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    Categories: 金融

雇用を無視しアベノミクスを失敗と決めつけて良いのか

アベノミクスの功績を「なかった」ことにしたい―――。そんな人もいらっしゃるようで、「アベノミクスで日本は貧しくなった」、などとする主張も出て来ています。ただ、著者自身はアベノミクスが大成功に終わったとは考えていないのですが、それと同時に現実問題として、失業率が大きく下がり、有効求人倍率が1倍を超過するなど、日本の雇用環境が非常に良くなったという点については指摘しておく必要があります。新卒者が就職し辛かった時代を覚えている身としては、この点を無視されるのは我慢なりません。

アベノミクスで上昇した求人倍率

アベノミクスは成功だったのか、失敗だったのか―――。

これに対する著者自身の評価は、ほぼ定まっています。

それは、「3本矢のうち1本目の矢(金融緩和)一本足打法で、2本目の矢(財政出動)、3本目の矢(構造改革)については中途半端なものに終わった」ものの、それでもデフレ脱却にめどが立ち、雇用情勢は著しく改善した、というものです。

わかりやすいところで、『政府統計の総合窓口』から『一般職業紹介状況』の有効求人倍率データで見てみましょう(図表1)。

図表1 有効求人倍率

(【出所】『政府統計の総合窓口』の『一般職業紹介状況』データをもとに作成)

安倍晋三総理大臣が「アベノミクス」を引っ提げて再登板した2012年12月以降で見ると、就任当初こそは、有効求人倍率は1倍を割り込んでいましたが、2013年10月に、2008年2月以来、じつに5年半ぶりに1倍を回復。

2014年5月に一時、0.98倍と1倍の大台を割り込んだのですが、それを最後に、有効求人倍率が1倍を下回ったことはありません。

完全失業率は2%台:新卒就職率も9割

同様に、完全失業率も2009年7月に5.5%を記録した完全失業率も低下を続けており、コロナ禍の2020年に少し上昇したものの、現時点でだいたい2%台に留まっています(図表2)。

図表2 完全失業率

(【出所】『政府統計の総合窓口』の『労働力調査』データをもとに作成)

さらに新卒就職率に関しては、民主党政権時代の2011年には77%と80%の大台を割り込んだこともあったのですが、折からの人手不足の影響もあってか、特にここ数年は(89%となったコロナ禍直後の2021年を除き)ほぼ90%台を維持しています(図表3)。

図表3 新卒就職率

(【出所】『政府統計の総合窓口』の『大学・短期大学・高等専門学校及び専修学校卒業予定者の就職内定状況等調査』データをもとに作成)

フィリップス曲線

日銀の金融政策の不十分さが多くの失業者を生み出していた就職氷河期、あるいは2008年のリーマン・ショック時前後、そして2009年以降の民主党政権時代のことをよく覚えている者の責任として、日銀金融緩和こそが失業率を引き下げてきた原動力であることについては、指摘し続けたいと思います。

著者の個人的な体験も含めて申し上げると、とりわけ2000年前後や2010年前後の就職状況は非常に厳しく、優秀な若者が何人も職を得られずに路頭に迷っている姿を間近で見て来たので、「職がない」というのは本当に苦しいことだと実感しています。

ではなぜ、日銀の黒田緩和(QQE)と失業率に関係があるといえるのでしょうか。

これを説明するのが、インフレ率と失業率の関係に関する有名な理論です。

これは経済学者のウィリアム・フィリップスが1958年に提唱した、インフレ率と失業率にはトレード・オフの関係があるとする考え方のことで、失業率とインフレ率の相関を取ってみると、右肩下がりのグラフが出来上がる、とするものです。これが俗に「フィリップス曲線」と呼ばれる曲線です。

中央銀行がインフレ率を抑えるために利上げをし過ぎれば失業率が上昇し、逆に、利下げをすれば失業率は低下するもののインフレ率が上がってしまう、というのは、現代における主要先進国の金融政策の基本認識となっていて、実際、主要国中銀は2%前後のインフレ目標を置いています。

もちろん、雇用はミクロで見ると、民間企業や役所などが新卒採用や中途採用をするという行為の集積ではあるのですが、マクロでみると、中央銀行の金融政策と極めて密接な関係があるのです。

