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「デジタル赤字」が日本経済にもたらす実質インパクト

現在の日本経済は、「円安による所得収支の巨額黒字」という恩恵を受けています。その黒字幅は、2024年3月期において35兆5313億円(!)と過去最大です。こうしたなかで、日本はサービス収支の赤字基調が続いており、特にデジタル分野の赤字が日本の弱さを示している、などとする指摘が出てきました。非常に良い指摘だとは思います。しかし、通信・コンピュータ・情報サービス分野の赤字は1兆7530億円、「その他業務サービス」の赤字は4兆6828億円で、所得収支黒字と比べわずかなものです。

悪い円安論の正体

著者自身、「悪い円安」論の正体とは、「日銀に金融緩和を止めさせたい人たち」が唱えている悪質なプロパガンダだとみています。

その理由は簡単で、円安は日本経済のデフレ脱出を後押しするからです。そして、日銀の金融緩和の影響で日本経済がデフレから脱却してしまうと、財務省が唱えていた「財政再建」論が誤っていることがバレてしまうからです。

この点、注意しなければならないのは、日銀の金融緩和は、決して為替安誘導を目的としたものではない、という点です。日銀の金融緩和の目的は、あくまでも長引くデフレからの脱却であり、また、適切なインフレ率の実現にあるからです。

金融政策の運営上、多くの先進国においては、中央銀行は2%程度のインフレ目標達成を目標に置いています。というのも、2%程度のインフレが達成できていれば、失業率が低下し、そこそこに経済成長も達成できるという現象が知られているからです。

インフレ率がこれより上昇すると物価上昇の弊害が大きくなり、また、インフレ率がこれよりも低下すると、失業率が上昇し社会不安が増大してしまいかねません。

ここで、インフレ率とは物価上昇率と言い換えることができ、「物価が継続的に毎年2%上昇する」ということは、「貨幣価値が継続的に毎年2%下落する」ということを意味しています。

そこで、中央銀行はインフレを実現するために、金利を下げたり(いわゆる政策金利のコントロールやイールドカーブ・コントロール)、紙幣を刷ったり(いわゆるマネタリーベースの拡大=量的緩和QE)、といった政策を打ってきます。

日銀QQEでも1ドル=120円台以上に円安は進まなかった

現実に日本でも、2013年4月以降はマネタリーベースの拡大というQEを開始しましたし、2016年1月には政策金利をマイナスに設定しました(といっても、マイナス金利が適用される日銀当預の対象は限定されていましたが…)。

こうした努力にもかかわらず、10年以上もなかなかインフレ率が動かなかった理由は、いったいどこにあるのか。

これは、日銀のQQEなどが間違っていたからではありません。

端的にいえば、デフレから脱却するという最も重要な時期に、日本は2度も、消費税(※地方消費税を含む)の合計税率を引き上げたからです。

1回目は2014年4月、それまで5%(=4%+1%)だった税率を8%(=6.2%+1.8%)に、2回目は2019年10月に10%(7.8%+2.2%)に、それぞれ引き上げています。

消費税の税率を合計5%ポイント引き上げることが、どれだけ経済に深刻な打撃をもたらすか。

著者自身は金融評論家として、日経新聞を筆頭とする経済紙、あるいは東京大学の財政学の教授らを含めた自称専門家らが、この増税のマイナス影響を指摘しなかった事実を、絶対に忘れてはならないと考えています(当ウェブサイトを石にかじりついてでも運営し続けている理由も、そこにあるのかもしれません)。

ただ、アベノミクスが始まって以降、それまでの1ドル=80円台という円高水準が、1ドル=100~120円程度にまで円安水準になったことは事実ですが、ウクライナ戦争後の円安期を別とすれば、だいたい為替相場は1ドル=100~120円程度のレンジに収まっていたこともまた事実です(図表1)。

図表1 USDJPY

(【出所】The Bank for International Settlements, Bilateral exchange rates time series  データをもとに作成)

つまり、現在の円安が「アベノミクスの影響で日銀が円の価値を暴落させたために生じた」、などという一部の人たちの説明は、少なくとも事実とは異なることがわかるでしょう。

円安で所得収支が過去最大の黒字に!

