債務引受自体は2020年改正民法で明文化された制度ですが、じつは、それ以前から慣行としては存在していました。これに関し、著者自身の手元にある1996年刊行の書籍でも、債務引受の類型やその要件などに関する記述が設けられているのが確認できます。本稿ではこれについて概要を紹介するとともに、あわせて「債務引受を使った自称元徴用工問題『解決』の4パターン」についても紹介します。
債務引受は『1996年版内田民法』に記述されている
とある理由があり、個人的に数日前から「債務引受」について調べています。
これについてはすでに『併存的債務引受方式の「決して低くない法的ハードル」』などでも取り上げたとおり、債務引受そのものに関する明文の規定が日本の民法に設けられたのは2020年改正時であり、これ自体は「新しい制度」であるかにもみえます。
下手に併存的債務引受を承諾すると株主代表訴訟のリスクも!本稿でも自称元徴用工問題を巡る債務引受についてじっくり考えてみたいと思います。前回の債務引受に関する当ウェブサイトの記事に対し、とある方から「なぜ韓国がいきなり『併存的』と言い出したのか不自然だ」とするご指摘をいただきました。これについては著者のなかである程度答えは出ているのですが、それ以上に痛感するのがこの「併存的債務引受」方式を実現するうえでの法的ハードルです。ポイントは「日本企業の承諾」と「株主代表訴訟」です。債務引受を考える併存... 併存的債務引受方式の「決して低くない法的ハードル」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
しかし、債務引受自体は、じつは2020年改正以前から、慣行としては存在していました。
著者自身の手元にある、今から27年前の1996年6月25日に刊行された内田貴『民法Ⅲ 債権総論・担保物権』(SBN4-13-0323032、以下『1996年版内田民法』)を読むと、同著219ページ以降に、債務引受に関する説明がちゃんと記載されています。
(※なお、この『内田民法』については、アマゾンウェブサイトを現時点で検索してみたところ、同著の最新版として第4版が市販されているようです。)
債務引受の類型と定義
同著には「債務引受について民法に規定はないが、これが認められることには異論がない」(同P219)とあり、これに関していくつかの類型とともに、これらに対する「規律」が説明されています。
『1996年版内田民法』が列挙しているのは、基本的には「免責的債務引受」、「履行の引受」、「併存的(重畳的)債務引受」の3類型ですが、本稿で取り上げておきたいのはこのうちの「免責的債務引受」と「併存的債務引受」です。
まず、「免責的債務引受」は、「債務が同一性を保ちつつ新債務者に移転し、もとの債務者が債権関係から離脱する債務引受」と定義され、「抵当権が設定された土地がAからBに売却される」というな事例が紹介されています。
具体的には、AがBに土地を5,000万円で売却する際、4,000万円の抵当権を抹消するために、BはAには1,000万円のみを支払い、抵当権に相当する4,000万円を、BがAの債権者Gに対して直接支払う、という契約を締結する場合です。
この場合、このような売買契約が締結された時点で、BはAのGに対する4,000万円の債務(つまりGのAに対する4,000万円の債権)を引き受けたのと同じです。
これに対して「併存的債務引受」は、「新しい債務者がもとの債務者と並んで債務者になる債務引受」と定義され、「個人会社AがGから新たに借金をする際、Aの社長Bが債務引受をする」、という事例が紹介されています。
この事例について『1996年版内田民法』は「実質は担保である」と指摘。「連帯債務」とする最高裁判例がある一方で、(当時の)通説は「債権者がより強い地位に立つ『不真正連帯債務』」である、などとも説明されています。
(※「不真正連帯債務」は、結果として連帯債務を追うような場合のことで、たとえば民法719条第1項に定める「共同不法行為者の責任」として連帯債務を負うようなケースがありますが、あまり詳しく議論しても実益はないので、本稿では詳細説明は割愛します。)
併存的債務引受に「債権者の同意」は不要だが…
要するに、免責的債務引受は「債務者が完全に債権債務関係から離脱する」という類型のことであり、併存的債務引受は「旧債務者と新債務者にとっての事実上の連帯債務になる」という類型のことです。
