「日本は財政破綻を避けるために、プライマリ・バランス(PB)を黒字化しなければならない」。こんな「トンデモ主張」を見かけることがありますが、驚いたことに、自民党の前衆議院議員という方も、似たような主張をなさっているようです。日経新聞が「税収は最大だが財政の借金依存が続く」などと報じているくらいなので、騙されても仕方がないのかもしれませんが、ちょっとお粗末です。
目次
国の借金論、そしてPB黒字化論
当ウェブサイトではこれまで、「国の借金」論が多くの場合、誤っていると指摘し続けてきました。
ここで「国の借金」論とは、たとえば、こんな具合です。
- 日本には国の借金が山ほどあり、GDPに対し公的債務の残高は2倍以上に達している。
- このままだと金利も払えなくなり、日本はやがて財政破綻する。
- そうならないためには歳出を抑制し、増税し、プライマリ・バランス(PB)を黒字化しなければならない。
つまり、今すぐ財政再建をしなければ、国が財政破綻してしまう、というわけです。
こうしたわかりやすい主張のひとつがあるとしたら、これかもしれません。
- 国が財政破綻する可能性が高くなります
- 金利上昇して、借金している企業やローンを組んでいる国民の生活が苦しくなります
- 今でも物価高で苦しいのに今後ますますインフレ圧力が強まります
- 日本の信用の格付けが下がり、世界から日本に投資が集まらなくなります
- 高齢社会が進む中、社会保障の財政がキツくなり、医療介護のサービスの継続など不安が増すことになります
- 将来の世代への借金を残すことになります
自民党の前衆議院議員などと名乗っていらっしゃる方ですが、これは久々に強烈なポストであり、わかりやすいトンデモ論です。
「国が財政破綻する」。
いつも不思議に思うのですが、果たしてこのような主張をする方は、「財政破綻」がいったい何を意味するのか、理解していらっしゃるのでしょうか?
自国通貨建ての国で財政破綻とは?
ただ、日経新聞というメディアも「日本が借金に依存している」という記事を配信するくらいの時代です。
決算から見た財政(下)税収最大でも赤字続く/借金依存度3割前後で推移 迫る「金利ある世界」、歳出構造改革急ぐ
―――2024年8月2日 2:00付 日本経済新聞電子版より
「借金依存度3割前後」、などとありますが、記事では日本の資金循環バランス上、日本国内で資金が有り余っているという状況に触れている形跡はありません。
いずれにせよ、そもそも論として「財政破綻論者」の皆さまが主張する「財政破綻」の定義がわかりませんが、ここで敢えて無理やり、財政破綻をこう定義しましょう。
「国家の財政状態が悪化し、発行した国債の元利払いができなくなること」。
つまり、「国の借金(?)」を税収で返せなくなる状況です。
これについては「借金(?)」が増え過ぎていることか、税収が不足していることか、そのどちらを意味するかはよくわかりませんが(おそらく主張している方々にもわかっていないのでしょう)、結論からいえば、このような状況が生じるのは、極めて特殊な事例に限られます。
その一例があるとしたら、それは、「共通通貨建て・外貨建てで国債が発行されている場合」です。自国通貨建ての国債は、基本的に「返せなくなる」ことはありません。現代の日本のように管理通貨制度を採用している場合は、中央銀行の裁量で、通貨をいくらでも発行することができるからです。
極端な話、中央銀行や通貨当局が通貨を発行して、国債を返せば良いのです。
アルゼンチンなどの事例で日本の財政を論じても意味がない
もちろん、それをやってしまうと、やり方によってはいわゆる「財政ファイナンス」に相当してしまうこともありますし、中央銀行が国債買入を行えば通貨供給量は増えますので、無節操な通貨供給量の増大(と悪性インフレ)を招く可能性もあります。
じっさい、日本の場合だと財政法第5条において、中央銀行の国債引受は原則として禁じられていますが、これは日銀が新発国債を無制限に買い入れると、財源的な裏付けなしに国がいくらでもおカネを使うことができてしまい、インフレで国家経済が大混乱に陥るかもしれないからです。
逆に言えば、悪性インフレにならない範囲で慎重にコントロールしながら、国会承認を得たうえで日銀が国債を引き受ける、ということは可能です(財政法第5条但書)。
なお、この財政法第5条の制約がない場合(たとえば現在のように、金融緩和の一環として日銀が預金取扱機関等からの預け金を裏付けとして、流通市場から国債を買い入れる場合)に関しては、中央銀行の国債購入が問題となることはありません。
