財務省税関が29日までに公表した今年7月分の貿易統計をもとに、台湾が日本にとって、今年4月以降、3番目に重要な貿易相手国に浮上しているという事実を、どう考えるべきでしょうか。経済安全保障という観点からは、台湾など「基本的価値を共有する国」との貿易額が増えるかどうか、あるいは中国など「基本的価値を共有しない2ヵ国」などとの貿易額が減るかどうかは、日本国民が非常に高い関心を持つべきテーマのひとつといえるかもしれません。
目次
今年7月の貿易赤字額は前年同月比10倍近くに増えた
財務省税関より、2024年7月における貿易額のデータが29日までに公表されました。
これによると輸出額は9兆6127億円、輸入額は10兆2414億円で、貿易収支は6524億円のマイナス(つまり赤字)となり、赤字額は前年同月(2023年7月)の812億円と比べてざっと8倍になった計算です。
「悪い円安」論ではありませんが、貿易赤字が前年同月比10倍近くに増えるというのは、なかなかに心配になりそうな材料と見て良いのでしょうか。
当たり前の話ですが、貿易収支の絶対額(しかもたった1ヵ月分)で、その国の経済の健全性を判断することなどできません。
ちなみにこの「赤字額が10倍近くに増えた」、は、以前の『7月の貿易赤字は前年比十倍に…日本経済への影響は?』でも触れた、某テレビ局の報道記事に対する当てこすりです(※ちなみに2024年7月の貿易収支の金額が以前の記事で取り上げた金額と異なっているのは、集計基準の違いによるものです)。
円安が進行したら「悪い円安」論。円高が進行したら「悪い円高」論。日本がダメだと思う人は、円安になろうが円高になろうが、日本破綻論を唱えるのかもしれません。こうしたなか、「悪い円安」論者が色めき立つ可能性があるのが、「2024年7月の貿易赤字が前年同月比10倍になった」とする話題かもしれません。貿易赤字が10倍になれば物価が10倍になるというわけでもないにもかかわらず、です。経常収支の黒字は過去最大なのですが…円安が進行したら「悪い円安」論。円高になったらなったで「悪い円高」論。メディアの報道を眺めている... 7月の貿易赤字は前年比十倍に…日本経済への影響は? - 新宿会計士の政治経済評論 |
輸出入ともに10%以上増える
いちおうちゃんと突っ込んでおくと、貿易収支とは輸出額から輸入額を差し引いた差額であり、その収支「だけ」で前年同月比比較を行ったとしても、あまり意味はありません。というのも、2024年7月は輸出入ともに前年同月比で大きく増えているからです(図表1)。
図表1 輸出入・貿易額・収支(2024年7月)
項目 | 2024年7月 | 増減(12ヵ月前との比較) |
輸出額(A) | 9兆6127億円 | +8884億円(+10.18%) |
輸入額(B) | 10兆2414億円 | +1兆4508億円(+16.50%) |
貿易額(A+B) | 19兆8541億円 | +2兆3392億円(+13.36%) |
収支差額(A-B) | ▲6287億円 | ▲5624億円(+848.85%) |
(【出所】財務省税関データをもとに作成)
ちなみに普段から当ウェブサイトにて説明している通り、現在の日本の貿易構造は、円安になれば直ちに輸出が増える、というほどに単純なものではありません。
日本の輸出品目は、自動車などを別とすれば、基本的には「最終製品」が少なく、「モノを作るためのモノ」(半導体製造装置などの生産装置や有機化合物などの中間素材)が中心であり、これらは短期的な円安で輸出が増えるというよりも、むしろ輸出先の国の製造業などの状況に、大きく依存します。
その一方、現在の日本は、産油国・資源国などから鉱物性燃料(LNG、石炭、石油など)を、中国などから「最終製品」を、それぞれ大量に購入している国です。
中国からの輸入品目の中心を占めているのは、スマートフォンやPCなどの組立品に加え、衣類、雑貨などの軽工業品が中心ですが、やはり大量に輸入していると、なかなかバカにはならないほどの貿易赤字が累積します。
輸出額トップは米国、これに中国と台湾が続く
では、具体的な貿易相手国は、いったいどこでしょうか。
輸出額については図表2のとおり、米国がトップで、これに中国、台湾、韓国が続きます。
図表2 輸出金額(2024年7月)
相手国 | 金額 | 割合 |
