「ロシアより、金塊を込めて」。そんな映画のタイトルのような記事が、ロイターに掲載されていました。西側主要国がロシア産の金塊(金地金)の輸入を禁じたためでしょうか、ロシアは自国の金塊を、おもにUAE、中国、トルコの3ヵ国に輸出しているようであり、この3ヵ国だけで割合が99.8%に達しているのだそうです。ただ、あるバイヤーはロシア産の金塊は市場価格と比べ1%程度ディスカウントされているとも述べたそうです。西側諸国による経済・金融制裁のためでしょうか、ロシアの台所事情は苦しそうです。
目次
ロシアが保有する金塊の量はじわじわ増えてきたが…
先日の『ロシアが外貨準備で保有する金塊から垣間見る「苦境」』では、国際通貨基金(IMF)が公表する世界の外貨準備高に関する統計データ、およびロシア中央銀行が公表したレポートなどをもとに、ロシアが外貨準備における金(金塊)の保有量を増やしているらしい、とする話題を取り上げました。
国際通貨基金(IMF)が公表する外貨準備に関する統計を眺めていると、中国と並んでロシアが金地金の保有量を近年大きく増やしていたことがわかりました。ただ、金地金は支払手段としては大変に不便なものでもあります。かといって、ロシアが対外貿易で人民元を使った決済を増やしているという形跡もありません。こうしたなか、BUSINESS INSDERによると、ロシアの存在感低下にともない、むしろ中国がロシアを支援せず、それどころか中央アジアにおける存在感を奪っているというのです。外貨準備統計IRFCLとは?データを読み込ん... ロシアが外貨準備で保有する金塊から垣間見る「苦境」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
IMFが作成・公表している、世界各国が公表している外貨準備高とその内訳を収録したデータベースが『IRFCL』(International Reserves and Foreign Currency Liquidity)と呼ばれるものですが、このなかには金(金塊)の「重量ベース」のデータも収録されています。
これによると、ロシアが保有している金塊の量がじわじわと増えており、直近だと2023年3月末時点において7482万オンス、金額にして1470億ドルに達しているとされています。
図表1-1 ロシアの外貨準備高のうち金地金(金額ベース)
図表1-2 ロシアの外貨準備高のうち金地金(重量ベース)
(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)
金塊は時価評価されることが多い
図表1-1と図表1-2の動きが一致していない理由はおそらく、ロシアが外貨準備高に含まれている金を時価評価しているためでしょう。ちなみに、重量ベースと金額ベースにズレが生じているのは、べつにロシアに限った話ではありません。日本でも事情はまったく同じです(図表2)。
図表2-1 日本の外貨準備高のうち金地金(金額ベース)
図表2-2 日本の外貨準備高のうち金地金(重量ベース)
(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)
このように、金については時価評価されるのが通例ですが、なかには時価評価されていない国もあります。韓国がその典型例でしょう(図表3)。
図表3-1 韓国の外貨準備高のうち金地金(金額ベース)
図表3-2 韓国の外貨準備高のうち金地金(重量ベース)
(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)
金を時価評価していない国としては、ほかにもサウジアラビアがありますし、意外なことに米国も時価評価の対象外としているようです。
金保有量は金額ベースと重量ベースで上位の顔ぶれが異なる
このため、世界各国について、外貨準備として保有する金地金のランキング表を作成してみると、金額ベースと重量ベースでその顔触れが大きく異なってしまうのです(図表4)。
図表4-1 外貨準備高のうち金地金(金額ベース、上位10ヵ国、2023年3月末時点)
ランク | 国 | 金額 |
1位 | ドイツ | 4272億ドル |
2位 | イタリア | 3122億ドル |
3位 | フランス | 1551億ドル |
4位 | ロシア | 1470億ドル |
5位 | 中国 | 1317億ドル |
6位 | スイス | 662億ドル |
7位 | 日本 | 538億ドル |
8位 | トルコ | 522億ドル |
9位 | インド | 452億ドル |
10位 | 英国 | 394億ドル |
図表4-2 外貨準備高のうち金地金(重量ベース、上位10ヵ国、2023年3月末時点)
ランク | 国 | 重量 |
1位 | 米国 | 2億6150万オンス |
2位 | ドイツ | 2億1573万オンス |
3位 | イタリア | 1億5766万オンス |
4位 | フランス | 7835万オンス |
5位 | ロシア | 7482万オンス |
6位 | 中国 | 6650万オンス |
7位 | スイス | 3344万オンス |
8位 | 日本 | 2720万オンス |
9位 | トルコ | 2637万オンス |
10位 | インド | 2555万オンス |
