円安が進行したら「悪い円安」論。円高が進行したら「悪い円高」論。日本がダメだと思う人は、円安になろうが円高になろうが、日本破綻論を唱えるのかもしれません。こうしたなか、「悪い円安」論者が色めき立つ可能性があるのが、「2024年7月の貿易赤字が前年同月比10倍になった」とする話題かもしれません。貿易赤字が10倍になれば物価が10倍になるというわけでもないにもかかわらず、です。
目次
経常収支の黒字は過去最大なのですが…
円安が進行したら「悪い円安」論。
円高になったらなったで「悪い円高」論。
メディアの報道を眺めていると、為替レートがどちらに動いても日本経済には悪い影響が生じる、ということです。
何とも面妖な話といわざるを得ません。
当ウェブサイトではこれまで、円安になれば、「総合的に見て」、現在の日本経済に良い影響を与える、と報告し続けてきました。その理由はとても簡単で、「川上産業大国」であり「対外債権国」でもある現在の日本にとって、自国通貨安は産業競争力の強化と対外純資産の押し上げにつながるからです。
実際、経常収支の黒字は過去最高水準に達しています。財務省が8日までに公表した国際収支統計によれば、6月までの1年間(2023年7月~24年6月)における経常収支は26.1兆円と過去最大の黒字を計上しました(図表1)。
図表1 国際収支の状況(前年7月~当年6月分の集計ベース)
(【出所】財務省国際収支統計データ)
貿易収支はまだ赤字基調が続いていますが、海外への利息・配当の支払と海外からの受取利息配当金などの純額を意味する第一次所得収支の黒字が36.7兆円(!)にも達していて、結果的に経常収支が巨額の黒字となった格好です。
(「悪い円安」論者の皆さまからは、この経常収支黒字についてのコメントを聞いてみたい気もします。)
最終製品輸出が多くない日本だが…
その一方で貿易収支に関していえば、円安になったとしても、かつてと違って現在の日本経済にはただちにプラスの影響が生じるというものではありません。日本の輸出品目に「川下製品」があまり含まれていないからです。
一般に通貨安でただちに輸出競争力が生じるとしたら、中国のような最終製品の組み立て工場が立地する国です。
しかし、日本の場合は1990年代以降、「川下工程」の多くを中国などアジア諸国に移転させたためか、少なくとも現在の日本の輸出品目には、自動車などを除くと、最終製品はさほど多くないのです。
ちなみに2023年の実績でいえば、輸出額100兆8817億円に対し、自動車が17兆2652億円ですが、それ以外の品目では半導体製造装置が5兆4942億円、自動車部品が3兆8836億円、半導体等電子部品が3兆5348億円、鉄鋼が2兆9872億円―――、といった具合です。
こうした「川上製品」―――あるいは「モノを作るためのモノ」―――は、円安になろうが、円高になろうが、海外に売れる量はさほど大きく変わりません。海外に川下工程が存在する限り、円高になっても日本製の機器、中間素材などについては売れ続けるからです。
しかし、だからといって円安メリットが生じないのかといえば、そういうわけではありません。
今まで「安いから」という理由で外国から買っていた製品(たとえばスマートフォンやPCなどの事務機器、衣類・雑貨などの軽工業品、あるいは家電製品など)の価格が上昇するため、輸送コストなどを考慮すれば、日本国内で組み立てた方が安くなるかもしれません。
このように考えると、円安が長期化すれば、産業構造の変化を促し、日本国内に川下工程が戻ってくる可能性があります。つまり、少々のタイムラグを伴い、輸出競争力の向上と輸入代替効果が効いてくる、というわけです。
日本経済の弱点は電力と労働力
ただし、こうした発想に立脚すると、日本経済に円安メリットが生じない可能性というものも存在します。
そのひとつが電力不足や電気代の高止まりであり、また、もうひとつが労働力不足です。
このうち電力事情については、再稼働できる原発を動かすなどし、あわせて再エネ賦課金制度を改廃するなどすれば、ある程度は解消が見込めます(その意味で、旧民主党政権の負の遺産はまことに大きいと指摘せざるを得ません)。
また、労働力不足に関しては、短期的に抜本的な解決は難しいものの、社会全体での自動化を進めるなどの研究開発が待たれるところです(※ただし、電力事情の改善や労働力不足への対処に関しては、円高、円安とは無関係に進めていかねばならない社会的課題です)。
赤字の絶対額が前年比10倍になった?何が問題なのですか?
