英語圏のニューズ・メディアで、「IMEC」という単語を見かけることが増えてきました。これは「インド・中東・欧州経済回廊」とでも言えば良いのか、欧州からアジアを結ぶ地域に大きく「東回廊」と「北回廊」を設け、鉄道や通信ケーブル、水素パイプなどを敷設して物流を円滑化しようとするプロジェクトなのだとか。米誌『ディプロマット』はこのIMECについて、中国が主導する一帯一路への不信感もある、などと見ているようです。
IMECとはなにか
少し前から英語圏のニューズ・メディアなどで目にする単語があります。
それが、「IMEC」です。
これはいったいなにか――。
調べていくと、ホワイトハウスに9月9日付で掲載された、こんな「ファクトシート」を発見します。
Memorandum of Understanding on the Principles of an India – Middle East – Europe Economic Corridor
Pursuant to this Memorandum of Understanding, the Governments of the Kingdom of Saudi Arabia, the European Union, the Republic of India, the United Arab Emirates (UAE), the French Republic, the Federal Republic of Germany, the Italian Republic, and the United States of America (the “Participants”) commit to work together to establish the India – Middle East – Europe Economic Corridor (IMEC). The IMEC is expected to stimulate economic development through enhanced connectivity and economic integration between Asia, the Arabian Gulf, and Europe.<<…続きを読む>>
―――2023/09/09付 ホワイトハウスHPより
これによると「IMEC」とは “India-Middle East-Europe Economic Corridor” の略だそうで、直訳すれば「インド・中東・欧州経済回廊」とでもいえば良いでしょうか。
IMECは複数国が参加し、回廊を形成する構想
ホワイトハウスによると、米国、サウジアラビア、欧州連合(EU)、インド、UAE、フランス、ドイツ、イタリアの8カ国・地域が締結した覚書(MoU)に従い、これからアジア、湾岸諸国、欧州の相互の結びつきを強化し、経済成長を促進することにした、などとしています。
ちなみにこのIMECはインドとアラビア湾岸地域を結ぶ「東回廊」、アラビア湾岸地域と欧州を結ぶ「北回廊」から構成され、現在の海運や道路輸送を補完する鉄道輸送ルートを構築することで、これら地域における輸送の効率性を推進するものなのだとか。
ホワイトハウスによると、参加国は鉄道路線に沿って電力、通信ケーブル、水素パイプなどの敷設も可能となり、輸送効率の向上により物流コストを削減し、地域のサプライチェーンの確保や貿易の促進、経済一体化の強化、雇用促進などを目指している、としています。
また、対象となる地域としてはインド、UAE、サウジ、イスラエル、ヨルダンなども含まれ、今後はこのルートを確立するための技術面の課題に加え、資金調達、法的制約、環境規制などを調整するための機関を設立することを目指しているのだとか。
一帯一路(BRI)へのカウンター?
なぜここに、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)を提唱する」日本が含まれていないのかが不思議でなりませんが、この点はとりあえず脇に置きましょう。
この「IMEC」構想、どこかで聞いた覚えがあると思う方は鋭いです。
そう、中国が提唱する「一帯一路」です(英語では “Belt and Road Initiative” を略して「BRI」と呼ばれることもあります)。
いわば、このIMEC自体が一帯一路(BRI)に対するカウンターではないか、といった疑問を持つのは当然のことかもしれません。「BRI」とともに「IMEC」で調べてみると、いくつかの記事が見つかるのですが、米国のネット雑誌『ザ・ディプロマット』に掲載されたこんな記事も、そのひとつです。
The Geopolitics of the New India-Middle East-Europe Corridor
―――2023/09/19付 THE DIPLOMATより
ディプロマットによると、今年のG20議長国でもあるインドにとって、今回のG20サミットの最大の成果のひとつが、このIMECに関するMoU締結であるというのです。