(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)
このことから、外貨準備のうちの金地金を比較するならば、金額よりも重量で見た方が正確かもしれません。
重量ベースでは米国が2.6億オンスで世界最多ですが、2位以下にドイツ、イタリア、フランスと欧州の3大国が入っており、これにロシア、中国が続いています。
また、日本は外貨準備の保有高だけで見れば世界2位ですが、金地金に限定したランキングだとスイスに続く第8位にまで下がります。トルコやインドの金塊保有量が日本に次いで多いというのも興味深いところでしょう。
現代商取引では金塊は使用されない
それはともかくとして、金が外貨準備高に含まれるのは、おそらくは歴史的な経緯によるものではありますが、それと同時に現代社会においては、必ずしも意義があるものとは限りません。
もちろん、中央銀行が金塊を保有する意味があると主張する人もいますし、そのような書籍もあるようですが、著者自身は金融評論家として、金塊自体には貴金属としての価値があるだけで、それを中央銀行が地下の金庫で保管してなければならないという理由はないと考えているのです。
というよりも、地球上の金の量は限定的であるとされていますので、こうした貴重な金が中央銀行の金庫に眠っていること自体、社会的に見て有益とはいえないと考えています。指輪、ネックレスといった装飾品はもちろん、ここ数十年間だと半導体にも金が使われているからです。
ただ、金塊自体に存在するもっと本質的な問題点は、金塊自体はいちおう、貴金属ではあるものの、「実際の商取引において決済手段として使われることはあり得ない」、という点にあります。
私たちの日常生活で考えてみればわかりますが、そもそも「金貨」を使って買い物をすることは、まずありません。時代劇だと悪代官様が悪徳商人から「山吹色のお菓子」と称して小判(KBN)を入手するシーンが出てきますが、現代社会では賄賂の授受も通常は現金(紙幣など)でなされます。
【参考】KBN
(【出所】アマゾンアフィリエイトリンク)
【参考】賄賂チョコ
(【出所】アマゾンアフィリエイトリンク)
大口証券取引は中銀ネット等を通じたDVP決済が一般的
これに加え、現代の金融取引においては、決済の電子化(≒ペーパーレス化)が進んでおり、とくに機関投資家などの大口の資金は、たいていの場合、中央銀行などのネットワーク上での決済が行われます。
一般に大口機関投資家が参加する国債などの債券市場では、最低の取引単位は額面1億円であり、1億円未満の債券は「端債(はさい)」などと呼ばれて嫌われますが、ある機関投資家が1億円の債券を購入する際には、物理的に1万円札を1万枚、証券会社の店頭に持ち込むわけではありません。
取引金額が1億円であろうが1兆円であろうが、国債の場合は日銀ネット上で、社債の場合は「ほふりクリアリング」などを通じて、資金と債券の電子的な振替(俗にいうDVP決済)が行われるのです。
考えてみたら当然のことですが、現金(現ナマ)の授受は大変に危険ですし、非効率です。それよりも中央銀行の決済口座を使って電子的に帳簿の付け替えだけで取引を完結させた方が、はるかに安全ですし、効率的です。
つまり、ロシアの国内主力銀行がSWIFTNetなどから排除されたということは、ロシアの金融機関が国際的な商取引からも事実上締め出されてしまったということを意味しており、正直、ロシアにとっては大変困ったことになっているようです。
ロシアから金を込めて
これに関連し、先日も当ウェブサイトでは、こんな趣旨の内容を記述しました。
「ロシアが金地金を貿易代金の決済に使おうとするならば、中央銀行の金庫から取り出し、厳重な警備・警戒のもとで国際空港に金塊を運び、相手国に航空機などで持ち込むという、大変に非効率な手段によらざるを得ない」。
これに関し、そのおとりのことが発生しているようなのです。
ロイターに25日付で掲載されたのが、こんな記事です。
Exclusive: From Russia with gold: UAE cashes in as sanctions bite
―――2023/05/25 20:05 GMT+9付 ロイターより
「フロム・ロシア・ウィズ・ゴールド」と聞くと、1963年のアクション・スパイ映画『007危機一髪』の原題『フロム・ロシア・ウィズ・ラブ』をもじったものであろうと想定できます。
ロイターが報じたロシア税関のデータによると、アラブ首長国連邦(UAE)がロシアの金塊の主要な貿易拠点となっており、2021年にはわずか1.3トンだったロシア産の金取引が、ウクライナ戦争開始後の1年間で75.7トン(43億ドル相当)、約1,000件に増えたのだそうです。
また、ロシア産の金の輸入国は中国とロシアで、2022年2月24日以降、23年3月3日までの期間、両国は20トンずつ輸入したそうで、UAEの分と合わせればこの3ヵ国だけでロシアの金輸出の99.8%を占めている、などとしています。
ではなぜ、UAE、中国、トルコの3ヵ国だけでロシアの金取引の99.8%を占めているのでしょうか。
ロイターによると、ウクライナ戦争開始以降、国際的な銀行や物流業者、貴金属取扱業者らは、国際的な金取引・保管の「ハブ」であるロンドンでのロシア産の金の取扱いを停止。8月末までに英国に加え、欧州連合(EU)、スイス、米国、カナダ、日本がロシアからの金塊輸入を禁止したからだそうです。
