連日のように人手不足に関する話題を目にしますが、今度は「バス運転手不足」だそうです。この手の話題を眺めていると、働き手が不足するであろうことなど、かなり以前から指摘されていたことであり、「何を今さら」という気がしてなりませんが、その解決策は▼コストとサービス水準の均衡を図る、▼自動化する、▼規制緩和する、のいずれかであるという点に変わりはありません。
目次
物理法則に逆らうことはできない
よく「天に唾を吐いたら自分に降りかかってくる」、という表現があります。
当たり前の話でしょう。
この宇宙には万有引力というものがあるからです。
産総研ウェブサイト・PDF資料によると、私たち人間の平均体重は、成人で男性約64㎏、女性約53㎏だそうですが、これに対し一説によると地球の重さは約6×1024㎏だそうであり、物理的に見て、地球に比べて私たち人間の存在は無に等しいと考えて良いでしょう。
必然的に、私たち人間が地球を引っ張る力よりも、私たち人間が地球に引っ張られる力の方が遥かに強く、その私たちが吐いた唾は、地球に引っ張られて私たちの顔面に降りかかってくるわけです。
このように、「天に唾を吐く」は、絶対に逆らえない法則(たとえば物理法則など)に抵抗しようとしても意味がない、ということを表現するには最適のたとえでしょう。
経済法則もまったく同じ:物価に命令はできない
そして、この「絶対に逆らえない法則」は、べつに物理法則に限られません。
経済法則もまったく同じです。
その典型例が、「適正なサービスには適正な対価が必要だ」、というルールです。
もちろん、法律や命令、文化などにより、この「適正サービス・適正対価の原則」に一時的に反する状態が作られることもあるかもしれません。以前の『「価格上げるな!」ベラルーシの斬新なインフレ抑制策』でも説明した、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領や日本の元老中でもある故・水野忠邦氏などがその典型例でしょう。
ルカシェンコ氏は昨年10月に値上げ禁止命令を発し、それによりベラルーシの物価上昇が一時的に沈静化したことは間違いありませんが、これはルカシェンコ氏による命令の効果というよりも、どちらかといえばベラルーシ政府がインフレの激しかった品目(たとえば家禽類)の輸出を禁止したなどの効果でしょう(私見)。
【参考】アレクサンドル・ルカシェンコ氏
しかし、ルカシェンコ氏のこうしたアプローチがいつまでも有効であるとは限りません。現実には失敗事例がいくらでもあるからです。
たとえば日本において市場に「命令」して物価上昇を止めようとした水野氏のケース(いわゆる「天保の改革」)では、より強権的に、都市の人々を農村に強制送還し、株仲間を解散させ、身分を問わず贅沢を禁止するなどの直接的なアプローチを採用しました。
【参考】水野忠邦氏
北朝鮮の金正恩(きん・しょうおん)も顔負けの、前近代的かつ経済学の知見を踏まえない強引なアプローチです。
そもそも論として物価を抑制するためには、短期的には貨幣供給量をコントロールするとともに、中・長期的には規制改革などを通じ、流通システムの効率化・円滑化を図ることなどが鉄則です。
しかし、水野氏は必要な金融政策の発動などを怠っただけでなく、表面的な対策が流通システムの大混乱をもたらしたうえで庶民の恨みなどを買い、大失敗に終わっただけでなく、徳川政権が崩壊する原因のひとつとなったのです(著者私見)。
水野氏が最低限のまともなマクロ経済学・金融などの知識を持っていれば、かかる悲劇は防げたかもしれませんが、それもアフター・フェスティバルでしょう。
無能なコストカッターが持て囃された異常な時代は終わる
いずれにせよ、この「適正サービス・適正報酬」の原則は、古今東西を問わず通用する経済の基本原理であり、法や命令で一時的にそれを捻じ曲げることができたとしても、いつまでも継続できるものではありません。肉体や精神力を酷使する労働に対しては、やはり適正な報酬が必要だからです。
ましてや、どこかの国のように、「お客様は神様」という、国を挙げて盛大に勘違いしている人が多く、サービス業に従事する人たちが安い給料でこき使われているようなケースでは、やがてそのような仕事に就く人がいなくなり、サービス業自体が成り立たなくなる可能性は濃厚です。
そういえば、最近ちょっと話題になっているのは、とある「無能なコストカッター」です。
この人物は一時期、早期リタイヤの制度化などを提唱して話題になったことがありますが(そのわりにご自身は60代になっても引退しようとしないのは不思議です)、要するに、「コストカット」、「低賃金で人を使い倒すこと」に特化した経営者だったようです。
一部ではこの経営者を巡り、「強烈なパワハラで多くの幹部を精神的に傷つけ、病気に追い込んでいたようだ」、などとする報道もありますが、こうした報道が事実ならば、この「カリスマ経営者」とやらの本質は、「コストカットしか考えない無能」と結論付けられるでしょう。
