以前から当ウェブサイトでしばしば取り上げている通り、年賀状の発行枚数は激減しているのですが、その大きな原因は少なくとも社会のネット化による通信環境の発展、個人情報保護法、そして郵便料金の値上げにあるとみるべきでしょう。ただ、一般にある商品・サービスが衰退している時期に値上げすること自体は「自殺行為」のようなものですが、社会全体で労働力不足が進展するなか、日本郵便が「確信犯」的に値上げに踏み切ったという可能性はあるのでしょうか。
年賀はがきの発行枚数は20年あまりで4分の1以下に!
以前の『発行枚数が最盛期の4分の1に激減…年賀はがきの未来』でも取り上げたとおり、日本郵便の発表によると、2025年用の年賀はがきの当初発行枚数は、10.7億枚に決まっています。日本郵便の過去の発表をもとにグラフ化すると、20年あまりでほぼ4分の1以下に激減した格好です(図表1)。
図表1 年賀はがき発行枚数実績(当初発行枚数ベース)
(【出所】日本郵便報道発表をもとに作成)
ただ、今年の激減ぶりは、さすがに印象的です。というのも、2024年用の発行枚数は14.4億枚で、たった1年で3.7億枚も減った計算だからです。減少率に換算したら25%以上―――4分の1(!)にも達します。
ではなぜ、そこまで急速に減ったのか―――。
社会全体のネット化とペーパーレス化
これには大きく3つの理由が考えられます。
真っ先に思い当たるのは、社会のネット化とペーパーレス化です。
たとえば先月の『チケットも手紙も電子化する時代』でも取り上げましたが、社会全体で最近、ペーパーレス化が急速に進んでいて、「脱FAX」、「脱郵便」に加えて「脱チケット」化などが進んでいるわけですが、これも「脱紙化」の流れの一環でしょう。
そういえば、最近だと、著者自身、出張に行くと気付くのですが、紙のチケットを使用する機会が極端に減りました。
たとえば飛行機だと、少なくとも一部の航空会社では、チケットの購入はウェブ上で完結しますし、たとえばiPhoneの場合、スマートフォンで購入したチケットを表示させれば、それを「ウォレット」に登録することができます(Androidでも同じことができるようですが、詳しくは航空会社のウェブサイト等をご参照ください)。
新幹線の場合も同様に、切符はウェブ上で購入できますし、購入した切符はウェブ上、SUICAなどの交通系ICカードに紐づければ、紙のチケットを発行する必要はありません。
また、予定が変わり、飛行機や新幹線の便を変更しなければならないときも、わざわざ窓口に出掛ける必要がなく、すべてウェブ上で完結します(※ただし変更するには条件があるようですが、これについては航空会社や鉄道会社でご確認ください)。
(あくまで一般論ですが)世の中、いったん便利になってしまうと、元に戻れません。
同様に、通信の世界ではメールやウェブなどで、紙を使わなくても情報を伝えることができます。しかも、郵便などと異なり、切手代は不要ですし、便箋や封筒も不要、どれほど物理的な距離があっても、ネットがつながる環境にさえあれば、(通信環境が良ければ)情報は瞬間的に伝わります。
こんな時代に、物理的に1枚1枚、手書きないし印刷しなければならない年賀状を「まどろっこしい」と感じる人が増えるのは当然のことでしょう。
個人情報保護法で住所交換が難しくなった
ただ、さきほどの図表1をよく見ていただくと気付きますが、年賀はがきの発行枚数は直線的に落ち込んでいます。
もしも上で述べた「社会のネット化」だけが年賀状発行枚数激減の理由ならば、同じような「紙媒体」である新聞も同様に、直線状に落ち込むはずですが、現実に新聞の方は「放物線」を描くかのように落ち込んでいます(図表2)。
図表2 新聞の合計部数の推移
(【出所】一般社団法人日本新聞協会データ【1999年以前に関しては『日本新聞年鑑2024年』、2000年以降に関しては『新聞の発行部数と世帯数の推移』】をもとに作成。なお、「合計部数」は朝夕刊セット部数を1部ではなく2部とカウントすることで求めている)
