「円が買われて外資が逃げる」という味わい深い迷文
「悪い円安」論も、結局のところ、「今の日本経済は非常に悪い」という事にしたい人たちの、自己満足のようなものなのかもしれません。外為市場での円高(といっても、1ドル=152円程度ですが…)を嫌気して株価が下落した、などと報じられるなか、「円が買われれば外資が逃げ、株価は底なし沼となるだろう」、といった、良い感じで支離滅裂なコメントもあるようです。
悪い円安論
いわゆる「悪い円安」論とは、円安が日本経済に悪影響を与える、とする主張です。
これについては『「デジタル赤字」が日本経済にもたらす実質インパクト』、あるいは『【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由』などを含め、これまでに当ウェブサイトではさんざん論じてきたとおり、正直、経済理論的にはかなり怪しい主張でもあります。
円安はたしかに輸入品物価を押し上げる効果をもたらしますが、それと同時に輸出競争力を高め、資産効果(円安で外貨建ての投資の円換算額が膨らむ効果)などをももたらすからです。
そのうえ、日本は国を挙げて、外貨準備が豊富であるだけでなく、外貨建ての債務が非常に少なく、また、円建ての貿易も活発に行われているため、いわゆる通貨危機―――「外貨調達ができなくなり、外貨決済に支障を来す」といった状況―――が生じる可能性が極めて低いともいえます。
(というよりも、日本のような「ハード・カレンシー国」において、1兆ドルを超える外貨準備が果たして必要なのか、個人的には極めて疑わしいと考えている次第ですが…。)
「ドル建てGDPでドイツに抜かれ、悔しい」
ただ、「悪い円安」論者のみなさんは、多くの場合、断片的な情報をもとに、現在の円安局面が日本経済に悪影響を与えていると主張します。
いわく、「海外旅行に行き辛くなった」。
いわく、「外国産ビーフを使うステーキハウスの経営が立ち行かなくなり始めている」。
いわく、「ドル建てGDPでドイツに抜かれ、悔しい」。
いわく、「日本が外国人労働者から選ばれなくなる」。
いわく、「外国人観光客が急増し、日本が買い叩かれている気がする」。
酷い場合には、こんなコメントもあります。
「私は製造業に勤めているが、私の見る限り、製造業が円安で潤っているという証拠はない。中小企業では賃上げも行われず、また、人手不足倒産も発生している。少なくとも私の見る限りでは、みな、円安のせいで苦しんでいる」。
どれも、円安の一面的な現象を述べているに過ぎず、これらは「円安が総合的に見て、日本経済に悪影響をもたらしている」という証拠にはなりません(とりわけ「私の見る限りでは」、のコメントに至っては、「あぁ、あなたの周りでは、そうなのですか」、としか言い様がありません)。
ちなみに「円安による増益の恩恵を受けているのは、大企業に勤めるごく一部のエリートサラリーマン」、「円安による株高の恩恵を受けているのは、株式投資を行っているごく一部のカネ持ち」、といったコメントに出くわすこともあります。
年金原資も増え、賃上げは中小企業にも及んでいる
いちおうツッコミを入れておくならば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2023年においてプラス22.67%(!)という収益率を誇り、45兆円という収益をあげているのですが(『2023年度の運用状況』等参照)、これは私たち国民から見て、将来の年金の支給原資が増えていることにほかなりません。
「株高はごく一部のカネ持ちにし恩恵を与えない」とするコメントは、あまりにも不勉強です(「モノを知らなすぎる」、というべきでしょうか)。
また、連合が今月3日に発表した2024年春闘(春季労使交渉)における企業側の最終集計結果では、平均賃上げ率は5.1%と1991年以来初の5%超を記録しましたが、従業員数300人未満の会社でも賃上げ率は4.45%に達しています(連合ウェブサイト『春闘総括表』P3等)。
「賃上げは中小企業にまったく及んでいない」、などと主張する人たちは、いったい何を根拠にそう考えているのでしょうか?
