経常黒字は過去最高!
「あの」新聞が、「設定」をうっかり忘れ、「円安効果」という表現を使ってしまったようです。日経新聞が7日に配信した記事によれば、「自動車主要7社の決算は増益だったが、円高基調が続けば、(円安効果が剥がれて)減益に転じるリスクもある」、などと記載されています。あれれ?「悪い円安」論という設定は、いったいどこに行ってしまったのでしょうか?
目次
悪い円安論の特徴
「悪い円安」論とは、「円安が日本経済に悪影響を与えている」とする俗説です。
「悪い円安」論者の方々が、「円安が日本経済に悪影響を与えている証拠」として持ち出すのは、たとえば、こんな理屈です。
- 日本は食料自給率が低いから、食糧の輸入価格が押し上げられ、国民生活が苦しくなるはずだ
- 日本の輸出産業の競争力はかつてと比べて低下していて、円安効果が生じないはずだ
- ドル建てのGDPでドイツに抜かれ、世界4位に転落した
- 海外旅行に行くと海外の物価が高く、日本が貧しくなったと感じる
- 円安で日本に旅行に来る外国人が激増し、日本が安く買いたたかれている気がして悔しい
- このままだと円は紙屑化する
…。
「~はずだ」、「~と感じる」、「~悔しい」など、主観的な表現が多いように見えるのは、気のせいではありません。実際に「悪い円安」論者の主張を眺めていると、数値や理論で説明し切れていなかったり、原因と結果を取り違えていたりするケースもあるのです。
で、結局はどうなのですか?
この点、『円安でも円高でも結局「円は紙くず化する」という主張』などを含め、当ウェブサイトで普段から指摘しているとおり、基本的に、為替変動が一国の経済に悪い影響「だけ」を与えるということはありません。
たとえば円安になれば、理論上、たしかに輸入品物価は押し上げられますし、物価が上がれば国民生活は苦しくなります。
しかし、現実には在庫や為替ヘッジなどの関連もあり、10%の円安になったからといって物価が10%上昇するわけではありません(しかも、現在の日本の物価上昇は、円安だけでなく、資源価格の高騰なども原因であるという点を無視しています)。
また、自動車産業などを除けば、現在の日本企業は「最終消費財」「川下製品」の輸出で儲けているというよりは、むしろ、「川上製品」「川中成品」(資本財や中間素材など、モノを作るためのモノ)で儲けているというのは間違いありませんが、だからといって円安の輸出競争力向上効果を無視するのは不当です。
実際、円安になれば輸出企業の輸出競争力が伸びますし、輸出企業の業績が伸びれば、賃上げ、増配などを通じた従業員、株主等への還元も進みます。また、高くなった輸入品の代わりに安い国産品を買うという動きも出てくるため、輸出企業以外にも業績向上効果が波及します。
さらには、日本のように巨額の対外純資産を保有している国は、外貨建ての資産の円換算額が押し上げられる効果(いわゆる資産効果)が発生するほか、外国からの受取利息配当金が押し上げられるという効果も期待できます。
これに対して、外貨建ての債務を負っている場合には、円安で債務返済負担が増えるというマイナス効果(いわゆる負債効果)が生じますが、そもそも日本は(為替ヘッジ目的の通貨スワップなどを除けば)国を挙げて外貨でほとんどおカネを借りていないため、負債効果のマイナス影響は限定的です。
円安・円高のメリットとデメリット
こうした状況を踏まえれば、「悪い円安」論のような主張は多くの場合、正しいとはいえないことは明らかでしょう(※ちなみにどうでも良い話ですが、「悪い円安」論の末尾にある「円が紙屑化する」の主張をしている人は、円高になっても「円が紙屑化する」と主張しているようです。面黒いですね)。
なお、しつこいようですが、普段から当ウェブサイトにて指摘している為替変動の効果は、次の通りです。
- 輸出競争力への影響(円高ならば下落するが、円安ならば上昇する)
- 輸入購買力への影響(円高ならば上昇するが、円安ならば下落する)
- 輸入代替効果の発生(円高ならばマイナス影響、円安ならばプラス影響)
- 資産効果の発生(円高ならばマイナス効果、円安ならばプラス効果)
- 負債効果の発生(円高ならばプラス効果、円安ならばマイナス効果)
それぞれの項目の意味については、当ウェブサイトにていつも掲載している次の図表1などをご参照下さい。
図表1 円高・円安のメリット・デメリット
©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでの引用・転載は自由
なお、上記図表につきましては、出所さえ示していただければ、他サイト等において自由に引用・転載していただくことが可能です。
直近の第一次所得収支黒字は36.7兆円!
ちなみに上記は「理論上の遊び」ではありません。
これらの理論(とりわけ資産効果)の正しさを示す直截的な証拠が、現実に出て来ています。
財務省が8日までに公表した国際収支統計によれば、6月までの1年間(2023年7月~24年6月)における経常収支は26.1兆円と過去最大の黒字を計上しました(図表2)。
図表2 国際収支の状況(経常収支、前年7月~当年6月分の集計ベース)
(【出所】財務省国際収支統計データ)
貿易収支はまだ赤字基調が続いていますが、海外への利息・配当の支払と海外からの受取利息配当金などの純額を意味する第一次所得収支の黒字が36.7兆円(!)にも達していて、結果的に経常収支が巨額の黒字となった格好です。
「悪い円安」論者の皆さまからは、この経常収支黒字についてのコメントを聞いてみたい気もします。
あれれ?「悪い円安」という設定はどこへ…?