このあたり、為替政策を日銀の政策目標に加えよ、といった支離滅裂な主張もありますが(『なぜ日銀は「為替」を政策目標に入れてはならないのか』等参照)、どうせなら米FRBのように、日銀も失業率を政策目標に加えても良いのかもしれません。

フィリップス曲線の「フ」の字も出てこない論考

いずれにせよ、こうした「金融緩和と失業率」の理論は、経済学者であれば常識論として知っているはずなのですが、最近ではこうした経済学の基本を無視するだけでなく、このアベノミクスの功績を消し去ろうとする人々がいるようです。

そのひとつが、これかもしれません。

なぜ日本はここまで貧乏な国になったのか…安倍晋三氏から相談を受けていた筆者が思う「アベノミクスの壮大な失敗」

―――2024/08/13 08:17付 Yahoo!ニュースより【プレジデントオンライン配信】

記事は雑誌『週刊文春』や『文芸春秋』の編集長を歴任したとかいう人物の新著の一部を紹介する、という体ですが、「明らかに経済学の知見を持たない執筆者が金融緩和悪玉論を書いたらどうなるか」、という典型例といえるかもしれません。

「日本はなぜ貧乏な国になったのか」。

これはおそらく、ドル建て名目GDPで昨年、ドイツに抜かれて世界4位に転落したことを指しているのだと思いますが、「ここまで貧乏な国に」、などと言いながら、記事にはフィリップス曲線のフの字も出てきません。

というよりも、ウェブページで6ページにも及ぶ長文ですが、元日銀総裁がゼロ金利を「前例のない政策」と述べた、などとするインタビューであったり、第二次安倍政権以降の7年8ヵ月で国債発行残高が200兆円増えた、などとする点であったり、と、正直、因果関係と事実関係が羅列されているだけの文章です。

ちなみに「国の借金」(?)とやらが増えた、などとする主張はよく見かけるのですが、このうちの100兆円程度はコロナ禍で増えたという事実を忘れてはならず、むしろ安倍政権以降の国債発行残高の伸びは、それ以前と比べて鈍化していたのです。

さらに、「国家財政の悪化」、などというのであれば、税収が毎年のように上振れているという事実を、この人物はどうして無視するのでしょうか?

著者自身も正直、アベノミクスが「大成功」に終わったとは考えていないのですが、それと同時に現実問題として、失業率が大きく下がり、有効求人倍率が1倍を超過するなど、日本の雇用環境が非常に良くなったという点については指摘しておく必要があります。

新卒者が就職し辛かった時代を覚えている身としては、この点を無視されるのは我慢なりません

せめて数字くらいは無視しないでほしい

ただ、この手の「マイナス金利悪玉論」を見ていて思い出すのは、『最近増えて来た「困惑する読者コメント」の傾向と対策』などでも述べた、「困ったコメント」の数々です。これらには、次のようなパターンがあります。

  • ①数字や論理を軽視・無視する、あるいは否定する主張
  • ②エビデンスのない主張
  • ③具体的ではない指摘・反論
  • ④陰謀論、そしてときとして支離滅裂な内容

今回の論考のパターンは、さしずめ①に近いかもしれません。

この点、当ウェブサイトとしてはもちろん、経済を論じて良いのは経済学者だけだ、などと申し上げるつもりはありません。しかし、「アベノミクスの功罪」を論じるならば、最低でも、せめて失業率、有効求人倍率といった「数値」が著しく改善したという事実を無視しないでいただきたいものです。

いずれにせよ、最近、この手の数字やエビデンスを無視した主張をよく見かけるようになった気がしますが、ただ、ネット時代の良いところは、この手の記事に対し、データをもとに反論することができるようになった、という点ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

新宿会計士:

View Comments (18)

  • アベノミクスって元々この政策を揶揄するために使われだしたんですよね。

  • >新卒者が就職し辛かった時代を覚えている身としては、この点を無視されるのは我慢なりません

    色々な条件はあれど、有効求人倍率1未満だと社員従業員を搾取して利益を出し、使い潰された社員従業員の後始末を日本社会に押し付けて逃げる《公害企業》には生き易い社会になりがちだから、アベノミクス効果で有効求人倍率1以上が常態化した事こそ「コンクリートから人へ」だと言えるんじゃないかなーって考えるんですけどね。

    ゾンビ企業や公害企業の淘汰を緩やかに進めるには、「廃業支援金」制度が有効なんじゃないかなーって考えますが、どうですかね?

