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「社会保険料の半額を会社負担」という制度を廃止せよ

「社会保険料の会社負担」という制度は、実質的な負担をわかり辛くするという意味で、じつに悪質です。社会保険料や所得税、住民税の仕組みはわかり辛いものですが、とくに社会保険料の半額を会社が負担しているため、従業員から見て、自分が負担している実質的な公租公課の額が、ますますわかり辛くなっている、というわけです。さて、社会保険料の会社負担という制度をなくし、その分を従業員に対する給与としてそのまま支払えば、いったい何が生じるでしょうか?

重税国家・ニッポン

現実問題として、日本はどこまでの「重税国家」なのでしょうか。

先日の『徳川幕府もビックリ…ザイム真理教「四公六民」の衝撃』では、社会保険料を実質的な税金とみなした場合の日本の実質的な所得税率はいくらなのか、という試算を実施。その結果、所得階層によっては実質的な税率が50%を超えることもあり得る、という結論を得ました。

ただ、この試算を行ったあとで、冷静に読み返してみたら、やはり計算には少し粗い部分がありました。

というのも、当該記事の試算では社会保険料の会社負担分を含めて「実質的な所得税のようなもの」としたうえで、単純に従業員本人が受け取る給与で割ってしまっていたからです。

これについては、この部分については「もし社会保険料の半額を雇用者が負担するという制度がなければ、その分、従業員の給与が増えていたはずだ」、という仮定は成り立つのですが、そのように仮定するならば、社保の会社負担分を分子に加算するなら、同額を分母にも加算しなければ計算は不正確になってしまいます。

実質的な税率とは?

もし、分母を「額面給与」と見るのであれば、分子には社保の会社負担分を加えるべきではありませんでしたし、もし分子に社保の会社負担分を加えるなら、分母にも同額を加算しなければおかしい、という計算になります。。

先日の当ウェブサイトの試算

実質的な税率=(所得税+住民税+社保の自己負担分+社保の会社負担分)÷額面給与

理論的にあるべき「実質税率」

次の(A)、(B)のいずれか

  • (A)実質的な税率=(所得税+住民税+社保の自己負担分)÷額面給与
  • (B)実質的な税率=(所得税+住民税+社保の自己負担分+社保の会社負担分)÷(額面給与+社保の会社負担分)

そこで、改めて「A」または「B」の考え方を用いて、実質的な税率を改めて再計算してみることにしました(ついでに、2.1%の復興所得税についても、今回の計算からは勘案することにします)。

(A)(B)ふたつの負担率を計算してみた

改めて、計算の前提です。

  • 所得は毎月定額の給与のみで、賞与はない。
  • 厚生年金に加入しているが、基金には入っていない。
  • 健保は全国健康保険協会管掌(東京都)とする。
  • 本人が第2号保険者(介護保険加入者)とする。
  • 扶養控除対象者は1人とし、配偶者控除はない。
  • 雇用保険については考慮しない。
  • 社会保険料は単純に給与額面に料率を乗じて求める。

このような前提を置いて、この人の実質的な税負担を計算してみましょう。

(A)は収入を単純に給与額面とし、実質的な税負担を「所得税+復興税+住民税+社保の自己負担分」としたとき、(B)は収入(額面)を「(給与+社保の会社負担分)」、実質的な税負担を「所得税+復興税+住民税+社保の自己負担分+社保の会社負担分」としたときの負担率です(図表1)。

図表1 年収ごとの実質的な税負担率
年収 (A) (B)
120万円 15.06% 26.18%
240万円 16.35% 27.30%
360万円 18.18% 28.89%
480万円 19.48% 30.02%
600万円 20.81% 31.17%
840万円 23.78% 33.38%
1200万円 27.02% 34.75%
1800万円 32.59% 38.40%
2400万円 35.81% 40.05%
3000万円 38.81% 42.09%
4800万円 43.69% 45.62%
6000万円 46.14% 47.63%
8400万円 48.94% 49.96%

(【出所】当ウェブサイト作成)

先日の議論だと、年収8400万円の人にとって、社保の会社負担分を含めた金額を単純に額面年収で割った数値が50%を超えてしまう、という結論になりましたが、上記図表では8400万円でも負担率は50%を超えていません(50%に限りなく近いですが…)。