ただし、この『1996年版内田民法』だと、このうちの「併存的債務引受」の要件についての記述に注意が必要です。同P221によると、併存的債務引受は「債権者に有利であるから、債権者抜きで、もとの債務者と引受人の合意により可能とされる」、と記載されているのです。
つまり、「免責的債務引受」とは異なり、債権者の立場にとっては債務を履行してくれる人(≒おカネを払ってくれる人)が増えることは、債権者の利益にはなっても不利益にはなりませんので、「併存的債務引受」には「債権者の同意は不要」だ、というのが当時の『内田民法』の説明から導き出せる考え方です。
(※なお、『1996年版内田民法』によると、この場合は「第三者のためにする契約」となるため、「債権者の受益の意思表示が必要」とされています。)
この点、現在の民法第470条第3項・第4項によれば、併存的債務引受を「債権者との契約」によって行おうとする場合には、「債務者が引受人となる者に対して承諾した時に、その効力を生ずる」と定められています。
民法第470条(併存的債務引受の要件及び効果)
併存的債務引受の引受人は、債務者と連帯して、債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担する。
2 併存的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。
3 併存的債務引受は、債務者と引受人となる者との契約によってもすることができる。この場合において、併存的債務引受は、債権者が引受人となる者に対して承諾をした時に、その効力を生ずる。
4 前項の規定によってする併存的債務引受は、第三者のためにする契約に関する規定に従う。
このため、現行民法でも併存的債務引受を「債権者の同意なく行う」こと自体は可能だ、という言い方はできます(債権者の同意がなければ効力を生じない、というだけのことです)。
考えられる4つのパターン
このように考えていくと、やはり自称元徴用工問題を巡って韓国側が出してきた「債務引受」方式による解決策については、「免責的か併存的か」、「債権者の同意か債務者の同意か」という2つの軸に分けて整理するのが良いのではないでしょうか。
- パターン①:債権者の同意に基づく免責的債務引受
- パターン②:債務者の同意に基づく免責的債務引受
- パターン③:債権者の同意に基づく併存的債務引受
- パターン④:債務者の同意に基づく併存的債務引受
この4類型のなかで、日本企業にとって最もマシな解決策は、パターン①の「債権者(=自称元徴用工ら)が同意することによる免責的債務引受」です。
日本企業は自称元徴用工らによる虚偽の訴えにより損害を発生させられているわけですから、韓国国内の財団がその債務を「免責的に」引き受け、日本企業が債権債務関係から完全に離脱するのは、最低限必要な解決策でもあります。
(※もっとも、『徴用工「韓国が全額負担」でも問題解決にならない理由』などでも説明したとおり、仮に韓国が全額負担したとしても、完全な解決にはなりません。韓国がいわれのないウソをついて日本企業に不当な損害を与えたという事実は消えないからです。)
慰安婦財団という立派な前例があってだな…本稿は、ちょっとした思考実験です。自称元徴用工問題を韓国企業「だけ」が資金拠出する財団で解決させることは可能なのか――。結論からいえばそれは不可能です。なぜなら自称元徴用工への「補償問題」が片付いたとしても、韓国がありもしない問題を捏造して日本の名誉と尊厳を貶めている問題については、まったく解決しないからです。徴用工財団の顛末「韓国が全額負担する財団なら問題ないのでは?」昨日の『日韓が徴用工「肩代わり案」軸に年内決着目指す=共同』では、自称元徴用工問題を巡... 徴用工「韓国が全額負担」でも問題解決にならない理由 - 新宿会計士の政治経済評論 |
次に、パターン③の「債権者(=自称元徴用工ら)が同意することによる併存的債務引受」についても、悪い選択肢ではありません。
この場合も日本企業は債務引受に同意していませんので、日本企業としては債務の存在を認めたことにはならず、また、2018年の判決自体が「国際法に反している」とする立場を何も変更する必要はないからです。
もっとも、この場合、韓国の国内法に基づけば、日本企業が債務を負っているという事実は変わりません。仮に「日帝強制動員被害者支援財団」(以下「財団」)が自称元徴用工らに代位弁済したとしたら、この「財団」が日本企業に対する求償権を取得することになるからです。