このように考えると、部数が落ち込んだ理由として、もうひとつ考えられるものがあるとしたら、それは個人情報保護法でしょう。
当ウェブサイトの読者の皆さまもご承知の通り、かつて職場では各従業員の住所リストがメールで配布され、それらをもとに上司、同僚、部下などに対して年賀状を準備していたのではないかと思います。
また、学校でも小中高のクラスの連絡網、先生やクラスメイトの住所・電話番号・保護者氏名を記載したリストなどが配布されていましたし、大学ではゼミやサークルに入ると、同様に、連絡網だの、個人名簿だのといったものが作成され、配られていたのではないでしょうか。
しかし、2003年に施行された個人情報保護法の影響もあってか、おそらくは多くの職場、学校などにおいて、各人の個人情報(たとえば住所、電話番号など)を名簿化して各人に配布する、といった文化が順次消滅していったのだと思われます。
著者自身の記憶をたどっても、たしかに2003年頃以降は、職場で各従業員の個人名簿は配られなくなりましたし、また、日本公認会計士協会の名簿も、いつのまにか作成されなくなり、現在では限定的な情報のみがウェブ上などで提供されるのみです。
お子様の幼稚園や保育園、学校などでも連絡網や住所録などは配られず、したがって、園・学校から保護者への連絡、あるいはPTAの連絡、保護者同士の連絡などは、ウェブアプリやLINEなどを用いて行われるのが一般的ではないでしょうか。
実際、著者自身の例で考えても、2003年以降に個人的な住所を交換した相手は、冠婚葬祭関係(「結婚式で招待状を送りたいから住所を教えてくれ」との要望があった場合など)や、親しい親戚が結婚した際に住所を交換したなど、非常に限られているのが実情です。
理由③は「郵便代の値上げ」
そのうえ、考えられる3つ目の理由が、郵便代の値上げです。
日本郵便は10月1日以降、郵便代を値上げしました。
これにより、はがきは63円から85円に、封書は84円から110円に、それぞれ変更されているわけですが、値上げ率でいえば、はがきが約35%、封書が約31%です。
仮に年賀状を100枚送るならば、そのコストは6,300円でしたが、来年以降は8,500円です。ネット契約などがあれば、メールだったら送るためのコストは限りなくゼロに近いですが、これを紙で送るとなれば郵便代が別途必要となるのです。
一般論で言えば、需要が縮んでいるタイミングでの値上げは、自殺行為でもあります。
新聞業界でここ数年、部数が急減している理由としては、おそらく、定期購読量の値上げなども関わっているものと考えられますが(著者私見)、年賀はがきにもこれとまったく同じことが言えるのかもしれません。
じつは確信犯?
ただ、日本郵便の場合は、やはり労働力不足が顕在化するなか、正月の年賀状配達需要に対応し切れていないという可能性もありすです。いわば、日本郵便の場合は「確信犯」として、大きな値上げに踏み切った、という側面もあるのではないでしょうか。
これについては日本郵便ウェブサイト『2024年10月1日(火)から郵便料金が変わりました。』によると、こうあります。
「今後とも、郵便サービスの安定的な提供を維持していくため、郵便料金を変更させていただきました。お客さまにおかれましては、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。」
この言い分からすれば、おそらく、日本郵便としては、ある程度はサービスを抑制することを視野に入れているのでしょう。
考えてみれば、年賀状も年に1回、配達需要が急増するという意味で、何とも困ったサービスといえるかもしれません。その意味では、もしかすると日本郵便としても、年賀状の需要を抑制しようとしている、という側面がありはしないでしょうか?
あくまでも仮説ですが、日本郵政としては、封書、はがきといった「文書」の配達需要がなくても、小包を含めた配達需要がなくなることはない、とでも見ているのかもしれません。
こうした見方が正しいかどうかはわからないにせよ、さほどピント外れではないと思うのですが、いかがでしょうか?
