「ICTのデジタル機器は使える必要があるが、ICTのデジタル機器を使えば使うほど学力が下がる」。「新聞の強みは、事件・事故、政治、経済から文化、スポーツまであらゆる分野の情報が網羅され、その一つ一つの記事が複数の目による厳しいチェックを経て世に出ている、信頼性の高いメディアであること」。これは、なかなかに驚く発想です。そこまで信頼性が高いなら、どうしてここまで部数が急減しているのでしょう?
目次
新聞部数の減少幅の拡大
「新聞の部数は右肩下がりに減っており、かつ、減少幅は年々、拡大傾向にある」――。
これは、当ウェブサイトではずいぶんと以前から話題として取り上げて来た論点のひとつです。
一般社団法人日本新聞協会は年1回(通常は12月末ごろ)に、その年の10月時点の新聞の部数を公表しています(1999年以前のデータについては同協会が刊行する『日本新聞年鑑』で、2000年以降のデータについては『新聞の発行部数と世帯数の推移』で確認できます)。
このデータを入手し、新聞部数(※ただし、「朝刊と夕刊のセット契約」を「朝刊1部+夕刊1部」に分解したもの)の推移をグラフ化してみると、図表1のとおり、1996年をピークに新聞部数は減少し続けていることがわかります。
図表1 新聞部数の推移
(【出所】一般社団法人日本新聞協会データ【1999年以前に関しては『日本新聞年鑑2024年』、2000年以降に関しては『新聞の発行部数と世帯数の推移』】をもとに作成。なお、「合計部数」は朝夕刊セット部数を1部ではなく2部とカウントすることで求めている。「合計部数」の考え方は以下同じ)
まるで、放物線です。というのも、新聞部数の減少幅については、近年になればなるほど、徐々に拡大しているからです。それがわかるのが、図表1に示したデータのうち、1999年以降について、3年刻みでその部数の増減を示した図表2です。
図表2 合計部数の増減(3年ごと)
(【出所】一般社団法人日本新聞協会データ【1999年以前に関しては『日本新聞年鑑2024年』、2000年以降に関しては『新聞の発行部数と世帯数の推移』】をもとに作成)
読売新聞が2年でゼロになる勢い
これによると1999年から2002年にかけての減少幅は140万部で、1年で換算したら47万部ほどでしたが、これが2017年から20年にかけての減少幅は948万部(年平均316万部)、次の2020年から23年にかけての減少幅は930万部(年平均310万部)です。
いくつかの報道等によれば、最大手である読売新聞でさえ、昨今だと600万部を割り込む勢いだと報じられている(『新聞業界「購読料据置宣言」の読売ですら部数減に直面』等参照)わけですから、「2年間で読売新聞の部数がゼロになる勢い」だといえば、これがいかに深刻かがわかるでしょう。
(※ただし、上記「930万部の減少」は朝刊・夕刊を含めた総部数ベースですので、このたとえ話は若干不正確ではありますが…。)
ちなみに2020年から23年にかけては4234万部から3305万部にまで減っているわけですから、減少「率」に換算すれば21.96%、年平均だと7.32%に達しています。母数が猛烈な勢いで減少しているなか、減少ペースが落ちないわけですから、減少「率」が拡大するのは当然かもしれません。
社会のネット化で進む新聞不信・テレビ不信
どうしてここまで激しく部数が落ち込んでいるのか。
ひとつは単純に社会のネット化で、新聞という「紙媒体」の使い勝手が悪くなった、という事情によるものだと思いますが、おそらく理由はそれだけではありません。
長年、情報発信を独占し続けた新聞業界に対し、少なくない一般人の不信感が高まっているからではないでしょうか。
じっさい、新聞業界、あるいは新聞に記事を提供している通信社、新聞などとともにマスメディアと呼ばれるテレビ業界などをひっくるめたマスメディア全体の腐敗ぶりを示す話題は少なくありません(『上川発言報道問題で林智裕氏論考が「社会の停滞」警告』等参照)。
そして、こうしたメスメディア業界の虚報の酷さ、あるいは腐敗ぶりが、ネットの普及によって加速的に人々に周知・共有されるようになり、しかもX(旧ツイッター)に実装化された「コミュニティノート」の機能なども手伝い、メディアが不適切報道を行った場合には、それが証拠付きであっという間に拡散する時代となりました。
