いつの時代にも、俗に「トンデモさん」と呼ばれる、非科学的なことを主張する人たちというのは出現するものです。インターネット時代にあって、情報が氾濫するなか、「トンデモさん」たちの傾向を掴み、その言説に騙されないようにするためには、私たち一般人こそ、科学的思考態度を身につけなければなりません。
目次
故・山本弘氏が始めた「と学会」の功績
『トンデモ本の世界』などの出版物で知られる団体といえば、「と学会」です。
初代会長を務めたのは今年3月に68歳で他界されたSF作家の山本弘さんです。
SF作家の山本弘さんが死去、68歳…「去年はいい年になるだろう」「多々良島ふたたび」
―――2024/04/04 14:37付 読売新聞オンラインより
この「と学会」が現代社会に残した功績は、大変に大きかったといえるのではないでしょうか。
著者自身の言葉で「と学会」の功績をまとめると、それは「科学思考の大切さ」、ではないかと思います。
「と学会」の定義によれば、「トンデモ本」とは「著者の意図とは異なる視点から楽しむことができる本」のことだそうで、これは初代副会長でもある藤倉珊氏が提唱した概念であるとされますが、転じてオカルト、疑似科学などの分野の書籍を「トンデモ本」などと呼ぶことが多いようです。
つまり、「トンデモ本」とは、もともとは「その本を著者の意図とはまったく別の観点から楽しむための考え方」であり、純粋なエンタメだったはずで、トンデモ本に疑似科学やオカルト分野が多いのは、そのような分野に、たまたま「著者の意図とは異なる楽しさ」が含まれている書籍が多かっただけのことでしょう。
「トンデモさん」たちの傾向はウソを見抜くうえで重要
ただ、この「トンデモ本」という概念を応用すれば、非科学的、あるいは根拠なしに展開されている主張を見抜くうえで、大変に役に立ちます。
トンデモ本を見抜くためには、「科学とは何か」を理解していなければならないからです。
文部科学省ウェブサイト『「科学」と「技術」、「科学技術」について』によれば、科学とは「世界と現象の一部を対象領域とする、経験的に論証できる系統的な合理的認識」とする広辞苑の定義などが掲載されていて、狭義には自然科学のことだと説明されています。
しかし、著者自身に言わせれば、この定義ないし説明は、若干、科学を狭くとらえすぎています。
個人的な説明で恐縮ですが、科学の対象となり得るのはこの世の森羅万象であり、これらを合理的・系統的に裏付けた理論の体系です。最もわかりやすくいえば、「科学」は何らかの問題に対し、誰もが同じ結論を導びくための、非常に便利な「道具」であるはずなのです。
こうした観点からは、政治学も経済学も、立派な科学です。
たとえば、現実社会において、「円高」や「円安」といった現象が生じた場合、この現象が経済社会にどのような影響をもたらすかについては、科学的に説明し、予測することができます(『【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由』等参照)。
アインシュタインとマイケルソン・モーリーの実験
稀に、その時点の科学的知見では説明がつかない事象が生じることがあります。
たとえば、1887年に行われた、物理学者のアルバート・マイケルソンとエドワード・モーリーの実験の結果、光速度がいかなる慣性系から見てもまったく変わらないという事実が確認され(※実験の目的は別にありましたが)、この光速度不変原理からアルベルト・アインシュタインが相対性理論を生み出したことは有名です。
しかし、一連のトンデモ本の世界でも取り上げられている通り、「相対性理論が誤っている」と主張する「トンデモさん」は後を絶たず、酷いケースだと「アインシュタインの相対性理論を検証するために、マイケルソンとモーリーが実験を行った」、などとする主張もあるようですが、これも強烈な珍説です。