こちらの方が、税負担に関する議論としては、より正確な負担率だといえるでしょう。

社保の会社負担分の重さ

さて、この図表1を作成した意味は、「社保の会社負担」という制度の目的を炙り出すことにあります。

(A)と(B)をしげしげと見比べていただくとわかりますが、どの所得階層においても、(B)のほうが(A)を上回っています。その理由は、(A)は社会保険料の会社負担分が、従業員から見て「最初からなかったことになっている」からです。

以前から当ウェブサイトで指摘している通り、「社会保険料の会社負担分」は、もしその制度が存在しなければ、あなたは会社から余分に給料をもらうことができていた可能性がある、という部分を意味します。

たとえば先ほどの設例で、もしもあなたの毎月の給与が50万円、年収が600万円だったと仮定すれば、あなたが支払う社会保険料(厚生年金+健康保険)は903,600円、租税は435,104円(うち所得税162,100円、復興税3,404円、住民税269,600円)で、あわせて1,338,704円です。

この場合の負担率は、22.31%(=1,338,704円÷6,000,000円)、と出てきます。

しかし、(B)の考え方を取った場合は、どうなるでしょうか。

あなたを雇っている会社は、あなたから給与天引きした社会保険料(903,600円)以外にも、それと同額の社保を自社の経費として負担しています(※ちなみに事業主は、これとは別に0.36%の「子ども・子育て拠出金」を負担していますが、本稿ではこの論点は割愛します)。

ということは、会社はあなたを雇うのに、600万円の給与だけでなく、社会保険料を903,600円分、別途負担しているという計算ですので、実質的な人件費は6,903,600円です(本当はこれら以外にも諸々の経費が掛かっているのですが、それらについても本稿では割愛します)。

このように考えると、実質的な負担率は、会社があなたを雇うことで支払っている6,903,600円に対して何%か、という点で議論するのが、本来の実質負担率の考え方でしょう。会社としては、6,903,600円を、あなたの働きに対して支払っているのと同じだからです。

よって、あなたが実質的に負担しているのは、先ほど出て来た「1,338,704円」ではなく、社会保険料総額(1,807,200円)、所得税・復興税・住民税(435,104円)の合計である「2,242,304円」、とうい金額です

これを6,903,600円で割ると、実質的な税負担率は22.31%ではなく、なんと32.48%(!)にまで跳ね上がるのです。

社会保険料がいかに高いか、正直、まじめに支払っている人にとってはバカらしくなるレベルです。

もし「社保の会社負担」制度を廃止したら…?

さて、ここでもし、「社会保険料を会社が同額負担する」という制度を廃止したとしたら、私たちの年収は、いったいどう変わるでしょうか。

単純に、「社会保険料のうち、これまで会社が負担していた半額部分を徴収するのをやめ、それをそのまま従業員に支給する」、という制度改正が行われたとします。所得税、復興税、住民税などの制度はそのままだったとして、各人がそれぞれどれだけの増収になるのでしょうか。

これを計算すると、図表2のとおりです。

図表2 社保の会社負担分を従業員への給与に充てた場合
年収 増える手取り 上昇率
120万円 180,720 18.22%
240万円 331,431 17.29%
360万円 488,990 17.40%
480万円 634,833 17.23%
600万円 778,904 17.21%
840万円 866,800 13.96%
1200万円 963,911 11.30%
1800万円 956,808 8.00%
2400万円 835,412 5.48%
3000万円 835,412 4.59%
4800万円 748,627 2.79%
6000万円 748,627 2.33%
8400万円 748,627 1.75%

(【出所】当ウェブサイト作成)

これもまた、なかなかに面白い結果が出ました。

先ほど、「年収600万円の人は、裏で会社が社会保険料を903,600円負担している」という話が出てきましたが、この903,600円を徴収するのを止め、そのまま従業員への給与に充てると、社会保険料(本人負担分)や所得税、復興税、住民税が増える効果を勘案しても、778,904円、手取りが増えます。

なんと17.21%も手取りが増えるのです。毎月の手取りが、ざっくり65,000円増える、といえば良いでしょうか。

トータルな税制の議論が必要

もちろん、「社会保険料の会社負担分をなくせ」、というのは、議論のひとつに過ぎません。

しかし、「増え続ける社会保障費用」、「増え続ける医療費」などの主張をタテに、じつはサラリーマンが厚生年金、健康保険でガッツリと保険料を巻き上げられていて、可処分所得をゴリゴリと削られているという事実を踏まえると、「足りないから取る」という発想がいかにも浅薄で短絡的であることは明らかでしょう。