これに対し、ドイツやギリシャなどユーロ圏諸国の場合、通貨は欧州中央銀行(ECB)が発行していて、これらの国の国債もドイツマルクやギリシャドラクマといった自国通貨ではなく、ユーロという共通通貨で発行されています。このような場合には、中央銀行引受という手を使うことができません。
また、アルゼンチンやトルコ、エジプト、インドネシアなどのように、外貨建て(ドル、円、ユーロなど)で国債を発行している国の場合も同様に、やはり、中央銀行による国債引受は不可能、というわけです。
このため、これらの国は、自国・外国の機関投資家から自国債を買ってもらえなくなった瞬間、先ほどの定義でいう「財政破綻」状態に陥るのです。
つまり、国債の発行通貨が①自国通貨なのか、②外国通貨・共通通貨なのか、という点は、非常に大きな違いであり、日本が現在、②外貨建て・共通通貨建てで国債を発行していないという事実は、日本がアルゼンチン・スタイルのデフォルトに陥る可能性が極めて低いことを意味しているのです。
対外資産が過去最大の日本で緊縮財政をする意味がない
ただし、「自国通貨建ての国債なら無節操に発行して良い」とする、いわゆる「MMT」的な考え方は、正しくありません。通貨発行量が増え過ぎればインフレ状態になる(かもしれない)からです。
最適な通貨供給量や国債の発行量については、その国の資金循環状況とも関わってくるのですが、現在の日本の場合は銀行貸出が少しずつ増え始めているにせよ、やはり日本国内で使われていない資金が大量に外国にあふれ出ている状況にあります。
資金循環統計上、日本から見た純資産(=海外部門の「金融資産・負債差額」の赤字額)が483兆円と過去最大に達している(図表)という事実は、国債発行額がむしろ過小であるという可能性を示唆しているものでもあるのです。
図表 海外部門の「金融資産・負債差額」
(【出所】日銀『物価、資金循環、短観、国際収支、BIS関連統計データの一括ダウンロード』サイトのデータをもとに作成)
対外純資産が過去最大級の状況で、緊縮財政に意味はありません。
経済成長がすべてのカギ
というよりも、国内に資金を廻して経済成長を促す方が、「おカネ」という資源の使い方としては賢明です。
もしも毎年2%ずつの速度で経済成長すれば、35年後にはGDPが2倍になります。公的債務残高が一定だったとしても一世代経過すれば、公的債務残高GDP倍率は2倍から1倍に改善することになります。
あるいは、国がむしろ今以上に「借金」を重ね、経済成長率を3%に引き上げることができれば、同じ35年でGDPは現在の2.81倍になります。成長率が4%ならば3.95倍、5%なら5.52倍(!)です。
その意味では、この日本の「失われた30年」の正体とは、不要な増税によりおカネを政府部門に巻き上げることで経済成長を妨げ、税収が伸び悩み、むしろ国債発行残高が増えてしまう―――、という「負のスパイラル」ではないでしょうか。
ただ、著者自身も何年もウェブ評論を行っていて気付くのですが、近年、こうした「国の借金」論、「PBバランス黒字必達」論などをX(旧ツイッター)などで表明すると、経済・金融の専門家などから反論が生じるようになりました。
少なくとも私たち一般国民レベルでは、この手の「悪い円安」論や「国の借金」論などのインチキ経済学に騙されなくなりつつある、ということなのだとしたら、これはこれで未来に期待できるのかもしれない、などと思う次第です。
View Comments (16)
岸田氏もPB黒字化を「功績」として打ち出してる段階で財務省と同罪ですね。早く辞めて頂きたい
中国の国債も人民元建てなのですが、日本との違いはハードカレンシーかソフトカレンシーかの違いで、中国はソフトカレンシーだから中国は日本と違い財政破綻しうる、ってなりますか?
中国人民元建て債、5月も海外勢保有拡大 9カ月連続
https://jp.reuters.com/markets/treasury/RT3R4NCJU5NZRAGJUD26JI74TM-2024-06-17/
人民の預貯金額は、昨年6月の記事だと132兆2000億元(約18兆4100億ドル)との事です。
焦点:中国で預金膨張、投資に向かわず「流動性のわな」リスク
https://jp.reuters.com/article/world/-idUSKBN2ZI0AH/
>家計の預金総額は、6月末時点で小売売上高の30カ月分以上に相当する132兆2000億元(約18兆4100億ドル)を記録。
クロワッサン様
>中国はソフトカレンシーだから中国は日本と違い財政破綻しうる、ってなりますか?
