X

「日本はスタグフレーション」?データあるのですか?

「指定の日時に荷物が到着しない、異様なまでにタクシーが捕まらない、建設工事が大幅に遅延するなど、従来では考えられなかった事態が各地で頻発している。現在の日本はスタグフレーションだ」。はて?名目GDPがあと1~2年のうちに600兆円の大台に乗りそうな状態の日本を「スタグフレーション」と決めつけるのにも驚きますが、「指定日時に荷物が到着しない」、「タクシーが捕まらない」、「建設工事が遅延している」、に、客観的なデータの裏付けはあるのでしょうか?

データで見ると日本経済は景気回復基調に入った

金融緩和だけでも強く復活した日本経済=アベノミクス』でも指摘したとおり、安倍晋三総理大臣が「アベノミクス」を引っ提げて再登板して以降の日本経済は、コロナ禍などの曲折はあれど、おおむね順調に回復基調に入っていると結論付けて良いのではないでしょうか。

改めて指摘しておくと、▼名目GDPやその伸び率、▼インフレ率、▼失業率と有効求人倍率――、といった客観的な指標で見る限り、日本経済は典型的な景気回復局面に入っているのです。

【参考】GDP、失業率、有効求人倍率

(【出所】内閣府『国民経済計算(GDP統計)』データをもとに著者作成)

(【出所】完全失業率は総務省統計局『労働力調査 長期時系列データ』、有効求人倍率は政府統計の総合窓口『一般職業紹介状況(職業安定業務統計)』データをもとに著者作成)

経済拡大期には、一般に、インフレが激しくなるものの、名目GDPが伸び、失業率が低下し、有効求人倍率が上昇します。これらはすべて、現在の日本経済に当てはまっている特徴でもあります。

これに加えて現在の日本経済の追い風となっているのが、円安でしょう。

一般に円安となれば、輸出企業にとって大変有利な状況が生じますが、話はそれにとどまりません。輸入代替効果と呼ばれる現象が生じ、輸入品物価上昇に伴い、国産品需要が増えることを通じて、国内産業全般に良い影響を与えるのです。

もちろん円安になれば、輸入品の物価が上昇するなどの悪影響も生じますし、そうなるとただでさえ物価高に苦しむ国民生活にさらなる打撃が生じるのですが、これは円安の負の側面です。正直、これらについてはガソリン補助に代表される財政支出が適切に行われれば、影響を緩和することが十分に可能です。

そして、賃金水準は典型的な「遅行指数」です。

世の中の物価が上昇し始めると、当初は人々の暮らしが圧迫されるため、「インフレで生活が苦しくなる」のは事実ですが、やがて賃金水準がこれに伴って上昇してくるため、こうしたインフレによる悪影響は時間の経過とともに減殺されていきます。

いずれにせよ、日銀が緩和政策を撤回するのは、こうしたインフレ基調が十分に定着したと見極めたあとでも遅くはないのです。

雇用の改善は人手不足と表裏一体の関係

さて、アベノミクスの最大の功績は、なんといっても「雇用の改善」にあります。

現在、有効求人倍率は1倍を超過し、失業率水準は一般に「完全雇用」とされる3%を割り込む状況が続いています。わかりやすくいえば、「働きたい」と思っている人であれば、仕事を選ばなければ、誰でも働ける状況です(※あくまでも「仕事を選ばなければ」、ですが)。

日銀が金融緩和を行い、凍り付いていたインフレ率が少しずつ上昇し始めれば、「フィリップス曲線」の理論通り、失業率が下がるのは当然のことでもあります。

そして、こうなってくると困った状態に置かれるのが、これまで人々に低賃金労働を強いてきた業界でしょう。雇用の改善は人手不足と表裏一体の関係にあるからです(※個人的には、「適正な賃金を支払えば済む話ではないか」、と思えてならないのですが…)。

これに関連し、現在の日本が「スタグフレーションに陥っている」と主張する論考がありました。

最近「タクシーが全然捕まらない」ことが暗示する、ヤバい日本経済の実態…岸田首相は「人手不足」の理由に気づいているのか?

―――2023/10/04付 Yahoo!ニュースより【現代ビジネス配信】

スタグフレーションとは、インフレが進行しているにもかかわらず、景気が回復していない現象(スタグネーション)のことであり、インフレーションとスタグネーションの合成語です。

その証拠が、こんなくだりです。

今年の夏は、久しぶりに旅行が活性化するなど前向きな話題もあった。一方で、指定の日時に荷物が到着しない、異様なまでにタクシーが捕まらない、建設工事が大幅に遅延するなど、従来では考えられなかった事態が各地で頻発している。パビリオン建設が一向に進まない大阪万博はその象徴といってよいだろう

…。

そういうデータでもあるんですか?

