「円安で1万円が6,667円になる」という奇妙な主張をなさった某インフルエンサーの方が、内部留保についてもおかしな発言をなさったようです。「内部留保を使うためには資産を売れ」、「内部留保を減らすために法人税の税率を引き上げよ」、といったロジックです。「内部留保」の定義は必ずしも明らかではありませんが、企業会計上、少なくとも内部留保は貸方の概念であり、現金は借方の概念であって、両者を同列に論じることなどできません。
「円安で1万円が6,667円になる!」
先日の『円安デメリット主張なら金額単位くらいは合わせるべき』では、X(旧ツイッター)で情報発信をしている某インフルエンサーの方のポストを話題に取り上げてみました。
このインフルエンサーの方は、1ドル=100円だった為替相場が1ドル=150円の円安状態になったら、それまでの1万円の価値が6,667円に落ちる、などと主張しているようなのです。
正直、経済について議論する以前に、小学校の算数からやり直すべきレベルといえるかもしれません。
とても当たり前の話ですが、この日本国内においては、私たちの圧倒的多数は日本円で生活しています(米軍基地内などの特殊な環境を除けば、ですが)。したがって、為替相場が1ドル=10円になろうが、1ドル=1000円になろうが、1万円は1万円です。
また、輸入購買力が低下することは事実ですが、それはドル換算すれば、1ドル=100円のときに100ドルだった1万円の価値が、1ドル=150円で67ドルに下がるというだけの話であり、1万円の価値はあくまでも1万円です。6,667円に下がるわけなどないのです。
もちろん、日本国内で物価が上昇すれば、購買力は減少します。
たとえば2022年に100だったCPI(消費者物価指数)が2023年に110に上昇していたとしたら、1万円で買える品物は100から91に減少しますが、それは「為替相場変動」によるものではなく、「物価上昇」によるものですので、議論がまったく別物です。
為替感応度の議論
ちなみに「為替相場が円安になれば物価が上昇する」、「だから1万円の購買力が6,667円に落ちるというのは正しい」、などとする屁理屈を主張する人は、もしかすると、為替レートと物価が比例するとでも勘違いされているのかもしれません。
当たり前の話ですが、そんなことはあり得ません。
専門的には「価格感応度」という表現を使いますが、これはあるファクター(たとえば為替レート)が100動いたときに、物価全体が何%動くか、という指標です。
たとえばドル円(USDJPY)の為替レートは年初来15%程度の円安となっていますが、昨年12月末と比べて今年8月までの消費者物価指数(総合)の上昇率は1.7%程度です。
「物価の円安に対する感応度」を(やや雑に)計算してみると、せいぜい10%前後、といったところでしょう。これは、為替レートが10%の円安となったときに、物価に与える影響は1%に過ぎない、ということです(※しかも、現実の物価上昇要因は円安だけではありませんので、この計算はかなり不正確です)。
当たり前の話ですが、日本は付加価値ベースで見て、すべてのものを輸入に頼っているわけではありません。日本の現在の名目GDPは600兆円弱ですが、輸入額は100~120兆円程度であり、ざっとGDPの20%前後、といったところでしょう。
しかも、現実に貿易の世界では為替予約などのヘッジツールも多用されていますし、財務省税関の統計によると、日本の輸入の約4分の1が円建てであり、為替リスクはありません。すなわち、「円安になったらその分、自動的に物価が自動的に上昇する」というほど、経済は単純なものではないのです。
今度は「内部留保」問題
いずれにせよ、「1ドル=150円で1万円は6,667円になる」とは、なかなかに強烈な主張といえるでしょう。
さて、こうしたなかでこの「円安で1万円が6,667円」という強烈な主張をなさっている方が、内部留保についてもこんな趣旨の内容をXにポストしたようです(表現は修正しています)。
「内部留保は現金だけじゃない」という批判がどれだけ的外れか、たとえ話で説明します。
ある不祥事を起こした企業が、被害者に賠償することになりました。補償額は莫大です。しかしその企業は莫大な資産(内部留保)を持っています。
世間「その資産を使って最後まで保障してください」
企業「資産(内部留保)は現金だけじゃない」←ならば現金化すべき
原文はもう少し砕けていますが、内容としてはこういうものです。
そのうえでこの人物はX上で、1990年と2023年の法人税率と「企業の内部留保」水準を比較したうえで、「法人税率を引き上げたら内部留保は最適な水準に落ち着いていく」、などとも主張している、ということです。
この「内部留保」という表現、会計士的にはあまり好きではありません。企業会計上、「内部留保」という用語には、正確な定義がないからです。また、「内部留保」という用語は使っている人によって定義が異なっているようであり、極めて不正確でもあります。
繰延税金資産を取り崩せますか?