こうしたなかで、Xなどでは少なくないメディア関係者が自分たちに反論する人たちを「ネトウヨ」と決めつけたり、「コミュニティノート」に反論を試みたり、酷いケースだとノートがついたポストをわざと削除して再投稿したり、といった「抵抗」も見られるのですが、これにも限界があります。
なぜなら、彼らが戦っているのは多くの場合、「ネトウヨ」ではなく、名もなきごく一般的な人たちの常識だからです。
「ICTデジタル機器で学力低下」
こうしたなかで、新聞業界からは、デジタル機器そのものに対して批判的な声も上がってきているようです。
学力低下…元校長「ICTを使うほど学力が下がった」と指摘 教育者らの総会で語る「デジタル機器は使える必要はある」 医学データ示し「子どもたちはスマホで動画漬けになり、脳機能が低下している」
―――2024/06/13付 埼玉新聞より
埼玉新聞が13日付で配信した記事によれば、12日にさいたま市浦和区で開催された「埼玉県NIE推進協議会」の2024年定期総会で記念講演した元小学校長が、情報通信技術(ICT)のデジタル機器を巡って「使えば使うほど学力が下がることがわかった」と指摘したのだそうです。
この発言をした元小学校長は、現在は日本新聞協会NIEコーディネーターを務めているのだそうです。
講演自体は『今、NIEに求められる実践の方向性』というテーマで行われたもので、「ICTのデジタル機器は使える必要がある」としつつも、国の学力テストの結果分析をもとに、「ICTのデジタル機器を使えば使うほど学力が下がる」と述べたのだとか。
その際、「子どもたちはスマートフォンで動画漬けになっており、脳の機能が低下している」とする医学データをもとに「1日20分は新聞など多様な文章に触れる必要がある」と強調。「NIEに取り組んだことで読む力と書く力がついた」とする結果とともに、9割の学校が教員の指導力向上に寄与したと答えた、などとしています。
そもそも昨今の新聞報道の不祥事などを踏まえると、新聞にそれほど「多様な文章」が掲載されているとも思えませんし、新聞を読んでいて「読む力」と「書く力」がつくという主張も怪しいところではあります。また、「スマホで動画漬け」のくだりも、「テレビ漬け」になるよりもよっぽどマシではないか、という気もします。
NIE自体が
ただ、それ以上に、そもそもこの発言自体が、公正な立場からなされたものであるかどうかについては、留保が必要です。
そもそも論として「NIE」自体、「学校などで新聞を教材として活用する活動」のことを意味していて、日本新聞協会などが推進しているからです。
ちなみにNIEとは “Newspaper in Education” の略で、運動のウェブサイトには、こんなことが記載されています。
「いま子供たちに求められているのは、地域や社会の中で課題を見つけ、解決のために行動する力を育むことです。膨大な情報が行き交うインターネット社会で、正しい情報を取捨選択し、読み解く情報活用力も必要です」。
「新聞の強みは、事件・事故、政治、経済から文化、スポーツまであらゆる分野の情報が網羅され、その一つ一つの記事が複数の目による厳しいチェックを経て世に出ている、信頼性の高いメディアであることです」。
…。
正直、これには驚いてしました。新聞に信頼性があるとは、到底思えないからです。
もちろん、ネット空間の情報が100%正しいとは言いません。
インターネット空間では膨大な情報が行き交っていることは間違いなく、なかには極めて怪しい情報を平気で垂れ流しているウェブサイトもあるからです(個人的に最近閲覧した事例だと、情報源が怪しいものとしては、ロシア関連のものやワクチン関連のものが多いようです)。
しかし、それと同時に新聞の強みが「信頼性の高いメディアである」、などとする記述自体、何とも怪しいところです。
「複数の目による厳しいチェックを経て世に出ている」のなら、どうしてちょっと事実関係を調べるだけで誤っているとわかる上川陽子氏の発言の捏造報道事件などが生じてくるのでしょうか?
