朝日新聞や毎日新聞の部数の凋落が読売新聞のそれと比べて大きいという事実に着目し、その要因を「オールド左派リベラル層」の衰退と関わらせて論じた、大変興味深い論考がありました。執筆したのは毎日新聞社の元編集委員でもある小島正美氏です。小島氏は「読売新聞の一強時代」が到来しつつあると説くのですが、ただ、事態はそこまで単純でもないのかもしれません。
目次
新聞部数の激減:夕刊はあと数年で消滅?
当ウェブサイトではかねてより、新聞部数の落ち込みが激しいというという一般社団法人日本新聞協会などのデータをもとに、「このまま新聞業界の衰退が続けば、ごく近いうちに(下手したら数年以内に)、新聞がいくつか廃刊に追い込まれる」、などと指摘してきましたところです。
というのも、2023年時点で朝刊部数は2814部、夕刊部数は491万部で、それぞれ前年と比べて219万部、154万部落ち込んでいるからです。
ことに落ち込みが激しいのは夕刊で、減少率に換算したら1年間で23.85%(!)に達します。わかりやすくいえば、たった1年で4分の1の部数が失われた計算です。同じペースで減少が続けば、夕刊はあと2~3年で完全に廃刊に追い込まれる恐れがあります。
一方、朝刊については減少率に換算すると7%程度であり、夕刊と比べれば、まだマシです。
ですが、やはり同じペースで部数が減っていけば、理論上はあと12年ほどで部数がゼロになる計算ですし、損益分岐点分析の理論上は、発行部数がゼロになる前に廃刊に追い込まれるのが通常です。新聞発行に係る固定費すら賄えなくなるからです。
こうした点を踏まえれば、体力の弱い地域紙などを中心に、そろそろ廃刊の動きが相次いで来るものとみられるほか、ブロック紙や全国紙においても、夕刊からの撤退、一部地域からの撤退といった事態が生じて来るのではないか、といった点に、想像が及びます。
毎日と産経が富山県で朝刊から撤退の衝撃
そして、事態は当ウェブサイトの想像通りに推移しています。
実際に昨年ごろから、全国紙のなかでも一部の地域で夕刊発行から撤退する事例が出始めているほか、主要ブロック紙のなかでは北海道新聞が昨年9月に夕刊の廃止に踏み切り、今年8月には東京新聞も東京23区以外の地域での夕刊を廃止するそうです。
さらに一部メディアの観測報道によると、夕刊紙のひとつである『夕刊フジ』が年内で紙媒体の発行を休止することを検討しているそうであり、そうなると、ほかの夕刊紙(たとえば『日刊ゲンダイ』や『東京スポーツ』)もドミノ倒し的に休・廃刊に追い込まれる可能性が出てきます。
最近はライバル紙同士でありながら、コスト削減のために配送を共通化するなどの事例も相次いでいたようであり、たとえば3紙で配送を共通していたとすると、そこから1紙が撤退してしまうと、配送コストは残り2紙で負担しなければならなくなるからです。
ただ、夕刊の消滅は既定路線として、最近では朝刊にまで影響が徐々に及びつつあります。
先日の『産経も富山県で配送終了:櫛の歯理論に向かう新聞業界』などでも取り上げたとおり、全国紙のうちの毎日新聞や産経新聞は、9月末をもって、富山県への配送を終了するそうです。
この話題、新聞業界の現状を象徴する、なかなかに興味深い事例です。
毎日新聞も産経新聞も「全国紙」ですから、その「全国紙」である両紙が一部の地域で新聞を配らない(配れない?)状態となるのは、事実上、全国紙の看板を下ろすことにもなりかねません。
毎日新聞元編集委員の小島氏が見る「読売新聞一強時代」
こうしたなかで紹介したいのが、『原子力産業新聞』というメディアに掲載された、なかなかに興味深い記事です。
読売新聞の〝一強時代〟は オールド左派リベラル層の衰退の兆しか!?
