつ中国との関係を薄めている」。

もちろん、これも著者自身の憶測です。

ただ、現実問題として、先月発生した日本人男児刺殺事件が、こうした「ステルス撤退」の動きに拍車をかける可能性があるのかについては気になるところです。

これに関しては、著者自身は「日本企業としては、徐々に徐々に、中国から足抜けする」という流れを予想しており、そのペースも、たとえば昨年秋時点で10万人少々だった日本人が、あと5年後に5~7万人程度に減る、といったペースを想定しています。

したがって、たとえば「この2~3年のうちにほとんどの日本人が中国から完全に撤退してしまう」、といった極端なシナリオは考え辛いところです。

TSRのアンケート調査

こうした著者自身の見方をある程度裏付ける調査が出てきました。

中国の日本人駐在員、8割超の企業が「注意喚起」 企業の約3%、大企業の14%が日本人従業員を駐在

―――2024/10/11 11:08付 Yahoo!ニュースより【東京商工リサーチ配信】

記事を配信したのは東京商工リサーチ(TSR)で、男児刺殺事件を受けてTSRが10月上旬に日本企業に対しアンケートを実施。回答した企業5,793社のうち「日本人を駐在させている」と答えた157社に関しては、次のようなことが判明したのだそうです。

  • 今回の事件を受け、駐在員に注意を喚起した…112社中93社
  • 駐在中の従業員に家族の帰国を促した…3社
  • 新規駐在を停止した…2社
  • 新規駐在の場合、家族帯同を原則禁止した…1社

「日本人を駐在させている」と答えた社が157社なのに、「注意喚起をした」のが「112社中93社(83%)」、となっている理由については、よくわかりません。「注意喚起をした」が93社がなら、それは「157社中93社(53%)」となりそうなものです。

このあたり、記事を5回くらい読み返してみたのですが、残念ながら理解できませんでした。

ただ、日本企業については(いちおう注意喚起は行っているものの)実際に家族の帰国を促したり、新規駐在を停止したり、家族帯同を禁止したりしている企業の数は、割合としては非常に少ない、という点については、個人的には意外感はさほどありません。

日本企業の今後に注目

情報源がTSRのアンケート調査であり、また、日本企業の人事政策は、得てして方針が決まるまで数ヵ月単位で時間がかかるものであるため(著者私見)、おそらくは「日本企業が対応しない」という話ではなく、「まだ具体的な対応を決めていない」という方が実情に近い気がします。

すなわち、「ニッポン株式会社」としては、徐々に中国から足抜けする方針にあり、今回の事件も一部の企業の間で撤退への速度を多少早める可能性があるにせよ、劇的にそれを加速するというものではない、という現状が見えてきます。

実際、TSRの記事でも、末尾の方に、こんな記述があります。

日本企業の中国ビジネスが岐路に立たされている。中国では不動産市況の低迷や債務拡大などに加え、米中対立、台湾有事、反スパイ法の施行などでリスクが顕在化している。そこに、日本人男児の殺害事件後も殺傷事件などが相次ぎ、治安悪化で駐在員の不安も高まっている」。

日野自動車は9月末に連結子会社が中国で製造していた商用車や建機用エンジン生産を停止し、中国ビジネスの縮小を公表したほか、中国からの生産拠点の撤退や他のアジア諸国に移転する企業も出ている」。

そのうえでTSRはこう結んでいます。

企業は中国経済や社会情勢などを見極めながら、駐在員への対応を進めており、しばらく難しい判断を迫られるだろう」。

この点、邦人の子弟に犠牲者が出ているにも関わらず、渡航に関する警告を出さない外務省という組織のリスク感覚の甘さには呆れるかもしれませんが、それと同時に日本企業が中国リスクをどうコントロールするかについては、長い目で見る必要があるのかもしれません。

新宿会計士:

View Comments (3)

  • 駐在員の偉いさんが秘書という名の愛人にがんじがらめになっていて離れられないので赤字でも撤退しないとかいう話もありますね
    真偽はわかりませんが

    • 家族帯同なら悪いことはできんだろう。そういう社員素行管理戦略がありそうです。
      こんな話を思い出します。
      前世紀の経験ですから今ではこんなことは起き得ないのかも知れませんが。
      タイ国バンコクに旅行したとき高額商品をたびたび売りつけられそうになって、ほとほと辟易、うんざりして町のスーパーに行ってみた。地下が食料品フロアだった気がする。人々の普通の生活を見て見たかったのです。乾物やら冷凍食品やら生鮮食料品やらがあった。調理の仕方が分からなーい。結構「今風な」と言うか、全体のつくりが日本っぽいところだったと思い返します。
      そのフロアには雑誌やら軽い読みものが並べられた書店風の棚が併設されていた。驚いたことに日本語の図書もあった。駐在員たちは日本語に飢えている。今みたいにインターネット経由で日本の情報を日々モニターすることはできない時代でした。目に留まったのがバンコク滞在術という意味の本でした。
      手に取り目次を辿って驚きました。この本は現地でよろしく小姐と楽しむ術を、単身でタイ国駐在している男性に指南するものだったのだです。同行人に見せると嫌そうな顔。
      口説き文句はこう言え、すぐ伝わる。帰国が決まったらこれこれこうやって小姐と円満離縁せよ、失敗すると追われる、とも。
      ここまで書いて類似している別な逸話(同じく90年代)を想い出したのですが、文字にしないほうがいいでしょう。
      ドントビリーブユアハズバント。これは韓国旅行をした某先輩が現地で経験したことを元にかつて語った言葉です。駐在員には気を付けろ。21世紀になった今でも成立しているのかは不明です。

  • 現地進出が本格化して四半世紀。機は熟した感(設備償却済?)がありますね。
    「民間による自主撤退」の体(てい)であれば、政治問題化に非ずなのかも・・。

    中国を「ステルス撤退」とはこれ如何に?
    中国を「捨てるっす撤退」というが如し!
    ・・。