論より証拠、という言葉があります。当ウェブサイトではこれまで、「円安は専ら日本経済に悪い影響を与える」とする、いわゆる「悪い円安」論に対し、強い疑念を呈してきたのですが、こうしたなかで財務省が昨日公表した2024年7月の国際収支(速報)によれば、第一次所得収支の黒字額が過去最大の4兆4,410億円となったことが判明しました。
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悪い円安論のおかしさはデメリットを過度に強調することにある
著者自身が考えるに、「悪い円安」論の皆さまの議論でおかしなところがあるとしたら、円安が日本経済にもたらすマイナス影響をことさらに強調するわりに、非常に大きなプラス効果を無視している、という点ではないかと思います。
『【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由』などでも繰り返し指摘してきましたが、「現在の」日本経済の状況に照らすと、円安はマイナス効果よりもプラス効果の方が遥かに大きいといえます。
これは、経済学のごく初歩的な理論と、現実の日本経済を取り巻く統計数値をあわせてみれば、一目瞭然です。
一般に自国通貨安(日本の場合は「円安」)には、少なくとも大きく5つの効果がもたらされます。
円安がもたらす5つの効果
- ①輸出効果
- ②輸入効果
- ③輸入代替効果
- ④資産効果
- ⑤負債効果
モノを知らないというのはこういうことか
このうち、「悪い円安」論を唱える人は、上記5つのうちの②の「輸入効果」―――円安で外国製品の価格が押し上げられ、人々の生活が苦しくなるという効果―――をことさらに強調。さらには⑤の「負債効果」、つまり円安が行き過ぎることで日本からキャピタル・フライトが生じ通貨危機になることをも懸念したりします。
そのうえで、①の「輸出効果」(輸出競争力が上昇する効果)については「現在の日本経済はかつてとくらべて輸出は多くない」、②の「輸入代替効果」(輸入品の代わりに国産品需要が増える効果)についても「日本に大した産業はないから日本で製品を作ることはできない」と否定。
さらに④の「資産効果」、つまり外貨建ての資産の円換算額が増え、海外からの受取利息配当金も増加するという効果についても、「あれはどうせ大企業に限定した話だ」、「我々中小企業勤務者には関係ない」、などと述べて矮小化する、というわけです。
しかもタチが悪いことに、新聞、テレビなどのマスメディアこそ、こうした論調を率先して主導していたフシがあります。
そして近年はとくに、新聞やテレビを盲信する層の場合、たとえ新聞、テレビの主張内容が多少おかしくても、特段の違和感を覚えたりせず、あるいは自分で情報を調べることをせず、それらが述べている内容をそのまま受け売りにしたりするのかもしれません。
なかには、「ネット右翼」「ネトウヨ」(?)的なサイトなどが述べている内容を敵視するような意見もありますし、当ウェブサイトにもごく少数の方から、「経済学は科学ではない」、「人間の行動は数字では絶対に説明できない」、などとする苦情をいただいたりすることもあります。
それにしても、「経済学は科学ではない」というのも強烈ですね。
これなど、「モノを知らないというのはこういうことか」、という典型的な事例であるように思えてなりません。
いずれにせよ、メディアや一部「識者」(?)が論じる「悪い円安」論は、経済理論に照らして正しい部分と、経済理論に照らして明らかに議論が飛躍している部分を組み合わせ、その一方で円安のメリットを矮小化するという意味で、フェアな議論とは呼べません。
円安20%進行で140~160兆円の利益も!?
なお、円高・円安のメリット・デメリットについては、いつも掲載している例の図表(図表1)などもご参照ください。
図表1 円高・円安のメリット・デメリット
©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでの引用・転載は自由
ただし、上記①~⑤について、どの効果が日本経済にどういう影響を与えるかについては、これまで当ウェブサイトでさんざん述べて来たとおりですので、本稿では特段繰り返すことはしません。
要約すれば、「②輸入効果は日本経済に直ちに打撃を与え得るが、①輸出効果や③輸入代替効果は恩恵が日本経済に及ぶまで少し時間がかかる」、「④資産効果は日本経済に直ちに恩恵をもたらす」、「⑤負債効果は日本経済にほとんど影響を与えない」、です。
とりわけ「④資産効果」は強力です。
なぜなら、日本政府、日本企業、邦銀、年金・保険・社会保障基金といった機関投資家は、それぞれ、外貨建てで巨額の対外資産を保有しているからです。
たとえば国際決済銀行(BIS)統計によれば、邦銀の対外与信は2024年3月末で5兆2626億ドル(※所在地ベース)であり、また、JETROの集計によれば、日本企業の対外直接投資残高は2024年12月末で2兆1357億ドルに達しています。政府も1兆ドル前後の外貨準備を保有しています。
統計データ上、外貨建て資産の正確な通貨別金額は明らかではありませんが、仮に日本の政府、企業、銀行、機関投資家などが7~8兆ドル程度の外貨建資産を保有していたとしたら、円安が20%進むだけで、140~160兆円もの評価益がもたらされることになります。
論より証拠:第一次所得収支が過去最大に!