この点、マーケット関係者の間では、為替レートの説明はなかなかに難しいとされているのですが、その理由は市場参加者が限られている国債・金利市場などと異なり、為替レートにはさまざまな市場参加者がいて、為替レートはさまざまな思惑で動くとされているからです。

ただ、昨今の物価上昇を巡っては、単なる円安だけでなく、ウクライナ戦争の影響による世界規模のものであるという可能性については疑っておく必要があります、

そして、円安は(その原因およびいつまで続くかという見通しは脇に置くとして)結果論としては日本経済の復活を強力に後押しします。

現実問題として、円安がもたらすおもな5つの効果―――①輸出競争力の向上、②輸入購買力の低下、③輸出代替効果、④資産効果、⑤負債効果―――のうち、とくに大きく出ているのが、④の資産効果です。

円安のために、日本企業や日本の機関投資家が海外に積み上げた外貨建て投資の円換算額が押し上げられ、さらには外国からの受取利息配当金も増えています。

図表2は年度基準の経常収支ですが、グラフ中「’24」で表示されている直近年度(2023年4月~24年3月)における「第一次所得収支」の黒字が過去最大となっていることが確認できるでしょう。

図表2 経常収支(年度基準)

(【出所】財務省『国際収支統計』データをもとに作成)

2023年度(2023年4月~24年3月)における経常収支は25兆3390億円と過去最大で、これを押し上げているのが、とくに第一次所得収支の35兆5313億円という、過去最大の黒字。

これのいったいどこが、「円安が日本経済を破壊している」、につながるのか。著者自身にはまったくもって理解不能です。

大手メディアなどでは、誰も指摘しないので、当ウェブサイトでは何度も何度も指摘しておきますが、これも紛れもなく、円安による即効性のある(しかもめちゃめちゃ巨大な)プラス効果、というわけです。正直、この所得収支の莫大な黒字があるがために、多少の貿易赤字などかすんで見えます。

(※余談ですが、日本の貿易赤字は円安に加えてエネルギー輸入量の増大、そしてエネルギー価格の上昇に伴うものであるため、この問題をこのまま放置することはできません。原発の速やかな再稼働を含めたエネルギー政策の転換が求められることはいうまでもないでしょう。)

デジタル赤字とは?

こうしたなかで、円安を巡る、ちょっと気になる記事がありました。

円安と「切っても切れない」関係?「デジタル赤字」が示す日本の“弱さ”とは

―――2024/07/24 06:30付 Yahoo!ニュースより【ビジネス+IT】より

この記事は日本の経常収支のうち、サービス収支が足元で赤字基調にある、などと指摘するもので、とりわけ「その他サービス」の収支が赤字となっている、としています。

この中で、2010年代に赤字が拡大傾向を示しているのは『通信・コンピューター・情報サービス』と『その他業務サービス』の2つだ。ちなみに、保険・年金サービスの赤字拡大は国際情勢の緊迫や大規模災害の増加で保険料率が上昇している影響だと考えられる」。

着眼点としては、なかなかに優れていると思います。

記事では、前者はIT関連のサービス取引で、後者については研究開発に関連したサービス取引やその成果である特許権などの売買といった研究開発サービス、および、法務、会計・経営コンサルティング、広告・市場調査に関するサービス取引など、としています。

いずれも、デジタル化との関係が深い領域であり、サービス収支の赤字拡大要因は、経済のデジタル化が影響していると考えられる。これが、いわゆる『デジタル赤字』と呼ばれるものだ」。