これ、非常に面白い疑問ですね。
当たり前の国であれば、十分あり得るってことになるでしょう。なにせ、日本のように主要国中央銀行間の、無制限為替スワップなんか持ってないわけですから、何かの拍子に、対外利払いができないって事態になれば、あっという間に不安が拡がり、取り立てが殺到してその場でお陀仏。
だけどねえ、国民が何百万人死のうが気にしないって国のことですからね。企業、個人の銀行預金に手を突っ込んで「ツケとかんかい」で,済ますなんてのは、お茶の子でしょうからね。
伊江太 さん
中共政府なら「政府のお金は政府のもの、人民のお金も政府のもの」が当然なんだろうなぁって事で、やっぱやっちゃうんでしょうね…。
中国の場合
国民のお金は政府のもの
政府のお金は共産党のもの
共産党のお金は軍のもの
です。
財務省がPB黒字化を省是とするのはバブルが原因かと想像します。
財務省エリートは、最高の頭脳を持ってるのにPB黒字化という馬鹿な目標を絶対に実現出来ないやり方でやってるのか不思議でした。
が、PB黒字化が真の目標でなければ理解できます。
PB黒字化を目指すなら、まず財政出動をして景気をよくし企業が借金をして設備投資出来る環境を整えると実現できます。
が、景気がよくなると“民間が役所の言う事をきかなくても”儲かります。
しかし、緊縮財政で景気悪化すると、役所の言う事をきいてなんとかするでしょう。
しかも、緊縮財政すると永遠にPB黒字化は達成できずにPB黒字化のため永遠に緊縮財政できずっと民間に言う事をきかすことができます。
バブルのとき民間に下にみられた悔しさが国益より省益のため“PB黒字化と皆を騙してGDPを犠牲にして永遠に緊縮財政で景気をコントロールして民間を従わせ天下り先確保”のための行動なのかと。
そのためには丁度いいデフレ状態にするのが財務省の目的なのかも。
そう考えると、これまでデフレ脱却しそうになると消費税増税や金融緩和停止などをした事も理解できます。
安倍第二次政権で2度の消費税増税がなければ、2010年代にデフレ脱却して今頃経済成長してたはず。
今回の利上げも評論家の中には 急激なインフレにしないため必要な措置と言う人もいますが、自分には好景気にして企業が役所の言う事をきかなくなるのを防いでるようにしかみえません。
自分は外国との物価の差を縮めるために5~6%の物価上昇は容認すべきだと考えてます。
たとえ円安でドル円200円となっても平均給与が60万で物価が2倍になれば気になるものではありません。
為替変動に対して人件費や物価の上昇が緩やかなのが原因なので為替を操作せずに人件費や物価があがる政策をうつべき。
そのためには、金利を上げるのではなく、企業が国内設備投資しやすくなるような政策をとるのが正しい選択です。
腑に落ちますわ。
アムロレイがランバラルを見て
「あの人に勝ちたい」(あの人みたいになりたい)
とモチベーションを取り戻したみたいに、社会人になると新人の頃にロールモデルを見つけて懸命に追いかけるものです。
たいていは、同僚の先輩ですかね。
日本の役人の場合は、戦後と高度成長期を支えてきた人たちをロールモデルとして崇めて奉ってきた様子。
「我こそ引率者」
「我こそ責任者」
令和の今でも『官僚たちの夏』をリメイクしたくてたまらんのでしょうかねえ。
市場原理に任せて小さな政府とか、露ほどにも考えたことなさそうな。
責任感は結構なのですが実際に責任をとった事なんか無いし、俺が!俺が!というでしゃばりは、臨機応変自由自在即断即決に動きたい民間企業からすれば、足手まとい。
プライマリーバランス黒字が至高!
とか、解釈違いにも程がある。
PBを黒字化するって事は、政府が国民から金を巻き上げるってことでしょ??
