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「円安で中小企業から悲鳴」の証拠はいったいどこに?

中小企業で「悪い円安」に悲鳴が上がる…?そんな証拠、どこにあるのでしょうか。財務省が公表している法人企業統計をもとに、四半期ごとの経常利益をグラフ化してみたところ、企業規模によっては円安メリットが十分に生じていないのではないかとみられる事例もないわけではないのですが、少なくとも「悲鳴」が上がっている様子は見られません。

円安メリットとデメリット

円安は日本経済にメリットもデメリットももたらすが、数量的に見れば、メリットの方が大きいのではないか」――。

当ウェブサイトではこれまで長らくの間、このような仮説を提示し、円安がもたらす良い影響と悪い影響について、可能な限り具体的な数値で検証しようとしてきたつもりです。

円安になれば輸入品物価が上昇するほか、外貨建債務の返済負担が増えるなどの悪影響が生じる一方で、輸出競争力は上昇しますし、外貨建資産(たとえば事業法人が海外に保有している子会社株式や金融法人が海外に保有している有価証券など)の円換算額も膨らみます。

この点、日本は産業構造上、エネルギーや食品を中心に輸入品目が多いため、輸入価格の上昇は短期的に日本経済に悪影響を与えるかもしれません。

財務省のデータによれば2023年における輸入額は110兆1711億円でしたが、概況品目別にみて、「鉱物性燃料」は27兆3142億円とその約4分の1を、また、「食料品及び動物」は8兆2616億円で7.50%を占めているからです。

デメリットはコントロール可能

ただ、日本の輸入品目の委細を眺めていくと、「その気になれば国産化が可能な品目」も多く、「雑製品」(衣類、玩具、プラ製品等)が12兆2346億円で11.11%を占めているほか、たとえば「通信機」が3兆9457億円で3.58%、「事務用機器」が3兆1036億円で2.82%など、単純組立品が多いことも事実です。

もちろん、「単純な組立品や軽工業品が多い」からといって、日本が今すぐそれらの輸入を止め、国産品に切り替えることができるのかといえば、そんなことはありません。

日本は「川下産業」を中国やASEAN諸国などにせっせと移管し続けたからであり、また、現時点における日本国内のこれらの製品の供給力は、需要に対し、十分だとは言い切れないからです。

また、せっかくの円安で日本国内の産業競争力が復活しているのだとしても、残念ながら、現在の日本国内では主要原発の再稼働が遅々として進まないことに加え、労賃も上昇傾向にあることから、十分な労働力、安定した電力の確保には課題が多いのも事実でしょう。

しかし、それは「円安のメリットがデメリットを上回っている」という証拠にはなりません。

逆に、オートメーション化や原発再稼働の進展などにより、これらの課題が解決に向かっていけば、「輸入代替効果」(高くなった輸入品の代わりに国産品の需要が増える効果)の発生も期待されます。輸入品が減り、輸出品が増えることで、貿易収支も改善するでしょう。

(ただし、そうなった場合には再び円高圧力が高まることが考えられますが、これは経済の理論に照らし、ある委員では当然のことでもあります。)

悪い円安論

いずれにせよ、こうした「理論と数字で考える」というアプローチ、個人的には大変重要だと考えているのですが、残念ながら、世の中のメインストリームのメディア(とくに大手の新聞、テレビなど)の報道は、そうなっていないようです。

先日の『経常黒字は過去最大も…「悪い経常黒字論」にご注意!』でも指摘しましたが、2023年度(2023年4月~24年3月)における経常黒字が過去最大だったことに関連し、一部メディアは「海外での稼ぎが(日本国内に)還流しにくい現状が印象付けられた」、などと報じました。

経済を「印象」で議論するというのもなかなかに斬新かつ強烈なアプローチですが、この手の記者の方は、企業が海外での稼ぎをいちいち全額、日本国内に還流させるとでも思っているのでしょうか?大学で初歩的な会計学を学んでいれば、「現金主義」と「発生主義」の違いくらい理解できそうなものですが…。

なかなかに不思議です。

法人企業統計はどうなっている?