これについては、記事の指摘通りです。

先ほど引用した経常収支について、財務省統計で細目を確認しておくと、通信・コンピュータ・情報サービス分野の赤字は1兆7530億円、「その他業務サービス」の赤字は4兆6828億円。図表3のとおり、たしかに「通信・コンピュータ・情報サービス」と「その他業務サービス」の赤字が大きいことが確認できます。

図表3 サービス収支内訳

(【出所】財務省『国際収支統計』データをもとに作成)

目の付け所は良いかもしれないが…

ただ、これについては図表2で示した経常収支のスケールに合わせて表示すると、図表4のとおり、正直、金額としては極めて僅少であることがわかります。

図表4 サービス収支内訳

(【出所】財務省『国際収支統計』データをもとに作成)

これが、当ウェブサイトで長らく指摘し続けてきた、「ミクロとマクロの議論を分けなければならない」とする主張の根拠のひとつです。

記事が指摘する通り、サービス収支のなかには長らく赤字を継続している項目ももちろんあるのですが、それと同時に旅行収支の堅調さからサービス収支の赤字は縮小傾向にあり、また、直近で35.5兆円という巨額の第一次所得収支黒字と比べ、サービス収支の赤字は、正直、誤差の範囲です。

もちろん、サービス収支の改善もたしかに重要かもしれません。

しかし、現在の日本が製造業の、とくに「川上産業」と呼ばれる部分で世界の産業の基幹技術を握っていること、世界最大規模の対外純資産で巨額の利息配当金を受け取っていることなどを踏まえると、こうした日本経済の強みについては、客観的な数値に基づき、もう少し精緻に把握・評価しても良いのではないでしょうか。

やはり、経常収支構造などにデータを自分で直接確認していると、世の中の記事の粗が目に付いてしまうのは、困ったものだと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (14)

  • デジタル赤字で思い浮かぶのは洋書をアマゾンの電子書籍に取り込む場合かな。
    その料金はアメリカのアマゾン本社に送られているのだろう。
    アマゾンで商品を買った時は”Amazon Co. Japan”、書籍のダウンロードは”Amazon Download” とクレジットカードの請求先が別の表示になっている。
    今マイクロソフトの「Office」はネットからダウンロードするようだが、その料金はアメリカの本社に入るのだろう。これもデジタル赤字だろう。(ここ10年以上Office とPCを別個に買ったことがないのでそのへんあいまいだが。最近はOffice 搭載済みをデルに注文するか、マイクロソフトの「Surface」を買っている)

    このあたり嘆いてもしょうがないような気がするが。
    かつては紙の本を輸入して本屋で買い、OfficeのCDを買って自分でPCに入れていた。
    輸入がサービスに代わっただけではないか。

  • >「悪い円安」論の正体とは、「日銀に金融緩和を止めさせたい人たち」

    原材料の買い叩きや人材の雇い叩きで生き延びた「”易かろう”悪かろう」なデフレの申し子は、
    インフレ下においても必要コストを価格転嫁できない「人手不足倒産予備軍」なんですよね。

    価格以外にウリがない製造・サービス業。
    華韓以外にウリが居ない、新聞・通信社。
    ・・。

  • >※余談ですが、日本の貿易赤字は円安に加えてエネルギー輸入量の増大、そしてエネルギー価格の上昇に伴うものであるため、この問題をこのまま放置することはできません。原発の速やかな再稼働を含めたエネルギー政策の転換が求められることはいうまでもないでしょう。

    運送会社の車両が化石燃料から電気に切り替わるのはまだまだ時間が掛かるだろうから、原発が再稼働しまくった後でも運送会社燃料費高騰に関する負担は変わらなさそうですね。

    運送会社が大量倒産して物流が止まって日本社会が混乱すれば、物流を社会のインフラとして維持する為の費用負担に前向きになれるのかな?