いずれにせよ、すでに海外からの利配収入の影響もあり、経常収支は過去最大を記録しているわけですが、円安が長期化すれば、経常収支改善効果は貿易収支にも及んでくる可能性がありそうです。
ただ、こうしたなかで、メディア報道を読んでいると、相変わらず、円安が悪いことであるかのような印象を受けることもあります。たとえば、次の話題などがその典型例かもしれません。
7月の貿易収支 6218億円の赤字 赤字額は前年の10倍超 円安など背景に輸出、輸入ともに大幅増
―――2024/08/21 09:55付 Yahoo!ニュースより【テレ朝news配信】
これは、財務省が発表した7月の貿易統計速報で、貿易収支が6218億円の赤字となり、赤字額事態が前年同月比10倍以上になった、などとする記事です。
「赤字額が10倍」などと聞くとぎょっとしますが、輸出額、輸入額ともに前年比10%以上伸びている、などとする記述も見過ごせません。
実際、財務省のウェブサイトの資料を見に行くと、輸出が9兆6192億円、輸入が10兆2410億円で、これは2023年7月の8兆7243億円、8兆7906億円と比べ、それぞれ10.3%、16.6%伸びていることがわかります(図表2)。
図表2 輸出入額(2024年7月vs2023年7月)
項目 | 2024年7月 | 2023年7月 |
輸出 | 9兆6192億円 | 8兆7243億円 |
輸入 | 10兆2410億円 | 8兆7906億円 |
差額 | ▲6218億円 | ▲663億円 |
(【出所】2024年7月データは財務省ウェブサイト、2023年7月データは普通貿易統計)
赤字額自体は10倍に増えていますが、そもそも輸出額、輸入額ともに絶対額が大きいため、「貿易赤字額が10倍になった」からといって、輸入品価格が10倍になった、などという話ではないのです。
最近になって、「メディア報道では(ウソはついていないものの)印象操作がなされることが多い」とする点が各所で指摘されるようになっていますが、「赤字額10倍」だと「悪い円安」論にコロッと騙されるような人は、「そらみたことか!」「円安は日本経済に悪影響を与えている!」などと大騒ぎするのかもしれません。
「円高で日本経済は再び窮地」と報じるメディアも!
もっとも、メディア報道を見ていると、最近は「悪い円高」論も見かけるようになりました。
円高進行で日本経済は再び窮地に? キャリー取引の影響を探る
―――2024/08/20 18:31付 Yahoo!ニュースより【ニューズウィーク日本版配信】
ニューズウィークが20日配信した記事によれば、「円高進行」で「日本経済は再び窮地」、などとしています。
記事の中では「日銀は、円安を抑制するため、大規模な市場介入を何度か試みてきた」、などとする事実誤認の記述がシレッと混ざっていますが(※為替介入を行ったのは日銀ではなく財務省です)、正直、円安になろうが円高になろうが、メディアは「日本経済が窮地だ」と報じるのかもしれません。
いずれにせよ、著者自身、日本経済は短期的な為替変動くらいではビクともしないと考えている一方、偶然のこの円安を有効活用し、円安であるうちに産業競争力を強化する好機にしてはどうかと考えている人間のひとりです。
円安で輸入品価格は上昇しますが、それと同時に日本経済は(皆さまが思っているほどには)外国依存度は高くなく、たとえば食料自給率にしたって、「カロリーベース」ではなく「生産額ベース」で見ると60~70%程度と、意外と低くありません。
ちなみに「日本の食料自給率は3割程度だ」、「だから円安は問題だ」、などと述べる人もいるのですが、ここでいう「3割の食料自給率」は「カロリーベース」のものです。円安という「金額ベース」の話をしているときに、なぜまったく次元が異なる「カロリーベース」の数値を持ち出すのか、理解に苦しみます。
ただ、日本の輸出品目に「モノを作るためのモノ」が多いというのも、結局のところは長く続いた円高不況の影響で、日本企業が「円高でも儲かる」よう、産業構造を切り替えてきたことの成果という言い方もできます。
なにより経常収支に占める所得収支の割合が上昇しているのも、日本の産業構造の変化の証拠ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
View Comments (12)
グンマ―がどんなにこんにゃくを作ってもカロリーゼロなので、”カロリーベース”食料自給率への貢献はゼロになっちゃいますよね。
国際収支の発展段階説というのがあるらしい。
1950年代に唱えられた学説
(1) 未成熟な債務国
(2) 成熟した債務国
(3) 債務返済国
(4) 未成熟な債権国
(5)成熟した債権国
豊かなスキルを保有しているが所得のピークが過ぎた熟年世代のような国。工業生産力が低下し、貿易・サービス収支が赤字化する。しかし、第一所得収支(所得収支)の黒字額が貿易・サービス収支の赤字を上回るので、経常収支は黒字を維持し、対外純資産は増加する。
(6)債務取り崩し国
みずほ銀行の唐鎌氏は
日本は(4)から(5)になったと主張している。
輸入が多い大豆(乾燥)なんかは100gあたり400kcal程、小麦が粉換算で350kcal程、食肉なども種類や部位により100~400kcal程。
対して国産がかなり多い"野菜"は根菜がいくらか高カロリー(ゴボウ60kcalとか)なものの、葉物実物は10~30kcalといったものがほとんど。
大陸の大穀倉地帯や酪農大国でもないのにカロリーベースで食料自給率を語るのは、確定で悪意か無知ですね。まずはお百姓さんに謝って?