もしそうだとしたら冗談じゃない。
政府の財政は、薄く赤字くらいがちょうどいいのではないでしょうか。
しかし「ザイム真理教」とはよく言ったものです。どんな政治家もザイム教の手に掛かれば洗脳され、増税主義者・国家財政破綻論者になってしまうんですから。勉強熱心な政治家ほど、洗脳されやすいような気もします。残念です。
実は・・・・プライマリーバランスはとっくに黒字化しているという謎理論があります。
そのヒントは、「国債利払費」という政府歳出予算の中の国債費に含まれている、これまた謎の支出項目にあるようです。
高橋洋一氏はその著書『99%に日本人がわかっていない国債の話』の中で、日本政府(というよりも財務省)は、利払費を余計に積んでいると主張されております。「減債基金」なる目的で国債残高の1.6%を積んでいるようです。何故1.6%なのか?これまた根拠の乏しい60年償還ルールという、日本にあるものの他の先進国にはないローカルルールに拠るものなのだとか。
財務省のHPでもその実態が示されていますので、どうかご確認下さい。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/005.pdf
高橋氏は実際には利払費は0.1%程度で十分だと考えておられるようです。ということは年間7~8兆円程度は浮くワケですから、既にPBの黒字化は達成されているはずです。これを財務省マジックというか、或いは特殊詐欺と呼ぶかのご判断は、皆様それぞれにお任せします。
閑話休題
ところでもっと恐ろしいのは、これからです。この利払費、財務省の試算では今後増えることはあっても減ることはないようなのです。これまた財務省が自ら告白している裁量があるのでご紹介します。
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/outlook/sy2024a.htm
経済成長3%という前提条件での試算ですが、来年以降の利払費が他の項目よりも突出して増えちゃうよ、と予告しているらしい、というかそうとしか見えないのです。随分とおかしな話ですね。経済成長が3%ということはそれにつれて税収も伸びるはずなのに、そこはかなり抑え気味の試算のようです。税収弾性値を低く見積もりすぎています。GDPが1%増えれば税収は2~3%程度は増えるというのが近年の実績です。したがって3%経済成長すれば、少なくとも税収は6%から9%程度増えると予想されますが、どうやら低いままです。というか、直近のニュースでは令和5年度の実税収は72兆円ですからこの令和6年2月の見込みの税収もからも大きく上振れしているワケです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240701/k10014498751000.html
「入るを量りて出づるを制す」は財政の原則でありますが、どうも財務省という役所にとっては「入るを少なく量りて出づるを無駄に制す」等という規約などがあるのかもしれません。
国債利払費ですが、高橋洋一氏がやはり著書で書かれていますが、日銀は政府の子会社扱いになるので、日銀が受けた利払費はそのまま国庫に戻るだけとのこと。
発行数の47%(?)に対する利払費は国庫に戻るので費用計上はおかしいとのことでした。
ごまかしは沢山ありますね。
日銀にため込まれた国債の利子は、銀行が預け入れる日本銀行当座預金の利払いに充てられているのでは?
*おしごとしてますか?(PBの合わせ方)
経済畑を潤わせ、その結果として税収増大に導くのが、役人のおしごと。
「足りぬなら」と、年貢を取り立てるのは、無能なお代官様の所業に同じ。
(マスコミ各社同様)財務省内には相当お隣の国の工作員が入り込んでいるとしか思えません。
30年以上前の古い経済学の理論だと,国債発行量が経済成長を超すと,通貨供給量増加が財貨の増加を超えて貨幣の価値が下がってインフレになる。だから,PBが大切だ,という話だったのかな,と思います。古い経済学の理論では金融経済(マネー経済)の存在は無視されていました。
最近は実体経済を超えた金融経済の拡大で,発行した通貨が後者に吸収されてしまい,実体経済に回る通貨が細ってしまって,PBが赤字でも,なかなかインフレは起きないみたいです。もっとも,欧米のここ数年のインフレは,コロナ対策で市場に供給した通貨が巨額すぎたためでしょう。それも,そろそろ収束すると思います。実体経済で動いている日本円の量が増えないので,賃金も上昇しなかったのでしょう。国債発行で増えた通貨の多くは,日銀の当座預金や海外投資に回ってしまって,日本国内の実体経済市場ではあまり回らなかったのでは。もし,今後も金融経済の規模が拡大するとしたら,PBがプラスマイナスゼロだと実体経済は縮小してしまいます。
世間では財務官僚は東大のエリートと思われていますが,東大法学部の地盤沈下で,そうでもないです。優秀な人は外資に行ってしまう傾向があります。特に,法学部は理系と違って,自分で新しい理論を考える,という訓練をしなくて,暗記中心の勉強になりがちなので,数理的思考力は弱いと思います。それで,財務省も集団として動くと,変な経済政策を始めてしまうみたいです。
P.S. 財務省も円高が進行する前に,こっそり米国債を少しずつ売り逃げておけばよかったのに,と思います。
LinkedIn という著名 SNS に登録して当方は長いです。JETRO 主催の海外視察旅行で知り合った人物は LinkedIn コネクションを持ってからご経歴を知りました。東大法卒 LLB でした。今の彼の仕事は国内顧客向けの投資会社経営です。会社は西新橋にあります。創業以前の仕事は外資系金融で勤務地はジュネーブだったそうです。今の会社の共同経営者氏とはジュネーブ時代は死ぬほどよく働いたと昔話をしていました。
>経済成長より「PB黒字化」
そもそも「経済成長」は財務省(大蔵省)の仕事か?