もちろん、この「140~160兆円」という金額は、あくまでも評価益であり、これらすべてが換金できるというものではありません。
しかし、これらの対外投資の多くは利息や配当金を生み出しており、外国からもたらされる利配収入も、円安効果でまた膨らむことを忘れてはなりません(※ただし、厳密には海外における金利上昇による債券含み損失の発生も考慮する必要がありますが、この点については割愛します)。
そして、さっそくに「論より証拠」が出てきました。
財務省が9日発表した『国際収支状況(速報)』によると、2024年7月の経常収支は3兆1,930億円の黒字で、このうち第一次所得収支が4兆4,410億円と、過去最大の黒字を記録したというのです。
令和6年7月中 国際収支状況(速報)の概要
―――2024/09/09付 財務省HPより
ちなみにこの「月間4兆4,410億円」というのは、データが残っている限りで見て過去最大です(図表2)。
図表2 日本の経常収支構造
(【出所】財務省『時系列データ:国際収支』をもとに作成)
これで見ると、とくに2022年頃から日本は貿易赤字に陥ることが多かったことがわかりますが、貿易・サービス収支の赤字が大きくなったのとほぼ同じ時期に第一次所得収支の黒字が大きくなり、その後、貿サ赤字が縮小傾向にあるにも関わらず、第一次所得収支黒字が縮小する傾向はみられません。
もちろん、これは円安なども関係していると考えられるわけですが、いずれにせよ、今この瞬間を切り取ると、日本は貿易赤字を補って余りある所得黒字が発生していて、経常収支も膨大な黒字を計上している、という姿が見えてくるわけです。
少なくとも「悪い円安」論は明らかな間違い
もちろん、円安がいつまで続くかはわかりませんし、また、高市早苗氏ではありませんが、当ウェブサイトも「円安という好機を生かすべきだ」と考えている反面、中長期的には円安だろうが円高だろうが強い日本経済を作らなければならないと思います。
しかし、少なくとも「円安が日本経済に悪い影響『のみ』を与えている」とする言説は不適切であり、端的に言えば「明らかな間違い」である、と結論付けて良いのではないかと思う次第です。
余談ですが、「悪い円安」論者の皆さまは、円安の進行が加速した2022年後半ごろから、第一次所得収支の黒字が過去最大水準となっていることに、ヒトコトくらいは言及すべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
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最近の日経平均と円相場の関係は:円高=株安だね。
原因として考えられるのは、① 円高になると海外子会社の業績は円換算で悪くなるので売りを誘う。② 円高になると外人の保有する日本株のドル換算があがるので外人による売りを誘う
例えば7月11日の1ドル161円で日経平均42000円は260ドル。
9月10日の1ドル142円の日経平均37000円も260ドル。株が下がってもドル換算なら手取りが多かったりする。
金融相場に一喜一憂せず、日本の各企業が競争力向上に向けて邁進することが唯一の課題解決策です。立ち止まっていては何事も解決できません。
不安を煽るばかりのマスコミや野党は国賊とも言うべき存在です。
日本を「金利のある世界」に戻さなければならないなどと執拗に日銀を攻撃してきた日経などは、株安に慌てて日銀の失策だとか非難をしています。支離滅裂ですね。
ゴールドマン・サックスのソロモンCEOは、日本は優れた技術を持つ極めて重要な国だと言っています。そして、競争力強化のための事業改革が行われれば投資マネーが大きく動き出すと予想しています。
要するに、技術力の向上と事業改革をより一層推進する事が日本の競争力向上の条件だと言っているのですね。
保身を優先して行動を起こさない知恵も勇気もない経営者は早々に退場して頂きたいですね。
政治家もです。
特殊詐欺や国際ロマンス詐欺で数千万騙し取られた報道に接すると、やっぱお金ってあるところにはあるんだなぁと。
金を墓場まで持ってこうとするしてる?老害富裕層?のお金を騙し取って日本社会に還元?してくれる詐欺師の活躍を待つのでは無く、行政による適正で公平で効率的な還元が第一次所得収支でもなされる事が大事ですね。
一応ですけど、「さっさとくたばって金を吐き出しやがれ!このお先真っ暗な死に損ない共!」なんて事は言っても思ってもないですよ?