  • タイトルに入っている「デジタル赤字」の文字を見て、最近ネット評論記事で精力的にこの問題を採り上げておられる、みずほの唐鎌大輔氏のお名前が出てくるのかと思って読んでみたら、また別の識者(九大教授篠崎彰彦氏)の論考からはなしが展開するんですね。

    こうした論を喧伝する人達に聞いてみたいんですが、一体日本は、あらゆる分野で他国を圧していなければ、それがイコール「弱い日本、ダメな日本」ってお考えになるんすかって。

    それぞれの国が、もちろん日本だってそうですが、得意な分野で競争力を磨き、それが大いに価値があるなら、他国はそれを有り難く利用させてもらえばいいわけです。限られた人材をありとあらゆるところに振り向けるなんて、どんな国にもできるわけはないでしょう。

    デジタル分野での米国の力ってのは、もちろん他を圧してはいるんでしょう。だけどこの国は、年間に1兆ドル近い貿易赤字、経常赤字を出し続けている国でもあるんです。その国の数少ない競争力を持つ分野の稼ぎまで、奪わずにおくものかなんて、どうもまともな発想とは思えないんですが、どうでしょうね。

    文系の人ってのは、ITとか、先端科学、技術をイメージさせる事柄に対して、妙なコンプレックスを持っているんじゃないか思うことがあります。これに出遅れたら、もう日本は終わりみたいな。だけど、いま経常収支に相当のウェイトを占めるまでに普及している産業技術なんて、実際は先端なんてものじゃないですよ。

    • >日本は、あらゆる分野で他国を圧していなければ、それがイコール「弱い日本、ダメな日本」ってお考えになるんすかって

      私も同じ印象もちましたね。

      つうか、「弱い日本、ダメな日本」が先で、それを言うための材料探しているような。

    • 唐鎌さんは某番組に出る度にさまざまな日本危機ネタを披露していらっしゃいますね。しょっちゅう出ていますが世間の皆様には人気なんでしょうか。

  • 最近テレビ番組の質が低い。そこで割り切って「ハリウッド映画」を放映している。
    放映権料はデジタル赤字としてアメリカ行ってるんだろうね。
    放映権料が高いので5-6社で分担しているようだ。コマーシャルがメチャ長い。

    • 30年ほど前、海外のホテルでテレビをつけたとき、CMの長さに驚いたことがあります。いつまでたっても番組(映画かドラマ)が再開せず、こんなんで本編を流しきれるのかと少し疑問になりつつ消してしまいました。
      今や日本でもそうなっているのですね。

  • 日本は経常収支で膨大な黒字を出してるんだから、貿易でもサービスでも経済援助でも何でも良いから赤字を出してある程度釣り合わせないと、将来的にオランダ病みたいになっちゃうんじゃないかと逆に心配です。

  • 円安に伴う諸々の影響の結果として貿易黒字が拡大し続けると、今度は円高圧力に悩まされることになるように思います。
    エネルギーの海外依存は安全保障対策として改善する必要はあると思いますが、どんな産業でも貿易赤字は問題だという姿勢では、他国から批判を受けると思います。
    特に貿易不均衡に苛立っているトランプが大統領になれば制裁を食らいかねませんので要注意です。

  • 円安で給料は上がってるのに、物価高で楽にならないのは国の借金を返しているから、とか、円安に伴う巨額の旅行収支黒字で日本経済が潤ってますとか、言い換えたら気分が楽になるかもしれませんね_ ってか旅行収支って10年前は赤字だったんですね。

  • デジタル赤字を扱うのは初でしたっけ?
    経済安保の文脈では重要でしょうが、収支の割合はさして大きくないのですよね。みずほの唐鎌氏は「円安が定着してしまう」と述べてましたが。
    氏にしても引用先の篠崎氏にしても、数値の一次的分析はわかりやすいんですが、結論にツッコミどころがついてくるのはそんなニーズを受けてのことなんでしょうかね。掲載先の悪かった探しニーズなのか、zさんなのかわかりませんが。

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