現在の報道ベースによると、韓国で10日に投開票が行われた国会議員総選挙で、尹錫悦（いん・しゃくえつ）氏の支持母体である保守系与党「国民の力」の苦戦が伝えられているようです。焦点のひとつは３分の２ラインを与党側が阻止できるか、ですが、これを達成したとしても、なかなかに苦しいことになります。議席数次第では、与党側から少し寝返るだけで、尹錫悦（いん・しゃくえつ）大統領に対する弾劾訴追決議が通るかもしれないからです。

韓国総選挙で「与党は苦戦」＝韓国メディア

先日の『今週の韓国総選挙が占う日韓関係』の答え合わせでしょうか。

韓国メディアなどの報道によると、10日午後６時に投票が締め切られた韓国の国会議員総選挙では、保守系与党の苦戦と革新系野党の躍進などが伝えられています。

たとえば韓国メディア『聯合ニュース』（日本語版）の次の記事によると、革新系最大野党「ともに民主党」をはじめとする野党側が200議席前後を確保する一方、保守系与党「国民の力」は系列ミニ政党と合わせても100議席前後に留まる見通しだそうです。

韓国総選挙　野党「圧勝」の見通し＝地上波３社出口調査

―――2024.04.10 20:30付　聯合ニュース日本語版より

「国民の力」といえば、尹錫悦（いん・しゃくえつ）現大統領の支持母体でもあります。

これに対し「ともに民主党」は文在寅（ぶん・ざいいん）前大統領の支持母体であるとともに、尹錫悦氏と2022年の大統領選挙を争った李在明（り・ざいめい）氏が現在、代表を務めている「革新政党」でもあります。

一院制の韓国議会、尹錫悦氏の政権運営厳しく？

これは、尹錫悦氏にとっては、厄介なことになったようです。

議院内閣制を採る日本のケースだと、衆議院議員総選挙で勝利した政党が政権を担うのが通常ですが、韓国の場合は大統領と国会議員は独立に選挙されるため、今回のように、大統領と議会で「保革のねじれ」が生じることがあり得ます。

とりわけ焦点のひとつは、「３分の２」ラインでしょう。「ともに民主党」とその友党などがあわせて３分の２（つまり200議席）を超えるか超えないか、言い換えれば、「国民の力」が100議席を超えるか超えないか、です。これにより、尹錫悦政権の力が大きく変わってくるのです。

まず、韓国の国会は一院制（定数300人）で任期は４年であり、解散はありません（※ただし、何らかの事情で国会議員数が200人を割り込んだ場合は、解散のうえで総選挙を行うこともあるようです）。

そして、韓国憲法によれば、法律や予算などは基本的に国会議員の過半数の賛成で可決されます（大韓民国憲法第49条）。この点は日本などと同じです。

しかし、日韓両国で異なるのは、法律案が国会を通った後の扱いです。

韓国では大統領と国会の意見が対立することがあり得るのですが（この点は大統領に強い権限を付与している米国なども事情は同じです）、韓国では、大統領は法律案を承認せず、再議を要求することができます（同第53条第２項）。

しかし、大統領が再議を要求したとしても、国会が法律を３分の２以上の賛成で前と同じ決議をすれば、その法律案は法律として確定してしまいます（同第53条第４項）。

弾劾訴追決議はどうなる？

ちなみに法律案を提出することができるのは、政府だけでなく国会議員も同様ですので（同第52条）、理屈の上では、もしも「ともに民主党」とその友党・姉妹政党などがあわせて３分の２を占めている場合、尹錫悦氏にとっては都合が悪い議員立法を、続々と通してしまうこともできるかもしれません。

ただし、与党側が野党側の３分の２超を阻止することができれば、理屈の上では、大統領側が野党の法律案をことごとく阻止し、国会に戻すことができるはずです（※もっとも、そうなると、韓国では法案が通り辛くなり、政治が停滞する可能性もありますが…）。