当たり前の話ですが、経済学の鉄則では、支払った報酬以上のサービスを受けることはできませんし、もしも低賃金が続けば、社会全体が疲弊していきます。
結局、コストカットしか能がない異常な経営者たちが「優れた経営者」として幅を利かせていたのは、日本がデフレ期という特殊な環境下にあったからではないかと思いますし、こうしたデフレ経営者らは、中国がやたらと大好きだ、という共通点もあるようです。
今度は「バス運転手不足」
もっとも、社会は着実に変化しています。
読売新聞は5日、「路線バスの運転手が足りなくなっている」とする趣旨の記事を配信しました。
路線バス運転手が足りない…続々と減便・廃止、運転手確保に苦しみ広告で「このままではヤバいです」
―――2023/10/05 07:29付 Yahoo!ニュースより【読売新聞オンライン配信】
記事の内容はタイトルから想像できる通りですので、とくに内容については紹介しません。
ただ、生産年齢人口などの動態をもとに、「人手不足」が顕在化するとの警告はずいぶんと以前からなされていたはずですが、こうしたなかで、いまさらこんな記事を配信されても、正直困ってしまいます。
運転手不足を巡っては最近、路線バスだけでなく、長距離バス、タクシー、長距離トラック、運送業者などでも生じているとする報道が相次いでいますが、これも介護、コンビニ店員などと同様、適正な報酬が支払われてこなかったことにより生じている問題、という可能性が濃厚です。
もしそうした仮説が正しければ、解決策は基本的に3つしかありません。
コストとサービスの水準を均衡させるか、自動運転を進めるか、それとも規制を緩和するか、です(先ほど例に挙げた無能な経営者あたりは「外国人単純労働者を入国させれば良い」などとする論外の解決策を主張するのかもしれませんが…)。
『「日本はスタグフレーション」?データあるのですか?』でも紹介したとおり、国交省などでは自動運転の実現に向けた倫理的な検討を進めるなどの取り組みなども行われているようですが、やはり「人材不足に対応するための自動運転」を実現するためには、どんなに急いだとしても、少なくとも数年の時間は必要でしょう。
そうなると結局は、コストとサービスの均衡という観点からは、短期的には▼運転手の給与を引き上げる、▼バスのサイズを小さくする、▼バスの運行頻度を下げる…、といった解決策を模索せざるを得ません。
ライドシェア解禁も解決策のひとつ
あるいは、米国などの海外ではすでにライドシェアが実現していて、タクシーよりも安価に利用できるウーバーなどの配車システムも一般化しつつあります。
ライドシェアは、一般のドライバーが自家用車を使い、空いた時間を使って有償で貨客を運搬する仕組みのことで、サービスの提供者と利用者がともにスマホなどのマッチングアプリの仕組みを使うことで実現したものです。
私たちの社会はこれから、バスやタクシーなど公共交通機関の輸送に全面的に依存するのではなく、ライドシェアを解禁するなどを通じ、より効率的に輸送サービスを確立していく必要もあるかもしれません。
ちなみにライドシェアについては菅義偉総理大臣がその解禁の必要性に言及していましたが、働き手不足に対応するためのより柔軟な仕組みづくりが現在の日本に必要であることについては、ほぼ間違いないといえるでしょう。
ライドシェア解禁へ結論を 菅前首相
―――2023年09月07日17時55分付 時事通信より
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運転手不足だという。路線減便や廃止が検討されるらしい。何が起こるかというと運転手の待遇向上と人手確保の為の引き抜き合戦。料金に跳ね返り利用客は減少し負のサイクルは歯止めがきかない。長距離バスの運転手など狭い床下につくられた小部屋で仮眠を取るらしいがオレにしてみれば、余計に疲労が蓄積するだけだ。ま、待遇には意識の変革は必要でたとえば長距離バスなどは料金を上げる代わりに座席数をへらし、プライベート空間を確保し快適性を追求したリムジンバスが人気だという。どんな業種でも変革児はあらわれる。われわれ愚民にはおもいもよらない方法で解決するかもしれない。
どこかの宏池会の会長は収奪と分配の好循環こそ新しい資本主義に必要だとまるで山賊の、ようなことを語っていました。
一方、菅前総理は地方や田舎の需要と供給の好循環こそ大切だと言っています。
大都会広島と田舎の湯沢市では見える世界が違うのだなと思いました。
導入のとこで議論には関係ないのですが、一応突っ込んどきますね♪
>必然的に、私たち人間が地球を引っ張る力よりも、私たち人間が地球に引っ張られる力の方が遥かに強く、
ある人間が地球を引っ張る力と、地球がその人を引っ張る力は同じだと思うのです♪
おおっとorz…
タクシー運転手は景気が悪くなると応募が増えると言われている。
景気が良くなり他にいい仕事がたくさんある状態なら多少給料を上げても集まらないのではないか。
集めるためには「稼げる仕事」になるほど待遇をあげることだろう。
タクシー代値上げ? しょうがないんじゃない?