ただ、ここで敢えて「内部留保=利益剰余金」、と乱雑に定義すると、残念ながら、「内部留保は現金ではない」という「批判」は、「的外れ」でもなんでもありません。客観的事実です。
内部留保(正しくは利益剰余金?)という「貸方」の概念と現金預金という「借方」の概念を混在させて議論するという時点で、なんだか理解に苦しみます。
そもそも論として、企業は内部留保がいくらあっても資金が尽きれば倒産します。
以前の『某新聞社、再び営業赤字に…実質債務超過の要件とは?』でも指摘したとおり、たとえばかつては大企業だったものの、資本金1億円にまで減資した某新聞社のケースだと、たしかに純資産の部はプラスですが、現実にはその純資産の部を上回る繰延税金資産が計上されています。
この企業のケースだと、見た目は「内部留保」がありますが、繰延税金資産を全額取り崩した場合には、実質債務超過状態に陥ることは明らかでしょう(というよりも、現時点においてすでに実質債務超過なのかもしれませんが…)。
いずれにせよ、この手の「インフルエンサー」の方のポストを眺めていると、「正確な議論ができない」、「間違った知識に基づいて間違った主張を繰り返す」、「自身の発言のなにが間違っているか、指摘されても気付かない」という特徴があるようです。
その意味では、逆に興味深いといえるかもしれません。
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野党の中にも「内部留保」を勘違いして「大企業は労働者の為にそれを吐き出せ」と頓珍漢な事を言ってる政党がありますね。
どことは申しませんが。
理屈はわかるんだけど生活必需品の物価上昇による圧迫は間違いなく感じている。給与は上がらないし。だから何かのせいにしたくなるのは凄くわかる。
特に企業の賃金を頑なに上げないのが当然になってるのでその金はどこにいったのとは思う。
まートリクルダウンだなんだ云ったって外注下払いは更に締めてきとるし、一部上場とその近場位しかマダマダ恩恵は無いわな
今から25~30年位まえだったかな。暗黒の民主党政権下で1ドル78円を付けた時代があった。オレはタイのバンコクに遊びに行ったんだが一万円が4000バーツになった。凄いレートで大分美味しい思いをした。フィリピンペソは5000ペソ、、それが安倍晋三政権になり円の価値が上昇し1ドル120円前後になった。タイバーツが1万円で2600バーツまて下落した。大体1万円で3000円位の損なのだ。10万円で3万円の損なのだ。あの時の喪失感はわすれられない。いまなら4000円位の下落率ではないか?ま、レートだからしかたがないけど。
少し混乱してます。
25~30年くらい前ということでは、
94~95年 村山富市、96~98年 橋本龍太郎の自社連立内閣。
95年4月に最高値の79円台を付けた。
民主党政権は2009~2011で、ざっくりでも15年前。
2011年に75円台の最高値。
>2011年に75円台の最高値。
「円安=国力の衰え」
みたいに言う人たちは、こういう現実から目を逸らせてますね。
普通に考えたなら、2011年は東日本大震災で日本がボロボロになってる時期ですから。
陰謀論的に推察してみるなら、合理的な理由は、
「日本はこれから復興のために、手持ちのドル資産を円に両替するだろう」
「だから、レートを円高にして損させてやろう」(悪意)とか、
「日本はこれから復興資材を大量に輸入するだろう」
「だから、レートを円高にして少ない円でたくさん買えるようにしてやろう」(善意)とか、
なんかそんな理屈はこじつけられそうです。
善意も悪意も、そんなもんありはしないと思いますけどね。
そうですね。記憶が曖昧かもしれない。すいませんでした。
たろうちゃん
たろうちゃんは様々な経験を沢山されておられるので、その経験・体験に基づくお話は面白く、読ませて頂くのはいつも楽しみです。
ありがとうございます。なにせ脳障害なんで記憶が曖昧で申し訳ありません。ただ元気だった頃の想い出話しです。面白く、楽しみだと言って貰えると励みになります。
なんで匿名になるのかな。ちゃんと名前をいれたんだけどなぁ。これで5回目だ!