「指定の日時に荷物が到着しない」、「異様なまでにタクシーが捕まらない」、「建設工事が大幅に遅延」、などとありますが、なにかそういうデータでもあるのでしょうか?(※余談ですが、大阪万博の準備が進んでいないのは「スタグフレーション」の問題というよりも大阪府の行政の怠慢の話ではないでしょうか?)

記事を読んでいても、そうした個別事象に関するデータは、なにも示されていません。出てくるデータ(っぽいもの)といえば、「内閣府が9月1日、需給ギャップが3年9ヵ月ぶりにプラスになったと発表した」、「コロナ後にタクシー運転手が2割減った」、といったくだりくらいしかありません。

いずれにせよ、この記事の執筆者の方が、何をもって「現在の日本はスタグフレーションだ」と述べているのか、記事を最後まで読んでも今ひとつ理解できませんが、そもそも経済記事なのに経済統計がほとんど出て来ず、GDPの「G」の字も出てこない時点で、推して知るべし、なのかもしれません。

いずれにせよ、日本の名目GDPの高度成長が続いており、(うまくいくとあと1~2年のうちに)600兆円の大台に到達する可能性が高いこと、ほぼ完全雇用の状態が続いていること、有効求人倍率が1倍を超えていることなどを踏まえるに、「スタグフレーション」の証拠を見出すことはできません。

「スタグフレーション」という用語を使えばページビュー(PV)は稼げるのかもしれませんが、だからといってあまりいい加減なことを書くと、信頼を失いかねない、と指摘しておく必要があるでしょう。

増えてきたセルフレジ

もっとも、それ以上に興味深いのは、この手の「労働力不足」に危機感を示す記事が増えてきたという、日本経済の現状でしょう。これを「良いこと」ととらえるか、「悪いこと」ととらえるかで、その評論家の考えが透けて見えるのかもしれません。

この点、以前の『配送業者のサービスに不満→日時指定すれば済むのでは』などでも指摘しましたが、日本のサービス業は「お客様は神様」という誤った「スローガン」(?)のもと、過剰サービスを強いられてきたフシがあります。

とある妊娠中のYouTuberの方が大型家具を購入したところ、配送業者の方がそれを玄関のなかにまで入れてくれなかったとして、自身のチャンネルで不満を述べたそうですが、これに議論が生じているとのことです。どうも記事に不自然な点もいくつかあるのですが、ただ、「過剰サービス」という意味では、これまでの当ウェブサイトの議論とも整合しているのかもしれません。過剰サービスvs適正報酬最近、この手の話題が増えてきたような気がします。先日の『USJの試みに要注目?過剰サービスの維持は不可能に』や『給食停止騒動に見る...
配送業者のサービスに不満→日時指定すれば済むのでは - 新宿会計士の政治経済評論

この「お客様は神様」は、「カネを払う方(=客)が偉い」、「だから客はどんな理不尽なことを要求しても許される」、といったマインドのことだと考えられますが、勘違いも甚だしいといえます。サービスに対しては適正な対価を支払うべきであり、適正な対価を超えるサービスを要求するのは筋違いだからです。

いずれにせよ、これまで従業員に対し、低賃金で過酷な労働を強いてきたような業種は、これからどんどんと人手不足に陥るでしょうし、著者自身は「是非ともそうなっていただきたい」と思っています。

それに、タクシーにせよ、物流にせよ、コンビニにせよ、人手不足は変革の大きなチャンスでもあります。

たとえば、最近では大手コンビニエンスストアのチェーンやスーパーマーケットなどで、セルフレジの導入が進んでいます。

このセルフレジの普及率や課題(たとえば万引き率など)についての総合的な統計レポートはまだ出ていませんし、セルフレジでは対応できない業務(たとえば宅配便の授受や年齢確認が必要な商品の販売など)もあるため、現段階で「セルフレジで人員が浮いた」と決めつけるには早計ではあります。

(※先ほど、「そういうデータでもあるんですか?」と批判したばかりでもありますので、自戒を込めてそう申し上げておきます。)

しかし、こうしたセルフレジの普及に代表されるとおり、テクノロジーの進歩で人手不足はある程度カバーできるものであることは間違いないでしょう。

自動運転の実現に向け国交省が倫理問題の検討開始

これに加えて最近、個人的に注目しているテクノロジーは、自動運転です。バス、タクシー、トラック配送などにおいて、自動運転が実現すれば、人手不足の問題はかなり解決に近づきます。