アインシュタインの生誕は1879年ですので、マイケルソン・モーリーの実験が行われたときに、アインシュタインはまだ10歳にもなっていない少年だったと考えると、マイケルソンとモーリーはたかだか10歳未満の少年を批判するために実験を行った、ということになりそうです。ムチャクチャですね。
ちなみにアインシュタインが特殊相対性理論を発表したのは1905年とされていますので、当然、マイケルソン・モーリーの実験よりも時系列では後のことです。「トンデモさん」たちは基本的に、事実関係すらろくに確認しないで書籍を執筆してしまう人たちなのかもしれません。
さて、それはともかくとして、「その時点で説明がつかない事象」が生じ、その事象について再現性があれば、それがいかなる状況で生じているのかについての検証を行い、そのような事象が生じている原因について考察し、新たな理論が打ち立てられるわけです。
マイケルソン・モーリーの実験も、その後、何度も何度も追試が行われており、実験の精度は上昇し、マイケルソンが考案した干渉計などを応用した実験では、2015年には重力波の観測にも成功しています。
つまり、過去の実験は一度行われたらそれっきり、というわけではなく、理論を裏付ける実験は何度も繰り返されているのであり、トンデモさんたちはそれを知らないだけなのです。
「WTCに飛行機はツッコんでいない」とする言説
こうしたなかで、やはりキッチリと否定しておかねばならない事象があるとしたら、それは陰謀論ではないでしょうか。
トンデモ学説は多くの場合、科学的な考察に耐え得る論拠を欠いています。
しかし、それと同時に、一般人に対しては一見するともっともらしい言説であるかのごとく受け止められることもあり、相当に悪質なデマも振りまかれることがあります。
著者自身の見立てでは、たとえば「反ワクチン」(ワクチン接種は体に悪い、などとする言説)に加え、「ロシア・フレンズ」(ロシアによるウクライナ侵攻はロシアの側に正義がある、などとする言説)、「福島汚染水」(福島原発処理水は核汚染されている、などとする言説)などが典型例ですが、それだけではありません。
わかりやすいところでいえば、2001年9月11日、米ニューヨークの世界貿易センタービル(1WTC、2WTC)に相次いでジェット機が突入し、ビルを破壊した事件があります。
これについては9月11日付で、こんな趣旨の内容が、X(旧ツイッター)にポストされていました。
「テレビの中継で飛行機がビルに衝突する映像を見たという人がいます。しかし、それはあり得ないんですよ。生中継とはテレビの中だけの話です。9月11日当日のテレビ中継は、すべて1機目の飛行機が激突した後とされる映像で、飛行機は映っていません」。
何が言いたいのか、今ひとつ良くわかりませんが、飛行機がビルに衝突する映像は「あり得ない」、などとする言説です。
このポスト主が何を根拠にそう述べているのかはわかりませんが(関連するポストを一通り確認したのですが、合理的に「科学的論拠」と認められるものは皆無でした)、とりあえず、この方の主張によれば、WTCに飛行機は突入していないのだそうです。
鹿島建設の正確な解析結果
これに関しては、しかし、間違いなくWTCに飛行機は突入したと考えて良いでしょう。
その証拠のひとつが、鹿島建設ウェブサイトに掲載された、こんな記事です。
ニューヨークWTCビル崩壊の解析に驚嘆の声
―――鹿島建設HPより
これは、鹿島建設が日本建築学会の特別調査委員会の要請で、超高層ビルの「予期せぬ事態」に対する設計を考えるうえで実施されたものです。
鹿島建設はこれを50㎝単位という精密さで解析し、次のように結論付けました。
「解析の結果、WTCビルの構造体は航空機の衝突によっては崩壊に至らず、最終的には火災で崩落した」。
鹿島建設によると、シミュレーション解析の結果は「被害の実態と高い精度で一致」し、とりわけ「南側のWTC2を突き抜けた航空機の右エンジン」の挙動解析結果は「実際の落下位置とほぼ合致」した、などとしています。