リンク先ではカロリーベース論は使っていないものの、「食料のほとんどを輸入に頼る国」との表現。そりゃ加工用などの食料原料輸入はありますし、為替の影響が全く無いはずなどありませんが。"ほとんど"の定義が曖昧に過ぎます。じゃあウチで日も出ぬうちから採った野菜はどこへ消えてんだと。輸出してんのか?
いつもお疲れ様です。
円安関連で、テレビではどこかの発表を引き合いに出して中小企業では円安の恩恵があまりないとかなんとか言ってたりもありましたかね。
なんちゃって経済アドバイザー(笑)の言うことなんて、いったい誰が信じるというのでしょうか
輸出が増えたけどそれ以上に輸入が増えて貿易赤字。
国内生産では国内需要の増加に追いつかなかったから輸入が増えたわけですよね。
景気が良くなっている証拠ですよね。
何が悪いんでしょうか。
貿易とサービスは赤字でもそれ以上に1次所得収支が増えてて経常収支は大黒字。
1次所得収支はそのまま海外に再投資されてしまうことが多いので短期の円相場には影響少ないのは確かですが、日本が保有する外貨が増加していることには変わりなく、長期的には円高要因が増えているということ。
何か問題あるんでしょうか。
先のsqsq様のコメントのとおり、日本は世界の工場を脱して世界の投資家の立場になっています。
であれば、貿易赤字が正常な状態です。
輸出は増加傾向にあるならそれで良し、それ以上に輸入を増やし、経常収支の黒字の範囲でもっともっと貿易赤字を出すべき。
経常黒字を無視して貿易赤字を問題視する人を見ると、政府のプライマリーバランスを黒字化できれば日本経済がどうなってもかまわないという某ZM省を彷彿とさせられます。
貿易赤字が10倍だけど、輸入額が16%増えている。
7月の円は161円から153円へ円高に向かった月ですね。
円安で苦しんでいたはずの期間ですが、輸入額が16%伸びました。
問題ない円安だったことが数字に出ていますね。
輸入額が16%伸びたんですから。
貿易赤字がーとメディアは煽って来ますけど、アメリカも結構な貿易赤字国だと思うんですよね。メディアさん、アメリカは危なくないんですかね?