―――2024年8月21日付 原子力産業新聞より
『原子力産業新聞』は一般社団法人日本原子力産業協会(JAIF)が発行しているもので、同ウェブサイトによると、1955年9月に創刊した『原子力新聞』を起源とし、2015年3月の発行を最後に、第2760号を最後に、タブロイド版の紙媒体(週刊紙)からウェブへと移行したのだそうです。
リンク先記事、執筆者は毎日新聞社の元編集委員でもある小島正美氏ですが、文字数は全部で3000文字もないくらいですので、普段、当ウェブサイトをご愛読くださっている方であれば、すぐに読み終えることができる分量ではないかと思います。
どうでも良い話かもしれませんが、読んでみてまず驚くのは、縦書きである、という点ではないでしょうか。それにしても縦書きを目にしたのは、久しぶりな気がします。著者自身もたまに雑誌に寄稿したり、書籍を執筆したりすることもないわけではないですが、まさか、ウェブで縦書きを目にするとは思っていませんでした。
それはともかくとして、記事タイトルでもわかるとおり、現在、新聞業界では「読売新聞の一強」状態が出現している、とするものです。その小島氏が引用する一般社団法人日本ABC協会の2024年1月時点の部数データは、次の通りです(カッコ内は2003年のもの)。
- 読売新聞…約*607万部(約1003万部)
- 朝日新聞…約*349万部(約*831万部)
- 毎日新聞…約*158万部(約*398万部)
- 日経新聞…約*139万部(約*301万部)
- 産経新聞…約**88万部(約*211万部)
- 5紙合計…約1341万部(約2744万部)
小島氏はこれについて、こう述べます。
「どの新聞も危機的といってよいほどの減少ぶりである。どの新聞も、過去約20年間でおよそ半分に減ったが、朝日新聞と毎日新聞の減少率は50%を超える」。
「私が毎日新聞社の現役の記者として活動していたころの部数は、おおよそ400万部を維持していたが、2010年を過ぎたあたりから急激に減り、なんとか200万部を維持できるかと思っていたら、あっという間に158万部にまで落ちてしまった」。
読売一強時代とは…部数で「朝日+毎日」を上回る
小島氏が毎日新聞に焦点を当てている理由は、おそらく、小島氏が2018年に退社するまで、毎日新聞の現役記者として活躍されていたからなのだと思いますが、その現役記者時代の感覚に照らすと、現時点の新聞業界の衰退ぶりはひときわ印象深いのかもしれません。
小島氏は毎日新聞の富山県からの撤退に「全国紙としての地位陥落はさびしい」との感想を漏らし、あわせて東海3県を拠点とするブロック紙である中日新聞の部数が177万部であるとして、「いまや毎日新聞は中日新聞にも負けてしまったことになる」と指摘します。
ちなみに『原子力産業新聞』自体も紙媒体(タブロイド、週刊)からウェブ媒体に移行したそうですので、個人的には、紙媒体が減っているならウェブ媒体に切り替えれば良いのではないか、などと軽く考えてしまうのですが、事情はそこまで簡単ではありません。
ここで注目したいのが、小島氏の着眼点である、(記事タイトルにもなっている)読売新聞の健闘です。朝日、毎日などが部数の半減に見舞われたのに対し、読売新聞に関しては半減とまではいかないばかりか、「朝日+毎日」の合計部数、あるいは「朝日+日経」の合計部数を上回る状況にあるからです。
「つまり、新聞界は読売の一強時代になったといえる」。
これは、興味深い指摘です。
ではなぜ、朝日、毎日などと比べ、読売が健闘しているのでしょうか。
小島氏は「リベラル派の衰退の象徴」という節で、「新聞を読む人が減った」理由を2つ挙げます。
ひとつ目は「ネットでニュースが無料で読めるようになったこと」ですが、もうひとつの要因が、「リベラル層の減少」だそうです。
「これは私の勝手な推測だが、朝日新聞や毎日新聞を好むリベラル層の減少である。新聞を政治的に色分けすれば、朝日新聞と毎日新聞、東京新聞を好む層は左派リベラル層であり、政党で言えば、立憲民主党や社会民主党、共産党を支持する人が多い。これに対し、読売新聞と産経新聞を好む層はいわゆる保守派で、政党で言えば、自由民主党や日本維新の会を支持する人が多いように思える」。
つまり、「リベラル層の衰退とともに朝日、毎日の人気も陰ってきた」、というのが小島氏の感想です。
むしろ読売の方向転換が遅れるというリスクはないのか?