そもそも社会全体から「信頼されている」ならば、なぜここまで、坂道を転げがるように新聞部数が転落しているのでしょうか?
むしろ、現在の新聞部数は、社会の新聞に対する信頼度の象徴と見るべきではないでしょうか。
自分で答え見つける時代だからこそ新聞は不要に?
そして、新聞を教育に活用せよ、などとする主張にも、正直、まったく賛同できませんし、むしろ個人的には、とくに小学校の教育現場で特定の新聞が深く入り込んでいる状況については深く憂慮しているほどです。
ちなみに埼玉新聞が報じた記事によれば、問題の会合ではこんな発言もあったのだそうです。
「自分で答えを見つける時代。教えるのではなく、新聞を使って子どもたちと一緒に考えることで本当の学力を育んでほしい」。
おそらく、そのご心配には及びません。
最近の子供たちのなかには、新聞記者や財務官僚などよりも遥かに優秀な人もいるからです(『聡明な高校生も国の借金論のウソを見抜けるネット時代』)。
いずれにせよ、新聞、テレビ業界からの「断末魔」の叫びは、まだしばらく続くのではないか、などと思う次第です。
View Comments (26)
>1. 報道機関は、報道倫理に基づく訂正の仕組みを有しており、その報道倫理と仕組みに基づき自主的に訂正を行うべきであることから、まずはその仕組みに委ねること。
ファクトチェックセンターでは上記の理由でマスコミの記事を対象外としています。
こうした事象を見ていますとマスコミは自分たちが特権階級で、民衆を見下しているようにしか見えません。
私達が情報を与えてやってるんだぞ、と。
私達の情報は常に正しい、それ以外は間違い、と。
共同通信の不祥事が多発していますが、マスコミはだんまりです。
嘘や記者の不祥事は報道の信頼度に大きく影響します。
正すためには厳しき叱責する必要があるでしょうが、やっぱりだんまりです。
身内には非常に甘いのがマスコミです。
逆に金にするためならメジャーリーガーの結婚相手を調べ上げたり、
私邸を晒し上げたりもします。
自分が痛みを追わないなら何でも報道します。
まぁ報道パスを取り上げられたそうですが。
腐ったメディアが日本を悪くしているのは間違いないです。
毎度、ばかばかしいお話を。
新聞業界:「信頼性の高いメディアである新聞の部数が下がっているのは、世の中が間違っているからだ」
自分で信頼性が高いと自画自賛していることが、問題だと思いますが。
>自分で答えを見つける時代。教えるのではなく、新聞を使って子どもたちと一緒に考えることで本当の学力を育んでほしい
「子どもたちと一緒に考えることで」はまあ、「手厚い教育を」ということなら同意です。
「新聞を使って」はちょっと。
新聞は誤報や虚報や捏造の可能性があるので、使う記事を吟味する必要がありますよね。材料を吟味するってことなら別に新聞じゃなくてもOKと思います。新聞でなければならない理由はないんじゃないすかね。「ICT機器に置き換えて」でも成り立つんじゃないかと。
「ICT機器を使って」に置き換えても成り立つんじゃないかと。
orz
新聞を使って
「この記事は歴史的な捏造記事。重要項目だから試験に出ます」「この記事は誇大表現的」「この書き方はわざと誤解を与える記述とも言える」
「議論が分かれている事柄について、一方のみの意見を載せてますね」
「重要な事柄について公平に記述しているけど、アリバイ作りみたいにすみっこにちっちゃく書いてますね」
こういうのを学習する教材にすると思っていた
新聞を教材にするならば、サンゴ落書き捏造事件とか、雲仙普賢岳の火砕流事故の記事を使えばいいんじゃないの?