新宿会計士様がご紹介してくださった、エックスの例え話の続きを考えてみたのです♪
>企業「資産(内部留保)は現金だけじゃない」
>←ならば現金化すべき
企業「資産(設備)を売ったら事業を継続することができなくなるじゃないか」
世間「だから、そう言ってる。事業なんか畳んでしまえ」
氏の例えは、「不祥事を起こした企業」を前提にしてるからこそ、成り立つものですね♪
大多数のまっとうな企業に事業を畳ませて、いったい誰が幸せになるのでしょうか?
以前、高市早苗さんが、企業の内部留保に対して「内部留保税」を新たに作って、企業の内部留保を吐き出させよう、と言ったことがあったようです。その時は、法人税を徴収した後に蓄積されたものに課税するのは、2重課税だとかいう論が出て来たようです。
今日の論考を読んで、純粋な?内部留保を計算するのは大変だな、と気が付きました。内部留保は正式な会計用語ではないので、「内部留保」の定義と算出計算式を作らなければならないかもしれません。
戦前は、各年の所得の補足が難しいので、資産家から「資産税」という形で徴税していたとかという話を聞いたことがあります。これなど、内部留保税みたいなものかもしれませんが、それでも、個人の資産を把握するのも難しかっただろうと思います。
個人的な意見ですが、一旦法人税率を上げて、その代わり企業の国内投資分に対しては、税金を安くするというようなことをして、兎に角、企業の国内新規投資額を増やすことがいいのではないか?とも思いますが。但し、法人税率を上げるのは、大企業だけにします。
現在でも「留保金課税」という税制がありますね。ただしあたまに「同族会社の」がつく。
要は個人所得税は累進するのに法人税率はフラットという点に着目して配当せずに会社内に留保するというのを防ぐのがねらい。
>留保金課税
誰でも考え付くことは、国税庁もお見通しだよ、ってことですね。
今もいるのかどうか分かりませんが、昔の週刊誌で、オーナー経営者は自分の金を使わないで生活をする、という記事がありました。
そのカラクリは書きませんが、今はそれは出来なくなっていると思います。
定義が曖昧な例え話に基づいて議論を進めると混乱する例ですな。
もともと内部留保を問題にする人達は社員の給料として還元しろと言ってたと思うんで、内部留保=現金と認識してたと思ったんですがね。
逆に資産を切り売りして給料を増やせと言ってたのだったら、これもまた斬新ですな。
企業の持続性を無視して言ってた?
どこぞの階級闘争の世界では常識なのかな?
確かに、給与は、原価若しくは経費なので、(過去から蓄積された)内部留保から回すことは出来ませんね。
その年の決算が良くなりそうだと分かった時点で、ボーナスを増やすなどして、その年の利益から内部留保?に回る分を減らすしかないですね。
ここまで書いてきて、企業が給与を上げたがらない理由が分かりました。
今の日本のように景気の先行きが見通せない時には、原価若しくは経費の増加要因である給与の上昇は、簡単には出来ないという経営者心理はありそうです。
やはり、政府が思い切った経済拡大政策を採らなければ、何も解決しそうにないですね。
これが、分からなければ、首相殿!