さて、こうしたなかで、「悪い円安」論の急先鋒のひとつだったメディアに7日、こんな記事が掲載されていました。
車7社、はがれる円安効果6000億円 7〜9月に減益リスク
―――2024年8月7日 16:19付 日本経済新聞電子版より
日経新聞は自動車メーカー主要7社の2024年4~6月期決算で、連結営業利益は前年同期比+12%の約2.1兆円だったとしつつ、こう述べています。
「足元の1ドル=145円近辺の円高基調が続けば、7〜9月期は9四半期ぶりの減益に転じるリスクもある」
…。
あれれ?
これには素直に驚いてしまいました。いままで「悪い円安」論を展開して来たメディアが、「円安効果」という表現を使った記事を配信したからです。「円安は日本経済に打撃を与えている」といういつもの「設定」は、いったいどこに行ってしまったのでしょうか?(笑)
国民が賢くなるしかない
さて、ここから先は、ちょっと厳しいことを言わせていただきます。
「円安が日本経済に与える影響」という論点は、(自称)経済メディア、あるいは(自称)経済評論家にとっては「基本のキ」であり、ここを踏み外すのは論外です。
ネットではつい最近まで、「悪い円安」論に騙されていたのか、「円安を食い止めるために、日本銀行は利上げをすべき」、などとする書き込みがありましたし、一部のメディア、特定野党なども、こうした「悪い円安」論に便乗しているフシがありました。
当ウェブサイトのように、「為替変動は経済に良い影響も悪い影響も与えるが、いまの日本経済の状況を総合的に勘案すれば、円安は日本経済に良い影響を与える」、などと主張しているサイトは、正直、少数派だったのではないでしょうか。
この点、経済政策の専門家たる国会議員らが、低レベルな「悪い円安」論で大騒ぎしているというのは論外ですが、一般人が「悪い円安」論に騙されていたという点を巡っては、やはり(自称)経済メディアの罪は非常に重いと考えられます。
これに加えて「悪い円安」論を唱えている人のバックグラウンドをよくよく調べてみると、多くの場合、日銀の金融緩和、ひいてはアベノミクスを敵視しているフシがある、という点には、注意が必要でしょう。
しかし、こうした「悪い円安」論に便乗し、ネット上で「日銀は円安を防ぐために利上げしろ」、などと叫んでいた一般人も、「一般人だから」という理由で許される、というものでもありません。
日本は民主主義の国であり、そして自由主義の国ですので、(よっぽど反社会的なことでない限りは)誰が何を主張しようが自由ですが、あなたがそれを主張したことで社会が悪い方向に動いたとしたら、被害を被るのもあなた自身である、ということを忘れてはなりません。
私たちはすでに、「2009年の政権交代選挙」という、「多くの有権者がメディアに騙され、危うく国が傾きかけた」という前例を経験しています。
「悪い円安」論者がいう「日銀が利上げしたら円高になり物価高が沈静化されて人々の暮らしが良くなる」などの主張は、「自民党を大敗させ、民主党に政権交代したら政治が変わり、人々の暮らしが良くなる」という主張と、いったい何が違うというのでしょうか。
いずれにせよ、日本社会が良くなるためには、国民が賢くなるしかありません。
せっかくネットの時代が到来しているわけですから、「悪い円安」論を含め、メディアが唱える俗説に飛びつく前に、「それは果たして正しいのか?」を自問自答する癖を、日本国民は身に着けるべきではないか、などと思う次第です。
View Comments (7)
今回の利上げだって、きちんと財政出動をして景気を回復させていれば真っ当な判断と言えたはずでしょうに。
国の借金言うなら、まず言い出しっぺが真っ先に自身の全財産を国庫に寄付すべきでしょうが。
株価が民主党政権時代の8000円から
現在の価格まで上昇させた事は評価されません。
曰く株は金持ちしか関係が無いからです。
曰く円安は日本の価値を現しており
高いほど日本が優れています。
故に金利を上げて円安を是正しろと野党は発言していました。
実際に現状を見てみると以前と真逆のことを言っており
この人たち一貫性っていう言葉を知らないんだなと思います。
足を引っ張る事を生き甲斐にしている人達には退場を願いたいです。
日経の記事は自動車産業にとって円安メリットがあるというだけのこと。
そもそも円安/円高のメリット/デメリットは日本国民全員が一致するわけではない。円安/円高が誰にとって良い/悪いのか。書いた人の利害関係を考えて記事は読むべき。
例えば柳井正氏は悪い円安論を主張しているが、輸入が多いファーストリテイリングにとっては円安が不利になるというだけのこと。
145円/ドルを突破したのは2022年頃でしたが、その当時の日経新聞の論評は
「2022年の円相場は歴史的な展開となった。一時1ドル=151円台後半と、対ドルで約32年ぶりの安値をつけた。貿易赤字を通じて日本のマネーは海外に流出し続けている。歴史的な円安・ドル高は日本経済への警告を発している。」
それが今度は同じ145円/ドルで、「円高だー、大変だー」と誰が騒いでいるんですって?