いわば、ロシアとしては迂回的にUAEを貿易ハブとして使っているのでしょう。
しかも、欧州諸国の場合、ロシア関連の制裁は海外子会社には適用されないため、欧州企業の海外子会社がUAE、トルコ、香港といった地域にロシアの金塊を輸出するのに関与していた欧州企業が、必ずしも何らかの法律に違反していたとは限らないようです。
足元を見られるロシア
もっとも、ロイターによれば、これらのロシア産金塊の取引価格は世界の基準価格と比べて1%程度ディスカウントされているようです。ロシアも足元を見られている格好でしょう。
いずれにせよ、ロシアが保有している金地金は7482万オンス(約2100トン、1470億ドル相当)だそうですが、2100トンの重量の金塊を外国に物理的に輸送するのは大変そうです。
「経済制裁はロシアにほとんど効いていない」、などとする主張もあるようですが、ロシアが恐らくは決済手段を捻出するために金塊を輸出しなければならない状況に追い込まれているという状況は、意外と苦しいロシアの台所事情の一端を示していることは間違いないでしょう。
View Comments (11)
>>>欧州諸国の場合、ロシア関連の制裁は海外子会社には適用されないため、欧州企業の海外子会社が・・・・
UAE、トルコ、中国、この3国を通して、金を決済手段として貿易を行っているということなのですね。
この記事からの試算によりますと、この3国に、この約1年間に、115.7トン(66億ドル/1トン=0.57億ドル)が輸出されているということのようです。逆に、この66億ドル(約8600憶円)分の輸入が行われたということですね。
現在のロシアの外貨準備における金地金は、2,100トンで、毎年300トンの産出量があるようですから、この3国経由で、金で貿易決済が出来ることが続けられれば、案外、ロシアは、電子機器や半導体や軍需品に転用されるものを除いて、物資の輸入には困らないのかもしれません。これが、現在、ロシアの商店には商品が十分に陳列されている理由でしょうか?
ロシアから出た金は、どこかの国の外貨準備に組み入れられるのか、市場に広く分散してゆくのか?その行く先がなくならなければ、この構図は続けることが出来るのでしょうか?
そして、ロシアは、少なくとも生活物資に困ることは無い?
本日の当記事から、このようなことを読み取りましたが、この解釈が合っているのかは分かりません。
バンガロール駐在をしていたとき FM ラジオの深夜番組に From Russia with love というマンマなタイトルのものがあって、ロシア人を名乗る女性 DJ が流ちょうかつ蠱惑的な英語を話してました。ぐちゃぐちゃインド人英語にへきえきする向きは多かれども、あれを耳元でやられたらころっといく若い男性多そうです。あ、スレ違いでしたか(平身低頭)
G7で各国首脳の現在位置を生中継するなんて、テロを誘発しとるじゃないか!ケシカラン!
という意見がありました。
そういう意見になぞらえて言えば、ロシアからの貨物列車には金塊が積まれてると記事にするなんて、テロを誘発しとるじゃないか!ケシカラン!
と言えるかもしれませんね。
いいぞもっとやれ。(笑)
き、金塊
徳川埋蔵金、山下財宝、ロマノフ王朝の秘宝、
ナチスの黄金列車、…うっ頭が‼️。
確かに現代文明では金での決済は不必要でしょう。
しかし、199x年の荒廃した世界では紙幣より貴金属がものを言うのは間違いありません。
その様な時が来たときのために今の内に金での決済練習をしてるとなると恐ろしく感じます。
今の内に指で鉄をつらぬく準備が必要かも。
「どうしてお札はおしりをふく紙にならないの?」優しいモヒカンが丁寧に教えてくれます
https://togetter.com/li/1475114
…これを貼れって言われた気がして…。
なるほど、印刷技術の説明には、ぴったりかもしれません。
少なくとも、凹版印刷のことは決して忘れません。
しかし、ウオッシュレットがある現代日本では、この説明の有効性は無いかもしれませんね。
少なくとも、生まれた時から、ウオッシュレットがある環境で育ってきた子供たちには。
時代が変われば、過去当然だったことが、跡形もなく消えていくということはありますね。
文明の崩壊したヒャッハーな世界では紙幣など尻を拭く紙ぐらいにしか使えない というのは嘘なのですね。
力が支配する世界では9条ではなく 一子相伝の拳法しか身を守ってはくれないのです。
「経済制裁はロシアに効いてない」論、ソノ後に「だからもっと制裁強化すべし」より「だから制裁意味無いやめよう」の方がよく聞こえてくるのはナンデカナ~
その中でも、ドルペッグなUAEの通貨は、使い勝手がいいのかもですね。
露の貿易は、文字通り「金(ゴールド?)の切れ目が縁の切れ目」の命運か?
公式保有量が見せ金(イミテーションゴールド?)でなければ、現況が続きそうです。
戦時には、金ですね。
これは、今日の記事を読んではっきり分かりました。
ナチスの金塊、徳川埋蔵金。
確かに、戦時でも金を目の前にされれば、売ります。
ロシアは、生活物資には困らなそうなことは分かりましたから、あとは武器弾薬が枯渇する方向の規制制裁が有効に機能することをやって行く必要がありそうです。