View Comments (9)
郵便局は年賀状に対して諦めたんじゃないでしょうか?
一時期は年賀状の自爆営業、などが話題になりましたが世間から顰蹙をかいました。
昔は年賀状配達が年始の華でしたが、今はそうでもなくなった、時代変化に適応したのでしょう。
ブームには流行り廃りがあるので、なにかきっかけで盛り上がるかも知れませんし
このまま終着するかも知れません。
こればっかりは完璧な予想は難しいでしょう。
「これは不幸の年賀はがきです。これを100通、(マスゴミを含む)だれかに送らないと、あなたは不幸になります」とすれば、年賀はがきが売れるかも。
蛇足ですが、「最近の若いものは、年賀状も出さないで」と言っている人がいるのかも。
毎度、ばかばかしいお話を。
郵便局:「マスゴミへの文句を、年賀はがきに書いて送ろう」
(沖縄県知事から長期無利子融資を受ける)琉球新報に送るのですか。
高齢者が『年賀状じまいしました』という位ですので、さすがに「最近の若いものは、年賀状も出さないで」とは言わないのではと思います。
「最近の若い者は御礼メールも出さないで」「挨拶をLINEで寄越すとは失礼な」に変わったかは不明ですが....
すぐに兆の桁を超えるだろ
くりまんじゅう舐めるな
郵便事業は、メールやラインなどの通信手段の発達により、その役割を終えつつある、ということかと思います。郵便局の採算(会社としては日本郵政㈱)は、小包事業ではなく、傘下のゆうちょ銀行、かんぽ生命の収益によって、支えられています。
https://www.japanpost.jp/ir/library/earnings/pdf/20240515_01.pdf
銀行業務や生保業務であれば、全国津々浦々に郵便局を設置する必要はなく、これらを閉鎖し合理化を図り、よって大株主である国ひいては国民に還元すべき筋合いにあるのですが、これらを阻んでいるのが、全国郵便局長会(旧名:特定郵便局長会)とJP労組(旧名:全逓)という組織です。
特定郵便局長会は、選挙となると、手弁当(給与は日本郵便から貰う)で、基本的には自民党の候補を支援するため、自民党の政治家にとってはとてもありがたく、その会長の自民党首脳部への影響力は、日本郵政の社長(首相から任命される)をしのぐ、と言われています。
また全逓は、社会党以来、現在では立憲民主党の有力な支持労組です。
これらが「全国一律の郵便サービス網の維持」を旗印に、合理化努力を怠り、郵政民営化の果実を台無しにしていると、私は考えています。
ヤマト運輸が郵便事業に参入しようとした時、年賀状ビジネスはボロ儲けと言っていた記憶があります。
配達の猶予期間は長く、多量のはがきが一度の配達で終了と。
やりようによっては、儲かるビジネスにできそうだけど。
所詮官営企業では無理なんでしょうか。
1軒の家に1枚届けるのも100枚届けるのもほぼ同じ労力を要する(重さ等もあるでしょうが)ので、確信犯的に値上げして年賀はがき事業を縮小させようと言うことは無いと思います。まぁ、皮肉としては十分に面白いと思います。
いっそのこと、年賀はがき事業をやめて、電子年賀はがき事業を郵政でやればいいのに、とも思います。
>もしかすると日本郵便としても、年賀状の需要を抑制しようとしている、という側面がありはしないでしょうか?
需要を抑制するのは、配達体制を縮小しコストを下げるため、短期・大量のスパイク需要は切り捨てる、ですね。
今、選挙が行われていますが、投票所入場券の送付に各選管が苦慮しています。
今回は期間が短いためですが、短期集中の全世帯対象の配達物ですので、配達体制の縮小が続くと、年賀状と同様に配れなくなるのではと憂慮しています。
入場券は無駄との意見もありますが、全有権者に直接届く、一番効果的な選挙広報媒体だと思うのです。