さて、こうしたなかで、財務省が四半期に一度公表している統計のひとつが、『法人企業統計』です。

これは、企業の財務諸表項目などを調査し、資本金規模などに応じて集計したもので、一定規模以下の企業に関してはサンプル調査ですが、傾向として企業業績が伸びているのかなどを確認することができます。

このなかで手っ取り早く、四半期ごとの経常利益を資本金規模に応じてグラフ化してみると、なかなかに興味深いグラフが出来上がります(図表

図表 企業の経常利益(四半期ごと)

(【出所】財務省『法人企業統計』データをもとに作成)

資本金10億円以上の企業に関しては、グラフのスケールが右軸ですので、ご注意ください。

企業規模によっても波はありますが、傾向として見たら、だいたい「右肩上がり」という共通点が検出できるでしょう。

敢えていえば、「資本金5000万円以上1億円未満」あたりでは経常利益に伸び悩みが見えますが、ただ、これは「伸び悩んでいる」というだけんことであり、「伸びていない」、という話ではありません。

よく「現在の円安は大企業にばかり恩恵を与えていて、中小企業には恩恵が及んでいない」、「中小企業から悲鳴が上がっている」、などと述べる人もいるのですが、少なくとも法人企業統計上は「中小企業から悲鳴が上がっている」という証拠を見つけることができないのです。

もちろん、局所的には輸入企業を中心に「悲鳴」が上がっていても不思議ではありませんが、少なくともそれは「すべての中小企業」から上がっているようには見えません。

円安ですべての中小企業が悲鳴を上げているという証拠、発見された方は是非、当ウェブサイトまでご通報ください。

新宿会計士:

View Comments (27)

  • 環境の急変は概してデメリットとなり得るでしょうが、円安でメリットのある業種がある以上、時間が経過すれば全ての中小企業が悲鳴を上げるわけではないのでしょう。
    以前コメント欄で紹介されていた円相場急上昇時の中小企業基盤整備機構のアンケートですら、メリットがあると答えた企業が相当数ありました。

    ところで、図表の水色線の資本金は正しくは1~2千万円でしょうか?
    橙線とレンジが被っているようです。

  •  エイブラハム・ウォールドの「生還爆撃機の弾痕箇所を補強するのではなく、弾痕が無いところこそを補強すべき」という話があります。これを悪用(?)すれば、「存続できた企業は維持か成長をしているが、実は倒産企業が統計にこぼれているからグラフは良いように映るのだ」とかすれば「中小企業が悲鳴」ということにできる……かな?まぁ倒産件数もデータは出てしまうだろうから、「円安関連倒産」とかを先に流布していたのかなぁと。いやそこまで考えてないか。

  • 図表を眺めると、
    「いやあ、武漢肺炎の影響って凄かったんだな」と思う一方で、
    「いやあ、そこから立ち直る速さと言ったら、日本経済って、底力あるんだな」
    と、つくづく感じます。

    • 日本は、どっかの国みたいに、白痴みたいに無茶苦茶なロックダウンしなかったからね

  • この手の議論でいつも思うのが、「困る人もいる」と言う視点だと思う。
    国の統計からみればたいしたことないんでしょうけどね。

    例えば、韓国の不買運動で実際に売れない商品があったとしたら、日本の貿易統計からしたら微々たるものでしょうけど、それを生業にしている人は大打撃だと思う。

    ちょっと違うかもしれないけど、『かいわれ大根』にO157が付着していると厚労省が言ったとして、かいわれ大根が売れなくなったとしても、農業の全出荷数(金額ベース)でもたいしたことないのだろうけれど、かいわれ大根の農家さんは大変な思いをすると思う。

    こういう「困った人もいる」だろう人達にもフォーカスをあてる事は、意義あることだと思う。
    金額も小さく、統計にも出ないでしょうけど。

    •  多くの人が好景気を謳歌する中で不幸にして漏れ出た人が居る、そこを知らしめることで救済を実現しよう、というのが"大メディアに求められる"役割だというのであれば同意です。しかし現メディアが行っているのは逆ですね。不利になった人を殊更に強調・利用しているだけで、全体に冷水をかけて結果邪魔をする。
       メディアより政府・行政の方がよほど現実的な救済機能を持っているというのが皮肉というか。そして一般の人間が(あたかも全ての)中小企業が悲鳴、というに流言に対して「統計ではそんな事実は読み取れない」という指摘をするという形が本記事でしょう。本稿では「統計で見れば不幸な人などいない」とは語られていませんからね。