そのうえでディプロマットは、今回のIMEC自体、中国の一帯一路に対抗して2022年8月のG7で打ち出された「PGII」、つまり「グローバル・インフラ投資パートナーシップ」が具体化したもののひとつであると位置付けています。
今回のG20ではEUもPGIIの一環として、「アフリカ横断回廊」、つまりアンゴラ、ザンビア、コンゴ民主共和国に及ぶ交通ネットワーク構想を打ち出しているそうですが、まさにこれらの構想は中国に対するカウンターそのものだ、ということです。
正直、現時点でIMEC自体の詳細がほとんど明らかになっていないなかで、あまりこの構想に過度に期待して良いものかどうかはわかりませんが、少なくとも主要港湾から複数の道路や鉄道を伸ばして物流を効率化するというもので、メディアによっては「これらの国々は200億ドルの投資を決めるだろう」と報じた例もあるようです。
ディプロマットはIMECについて、中国の一帯一路と地域的には重なると指摘しつつも、10年前に始まった一帯一路は地理的な範囲も参加国もIMECを大きく上回る、などとしています。
ただ、スリランカのような「債務の罠」に嵌る国の出現で、一帯一路に対する印象が悪化し、最近ではイタリアが一帯一路からの離脱を表明するなどしているなか、ディプロマットは「一帯一路のような経済的・戦略的働きかけを単一の国が推進するのは難しい」と指摘。
IMECがインド、米国などの財政的・技術的余力を持つ国を巻き込んだ構想であることを踏まえ、このIMECが中国の一帯一路を警戒する国々にとっての「受け皿」となることが期待される、などと結んでいるのです。
一帯一路、なんだか正体がよくわからない
もっとも、この「一帯一路」自体も、なんだか正直、よくわかりません。
当ウェブサイトでは普段から指摘している通り、この「一帯一路」を担うことが期待されていたはずの国際開発銀行である「AIIB」は、いまやアジア開発銀行(ADB)の「下請け機関」と化しつつあります(『コロナ特需も落ち着く=AIIB』等参照)。
AIIBの「定点観測」です。中国が主導する国際開発銀行「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)を巡っては、本業融資の金額が300億ドル弱に達するなど、順調に伸び続けています。ただ、この金額、正直に申し上げて対外与信総額が5兆ドル前後に達する邦銀勢にとって、存在感は無に等しいでしょう。あれ?AIIBの出現によって日本企業がアジアのインフラビジネスから排除されるはずだったのに、どうなっているのでしょうか?バスに乗り遅れた日本AIIBはもうすぐ8年当ウェブサイトで「定点観測」しているデータはいくつかある... コロナ特需も落ち着く=AIIB - 新宿会計士の政治経済評論 |
そういえば、AIIBが人民元建て融資を推進することで、人民元のさらなる国際化を加速することも検討されている、といった報道もありましたが(たとえば2015年4月15日付のロイターの記事など)、現実のAIIBの融資案件を見ると、少なくとも今年8月末時点において、人民元建てのものはゼロ件です。
AIIB融資、人民元の利用を中国が働き掛けへ=香港紙
―――2015年4月15日12:07付 ロイターより
実際、一帯一路についてはイタリア以外にもすでに豪州が2年半前に離脱していますし(『豪政府「一帯一路」協定破棄を決定も、実害はほぼない』等参照)、中・東欧諸国では中国に対する不満が高まっているとの報道もあります(『行き詰まる一帯一路構想と中国に失望する中・東欧諸国』等参照)。
こうした実情を踏まえるならば、一帯一路についてはもちろん、警戒を怠るべきではないにせよ、過度に心配する必要はないのかもしれません。
というよりも、個人的にはむしろ、当時、「AIIBに参加しなければ日本はインフラ金融の世界で除け者になる」、「日本は今すぐAIIBに参加すべきだ」、などと声高に叫んでいた人たちに、「今のところ日本はインフラ金融で除け者にされている事実はありませんが…?」、などと聞いてみたい気がする今日この頃です。
View Comments (14)
「IMECと一帯一路の両方に参加して、米中双方から利益を引き出そう」と考える国が、でてくるのでしょうか。
国際機関が乱立しすぎてなにがとれだかわからなくなる。CPTTだの一帯一路だのIMECだのつぎつぎ設立するから訳がわからん。わかるのはAllBと一帯一路は失敗らしい、と。債務のワナでスリランカの港を99年かりうけるだとか国債金融機構なのに中国一国が利得を得る仕組になっている。不信感をもった国が脱退を決めたのか一帯一路。イタリアが抜けたんではなかったか。「バスに乗り遅れるな!」とあおりまくった評論家や経済学者はだれだったかな。馬脚をあらわしてそのあとがわからない。看板はおろしたのだろうか。いまは個人的にはTTPの帰趨に注目でイギリスのあと台湾加入の是非、中国、韓国の扱いがどうなるか。?そっちのが面白い!