「1日20分は多様な文章に触れる必要が」
あっても、それは新聞ではない。
電子端末が身体や脳機能の悪いのなら新聞の電子版もやめるべきだし、視力や姿勢に影響するならその20分は空や星観たり身近な動植物でも眺める情操を育む時間にあてたほうがだいぶ良い。
いちおう「NIEの学習効果」を謳うデータが示されていますが、どこかにカラクリはないのでしょうか。母数(小学校37都道府県47校、中学校40都道府県52校の計99校)が小さすぎるとは思いますが。
https://www.nie.jp/research/survey/
NIEも「NIEの学習効果」を謳うデータも初めて知ったので、「NIEの学習効果」を謳うデータを見に行ってみました。(ご紹介ありがとうございます)
〇小学校国語では、NIEしていない学校→NIEを月に1,2回以下実施校→NIEを週1回以上実施校、の順に何らかのテストの正答率が上昇していて、効果があることを示唆しています。
〇小学校算数、中学校国語、中学校算数ではこの順が、NIEを月に1,2回以下実施校→NIEしていない学校→NIEを週1回以上実施校、の順での成績となり、NIEを少しすると、全くしないよりも成績が下がっています。
この時点でNIEを週1回以上実施校は、NIEをしている以外の何かの要因でもともと正答率の良い学校なのが推察されます。
さらに下のほうには「日常的にNIEに取り組む学校の中でも、NIEの実施期間が2年未満の学校において、2年以上続けている学校より平均正答率が高くなりました。」という結果が載っています。どうもNIEを2年以上続けていくと成績が下がるようです。
サイトではこの結果を「日常的にNIEに取り組むことで、比較的短期間で学力が向上することを表している」と考察していますが、この考察に納得できる人はどれくらいいるんでしょうかね。
そもそもデータにエラーバーがついていません。ちゃんと考察を語るのは難しいデータです。せっかく調査をしているのだからちゃんとわかるようなデータを出して欲しいものです。差を語るんだったら統計検定も必須です。
以上簡単ですが。
gesa様
考察ありがとうございます。
NIEを月に1,2回以下実施すると、小学校国語以外は軒並み全国学力テストの全国平均を下回っていますね。
かといって、NIEを週1回以上実施(+コラムの書き写し?)は、これだけ新聞の偏向が指摘されているなかで、何か洗脳じみたものを感じます。
NIEでは、教師が想定する「模範解答」でないと評価してもらえないとかあったりして。
先入観を持たせるような教育は、特に科学分野では悪影響ではないかと思います。
「新聞(の記事)を使って」、(その記事が)正しいか間違っているかをネットで情報を探して調べてみよう、ってことじゃないですかね。
ついでに「なんでこういう記事になったのか」も考えるといいかもしれません。
>学力低下…元校長「ICTを使うほど学力が下がった」と指摘
若い人は知らないだろうけど、テレビが普及し始めたころ「一億総白痴化」と言った評論家がいた。サンモニの常連だった大宅映子のおやじ大宅壮一。
これと同じ趣旨の発言か
>「一億総白痴化」
実状は「マスコミ総白痴化」ですね。
>>学力低下…元校長「ICTを使うほど学力が下がった」と指摘
ICTが悪いんじゃ無くて、使う側がIT使いこなせないから。
ろくにメールも出来ない、ネット検索も効果的に出来ない、ITとは何かが分からない、ITに無知・不案内な教師達が、そんな高度なもの使いこなして教育が出来るのか?
元々の紙の教材を使っていても、効果の出る教育が出来なかった教師達は、何を使っても効果的な教育は出来ない。
鉄道が出来たら、馬車組合が大反対したようなもの。
>「子どもたちはスマートフォンで動画漬けになっており、脳の機能が低下している」
「1日20分は新聞など多様な文章に触れる必要がある」
そうですか……では各新聞社のオンライン版は絶対に契約して読んではいけませんね、残念です。自らの商品(しかも数少ない打開策)を否定してまで子供のことを案じるなんて、流石は社会の木鐸です。
新聞に一次ソースはない
新聞読んでもバイアスかかった情報だからバカになるだけ
自分で一次ソースにアクセスするように心がけるべき