      • > 現メディアが行っているのは逆ですね。不利になった人を殊更に強調・利用しているだけで、全体に冷水をかけて結果邪魔をする。

        まさにこれですね。そして、それを政府の責任(自民党は何もできない)まで発展させようとする。で、結局、本来救済されるべき人達が救われないという、、、

        >「統計ではそんな事実は読み取れない」という指摘をするという形が本記事でしょう。本稿では「統計で見れば不幸な人などいない」とは語られていませんからね。

        恐らく、この論考の趣旨は仰る通りなのでしょう。メディアの傲慢さと偏向を揶揄するものなのかもしれません。確かに「統計で見れば不幸な人などいない」とは語られて無いです。
        私は性格が曲がっているので、「統計で見えないところに不幸な人がいるのかもしれない」とちょっと書いてみました。そしてそれは、決してメディアを擁護するものではありません。

  • 個人的には、成田空港の三里塚闘争を連想しました。

    1人の不満のために99人が不便で良いのか?
    例えば個人家計の判断や民間企業でそんな決断はあり得ないと思います。

    日本では、共産党系赤軍派などが警官隊の殺害を含む悪逆無道に大暴れしましたが、大手メディアを中心に世間として黙認しました。

    あれで行政は完全にシラけてしまったかと思います。

    そういえば静岡の知事がリニア建設で嫌がらせの限りを尽くしましたが、三里塚で赤軍派がやった遅延闘争とめっさ似てますな。

    僕は、99人のために1人にタヒね!とまでは言いませんが、エエ加減にせいよと声を出して行政をアシストしてあげたい気持ちですわ。

    • CRUSH さま

      >日本では、共産党系赤軍派などが警官隊の殺害を含む悪逆無道に大暴れしましたが、
      >大手メディアを中心に世間として黙認しました。

      ところが、一部の大手メディアは、三里塚闘争で大暴れをした新左翼などの反日過激派に手を貸したことがあります。

      TBS成田事件 Wikipedia
      https://ja.wikipedia.org/wiki/TBS%E6%88%90%E7%94%B0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

      TBS成田事件とは、三里塚闘争のうち、昭和43年2月から3月に散発的に発生した成田デモ事件と呼ばれているもののうち、同年3月10日に発生した第2次成田デモ事件に付随して発生した事件です。
      この当時からTBSの報道姿勢が問題視されてきた訳なのですが、行政命令で停波させたり、放送免許を剥奪しなかった事が、後の日本に悪い影響を与える結果となりました。
      言い方が悪いかもしれませんが、見せしめでも良いからやっていれば、マスコミがここまで増長しなかっただろうと思います。

      • 僕からすると父親の世代ですが、あの頃のインテリゲンチャたちはホントにとんでもない奴らですねえ。

        シムシティとか経営者目線で何かまとめ役をやったことないかの学生的な青臭さ。

        だっさ。

      •  マスゴミがテロリストのアッシー君(絶滅語w)を務めてた言語道断の事件ですが、ここでTBSを厳罰に処さなかった事が後の坂本一家殺害事件、ひいては地下鉄サリン事件と言ったオウムの犯罪を誘発したとしか思えません。
         一事が万事、とはよく言ったものです。ネガな意味で。

  • 「中小企業」というくくりが悪くて「輸入原材料を多く使っていて,それが製品価格に転嫁できない企業」と正確に記述すべきでしょう。中小企業でも,輸出がメインなら問題ないはず。トヨタや金融機関はホクホクですが,年金生活者あたりが一番困っているかも(選挙には覿面に効きます)。財務省も本心では円安大歓迎のはずです。
    個人的には,コロナ禍以降のランチ代(外食費)の値上がり(1.3倍くらい)と海外渡航費用(1.5倍くらい)がキツイかな。最近ランチのレベルを少し落としているので,飲食店にはマイナスかも。
    投資運用益は口座上の仮想的な数字だけで,まだ銀行口座にも反映されてないません。FXは怖くて手が出せないので,為替の恩恵はいまひとつです。

  • >"中小企業"から悲鳴が上がっている

    デフレ環境(低コスト・低賃金)に依存した業態の宿命ですね。
    こと業界内では ”毎日の嘆き声” が大きいんでしょうね・・。

  • >経済を「印象」で議論するというのもなかなかに斬新かつ強烈なアプローチですが、この手の記者の方は、企業が海外での稼ぎをいちいち全額、日本国内に還流させるとでも思っているのでしょうか?

    海外への投資は日本国内での適当な投資先が見つからないから仕方なし?ハイリターンを期待?で投資したって事でしょうし、

    稼ぎに全額でないにしろ輸出代替効果で成長が見込める企業・事業への投資があっても良さそうなものですが、

    それが活発でないと言うのは。

    企業や事業への投資は既に日本国内で回っているお金で十分賄えるとか、

    輸出代替効果による企業・事業への投資はリターンが余りないとか殆どないと投資の専門家達から見られている、

    ってところ辺りは言えるんじゃないかと考えますが、どうでしょうかね?