たろうちゃん様
>国際機関が乱立しすぎてなにがとれだかわからなくなる。
国際機関が乱立すると、国際機関の権威がなくなり、同じ案件(?)に複数の国際機関が相矛盾する判断を下す危険性が増します。(そうなれば、評論家は自分に都合のよい判断を引用するのでしょうか)
引きこもり中年様御中
国際機関が乱立する理由としては、何かの案件に先鞭をつけることによる利権確保も狙いの一つかと。理事の椅子一つ取っても壮絶な争いがあり、利権が生まれてしまう。なんとか評論家などというものはしたり顔で物をいうが、みんな自分の生活優先だから、正鵠を射た意見はすくない。おれが評価しているなかに、鈴置高史氏や桜井よし子女史がいるけどどちらも右寄りのひとだ。いい、悪いはあるけれど、自分の国を貶める人物は信用できない。左派の人のアタマのなかを見たいものた。常々おもう。
すいません。
国債金融機構→国際金融機構
昔、世界史か何かの授業で「印欧語族」というのを学んだことがあります。インド、ペルシャから、ロシア、中東欧、西欧に渡って分布する人たちが話す言葉が、共通の祖語に由来するというのです。人間社会成立の根源的要素である言語が共通であれば、何かと共感を得やすいかと言ったら、多分そうではないのでしょう。社会の成熟と共に発達する文字が、サンスクリット文字、ペルシャ文字、キリル文字、アルファベット等々、似ても似つかぬものに分化していくのは、隣接する集団間に、むしろ近親憎悪みたいな遠心力がはたらくことさえ、想像させられます。
一帯一路を現代版シルクロードなどと囃す向きもありましたが、数世紀にわたって存在したシルクロードが、結局のところ、自国では手に入らぬ珍奇、貴重な文物を交換するだけの役割しか果たさず、それを生み出す背景となった文化や精神については、全くと言って良いほど影響を及ぼし合うことがなかったという歴史的事実は、間に介在し境を接する民族間にはたらく、互いの影響を毛嫌いする反発力が如何に強く、また高い障壁となるかを示しているように思えます。
この日本を例に取るなら、堺や長崎など外の世界に開いていた狭い入り口から入ってきた西洋文化が、鎖国の時代にも国内に浸透していき、幕末の開国と共に、知識階層の伝統であった漢学的素養をわずか一、二世代の間に駆逐してしまった事例は、寄って来たるおかしな歴史的因縁を持たない文化の間でこそ、受容が容易であることを物語っているのではないでしょうか。
今の時代、情報やカネはインターネットを通じて瞬時に世界中を飛び交います。人モノにしたところで、航空機で数日以内に到着できないような場所はごく限られるでしょう。もうほぼその限界が見えてきた一帯一路にせよ、俄に湧き出したIMEC構想にせよ、コスト面で鉄路、道路輸送に頼るメリットが大きい物品の交換が容易になる一方で、遠く離れた地と陸つづきで繋がるデメリットについては、ほとんど考慮していないように思えます。過大な期待は、取らぬ狸の皮算用に終わる可能性大ではないかと考えてしまいます。
伊江太さま
お説、賛同します。常々思っているのは、人類が第一線の能力を発揮できるのは精々40年程度であることが、人類が扱うことができる諸々のシステムの上限を律則しているであろう、ということです。
大きいシステムでは自身が携わることができるのは、ほんの一部。
大きいシステムではPDCA一つ回すのも時間が掛かる。
他者や先人の経験値を遺すのも学ぶのも限度がある。
巨大プロジェクトの難しさはこの辺のところが大きく関係しているように思います。
経験知を発揮して大きいシステムを正しく構築&管理するには、人間の寿命は短すぎるように思うのです。
他国との関係にもこの考えが応用できるように思います。他国を含んだ大きい国々システムを管理運用するのは、人間の40年程度の社会的寿命では経験値が足らず手に余ることが起こり易いのではないか。
その点において、マダガスカル、オーストラリア、等の島国は、システムが小さ目で済むため、多くは望めなくても人間の限界にぶち当たる可能性も低くて済むのではないかと思うのです。
Sky様
拙文に賛意をいただき光栄です。
>マダガスカル、オーストラリア、等の島国は、システムが小さ目で済むため、多くは望めなくても人間の限界にぶち当たる可能性も低くて済むのではないかと思うのです。
面白い着眼点ですね。
ひと頃話題になった「幸せの国ブータン」なんてのは、どう評価すれば良いのでしょう。日本ほどの人口を抱えていれば、そのまま真似て良いはずはありませんが、単に「気は持ちよう」みたいなごまかしではなく、取り入れるべき最も肝心な要素は何かという論点は、しっかり考えてみる必要があると思いますね。