したがって、このパターン③では日本が韓国に対し、「国際法違反を是正しろ」と要求し続けなければならないことになります。
日本企業の「同意」はどちらも論外
そのうえで、残りの2つのパターンは、どちらも論外です。日本企業が「財団」を引受人とする債務引受に同意した瞬間、「債務」の存在を認めたことになってしまうからです。
もちろん、②の「免責的」と④の「併存的」を比べたら、②のほうがいくぶんかマシだ、という主張はあるかもしれませんが、これにしたって日本企業が債務の存在を認めた瞬間、韓国にとっては「日韓請求権協定の無効化の端緒を開く」という目的を達成できてしまいます。
日本の企業・政府がこんな見え透いた罠に引っかかるとは思いたくありませんが、さて、今後の展開はどうなることでしょうか。
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もう日本国政府としては、韓国に対して引導を渡す時期に来ているのではないでしょうか。
①「法治国家」を自認するなら、自国司法の最高機関の判決にしたがって、日本の企業から差し押さえた資産の売却手続きを、さっさと取れば良い。日本にそれを差し止める法的権限はないし、韓国司法の立場からすれば、そうならないなら正義に反することになるだろう。
②ただし、日本国には日本国なりの、韓国ごときが容喙できない法的正義があり、それを敢えて毀損しようとするなら、粛々と対抗措置を執ることは、覚悟しておくべきであろう。
言い渡すことはそれだけ。
実質的にこれが既定方針であるにも関わらず、外交的配慮からはっきりとした物言いをせずにおけば、それが理解できない、あるいはできないフリをして、つけ込んでくる相手というのは、あるのです。擦寄るかに見せる「交渉」と称する相手の土俵に乗り、「免責的」か「併存的」か、どちらとも取れるような文案をひねり出して、「玉虫色」の決着など図ろうとしたところで、問題の解決には到底なり得ないだろうと思います。
➀韓国の民法には「併存的債務引受」に関する明文規定は無い。
➁韓国の「並存的債務引受」は民法上の概念ではなく判例で蓄積された慣行だが、詳細内容は不明。
以上のような状況では推測する以外に方法が無いのが残念です。
ただ、中央日報等によれば、自称元徴用工の支援団体や代理人弁護士は次のように主張しています。
●「一方的な代位弁済を推進する場合、断じてこれを拒否する。」(日帝強制動員市民の会代表)
●「もし韓国政府が(併存的債務引受などで)被害者の同意なく債権を消滅させる方法を選ぶなら、債権が本当に消滅したかどうかを再び裁判で争う。」(対日本製鉄訴訟原告代理人 林宰成弁護士)
こうした主張を読む限り、「併存的債務引受」に対する「債権者の同意」は極めて困難でしょう。
また、日本製鉄や三菱重工業が「併存的債務引受」に対する「債務者の同意」をすることは、債務(=賠償責任)を認めることになるので、実現性は極めて乏しいと思います。
このように、「債権者の同意」も「債務者の同意」も極めて困難な状況で「日帝強制動員被害者支援財団」が合法的に「併存的債務引受」を実現する道はあるのかという問題について私見を述べます。
その結論は、仮に、韓国の判例で蓄積された慣行「併存的債務引受」の内容が日本民法第474条と同一であれば、実現する道はあるということです。
(第三者の弁済)
第474条(日本民法)
1.債務の弁済は、第三者もすることができる。
2.弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。
3.前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。
4.前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない。
(説明)
●第1項では「債務の弁済は、第三者もすることができる」ことを大原則としています。
●第2項は、債務の弁済について正当な利益を有する第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができると規定しています。
●第3項は、債務の弁済について正当な利益を有する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができると規定しています。