コメントさせてください。国会議員に限らず彼ら彼女らは企業から支援をうけています。一票もそうなんですがお金の面でも支援を受けている。いきおい企業への忖度が働くから税制面や運用面があまくなる。本当は企業人も国民なんだけどなぁ、、っていつも思います。
元雑用係様
>定義が曖昧な例え話に基づいて議論を進めると混乱する例ですな。
確かにその通りですね。わたしも世上言われる「内部留保」というのは、企業の純利益から借り入れその他、将来棄却される額をさっ引いたものだと、これまで漠然と理解していました。
いつもながら、トンデモ論説を目ざとく見つけて、それへの痛烈な批判と一緒に、重要な経済的概念・用語を素人にも分かりやすく解説される、サイト主さんの手腕にも感心させられます。
会社更生法、民事再生法等は弁護士が担当することが多い。
ある会社に弁護士が乗り込んできた。会社の貸借対照表を見て、資本金3億円に目が留まった。
弁護士が会社の経営者に「おたくの資本金3億円ですか?」経営者「はいそうです」弁護士「この3億円はどこにあるんですか?金庫ですか?それとも銀行ですか?」
この話は実話らしい。3億円が現金で残っていれば倒産しないつぅーの。
この話を聞いて笑える人と何がおかしいのかわからない人がいるはずだ。
何がおかしいのかわからない人はテレビで「企業は内部留保をため込んでいる」とまくしたてる経済評論家に違和感は感じないだろう。
>この話は実話らしい。
本当ですか?
確か、弁護士は税理士業務も行えると言う、かなりオールマイティな資格ですが。
昔はさ、自営業者でも二重帳簿はざらだった。肉屋でいえば豚を三頭買って二頭伝票で一頭は現金。利益を抜くというやり方。一頭が七万円として3割が利益、21000円が隠し財産。10頭が210000万で12カ月2~300万は浮くのです。それが牛、鳥肉、ハム、ウィンナー、お惣菜に及ぶんだから自分で言っちゃあなんだが、商売人は美味しかった。オレが高校生の頃からかなぁ。経理がガラス張りになってズル出来なくなったのは。因みにオレが高校生の頃備品を仕入れに間違えて計上したら税務署から120万円の追加徴収をくらった。修正申告は受けてもらえなかった。
>備品を仕入れに間違えて計上
税理士、使っていなかったのですか?
死んだオヤジの妹の旦那が在籍していた会社の経理をしていたんで任せていたら、女房、、つまりオヤジの妹にやらせやがったのよ。責任とれとはいえなくて損害は丸かぶりで翌年から青色申告に切り替えた。以後1度もトラブルはなかった。
身内を使うとトラブルがあった時にこまるんだよな。オレは倒れて廃業するまで一度も身内は使わなかった。取引先も全部かえたもんな。
詳しいご説明ありがとうございます。
>以後1度もトラブルはなかった。
長く事業をやってこられて、その後一度もトラブルが無かったのは素晴しいです。たろうちゃんの真面目なお人柄が分かるお話です。
法人税や人件費で内部留保を減らしても、企業が疲弊し良質な雇用が損なわれるだけのことです。
企業から取り上げるんじゃんなくて、「企業に使わせるようにする」のが政策だと思っています。
ご意見賛同します。
お金が回らないから、経済も回らないのですから。
証券取引所がPBR 1倍割れを改善するようにとの勧告を出している。
PBRとは株価が1株当たり純資産の何倍かという数字。これが1を割るということは、証券取引所に言わせると、株価が会社の解散価値以下だということらしい。
これを改善する方法は2つある。第一は株価を上げる。これがすぐにできれば世話はない。第二は純資産を減らすか株数を減らす。純資産を減らすには配当してしまえばいい。まさに内部留保をへらすということ。
今多くの上場企業が配当を増やしていて利回り3%,4%はゴロゴロ。5%も珍しくない。
>なにが間違っているか、指摘されても気付かないという特徴がある
既視感があるような気がします。