伊江太さま
ご返信ありがとうございます。
答えになっていないかもしれませんが、アポロ計画での搭乗者。諸々のオペレーションを誤りなく実施、トラブルが発生した場合でも致命的状態にせず帰還する必要があります。
帰還可能性を高めるため、学習効果の高そうな比較的若手でかつ優秀な人員をスクリーニングするのは勿論、時間を掛けてルーチンの訓練、事故時での対応訓練を徹底的に行い、対応できない事態がない、ということがないようにしているように思います。
これは逆に、未経験の事象はたとえ優秀な人でも正しく対応することが難しいことを表していると思います。
そしてこれら課題に適応する経験を得るには相応の年月が必要になるのが問題です。
話しを外交に戻すと、国内のトラブルには対応する経験を得た人でも、外交上のトラブルは、応用は効くとはいえ未経験の領域も多いでしょう。
ブータンの話しでいっている幸せ云々は、経験知を超えた事象に遭遇してしまう可能性の大小、その事象の要因の一つに外交関係があるのでは、という話とは関係ないような気がします。
有象無象がいる外交で揉まれてしまう可能性は、物理的に経済的に政治的に独立していれば少なくなり、有限寿命の経験知取得上限のある人類であっても手に余ることが減るのでは、ということです。
済みません。修正します。
誤:対応できない事態がない、ということがないようにしているように思います。
正:対応できない事態がある、ということがないようにしているように思います。
Sky様
>有限寿命の経験知取得上限のある人類
この経験値取得ということについて、はじめに書いたコメントの続きみたいな雑感です。
何か外交上のトラブルで、こちらが損を蒙ったとして、その経験をどう処理するかという点で、人類は必ずしも一様ではない。国あるいは民族集団で、トラブルの受け止め様も、それに対するリアクションも、ずいぶん違うのではないかと思うのです。
それを教訓に次はもっと旨く対応しようと考えるか、敵愾心を燃やし、自力を付けて次は倍返しと虎視眈々と機会を窺うか、あるいは己の至らなさは棚上げして、千年恨みを抱き続けるか、まあ所詮、他国、他民族のことなど、本当には分からないのが本当のところでしょう。
こうやれば相手も納得のはず(丸め込めるはず)なんて思惑で、一帯一路だのIMECだのと、己に都合の絵を描いてみても、まず旨くはいくまいと考えるのですが。
伊江太さま
はい、おっしゃるとおりです。
一帯一路だの何だの、上手くはいかないと私も思います。
民族による違いも、1人の人間が会得できる経験に強く左右されるものであるなら、その人がよほどの「国際人」(あっちこっちの国々や職場で経験を積んだ人)でもない限り、その人の所属する社会の認知バイアスからは逃れることは難しいですし、40年という時間は1人の人間が「地球人」になるにはやっぱり短い。しかもたぶん多くの人はそのような多様性の経験を積むことは望んでいない。
民族間の利害や文化の対立みたいのは人類の宿痾のようなものだと思っています。
随分な大風呂敷を拡げたようですが、現状インドにこれほどのプロジェクトをファイナンスする力はありません。一応アメリカも名を連ねているようですが、中東への関与を縮小しつつある現状では、それほど本腰を入れてくるとも思えません。EU各国も欧州-中東間はまだしも、そこから東への関心は薄いでしょう。
さらに、中東ー欧州間であれば、トルコさえうまく巻き込めばなんとかなるかもしれませんが、中東ーインド間となると、イランーアフガニスタンーパキスタンーインドを繋がねばならず、技術的問題以前に政治的に相当難しいと思われます。おそらくはパキスタンとインドを繋ぐだけでも、相当大変です。おまけに、パキスタンにはすでに中国がかなり入り込んでますので、中東からパキスタンまで繋ぐことができたとしても、そこから東に向かわず、北に向かってしまう可能性もあります。
この程度のことをモディ首相が理解してないはずはないので、少なくとも今のところは、IMECなるものも一種の政治的プロパガンダと考えておいた方が良いと思います。
>声高に叫んでいた人たちに、「今のところ日本はインフラ金融で除け者にされている
>事実はありませんが…?」、などと聞いてみたい
こういった人達は突っ込みを入れられるのを極端に嫌うので、望まぬ質問を食らう
場所には絶対に出てこないんですよね。
だからコミュニティノートを親の仇のごとく嫌うのでしょうけど。