  • アベノミクスを失敗と決めつける人たちは純粋な経済問題を語っているのではなく安倍が嫌い、右派が嫌い、だから安倍首相のアベノミクスが成功したというのはがまんがならないということ。新聞、テレビが主流の時代ならそういう説も通用したかもしれないが、ネットの時代、意図を見透かされ冷笑されていることに気が付かない。
    失業率の改善だけで十分に「アベノミクスが成功した」といえるだろう。しかもその後就職氷河期に就職先に恵まれなかった人たちにも予算を使って対策を打っている。

    • ほんまそれ。
      まったく賛同します。

      ハンカチを噛み締めながら半泣きで、
      「ぐやじぃ~!」
      と言ってる感じですよね。
      だって、絶対に理屈で説明しないから。

      最近だと、岸田の悪口を言いたいがために、
      「それはアベノミクスの効果なんだから、お前が偉そうにすんな!」
      みたいな言い方もしてますよね。

      アベノミクスは、アカン政策やったのかバッチリ政策やったのか、どっちやねん。(笑)

  • 世の中の空気がフワっと緩むのを感じる時がある。正体は人々の「希望」かもしれない。
    過去に経済関係で2度感じたことがある。1回目は「りそな銀行の救済」2回目は「アベノミクス」

    • HOPE! と唱えてみる
      オバマ信者が今日も夢見るオバマ4.0社会の出現

  •  安倍元首相はファンも多い(私もその一人と自負)ですが、アンチも少なくないので、放っておけば良い、と考えます。
     私の意見では、アベノミクスは、限られた条件の中では「大成功」だと考えています。ただそれは一時的なカンフル剤に過ぎず、抜本的な対策にはなりえない。従って、いつまでも金科玉条の如く、「金融緩和」に拘るのは、間違いだと考えています。
     大事なことは、成長分野・効率的な分野への集中投資です。中小企業保護や既得権擁護をしている限りは、成長しない。ただ民主主義の世の中では、それが本当に難しい。
     さらに言えば、人口増加が全ての基本なので、「移民政策の転換」が根源だと思いますが、そうなると私自身も、「日本人としての既得権擁護」に走っちゃうんですよね。

  • もう四半世紀経とうとしとるンスねぇ…
    かつての“スーパーマン求人”を現役就活世代が見たら…
    ナントモ思わンか

  • 夏の暑さも盛りが近いと、読みづらい文章はより読みづらくなります。
    「貧乏な国になった」
    タイトルのこの一文への説明がろくにない時点で厳しいものがありました。

    すみません、ご紹介の論考は途中で読むのを断念しました。

    日本が貧乏でダメだというなら、他の国はどうなるのよ。(笑)

  • なぜ日本はここまで貧乏な国になったのか…安倍晋三氏から相談を受けていた筆者が思う「アベノミクスの壮大な失敗」 >

    最近高橋洋一氏の『反アベノミクスという病』という本を読みました。

    それ以降、アベノミクスの実績をたいした根拠もなく(つまり数字の裏づけもなく)批判し、悪し様に貶す発言をする輩を見ると「可哀想に、病気なのだな」と思うようになりました。

    この本の中で高橋氏はアベノミクスが実現した雇用に於ける効果を、正規雇用200万人増加、非正規雇用220万人程度増加具体的な具体的な数字で説明しています。民主党時代には正規雇用が50万人減少し、非正規雇用は100万人増加したそうです。

    私の二男は2011年に大学に入学しました。入学式はあの大震災で亡くなった方たちへの黙祷で始まりました。当時の政権は民主党が握っていました。福島第二原発の処理を巡って彼等は、見苦しくも右往左往していましたね。次男やその同級生たちの将来を思うと、晴れやかであるはずの入学式が重苦しく感ぜられたのを昨日のように思い出されます。