1位:米国 | 1兆9221億円 | 20.00% |
2位:中国 | 1兆6553億円 | 17.22% |
3位:台湾 | 6283億円 | 6.54% |
4位:韓国 | 6098億円 | 6.34% |
5位:香港 | 4763億円 | 4.96% |
6位:タイ | 3348億円 | 3.48% |
7位:シンガポール | 3113億円 | 3.24% |
8位:インド | 2500億円 | 2.60% |
9位:ドイツ | 2307億円 | 2.40% |
10位:ベトナム | 2202億円 | 2.29% |
その他 | 2兆9739億円 | 30.94% |
合計 | 9兆6127億円 | 100.00% |
(【出所】財務省税関データをもとに作成)
米国はどちらかといえば自動車などの最終消費地ですが、中国、台湾、韓国などは、基本的には「モノを作るためのモノ」などを大量に輸出している相手国です。また、台湾と韓国の順序はここ数年、激しく入れ替わっているのですが、今年4月以来は台湾が韓国を抑えて日本にとっての3番目の輸出相手国となっています。
輸入額トップは中国、これに米国、豪州が続く
これに対し輸入額のランキングが、図表3です。
図表3 輸入金額(2024年7月)
相手国 | 金額 | 割合 |
1位:中国 | 2兆2939億円 | 22.40% |
2位:米国 | 1兆1535億円 | 11.26% |
3位:豪州 | 7504億円 | 7.33% |
4位:台湾 | 4557億円 | 4.45% |
5位:UAE | 4502億円 | 4.40% |
6位:韓国 | 4412億円 | 4.31% |
7位:サウジアラビア | 4115億円 | 4.02% |
8位:ベトナム | 4015億円 | 3.92% |
9位:タイ | 3536億円 | 3.45% |
10位:インドネシア | 2943億円 | 2.87% |
その他 | 3兆2355億円 | 31.59% |
合計 | 10兆2414億円 | 100.00% |
(【出所】財務省税関データをもとに作成)
輸入額では1位が中国、2位が米国で、1位と2位が輸出額のものと入れ替わります。
その理由は、先ほども指摘したとおり、日本は中国から組立加工品や軽工業品などを大量に輸入しているからです。
ちなみにこれらの組立加工品や軽工業品といった品目は、円安が多少進んだとしても、直ちにすべてを国産品に置き換える、といったことは困難です。しかし、円安が長期化してくれば、コスト競争力の観点から、これらのうちの一部が国産品に置き換えられ、中国からの輸入は減っていく可能性が高いです。
また、輸入額では第3位に、台湾を抑えて豪州が入り、5位にUAE、7位にサウジアラビアが入りますが、これはもちろん、これらの国からの、鉱物性燃料などの資源輸入が多いためと考えて差し支えないでしょう。
このあたりは原発の再稼働が進むだけで、ある程度は貿易赤字を削減することができる、という話でもありますし、また、日本が原発の稼働を停止し、海外から大量に化石燃料を輸入していることで、ウクライナ戦争の影響で高止まりしている化石燃料の供給をさらに不安定なものにしている可能性は否定できません。
黒字相手国は米国、香港、シンガポール、台湾、韓国
さて、せっかく貿易統計のデータを紹介しているので、ここでもうひとつ、世の中のメディアがあまり取り上げないデータも計算しておきましょう。
図表4は、わが国が貿易黒字を計上している相手国を、上位順に10ヵ国並べたものです。
図表4 貿易黒字相手国(2024年7月)
相手国 | 金額 | 割合 |
1位:米国 | +7686億円 | 117.81% |
2位:香港 | +4647億円 | 71.24% |
3位:シンガポール | +2089億円 | 32.02% |
4位:台湾 | +1726億円 | 26.45% |
5位:韓国 | +1686億円 | 25.84% |
6位:インド | +1585億円 | 24.29% |
7位:メキシコ | +977億円 | 14.97% |
8位:オランダ | +948億円 | 14.53% |
9位:パナマ | +642億円 | 9.84% |
10位:リベリア | +372億円 | 5.71% |
その他 | ▲2兆8881億円 | 442.69% |