この「感想」が正鵠を射ているならば、次に発生する事態は、いったいなにでしょうか。
「左派リベラル層は60代以降の高齢世代に多い。そういったオールド左派リベラル層が後期高齢化とともに時代から去っていけば、それと歩調を合わせるかのように、いずれ朝日、毎日のようなリベラル新聞も表舞台から消え去る運命にある。ずっとそう思っていたが、この傾向自体は今後も続くように思う」。
もともと毎日新聞に在籍していただけあって、何とも説得力があります。
また、世間では「政権交代」を望む声が強まっているように見える点も、「政治とカネ」の問題で自民党に嫌気がさしたという側面が強く、左派リベラル層の増大につながっているようには見受けられないという点から、小島氏はこう述べます。
「政権交代が実現したら、朝日、毎日新聞が息を吹き返すのか興味はあるが、おそらく難しいだろう」。
やはり、実感がこもっていて興味深いところです(なお、記事では産経新聞にも言及があるのですが、これについては割愛します)。
ただし、僭越ながら読後感をざっくばらんに申し上げると、「読売新聞一強」自体というものは、さほど長く続かないようにも思えます。
その理由は簡単で、読売新聞のように、現時点においても部数をそれなりに維持している状態だと、いよいよ新聞業界が沈もうとしているときに、方向転換が非常に難しくなってしまうからです。
極端な話、朝日、毎日、産経などのように、部数の激減に直面している新聞は、「紙媒体がゼロになってしまう」という危機感も強いでしょうし、そうなると新聞の灯を絶やさないためにはウェブに舵を切るしかない、という点を理解しているはずです。
また、先行する日経新聞の場合だと、ウェブ会員が100万人前後だ、とする報道もありますが、想像するに、日経新聞は、むしろ本音では紙媒体から撤収したがっているのではないでしょうか(もっとも、最近だとウェブ版契約も伸び悩んでいるとの情報も耳に入ってきますが…)。
しかし、読売新聞のように、現在でも(公称)600万部前後の部数を維持していると、その方向転換が遅れてしまうおそれがあります。
実際のところ、総務省『情報通信白書』などの調査でも、新聞の購読層は高齢層に極端に偏っていることがわかります(図表)。
図表 平日の新聞の利用時間
年代 | 2013年 | 2023年 | 増減 |
10代 | 0.6分 | 0.0分 | ▲0.6分(▲100.00%) |
20代 | 1.4分 | 0.5分 | ▲0.9分(▲64.29%) |
30代 | 5.8分 | 0.5分 | ▲5.3分(▲91.38%) |
40代 | 8.6分 | 2.7分 | ▲5.9分(▲68.60%) |
50代 | 18.6分 | 7.6分 | ▲11.0分(▲59.14%) |
60代 | 28.0分 | 15.9分 | ▲12.1分(▲43.21%) |
全年代平均 | 11.8分 | 5.2分 | ▲6.6分(▲55.93%) |
(【出所】総務省『情報通信白書』データをもとに作成)
たとえば、すでに10年前の時点で10代~40代の平日の新聞購読時間は10分を割り込んでいたのですが、それが直近の2023年だと30代以下で1分未満、40代や50代でも10分未満となっています。さらに60代においても、10年前の28分から、直近では16分ほどに短縮しています。
小島氏の指摘どおり、朝日、毎日などの主要購読者が「オールド左派リベラル層」だったと仮定すれば、朝日、毎日などの部数が読売よりも激しく落ち込んでいることは、「高齢層の中でもさらにオールド左派リベラル層が減っている」ことで説明が付きます。
しかし、読売の購読者層が「オールド左派リベラル層」ではなかったとしても、高齢層が主体である可能性はそれなりに高く、そう考えていけば、朝日、毎日と比べて多少のタイムラグを伴うにせよ、読売の部数も急降下していく運命にありそうに思えてなりません。
グーテンベルク活字印刷と宗教改革以来の情報革命
いずれにせよ、現代社会で生じているのは、グーテンベルクが活字印刷を発明したことで生じた「印刷革命」以来の大変革ではないでしょうか。
そもそも社会がネット化したことで、新聞に書かれているレベルの内容は、おカネを払わなくても手に入るようになりました。高いおカネを払って毎月の新聞購読契約を取り交わす必要もなくなりました(余談ですが、何ならNHKに高い受信料を支払う必要性を感じる人も減っているはずです)。
それだけではありません。
誰もが情報発信をする側に回ることができるようになったことで、「情報の出し手」が激増し、その分、世の中の情報が一気に多様化したのです。
その結果、生じたのは、新聞が垂れ流してきた社説だの、論説だのといった情報の質に気付く人の激増であり、新聞不信だったのではないでしょうか。
ちょうど、活字印刷のおかげで、免罪符を乱売するなどしていた中世の教会に対するマルティン・ルターの批判が世の中に広まり、あっという間に宗教革命に火が付いたようなものでしょう。
人類史上、どんな強固な権威であっても、いったん崩れ始めると、それを立て直すのは至難の業です。新聞という存在も一種の社会的権威だったフシがありますが、おそらく、新聞のような大マスコミが昔のような権威をもつ社会は戻ってきません。
こうした仮説が正しいかどうかを見極めるという意味では、新聞業界ウォッチングはまだまだやめられそうにもない、などと思う今日この頃です。
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紙媒体だろうがネットだろうが、金を払っても読みたいと思えるような記事を書いていればこれほどの窮地には陥らなかった(陥らない)はず、というのは甘いでしょうか?