FXなどやっておらず日々、円しかお目にかからない庶民にとっては、急にレートが10%変動しようが円・ドルが高かろうが安かろうが関係あらへんで(無論インフレや長期的には影響はありますが)。
そう言えば渋沢栄一様にはいまだにお目にかかれていません。
「○○ケイよく読む、○カになる」は登録者数100万超えの、さる経済学者が開設しているYouTube番組内で、しばしば語られるフレーズですが、槍玉に上げられた新聞社、当然社内でもこの番組見てる人間は大勢いると思うんだが、放っておいて良いのかね。自社の名誉のためにも、公開討論でも挑んで然るべきと思うんだが、どうもそんな気はないようですね。
そりゃそうだよね。しれっと「円安効果」なんて記事に書いて、澄ましてられる感性の持ち主揃いの新聞社のようだから。
「円安効果」がダイレクトに効いてくるのは、もちろん図表1の表現を使えば、ストック面、第一次所得収支。これ、今の日本の海外資産を考えれば、為替相場がたとえ相当の円高に振れたところで、含み損は出るにしても、今後も黒字を出し続けるのは間違いのないところでしょう。
では、円高、円安、それぞれに、メリットもあれば、デメリットもあるとされる、フロー面ではどうなのかと思ったので、最近の(2020年以降の)月別貿易統計と為替レート(月平均)の推移を、グラフにして比べてみました。
もちろん、月ごとに個別の要素が入るから、輸出にせよ、輸入にせよ、かなりの振れ幅はあるんですが、グラフ全体を眺めれば、輸出については均して720億円/月のペースの、一貫した増加傾向が続いていることが見て取れます。この間為替レートは1ドル104円~158円の間で上下していますが、輸出額の増減との相関はほとんど見られないと言って良いでしょう。
今の日本では、為替レートは図表1でいう「輸出競争力」にほとんど関係しないんでしょう。品質、性能でメイドインジャパンを購入している海外の顧客にとって、円安はラッキーということにはなるんでしょうが、元々が値段で選んで
ているわけではないので、それで購入量が増えるというものではないのかも知れません。
一方の輸入、2021年末くらいまでは輸出額とほとんどトントン、同じ傾向で増えていたのが、以後2023年第一四半期までの間、最大月3兆円近い貿易赤字が発生するほどに膨らんでいます。もちろんロシアのウクライナ侵攻に伴って起きた、原油、天然ガス、穀物価格の暴騰が主な理由で、それが収まった後は、面白いことに。日本の輸入額はほぼ横ばいで推移しています。為替レートの円安傾向が本格化してきたのは、この時期になってからのことなのに。
図表1に則して言えば、円安で「輸入購買力」が下がる。これは対した影響はなさそう。しかし、「国内産業への影響」=輸入代替効果、これは結構あるように見えます。安いからと買っていた海外製品を、こんな値段なら国産品の方がいいやという流れになっている、そう考えるのが妥当のように思えます。
件の新聞社の編集方針、ときどきの経済状況を針小棒大に表現して危機感を煽り立て、購読者の関心をほんの目先の現象だけに集中させることによって、少し長い目で眺めればどうなのかなどと考えさせない、そんなものじゃないかと邪推したくなりますね。
「円安になれば円安を叩いて円高を持ち上げ、円高になれば円高を叩いて円安を持ち上げる」
これを鉄則としているのなら一応筋が通って……通って……
いや、通る訳あるかいそんなもん!
「うるさい黙れそんな余計な知恵をつけて痛い所を突いてくる奴は全部敵だ対話なんかしない」
こっちの態度の方がまだ説得力はあるかもしれませんね。明言する事はあり得ないでしょうが。
報道に対価を払わなければ品質が低下しそれで損をするのはおカネを払わない読者のほうであるとの議論があります。
現実をみれば、対価を請求せずに無料で高品質な情報を公開することに熱意を注いでいる人口はこの世に膨大にあって、無料であるからこそ誇るべき内容を磨き続けるというインセンシティブが彼らに働いている。
当方はプログラマーですが、給料のためのコードと無償公開するオープンソフトウェアでは注ぐ熱意熱量がまったく違っています。売り上げのためのコードは払ってもらえるよりたくさん働かない。一方のコードは無償であるからこそ広く人の目に触れ、それに価値があると分かるひとに伝わり、時間を超えて残って後世誰かにコピーされるであろうこと知っているからです。そんな無償行為の熱情に駆られた投稿者が今も時間をつぎ込んでいる状況で、職業労働者たる報道記者たちは舞台が輪転機時代とはまるで違っていることにまだ気が付いていないのでしょう。
口を利くようになった読者は煙たくてしょうがない。鶏舎のにわとりか牧舎のうしのように無言でカネを毎月払い続けてさえすればいい。新聞社の本心はそれ以上のものでないでしょう。