これに関しちょうど産経ニュースが4日付で、興味深い内容を報じています。

自動運転車は「トロッコ問題」を解決できるのか 国交省が判断の在り方検討へ

―――2023/10/4 12:44付 産経ニュースより

産経ニュースによると国土交通省は完全自動運転の実現に向け、いわゆる「トロッコ問題」と呼ばれる倫理学上の問題などを巡る検討を始めるのだそうです。

ちなみにこの「トロッコ問題」は、暴走するトロッコが軌道をそのまま進めば5人が犠牲となるものの、分岐器を操作して別の線路にトロッコを誘導すれば、1人が犠牲になることで済むという、非常に有名な倫理問題のひとつです。

産経によると自動運転は1~5の5段階でレベル分けされ、「レベル5」ではシステム任せの自律走行が可能となるものの、万が一、事故が生じた場合の刑事責任の所在など「課題が山積している」のが現状です。

しかし、逆にいえば、現状でもテクノロジー的には、ある程度の自動運転が可能であり、倫理上の課題を含めた法的問題を整理すれば、物流における人手不足問題が解決に向け、大きく動き出すきっかけとなり得るものでもあります。

タクシードライバーだけではありません。

現在、全国各地ですでにバスドライバーや長距離トラックドライバーなどが不足しており、おそらく近い将来においては鉄道、船舶などにも人手不足が波及するかもしれません。

いずれにせよ、現実の経済が「人手不足だからスタグフレーション」というほどに単純なものではないことだけは間違いないといえるでしょう。

新宿会計士:

View Comments (28)

  • タクシーが捕まらないとか建設業者が足りないなんて、スタグフレどころかバブル景気の様相ですな。

    • 不景気から得をできる「一部例外」連中ですよ
      奴らがバブル時代にその発想を発明できてなかったことは奇跡だっただけで
      バブル時代こそがスタグフレーションだったぐらい平然と言える人たちです

  • サムライアベンジャー(「匿名」というHNは、在日コリアンの通名と同じ恥ずべき行為) says:

    左寄りの日本のメディアは、日本が円安によって経済が回復するという未来より、とにかく暗い予測がしたくてしょうがないという感じですね。

     ソース元がヒュンダイビジネスですからね、さもあらんという気もします。
    似たような論調を東洋経済にもありました。
    ■インフレに慌てる日本を襲う「次なる危機」の正体
    https://toyokeizai.net/articles/-/621598

    日本の経済系の新聞社の論調はどこも信用できませんね。社員が「文学部」なんでしょうかね。

    • 少なくとも、東洋経済新報社の記者・編集者の新卒募集要項を見ると
      「学部・学科不問」です。
      日本経済新聞社ではエンジニアの新卒・第二新卒の募集要項でも
      「学部・学科は問いません」ですね。

  • 何年前かはっきり思い出せないが12月31日にアマゾンに注文した商品が元旦の午前中の配送されたことがあった。
    「サービス良すぎ」と感じた。
    2024年問題(ドライバー不足)など翌日配送をやめればある程度改善するのでは?
    翌日欲しい人は追加料金支払う、3日以内ならいつでもいいという人には割引料金を設定する。
    こういう工夫である程度解決するんじゃないかな?

  • この記事を書いたのは「加谷珪一」と言う経済評論家ですね。一応Wikiページ持ち。

    現代ビジネスに限った事ではありませんが、この手のライターは人によって言ってる事が
    全然違いますね。それが当たり前と言えばその通りなのですが、マスコミにとっては
    自分が言いたくない意見を言わせられる「いざとなったら切り捨てられるライター」
    なんだろうなあ、と思わずには居られません。

    • この男は根拠lessなことを書いて日本を貶めることでカネ稼いでいる人。
      ニューズウィーク日本語版にコラムもっていてコロナのころ「日本の医療はぜい弱だ」と言っていた。

      • ほうほう。いわゆる「衰退ポルノ」ライターでしょうか?

        コロナ関連で日本をけなしていた人たちも、いろいろなデータが集まって
        「むしろ日本はマシな方じゃないのか?」と言う認識が広まると、
        あっという間に口を閉ざしましたね。ある種の「プロ意識」を感じさせます。

    • 「覚えたばかりの片仮名を、意味もわからないのにやたら使いたがる」

      のは、イキってる中学生みたいで猛烈に格好悪いですな。

      古い記憶では、この単語を耳にしたタイミングとしては、1990頃。
      プラザ合意のあと急速に円高ドル安が進行し、アメリカ国内の製造業が窒息してた頃。

      アメリカ国内でインフレと不景気とが同時進行したことをしてスタグフレーションと呼ばれていたような?