これについては、1WTCと2WTCがそれぞれ超強力爆弾で爆破された、などとする言説に対し、建築工学の見地からのカウンターとなっており、結論的にいえば、航空機が1WTCや2WTCにすっぽりと飲み込まれ、大爆発を起こしたメカニズムが、ほぼ完璧に説明されているものです。
いずれにせよ、科学的な根拠も明らかにせず、「1WTCと2WTCに飛行機が突入したのは虚偽だ」、などと主張する意見がある一方で、ちゃんと科学的根拠を積み上げたうえで、「1WTCと2WTCに航空機が突入し、火災により崩落した」と結論付けた意見があったとしたときに、どちらを信頼すべきかは明らかでしょう。
非科学的な主張をする者は、科学的事実を嫌う
この点、非科学的なことを主張する者たちは、たいていの場合、多くの人々から「それは科学的な考え方ではない」と諭されつつも、自分の考え方を頑なに曲げないのですが、そこに科学的な論拠はないため、事実をひとつかふたつ指摘されるだけで、すぐに論拠が崩れ去ってしまいます。
このあたりは、「宗教が科学的事実を嫌う」という法則(『宗教改革にも匹敵し得る現代の「インターネット革命」』等参照)を思い出しておくことも重要かもしれません。
いずれにせよ、こうした事例は、非科学的な考え方が無益であるだけでなく有害であるということ、そしてこのインターネット時代、情報が氾濫する中で、むしろ豊富な情報の中から非科学的な言説を選り分けてきちんと理解することの重要性については、いくら強調しても、決して強調のし過ぎではない、などと思う次第です。
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現在流行している「と学会」関係者の説によれば、飛行機は液体燃料を
利用して飛行していないので、WTCビルの火災原因は飛行機の
衝突によるものでないとされています。
さて、飛行機は何の燃料を使用して飛行しているのか
「と学会」関係者にお伺いしたいものです。
念力・祈祷、それとも風まかせ? いや、石炭・木炭・練炭とか?
アルコール・それに人力もありそうですよね?
件のポスト主は「フリーエナジー」なる謎の概念を提唱していました。
他のポストも見る限り「同じ主張を延々と繰り返す」
「自分の脆弱な根拠を覆した相手にはレスしなくなる」と言った特徴があるので、
多分炎上して注目を集められるのを大喜びするタイプなんでしょうね。
こういうタイプは否定されまくっているのを眺めて少し笑った後、
存在そのものを忘れる事にしています。
「トンデモさん」懐かしいフレーズですね。昔慰安婦問題の虚構を具体例を挙げて説明しましたが、パヨの活動家から上記のレッテルを貼られましたが、20余年経った今、どっちがトンデモさんかは言うまでもなし。でもパヨにとっては「無かった事」にしたいのでしょうね。
いつも知的好奇心を新鮮に刺激いただく
記事をありがとうございます。
昔「と学会」を耳にしたときは
「と学会」の取り上げる対象に目が行き
その場だけの関心しかを持ちませんでした。
しかし今回の記事を拝読して
取り上げる対象のトンデモ論ではなく、
取り上げた主張の欠陥や欺瞞を
「科学思考の大切さ」を持って判断し
エンタメとして位置づけ楽しんであげよう
という姿勢の高い見地からの寛容さは
今の情報氾濫時代にこそ
とても有用で大いに学びがあると考えます。
それは、
と学会当時の「トンデモ論」は社会的には
無益無害のものがほとんどのようですが
今の時代の「トンデモ論」は、
社会への影響を及ぼそうと巧妙な技巧での
ものが多いと私は感じるからです。
現実風景の緻密な描写の陰に隠して
こっそり巧妙な技法を用いて、
現実社会にありえないものをあるかのように
鑑賞者に見せる絵画手法に
トロンプイユ(仏: Trompe-l'oeil)があります。
私自身は、
日本のATM新聞さんなどや、それと軌を一にする
隣国メディアや赤いお旗さんの記事などは
よくできたトロンプ・ルイユ作品として
鑑賞してあげて楽しんでるのですが、
今回お教え頂いた「と学会」の主旨には大いに
共感いたしました。