    しかし2012年の政権交代後、世の中はがらりと様相を転じました。実感としては時代の歯車が切り替わり逆転したようにも感じられた物です。二男たちが卒業する年の卒採用率は90%台後半だった記憶があります。

    こうした数字をいっさい見ようとしない反アベノミクス論者たちは、やはりビョーキなのだしか思えません。

    さらにもう一点、元文藝春秋編集長なる人物が「前例のない」という言葉を使用してアベノミクスを批判していましたが、前例がないことをやってはいけないという法律でもあるのでしょうか?どこかの役人の答弁書のようで、とてもジャーナリスト書いたレポートとも思えない発言ですね。

    また「金利を1%上げると日銀の当座預金に対する利息負担は5兆円にもなる」などとも書いていますが、そもそも論ですが、日銀当座預金に金利がつくということが異常事態だというセンスがこの人物には一切ないようです。

    企業経営している人なら誰でも理解できると思うのですが、通常銀行の当座預金には金利はいっさいつかないはずです。そのことがわかっていれば、これが日銀から市中銀行への利解されると思うのですが、こうして堂々と論を張っているところを見ると、ひょっとしたらご存じないのかもしれませんね。それにこの5兆円増えるというのも怪しいもんです。というのも日銀が当座預金に付けている「サービス金利」は僅か0.1%ですし(それでも全体で5千億円ぐらいにはなるそうです)、それも全額が対象ではないはずです。これも高橋氏の著書で得た知識です。

    この人物が安倍晋三元総理大臣から、一体どのような相談を受けていたか、それは今となっては「永遠の謎」でしょう。しかし反論のできない故人を悪用するような、誤解を招きかねないタイトルを付けるのは、大変失礼ではないかと思う次第です。

    • 訂正です。

      これが日銀から市中銀行への利解される  ×

      これが日銀から市中銀行への「特別サービス」だと理解される  ○

      失礼しました。

  • 「なぜ日本はここまで貧乏な国になったのか」

    この一言に、筆者が数字に基づく客観的事実を捉える能力を欠き、自分の頭の中にある主観こそが正しいと思い込む、そんな姿が透けて見えますね。

    ・銀座、赤坂のクラブで札束が乱れ飛んだ、社用族天国よ今いずこ
    ・ジュリアナ東京が消えて久しい。もう二度と返ってこない~
    ・原宿歩いても外国人観光客ばかりめにつく。たけのこ族はどこ行った~

    オイオイ、バブルの頃によっぽどオイシイ思いをしたんかい。

    こう言うのなら、まだ分かります。
    「これだけ堅調に日本経済が伸びているのに(ドル換算GDPなんかで反論したって無駄よ)、国民大衆の取り分が、ちょっと少な過ぎはしやせんか?」

    でもね、直近の話題に即して言えば、3年前の東京と比較して、閉幕したばかりのパリ五輪のあの酷評。「エコじゃなくってただのケチ」なんて言われてるよ。次のロサンゼルスだって、今の米国の状況を見る限り、そう称賛されるような選手団、観客に快適な環境を提供できるとは、どうも思えないんだけどな。

  • アベノミクスって唯一の道だったんです。安倍さんじゃなくてもやらなきゃいけなかったんです。
    選択肢のない選択でした。
    安倍さんの功績は強力なリーダーシップで素早く異次元の対策を準備して即実行したことです。

    マイナンバーカードみたいにとにかく何でも反対の人たちに振り回されてどんどん利便性が削られて骨抜きにされていくっていうありがちなパターンを避けられたのです。

    とにかく何でも反対して、可能性の低い危険を声高に叫んで、どんどんやるべきことを骨抜きにしたりやめさせたりする。これが今の日本の姿です。左傾化した年寄りたちがオールドメディアに踊らされてどんどん日本の若いアイデアを奪っていく。それが今の日本です。

    左傾化してない賢明なご高齢の皆様には是非今の日本をダメにするこう言った勢力と戦って欲しい。若者たちは期待しています。一応若者と高齢者の間にいると認識している中年wの願いです。

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