はい、記事に信用が無いからお金を取れなくなっただけですね。
昔は他に情報源が無かったので、事実をありのままに知るには朝日と産経を読み比べるぐらいしか方法が無く、どちらも報道しない事実については知る術がありませんでした。
偏向無しで事実を淡々と伝えるメディアならここまで衰退しなかったはずですよね。
お金取った上に自分の都合の良い方向に洗脳できるって最高の商売でしたね。
終わって当然です。
問題は元編集委員ではなく、現編集委員がどう考えているか、更には読売新聞の編集委員が、どう考えているか、ではないでしょうか。
蛇足ですが、未来の教科書には「活版印刷と宗教革命」と同じく、「ネットと新聞革命」も書かれるのでしょうか。
新聞の衰退は悪行の数々やネットの普及、年配の左翼層の自然減などから当然の帰結でしょうが個人的に唯一困ること、気がかりはプロ将棋、棋戦のスポンサーの件です
囲碁の方はかの本因坊戦が七番勝負から五番になり、賞金も大幅減で棋戦の規模を縮小される事態となりました(主催は毎日新聞)。かなりの衝撃です
いずれ将棋界でも同様のムーブはあるでしょう。どうするんだろうか
叡王戦、白玲戦、清麗戦などのように、主催も協賛もマスメディアでない棋戦が登場してきましたし、主催が新聞社でも名人戦以外には特別協賛が付いています。(名人戦は協賛のみ)
今すぐ新聞社が全て倒れたら一時的に縮小することは避けられないかもしれませんが、将棋界も着実に次の一手を用意しているものと思われます。
夕刊はもはや全廃に向けて整理している段階でしょうね。
新聞の中の人すらもこれはもう無理と思っているでしょう
かすかな思い出ですが、かつて読んだことのある「美味しんぼ」。何処ぞの新聞社の創立◯周年記念で究極のメニューやら至高のメニューを提案する。という内容であったような。
今思うと、随分とのどかというか平和というかこの世の春というか。その先にある崖の存在に全く気付いていなかった、ということなのでしょう。
小島氏や旧メディア側からはリベラル層の減少となるのかもしれないが、リベラルという存在への認識のズレがあるように思う。
特にネットで多種多様なソースから情報を集め、それらへの反応や意見を見聞きする事が当たり前となってる40代以下の世代からすると、旧メディアが指すリベラルは好き放題に手前勝手な論を以て権力批判するだけのクレーマー、もっと言うなら胡散臭い詐欺師のような存在にしか映っていないのではないか。
みなさん気づいていると思いますが
NHK 一強でしょう。
新聞なんて信者ようとして益々先鋭化して残るしかないでしょう
NHKは役人や国会議員とタッグを組み法律で強制徴収した受信料で高給を食む
上級国民そのものです
反日報道なんのそのキンぺー大喜び。
*利権に群がり利権に躓く これもう少しで来そうなんですけどねえ
今起こっているのは読売の左傾化ですね。
えって思う方も多いかもしれませんが、部数命の読売にしてみれば、一番部数の狙えるところを突くのは当たり前のようです。
オールドメディアにとって最後に残った上客である左傾化老人を朝日、毎日から奪ってしまおうということなんです。
最近、自民が有利なはずの低投票率の補欠選挙で相次いで立憲に負けたのは、高齢者層が左に寄ってきた影響だと考えます。
まあ、朝日、毎日にとっては多分大迷惑で存続の危機が早く来かねない緊急事態でしょうね。そもそも読売は購読料安いし。
まあ、全般的にはオールドメディア斜陽化ですが、その中での細かな争いは注目です。
平日の新聞の利用時間
30台0.5分、60台15.9分。
「出された弁当(新聞)」と「ビュッフェ(ネット)」の差かな。自分の好きなものを好きなだけとれる「ビュッフェ」のほうがいいに決まってるよね。しかも弁当のおかずは時々変なにおいがする。
いつだったか、新聞を擁護する意見として
「好きな情報をビュッフェの様につまみぐいできるネットは栄養が偏る。
マスコミと言うプロの調理師がバランスよく作った新聞は素晴らしいですよ」
と言う寝言の様な主張があった記憶があります。
当然の事ながら、ネット上では即座に
「そのプロが信用できねえっつってんだろうが。痛んだ食材や毒を紛れ込ませやがって」
と突っ込みの嵐でした。
勿論と言うべきか、前者の主張をした側が後者の批判に答える事はありませんでした。
まぁ、若者が買って読みたくなるような記事を書く新聞になれば良いんですよ。
それこそ、高校を舞台にした不倫ドラマを連続小説として掲載するとか、色々やらかせるんじゃないですかね。
>若者が買って読みたくなるような記事を書く新聞
結局、公平性や中立性を担保することは不可能で、どこかの層に忖度するしか生きる道が無いということですね。連続小説なんてスマホで無料サイトに行けば良くて、新聞の出る幕なんてないだろうし。
星のおーじ さん
>結局、公平性や中立性を担保することは不可能で、どこかの層に忖度するしか生きる道が無いということですね。
取り上げるテーマでは若年層を意識しつつ、取り上げ方は公平性や中立性を保つ、って感じで行けたらな、と。