シェアライド
タクシー業界や一部地方自治体の反対はあるようだが「実施」を前提に法整備やデメリット潰し等議論を深めるべきだと思う
参考
https://jidounten-lab.com/u_rideshare-rule-japan
自動運転
岡崎五朗氏
https://www.goodspress.jp/reports/382521/
>いわゆるレベル4以上が搭載されるのはベストシナリオで15年、もしかしたら30年は掛かるだろう。
道交法施行は1960(昭和35)年
自動運転を期に全面改定を検討すべきだと思う
「2024年問題」 とも呼ばれる今回のドライバー不足は、残業時間の規制強化など、ドライバーの待遇改善と安全対策が直接の原因。もともと日本人は外国と比べて 「安全性向上のためにコストがかかり、そのために値段が上がるのは仕方ない」 と受け入れていたのに、デフレマインドのせいで 「値段は上げるな。でも品質や安全性も疎かにするな」 に変わってしまったように思う。
昔、イギリスで大きな列車事故があって、その後、安全対策を見直すことになったが、鉄道会社の経営者も第三者委員会の委員も、早い段階で 「コストを考えると、できるのはここまで」 と言い切っていて、しかもその発言を誰も問題視しないので、日本人との感覚の違いに驚いたことがある。
人件費を、会社の維持存続の為のメンテナンス費用、あるいは発展の為の投資と考えずに切り詰めていけば、拡大再生産ならぬ縮小再生産ってところでしょう。
人件費カットで従業員を追い込んで搾取し、得た利益は従業員に還元せず株主などに還元する企業って、例えるならば過積載をして利益を出す企業みたいなもんですね。
過積載で傷んだ道路の修繕費は社会が負担するし、過積載をしない企業からすれば公平公正な競争下にあるとは到底言えない訳で。
SDGsが良く言われますが、持続可能な社会である為には、そんな企業はしっかり指導し、改めないのであれば潰す事も断行すべきでしょ?と。
利権、既得権です。行政がどちらを向いて仕事をしているかがよくわかる例です。行政はいつも消費者の便益よりも利権、既得権益が大事です。
ライドシェア解禁よりも外国人ドライバーを増やすことでドライバー不足を解消しようとするかもしれない。
シェアライド解禁するなら「使用する車両はタクシーに合わせて毎年車検にする」か「タクシーの方を規制緩和で自家用車に合わせて車検初回は3年以降2年ごとにする」でなければ整合性とれんデショ
国交省はんいっそのこと車検制度廃止しまっか?
遅いコメントですが。
元トラックドライバーなので、この問題はよく分かります。
労働環境改善に動いてくれたのはいいのですが、遅すぎました。
もっと早くに手を打つべきだった。
2024年問題とか何とか言われてますが、何を今更としか思えません。
個人的に、この業界は一度ぶっ壊して再構築するくらいでないと、駄目だと思ってます。
宅配便のような直接の顧客のところがよく取り上げられますが、企業間輸送の所の方がかなり深刻かと。
まあ、実際に仕事をしてみれば分かりますが、かなり酷いです。
私は関西圏ですが、自分が行った範囲では、食品系の所が態度が横柄だったり対応が酷かったりします。機械部品とかの所だと割と対応も普通とか。
企業間輸送は一般の人の目に触れないので、問題が見えにくいといった感じでしょうか。