平成期の日本は、「増税モンスター」と化した旧大蔵省・財務省を中心とする霞が関の無能な官僚機構、あるいはこれら官僚機構の「飼い犬」のようなマスメディアが垂れ流してきた「財政危機」、「国の借金」論のために、さまざまな名目で増税が実施され、経済はすっかり疲弊してきました。

その結果が少子化であり、経済活力の低下であり、製造業の海外移転と空洞化だったのかもしれません。日本国民が優秀だから何とか国がもっているようなものです。

ただ、現在の日本ではトータルの税制に関する議論が必要ですし、また、この広大なネット空間の隅っこで、どこかひとつくらいは、「社会保険料の会社負担制度をなくせ」と主張するサイトがあっても良いのではないか、などと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (10)

  • 社会保険料の算定計算方法を理解しているとは言えないので恥ずかしいのですが,

    説のとおり会社負担分の社会保険料を給与として支払ったとして,その給与から引かれる社会保険料は単純に2倍になるような。(=手取り±0)

    且つ,標準報酬月額も上がり,保険料そのものも上昇して,結果手取りは減るように思えるのですが,どなたか私が何を見落としてますか補足してもらえるととてもうれしいです。

    • 私の予想ではどちらでやっても従業員の負担はあまり変わらないのではないか?
      社会保険料総額は結局のところ誰かが負担しなければならない費用であり、現在は従業員と雇用主の折半になっている。
      サラリーマンの所得計算には「給与所得控除」があり、雇用主が負担していた社会保険料を従業員の給与に上乗せしてもすべてが所得増になるわけではない。一方社会保険料は支払った分だけ所得から控除されるため折半負担よりも課税所得が若干減るのではないか。
      ただし収入が増加(もともと雇用主が支払っていた社会保険料)すれば社会保険料計算の「等級」が上がり社会保険料も増えることになり、相殺するとたいした負担減にはならないような気がする。
      なお雇用主の損益には影響がないと思われる。給与で支払おうが法定福利費で支払おうがいずれも税務上100%控除可能。

      • この通りですね。
        社会保険料は、本人分と会社負担分で、結局2倍支払う、一方所得控除額は、増えた分程上がらないので、差し引き社会保険控除額は増えるので、課税所得は減るから、所得税・地方税は下がる可能性が大。しかし、所得増による社会保険料の等級は上がる可能性があるので、書かれている通り、それ程の節税にはならないように思われます。社会保険料の等級が上がるとは、社会保険料が増えるという事です。
        年収600万円で独身者のケースで計算してみれば分かり易いかもしれません。時間があればやってみますが。

  • >サラリーマンの所得計算には「給与所得控除」があり、雇用主が負担していた社会保険料を従業員の給与に上乗せしてもすべてが所得増になるわけではない。一方社会保険料は支払った分だけ所得から控除されるため折半負担よりも課税所得が若干減るのではないか

    このあたりを考えていませんでした。
    ありがとうございます。

  • とある人事コンサルタントが、本内容についてしばしば言及されていますね。人事部や採用担当とかは、社労折半とか関係なく総額で人件費いくらで考えてるそうです。昔とある左派議員候補が「保険料は会社に全額負担させよう」と活動してたそうですが全くウケなかったそうです。労働者から見て給与明細の社会保険料控除の項目に載る数字がなくなるので、手取りベースは変わらず、年収の数字が下がるだけだそうで(その他税金・保険料の控除額の変化要素は割愛してます)。

    • 実態が変わらないのに、額面上は不利にしかなりませんものね。
      住宅ローンどころか、クレジットカードの与信ですら1ランク下にされかねないので、ワープアの私には困ります・・・

  • 恐らく、社会保険料が労使折半だと知らない人もたくさんいると思う。
    だって給与明細のどこにも載ってこない数字だし。

    また、会社負担分を「もらえる」と思う従業員ももっといないんじゃないかな。どちらにしても手取りは変わらない、そう思っていると思う。だからみんな社会保険料に無関心。「高齢化社会で大変なんだろう」くらいの認識じゃないかな。

    経営者は大変。労使折半って言っても経営者は100%自己負担だし。
    昇給しろ、昇給しろ、給与上げろと言うけれど、給与上げれば社会保険料も増えて、それほど給与が増えた実感もないし、会社負担も増えるし、社会保険料の事はもっと従業員はじめ、日本国民には知って欲しいと思う。