合計 | ▲6524億円 | 100.00% |
(【出所】財務省税関データをもとに作成)
トップは米国、続いて香港、シンガポールという中継貿易港が来て、4位と5位に日本の近隣国・地域である台湾と韓国が並び、6位にインド、7位にメキシコなどが続きます。メキシコが上位に入るのは、米国向け輸出の製造拠点、といった性格があるためでしょうか。
赤字相手国は「製造拠点」と「資源国」
また、これと逆に、貿易赤字相手国についても上位順に並べておくと、図表5のような具合です。
図表5 貿易赤字相手国(2024年7月)
相手国 | 金額 | 割合 |
1位:中国 | ▲6386億円 | 97.89% |
2位:豪州 | ▲5489億円 | 84.14% |
3位:サウジアラビア | ▲3236億円 | 49.60% |
4位:UAE | ▲3078億円 | 47.18% |
5位:ベトナム | ▲1813億円 | 27.79% |
6位:イタリア | ▲1084億円 | 16.62% |
7位:インドネシア | ▲1052億円 | 16.12% |
8位:チリ | ▲970億円 | 14.86% |
9位:ペルー | ▲680億円 | 10.43% |
10位:ブラジル | ▲677億円 | 10.37% |
その他 | +1兆7941億円 | 274.99% |
合計 | ▲6524億円 | 100.00% |
(【出所】財務省税関データをもとに作成)
こちらは製造拠点と資源国が並びました。
トップの中国、5位のベトナム、7位のインドネシアなどは、おそらくは日本にとっての最終製品などの製造国としての位置づけによるものでしょう。実際、私たちの身の回りの品物をよく見ると、中国製以外にもインドネシア製、ベトナム製などの製品を見かけます。
男性で髭剃りジェルなどを愛用している人は、もしかしたら製造国が「インドネシア」になっているケースなどもあるかもしれません。また、2位の豪州、3位のサウジアラビア、4位のUAEは、いずれも資源国であり、とりわけ鉱物性燃料などの輸入相手国でもある、といった事情が深くかかわっているものと考えられます。
貿易額で台湾が3位に!
さて、以上を踏まえ、貿易額(≒輸出額+輸入額)についてもランク付けしておきましょう(図表6)。
図表6 貿易高(2024年7月)
相手国 | 金額 | 割合 |
1位:中国 | 3兆9493億円 | 19.90% |
2位:米国 | 3兆0756億円 | 15.50% |
3位:台湾 | 1兆0840億円 | 5.46% |
4位:韓国 | 1兆0510億円 | 5.30% |
5位:豪州 | 9519億円 | 4.80% |
6位:タイ | 6885億円 | 3.47% |
7位:ベトナム | 6217億円 | 3.13% |
8位:UAE | 5926億円 | 2.99% |
9位:サウジアラビア | 4994億円 | 2.52% |
10位:ドイツ | 4935億円 | 2.49% |
その他 | 6兆8349億円 | 34.45% |
合計 | 19兆8424億円 | 100.00% |
(【出所】財務省税関データをもとに作成。ただし「貿易高」とは輸出金額と輸入金額の合計値)
トップは中国で、輸入額の多さから日本にとって金額的に見て最も重要な相手国となりました。また、米国は金額で見て中国に次ぐ2番目の相手国となり、そして、台湾が韓国を僅差で抑えて3位に入っています。
とりわけ台湾に関していえば、近隣国に恵まれない日本にとって、「基本的価値を共有する」という、数少ない貴重な相手国でもあります(ただし、日本の外務省は台湾を「国」とは認めていないため、「相手『国』」などと述べると「不適切だ」といったお叱りも来るかもしれませんが…)
経済安全保障という観点からは、基本的価値を共有しない国(とりわけ中国を含めた2ヵ国)との貿易高が今後、どう推移していくかについては、ひとつの見ものといえるでしょう。
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毎度、ばかばかしいお話しを。
中国:「台湾は中国の一部だから、日本の3番目の貿易相手国は中国である」
中国から某会計士に文句がきそうですね。
個人的に台湾の半導体受託製造企業TSMCへの半導体製造装置、素材の輸出、製品の輸入が台湾を輸出3位、輸入4位にしているのではないかと推測している。