    • 資本金10億円以上の企業よりも資本金1億円〜10億円の企業の方が景気良さそうに読み取れるのは、

      為替リスクを為替予約でカバーするお金があって、

      為替予約を受けてくれる金融機関を見つけられる規模だから、

      とかですかね。

      資本金10億円以上の企業だと金融機関は為替予約を受ける事を躊躇する売上とかになったりするのか。

    • >このなかで手っ取り早く、四半期ごとの経常利益を資本金規模に応じてグラフ化してみると、なかなかに興味深いグラフが出来上がります(図表)

      ふと思ったのですが、

      経常利益がある場合は統計の数値にプラスされ、

      ゼロの場合はプラマイゼロで、

      マイナスの場合は統計の数値にマイナスされる仕組みなのですよね?

      用語の解説を見ても無さそうなんですよね。

      • >クロワッサン より:2024/05/13 22:50
        >経常利益がある場合は統計の数値にプラスされ、ゼロの場合はプラマイゼロで、マイナスの場合は統計の数値にマイナスされる仕組みなのですよね?

        上記の質問は「まさかマイナスの場合は統計ではプラマイゼロになるのかな?」と疑問を感じたので書きましたが、きっとちゃんとマイナスされるのだと思うんですけどね。。。

        あの後色々調べていったら、2022年11月発行のpdfに色々な指標からの分析があって面白かったのでご紹介です。

        中小企業の財務指標からみた経営状況
        https://www.scbri.jp/publication/.assets/geppo_2022-11-2.pdf

  • グラフ見ただけでは、円安は良いとは思えないですよね。為替が110〜120円あたりで行ったり来たりしていたアベノミクス時代と比べても、それほど伸びている様には見えない。どっちかと言うとコロナが終わって良かったねみたいなグラフかと。

    しかし、ここ数年の倒産企業は増えてるらしいので、そちらはどう説明するかですね。まあ、そっちはコロナが悪いって事にしたけば良いってことかな?コロナの影響と円安の影響、それぞれがどう効いてるかはよくわからんけど。

    コロナか円安かわからんけど、結構な数の企業が退場したのは良かったのかも知れないですね。コロナも為替も急激な変化ですから、体力ない企業にはきついですわね。弱い企業を振り落とすストレステストって考えたら、日本全体のためになるかも知れないですが、振り落とされた会社で働いてる人やその家族はたまらんですね。

    私は左の人みたいに弱者を守れとかいいませんが、格差の拡大は国力を落とす原因になると思うので、今の状況はなんだかなあと思います。

    • 諸行無常、適者生存、盛者必衰…
      コト此処に至ってはストレステストで脱落した企業の従業者は四の五の云わず転職職替えキャリアチェンジ!
      有効求人倍率高い職種業種業界へカモン!!
      ケツに火点いてるなら選り好みしとる場合で無い世の中恨んでも政府ナジッテモ歩くのはテメーの脚ヨ匍匐膝行デモナンデモ前進アルノミ!!!
      …テノハ置いといても、四半世紀以上ぶりに2%インフレ継続のメが見えてきとるからには、産業界経済サイクル企業間構造も各々にまた複合的に重層的にリ・ストラクチャせにゃ波風流れ乗り損ね掴み損ね停滞とごろか沈降墜落の憂き目
      大手物流企業が複数社協業を大々的に開始したり省人効率化で"人口減少"社会への適合を模索しとりますが
      個配はまだマンパワー足りないにもかかわらずドレイ仕事が残り、人手不足といえばの介護業界も従業者から観て"コスパ"の悪い職種業界と敬遠されがちか…格差拡大を憂うならばこういった職種業種に待遇改善の途を発たせるべく地道に地下活?もアリ??

  • 結局の所、「円安のメリット・デメリット」を”数字で””分かりやすく”説明するのは
    とても難しいんだなあ、と言う印象を受ける毎日です。

    理論的に「こういうメリット・デメリットがありますよ」とは言えるが、では実際に
    「メリットは何円?デメリットは何円?」と言うのは無理なのかも知れない。
    オールドメディアが抽象的に「中小企業から悲鳴!」と叫び続けているのは
    「どうせ誰も数字で完璧に説明なんかできやしないから」と開き直っているのも
    一因だと思います。

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