物事には良い悪いの意味があると思うのですが、日本メディアにかかると日本に関することはすべて悪い方の意味でしか取り上げたくないんですね。
私も農水省の食料自給率の深刻を語るページや食料自給率の低さを訴えるYouTubeの動画を見て「円安だと食料自給率が高くなりアメリカの様にインフレが起こって中間層や貧困層が困窮する」と思って過剰な円安は駄目だろうとと思っていたんですが、今日ある本を流し読みして考えを変えました。
前日まで考えていたのは、
食料自給率とは、国民の一日分の食料をどの程度まで自国内で生産できているかという指標で
食料自給率の生産額ベースはその国が生産する食料(農業、畜産物)の経済的側面、国の農業、畜産経済力を反映します。価値をベースにしているため、品質などの付加価値が反映されることが影響しています。
つまり、同じカロリーでも付加価値の高い日本製の果物(さくらんぼ、りんご等)、和牛、や嗜好品(6000円もするポテトチップスのジャガイモ)など多様性のある食料の経済的価値を図るのには役に立ちますが、
仮にこの数字が高くても、いざというときに国民にどれだけの食料が供給できるかという量の目安にはなりません。
生産量がとても低くても高価な食料品が多ければ多いほど生産額ベースの%が上がってしまい国内の生産量が少なく、美味しくとも庶民が買える量、値段にはほど遠いものになりかねません。
一方、食料自給率のカロリーベースは「食料の量」を重視しその国が自国で生産している食料のエネルギー量が全体の消費に合わせて何パーセントかを図る指標です。
主食の米、麦を中心に評価する指標なので「国民の基本的なカロリー供給」を考える時に有効ですが、カロリーで自給率を考える為に高カロリーな食料に偏るので、国民が必要な栄養バランスが考えにくくなります。
その国の食料自給率を生産額ベースとカロリーベース両方を見るべきですが、生産額ベースが令和4年に58%だからといって生産量が多いわけでも無く、生産量が低くても食料の経済的価値が高ければ上がる生産額ベースを最初に見るべきではないと思います。
生産額ベースが58%でも国民全部がその食料を食べられるわけではないからです。まず最初にカロリーベースを見るべきです。
いざというときに体力(生命)を維持していくという最も基本的なことに直結しているとの意味合いから、カロリーベースの自給率を最初に見るべきだと思います。
と、この様に思っていたんですが、対論の事を知らないなと思い「食料自給率の罠」という本を読んで
> 「日本が食料を輸入している国は全て先進国である」
「日本の食料輸入代替額がGDPに占める割合は1.2%、5兆円から6兆円」
だと知って「対ドル200円でも輸入食料が買えるじゃないか」と馬鹿らしくなって前日までの考えを完全に捨てました。
>食料自給率にしたって、「カロリーベース」ではなく「生産額ベース」で見ると60~70%程度と、意外と低くありません。
この60~70%という価格自給率は,国内に原料が殆ど無いカリウムやリンといった化学肥料(もしくはその原料)や高付加価値なハウス栽培で使う空調のためのエネルギーといった食糧生産に不可欠な間接的な輸入資源の輸入額(つまり自給している作物の価格に占める非自給分)も計算に入れての数字ですか?
化学肥料の原料であるリン酸アンモニウムと塩化カリウムの輸入比率は100%つまり自給率ゼロです.尿素も自給率は僅か4%に過ぎず96%が海外依存です.
出典は農水省が出している次のスライドです.
https://www.maff.go.jp/tohoku/syokuryou/attach/pdf/221017-13.pdf
確か(ミニマムアクセスによって実質的に輸入を強制されている分を除き)ほぼ完全自給している米でさえ,これら化学肥料の輸入比率を計算に入れると(私が見たのはカロリーベースでの計算値ですが)自給率は大きく下がったと記憶しています.
残念ながら私がかつて見た出典を再び探し出すことは出来ませんでしたが,化学肥料の原料がほぼ完全に輸入に頼っていることは農水省も認めている事実であり,それを計算に入れる場合には(そして化学肥料が無ければ,つまり有機栽培限定となれば,今の日本の農業生産量の大半が消えてしまうのですから),カロリーベースでも金額ベースでも日本の食糧自給率は大きく毀損されるであろうことは容易に理解できます.
また冷暖房空調を活用して野外栽培では不可能な時期に生産出荷することで野外栽培に比べて高付加価値な=金額ベースへの寄与が大きくなるハウス栽培でのエネルギーの殆どが(空調用電力の全てを太陽光発電で賄う設備を整えている場合を除き)輸入エネルギー資源に頼っていることも理解できるでしょう.
>化学肥料の原料がほぼ完全に輸入に頼っていることは農水省も認めている事実であり,
農林水産省のこちらのpdfでしょうか?
https://www.maff.go.jp/tohoku/syokuryou/attach/pdf/221017-13.pdf
いつも通り「嘘じゃないもん!勝手に誤解する奴が悪いんだもん!」と言う
オールドメディア仕草ですね。
「具体的にどれ位のラインが良い円安と悪い円安の分かれ目で、
どれ位のラインが良い円高と悪い円高の分かれ目なのか?」
これ位難しい事を分かりやすく根拠つきで説明してくれるのがメディアの役目の
はずなのですが、「そんな難しくて実用的な事できるか!」が彼らの本音なのかな?