次に、大きなポイントは、大韓民国憲法第65条の弾劾訴追決議でしょう。

大韓民国憲法第65条【※原文は韓国語】

1. 大統領・国務総理・国務委員・行政各部の長・憲法裁判所裁判官・法官・中央選挙管理委員会委員・監査院長・監査委員その他法律が定める公務員がその職務執行において憲法や法律を違反ある時は、国会は弾劾の訴追を議決することができる。
2. 第１項の弾劾訴追は、国会在籍議員の３分の１以上の発議がなければならず、その議決は、国会在籍議員過半数の賛成がなければならない。ただし、大統領に対する弾劾訴追は、国会在籍議員の過半数の発議と国会在籍議員の３分の２以上の賛成がなければならない。
3. 弾劾訴追の議決を受けた者は、弾劾審判があるまでその権限行使が停止される。
4. 弾劾決定は公職から罷免することにとどまる。ただし、これにより民事上または刑事上の責任は免除されない。

第１項にいう「国務総理」とは首相、「国務委員」とは日本でいう国務大臣に相当する役職であり、野党側が過半数を握っていれば首相や各大臣の弾劾訴追を決定することができ、さらに大統領についても３分の２の多数で弾劾訴追を行うことが可能です。

また、裁判所のうち日本でいう最高裁に相当する「大法院」の長は、国会の同意を得て大統領が任命することとされており（同第104条）、憲法裁判所の長も同様に、国会の同意を得て、裁判官の中から大統領が任命する（同第111条第４項）こととされています。

野党が国会の主導権を握っている状態だと、裁判所も事実上、野党が強い影響力を及ぼし得る、という仕組みです。

結構早くレームダック化しそう

もしも与党側が野党の３分の２ラインを阻止したとしても、ギリギリのラインであれば、大統領弾劾などで与党側の寝返りが発生した場合、尹錫悦氏自身が前々任者の朴槿恵（ぼく・きんけい）氏のように弾劾訴追決議されてしまうのです。

ただし、同じく『聯合ニュース』の韓国版の記事によれば、昨晩11時時点で「ともに民主党」154議席、「国民の力」96議席――などとなっているため、最終的な情勢については11日以降で確認する必要はあるでしょう。

いずれにせよ、まさか尹錫悦政権がここまで早くレームダック化する（かもしれない）、というのも、個人的には意外な気がします。

「今以上に譲歩すべき」という主張に警戒せよ

これを、日本から見たら、どうなるのか――。

韓国が発生させた、自称元徴用工問題など多数の懸案を抱える日韓関係においては、韓国政府が昨年３月に打ち出した自称元徴用工問題の「解決策」（※といっても、全然解決になっていない代物ですが）を巡っても、早速に破綻する可能性が出て来た格好です。

それどころか、日本国内では次のような意見が出てくる可能性には注意が必要かもしれません。

「尹錫悦政権をしっかり支えてあげるために、日本は今以上に韓国に対して譲歩しなければならない」。

日本国内でも、どこかの左派メディア、あるいは外務省あたりの意を受けた御用メディアあたりが、この手の言説を振りまこうとするかもしれないのです。

いずれにせよ、ふざけた話です。

日本はすでに、韓国に対し輸出管理上の「（旧）ホワイト国」復帰、2018年12月の火器管制レーダー照射事件を事実上不問に付す、喉から手が出るほど韓国が欲しがっていた日韓通貨スワップ協定を復活する、などの行動に出ています。

厳密にいえば、「ホワイト国」云々は対韓制裁とは無関係ですが、それ以外の２つに関しては、まさに「国益をドブに捨てるがごとき譲歩」と断じざるを得ません。

しかも、今年は韓国の自称元徴用工らが日本企業の資産を差し押さえて弁済を受けてしまっていますので、まさに「越えてはならない一線」を、韓国はすでに越えてしまった格好です。国と国との約束、国際法などを堂々と破る蛮行と言わざるを得ません。

そういえば、岸田首相が尹錫悦氏のことを「約束を守る人物だ」と述べた、などとする報道もあります。

尹錫悦政権下において、日本は韓国との間での国際法を破られているわけですから、少なくとも尹錫悦氏、あるいは韓国という国自体が信頼に値するかと問われれば、そこはかなり微妙ではないか、などと思えてなりません。

いずれにせよ、これからの韓国・尹錫悦政権は、日本との「約束」（？）を破らずにしっかりと遂行するという能力は低下する可能性が濃厚です。

もっとも、日本も韓国との約束はどうせ破り捨てられる運命にあるわけですから、その時期が早まった、くらいに捉えておくのが正解なのかもしれませんね。