なんだか意味がよくわかりません。
経験則どおりの「円高+株安」
ただ、それよりももっと意味がわからないのは、これかもしれません。
日経平均一時3万8000円割れ、ハイテク株下落 152円台の円高も嫌気
―――2024年7月25日 10:49付 ロイターより
ロイターなどの報道によると、25日の株式市場では円高を嫌気するかたちでハイテク株を中心に株価が下落した、などと記載されています。
著者自身も、ずいぶんと以前から研究して来たとおり、じつは、日本の株価には、為替相場と密接な相関関係があります。円高になれば株価が下落し、円安になれば株価が上昇するという可能性が、非常に高いのです(相関係数は時期にもよりますが、90%を超えることもあります)。
1ドル=160円台前後にまで進んでいた円安が、1ドル=152円台に戻ったというだけの理由で、ここまでの株安になるというのも興味深いところです(一時期と異なり、1ドル=150円台を超えた状態を「円高」と呼ぶのも印象的ですが…)。
日銀の追加利上げ観測、米FRBの利下げ観測などが、円買い・ドル売りの要因となっている、などと指摘されますが、いずれにせよ、「円安からの株高」、「円高からの株安」という経験則に照らすなら、個人的にはまったく違和感のない動きです。
「円が買われて外資が逃げる」
しかし、これを受けてネットなどでは、一般読者によるものとみられる、こんな趣旨の反応もあるようです。
「日本の実体経済が強くなっているわけでもないのに円高になるのはおかしい。マネーゲームで円高になるのは実体経済を反映したものではない。外資が逃げれば株価も底なし沼のように下がるだろう」。
味わい深いほどに支離滅裂な文章です。
とりわけ「円が買われて外資が逃げる」のくだり、ここまで矛盾が凝縮されている文章も面白いところです。
いずれにせよ、著者自身としては、短期的な円高・円安には一喜一憂すべきではないと考えています。為替市場は短期的な円高、円安を繰り返していくものだからです。
円高なら円高なり、円安なら円安なりに、日本経済にとっての最善の一手を考えるのが経済評論の醍醐味であり、円安局面で「悪い円安」論、円高局面で「悪い円高」論に宗旨替えするのは、個人的には非常に恥ずかしいことではないか、などと思います。
この点、当ウェブサイトとしては、今の円安局面は結果として、日本のデフレ脱却を後押しするものであると考えていますが、それも「現在の日本経済が置かれた状況に照らせば、円高よりも円安の方が望ましい」という程度に過ぎず、円高だろうが円安だろうが、経済を活性化させるという政府の役割は変わりません。
その意味では、「悪い円安」論の正体とは、「日本の経済が悪い」ということにしたくてたまらない人たちの自己満足なのではないか、などと思う次第です。
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「噛みつきジャーナリズムに集まる失笑」
外資が逃げているのは中国であり韓国ではありませんか。日本はいま他とない投資先と見なされています。株価が下がってしめしめ。西新橋ルネッサンスとまでは言いませんがあそこで一体なにが起きているのやら。台湾人に至っては今や日本は彼らの(いわゆる)経済領土であるかの如く投資先をウの目タカの目で値踏みしている状況です。
衰退ポルノという言葉が以前提唱されましたが
日本を叩きたい、叩くことで快感を得たいという
正直意味不明な人種な人たちが居ます。
一定の指標を持って経済施策を指摘するのは道理が通ることです。
しかしながら日本を叩きたい、を目的にしている以上
以前自分が言ったことと真逆の事を言ったり
都合のいい部分だけをチェリーピッキングしたりします。
いわゆる海外出羽守です。
つまるところそうした人達の意見に対した意味はありません。
目的は日本を貶めて悦に浸りたいだけなのですから。
本質的に経済や政治を語れる人の意見を尊重したいです。
衰退ポルノとは、イイ得て妙。
もとからそういう気質の人たちには、ドンズバで心に突き刺さるんでしょうね。
イエズス会の坊さんに吹き込まれて、
「パライソさ行ぐだぁ~」
みたいな?
円安絶対悪論に飛びつく程度の見識ですからね
為替レートなんかどうでもよいというか「為替レートって何?」ぐらいのレベルであるかと
だから円高時でも上から論らしきモノが下りてくれば飛びつくだけです
なんで為替の影響を受けるドル建てGDPで一喜一憂するのかな~?
そういえばその昔政権盗った党が自分たちの実績自慢でGDP(ドル建て)は俺たちの政権のほうが良かったと自慢してましたね。
自称識者やマスコミたちは日本批判がしたいだけなんですよね。
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一度,為替が円高方向に触れると,沢山購入してしまった外債が為替差損で評価損状態になる危険性があります。それで,保険などの機関投資家は,急いで外債の保有高を減らす方向に動き,そこで円が買われて一層円高が進みます。為替の方向が変わったのは,トランプリスクが意識され始めた効果が大きいと思っています。
円高と日経平均の2つだけの相関ではなく,ダウなどもセットにして考えたほうがいいと思います。例えば,米国債を海外勢の売り圧力が高まると,米国債価格の低下,つまり金利の上昇圧力となり,株式から債券への資金のシフトが増えます。それでダウが下がって,その穴埋めのために日本株も売る,という関係かな,と思います。ただ,アメリカ経済にも黄信号が灯っています。
銀行の持つ外債の話はお嫌いのようなので,やめておきます。
「悪い円安」も「悪い円高」も,損する人(やその代理人)が騒いで,得をする人は黙っている,という構図かも。
おかしいですよね。散々「円安ヤバい!」と騒いでたのだから、一気に152円になって「円安基調に変化」などの見出しを出して喜んでも良さそうなのに。ボラティリティがーと言うならそういう記事にすればよいものを、結局は「株安で日本ヤバい」の内容なんですから。
もう何がなんでも日本ヤバいが言いたいのですね。
>外資が逃げれば株価も底なし沼のように下がるだろう
うーん、『日本企業の株価を下支えしているのは外資だから、逆の流れになって外資が日本企業の株を売り始めれば株価は下がる一方だろう』って事を言いたかったんですかね?
「円安で日本オワタ!」と言う人も、「円高で日本オワタ!」と言う人も、
「じゃあ、どれ位の円$レートが理想なの?」と言う質問には滅多に答えてくれない。
例外は民主政権時の極端な円高で、あの頃はそこそこ説得力のある「円高過ぎる!」と
言う悲鳴を聞いていました。
結局の所、昨今の「円安=悪!」は人生の不満のぶつけ先を求める衰退ポルノにしか
見えないんですよねえ。
「日本はオワコン、だから俺のパッとしない人生も俺のせいじゃない」
「日本はオワコン、そんな日本でリア充でイケてる俺様スゴイ」
「日本は世界最高、だからパッとしない人生を送っている俺もスゴイ」
上記のどれもこれも、自分の人生を自分以外のせいにしている様にしか見えない……
円安も円高も両方日本にとって害悪な場合は、有り得る事ではある
ちょうど、太り過ぎでも痩せ過ぎでも人体の健康に良くないというみたいに
でも
「〇〇円~△△円までの間が今の日本にとって一番好都合。それを外れたら円安でも円高でも害悪」という
〇〇、△△の数値を自分なりの経済理論でも良いので挙げてくる人は少ないね