最近の周辺国との関係の進展(疎遠化)を見る限り、日本にとっての重要度は、反日云々のはなしは脇に置いても、明らかに台湾>韓国であって、この傾向は今後ますます顕著になっていくことはあっても、逆転することはまずないだろうと思います。貿易面で、輸出入ともに台湾が韓国を抜いて、日本の貿易相手国の第3位に浮上し、この状態がどうやら定着しそうに見えるのも、その当然の帰結とも言えそうですね。
台湾の2024年現在の人口は2342万人で、日本(1億2,385万人)の1/5。ドルベースの名目GDP(2023年)は約8千億ドルで、約4兆ドルの日本と比べて、おなじく1/5。貿易額は7838億米ドル(4324億ドル、輸入額:3514億ドル)で、どちらもだいたい日本の1/2程度の規模です。(一々の出典は省きますが、台湾についての経済データはJETROが公開しているいくつかのレポートに拠ります。以下同じ)
日本と台湾(ついでに韓国も)の経済関係に関する論考は、このサイトに継続的に現われています。それらを読む度に不思議に感じていたのが、これだけ至近の位置にあって、また上述のようにその経済規模は疑いなく経済大国と言うにふさわしく、また政治面でも、人的交流の面に於いても、良好な関係にありながら、ひとり金融関係の繋がりがなぜかくも希薄なのかということでした。
今年6月19日付の記事『邦銀の対外与信は過去最多更新:近隣国向け与信は低調』では、日本の対外与信の残高約5兆ドルに占める台湾向け与信の割合は、わずか282億ドル、0.55%で。韓国向けに比べてその6割にも満たないことが示されています。チャイナの台湾侵攻の恐れという「地政学的リスク」への懸念が、台湾への投資に二の足を踏ませている現われなのかと、これまで何となく考えていたのですが、改めてネットで台湾経済の現状をざっと調べてみたところ、どうもそれは違うんじゃないかと思えてきました。
日本の、そして世界の台湾への投資は、最近になって著しく増えてきているようです。日本の台湾向け直接投資額は、2021年の7億3千万ドルから、2022年には17億ドルへと130%以上も増加しています。最近のTSMCを初めとする台湾半導体関係企業の日本への大規模な進出を考えれば、2023~4年の投資額の伸びは更に大きいのではないでしょうか。
日本より台湾への投資が活発なのが欧州です。中でも群を抜いているのがオランダで、これも半導体関連が中心ということでしょう。欧州全体の投資額は、2021年17億ドル(蘭7.5億ドル)→2022年54億ドル(蘭9億ドル)、伸び率23%です。世界全体からは、2021年に75億ドルであったのが、2022年には133億ドルへと、78%も伸びています。意外にも米国からの投資は低水準に留まっていますが。
つまり、チャイナの腰巾着で、いつ国を売り渡すか知れたもんじゃないと見られていた、馬英九国民党政権が、蔡英文民進党政権に代わって以後、チャイナの画策で台湾と国交を結ぶ国の数が減少した一方、それとは裏腹に、台湾を魅力的な投資先とみて、日本を含め、経済関係の拡大を図る国々が、最近急速に増えてきているのが、実情だと思えるのです。
有能な企業経営者、投資家というのは、世界の行く末と当面のリスク評価には鋭敏な嗅覚を持っているはずです。彼等にとっては、夜郎自大の習近平の恫喝など、大して斟酌する必要など感じないのでしょう。ちょうど、イランイスラム共和国が声高にイスラエルに対する報復を喧伝したところで、ドバイ原油の価格が、1バレル80ドルの水準に張り付いたままほとんど動かないように。
チャイナの台湾侵攻が差し迫ってるだの、イラン-イスラエル間の戦争が、第三次世界大戦の引き金になるだのといった、ことあるごとに危機感を煽り立てる言説が垂れ流され、何となく私たちのアタマに刷り込まれていきます。たとえ大した根拠に基づいたものではなくとも、派手であればあるほど、マスコミにとっては大好物。嬉々としてそれに材料を提供して、日銭を稼ぐ売文家には事欠かないから、次から次へと止むことがない。そんなのに煽られないように、常に本当のところはどうなんだと、自分でセカンドオピニオンに当たることが大切だと、つくづく思います。
本日のもうひとつの記事、『【囚人のジレンマ】令和のコメ不足はメディアも煽った』の読後感とも重なりました。