      この時は日独機関車論とかで、
      「お前ら経済を引っ張れ!」
      と景気対策としての財政出動をアメリカ親分が子分に下命していた頃ですな。

      急速に通貨安が進んだところは似てると言えなくもないんだけど、その背景情報以外はまったくピント外れなので、アホなのかな、この記者さん。

      そう考えると

  • 北海道新幹線が札幌まで延伸されたら廃止される予定になっていた函館本線の長万部~小樽間が、代替バスを運行する会社が見つからず、このままでは廃止できないという異常事態ですからね。大阪でも 「ドライバーが確保できない」 という理由で路線バスの全廃が決まった地域があるし。

    ただ、遠くない将来に自動運転が実用化されることがわかっているのに、これから社会に出る若者が、バスやトラックのドライバーを職業に選択することはないでしょう。難しい問題ですね。

  • 会計士様の御意見に同意します。

    10年国債の金利が、日本0.8%、アメリカ4.8%。
    4%も金利を上げないと市場に買って貰えない、アメリカ国債の方がヤバいと思いますけど。
    財務省の言いなりの岸田総理が投資を推奨しているなら、逆の行動を取った方が確実と思うほど、財務省にはこりごりです。
    建設工事が遅れているのは資材高騰と人手不足で、資材高騰は高騰分を契約金額に追加する特約で解決すると思いますけど、人手不足は3Kなどと余計なイメージを植え付け、後継者不足を招いたマスゴミの責任だと思います。

  • 言及されている「現代ビジネス」の記事。スタグフレーション。スタグフレーション。と連呼していますが、最後まで読んでも、何らああそうですねと言えるような記述、見当たりませんね。

    今まで散々馬鹿にされて来たが、やっと日の目を見る時節到来、なんて筆者はひとりで悦に入っているようですが、一体どういう界隈のお話しなんだと思ってしまいます。

    スタグフレーション下の社会といったら、行き着く先は、街には失業者が溢れ、わずかな数の低賃金の仕事でも奪い合い、それでも物価だけはドンドン上がるので、明日の食事にも心を悩ます、そんな日々の連続。

    人手不足で、タクシーつかまらない、宅配便注文翌日に届かない、建設現場も職人の手配がままならず進捗遅れ? 

    最低賃金は過去最高額なんて言ったところで、もっと高賃金出さないことには、求人が求職を上回る現状では人手は確保できない。これのどこがスタグフレーション社会の到来? 

    この人、現実社会の生活感にはとんと疎く、書斎に籠もってモノ書いて、たまにメディアの人と外で酒飲むくらいで十分暮らしが立つ、そんな結構なご身分の人なんじゃない?(笑い)。

  • >※余談ですが、大阪万博の準備が進んでいないのは「スタグフレーション」の問題というよりも大阪府の行政の怠慢の話ではないでしょうか?

    大阪なんだから、最後にオチが付いて笑いが取れればちゃんと仕事をしたことになっちゃうんじゃないですかね?

    • そーいえば前の千里でやった万博のときも「建屋建たない準備間に合わない」報道カシマシカッタそうで…
      幕がアガるまでワカリマヘンなぁ

  • 今増えている、レジは店員がやってくれて、支払いは支払い機で自分でする。慌てずに支払いできて助かっている。
     従来だと、レジを店員がいくら早くやっても、支払いの段になって、押っ取り刀で財布からもたもたとお金を出す。レジに行列ができるのを気にして、慌てて余計に時間がかって「ごめん」と思っていた。

  • タクシーがつかまらない、人手不足で運転手がいない。
    だからウーバーというのはどうでしょう?
    コロナ禍でタクシー需要が激減してタクシー業界が供給調整してませんでしたか?
    そこから、需要が元通りになったとしてすぐに供給も元通りに出来ると考えてるなら、実態を見なさすぎだと思います。
    供給を増やしたらまたコロナで自粛となれば目もあてられません。
    かと言って儲かるのに設備投資しないのも間違いなので、様子を見ながらゆっくり時間をかけるのも仕方なしでしょう。
    また、人手不足倒産するのは人に金をかけられないからで、それはインフレに変わるときに起こるべきして起こるもの。
    インフレ基調がずっと続くなら、商売のやり方もインフレにあわせたのにかわっていきます。
    その変化についていけない事象をみてなんかいうのは違うと思います。

1 2