●第4項は、「その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき」または「債権者と債務者が第三者弁済を禁止したり、制限したりする合意をしたとき」は、第三者弁済はできないと規定しています。
●本件債務は、第4項の「その性質が第三者の弁済を許さないとき」には該当せず、また同項の「債権者と債務者が第三者弁済を禁止したり、制限したりする合意をする」可能性は、ほぼ0%です。
●したがって、最後の問題は「日帝強制動員被害者支援財団」が「正当な利益を有する第三者」(第2項・第3項)に該当するかどうかになると思います。
これについては、「仮に、第三者弁済が実行されなかった場合には、確定判決により差し押さえられた日本戦犯企業の財産の現金化(競売)が実行され、これを受けて日本政府が実施する強力な『対抗措置』により、韓国の経済や国民生活が壊滅的な打撃を受ける可能性が高い」ため、「正当な利益を有する第三者」に該当するという主張が、裁判所にも受け入れられると思います。
(いずれにしても、確定判決が出るまでは「正当な利益を有する第三者」に該当するという前提で、第三者弁済を推進する(債権者が受領を拒否すれば供託する)ことになると思います。)
随分、「債務引受」に興味を惹かれたようですね。
日本企業が、韓国財団と債務引受契約を結ぶことは、株主訴訟の対象になりかねず、日本国内の批判もあるでしょうから、まずないと思います。日本政府も薦めないでしょう。
自称徴用工の皆さんは、このままではお金が貰えるのはいつになるか判らないので、韓国世論の風向きにもよりますが、8-9割の方々は、政府の方針に従い、財団との債務引受契約を結ぶと思います。あと1-2割の「どうしても日本及び日本企業から賠償を勝ち取りたい」という方は残るでしょう。言わば慰安婦合意と同じパターンです。
従って、将来韓国にまた左派政権が誕生すれば、もういちど揺り返しがあるかもしれません。ただそれは「国際的な合意を守れないし、自分で宣言したことも守れない」という韓国の評判を定着させるだけなので、別に構わないと思います。
ただ本方式での”解決”は、韓国財団が日本企業に対する求償権を取得することになるので、いわば「問題の先送り」に過ぎません。韓国側は韓国内ではいつでも日本企業に賠償請求できるのです。日本側もまた、「現金化されれば報復措置を発動させる」状態を維持することになります。
従って、日本は韓国に対する「国と国との約束を守れない国」という扱いを、本”解決”によって、変更してはいけません。「韓国向け半導体素材などの輸出適正化」の改悪や、為替スワップの締結などは、もっての他です。韓国との関係は①日米韓②安保(含む北朝鮮)③対中国(含むチップ4)など必要最小限にとどめ、段階的縮小を図るべきです。広島サミットへのゲスト国招待も感心しませんが、まあその程度の飴は仕方ないでしょう。
それにしても、本方式の成立の鍵を握る韓国世論の動向は、どうなんですかね。あのハンギョレもさほど強い反対でもなさそうな、感じですよね。
どなたか心ある自民党の国会議員の方が「実態は100対0の日本の外交勝利だ」とでも発言して、本件ぶち壊してくれたら、歓迎しますがね。
明けましておめでとうございます。いつも楽しみに拝読しております。
考えすぎかもしれませんが、もし併存的債務引受となった場合に、韓国側が主張する債権は日本企業の債務となりますので、日本企業が決算時に監査法人から引当を求められたりしないのでしょうか?国際法違反ですが海外の確定判決があるという状況ですので、保守主義の原則からみると微妙な感じがしています。
ブログ主様の専門領域かと思いますので、ご意見をお聞かせいただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
カントリーリスク対策としての引当金であれば或いは。
監査法人:韓国引揚げ費用の引当を勧告する。
日本企業:・・。無きにしも非ずなのかなと。
「債務者と契約した」「同意した覚えはない」
またこれで10年ぐらい裁判できそう。
誰がどのように設定した債務債権関係であろうと、それをこちらが認めることはこちらに非があったことを認めることになるのではないでしょうか。
そもそも、こちらに非の無い案件であり先方の裁判自体が無効なのであって、こちらは無視する以外にないのではないでしょうか。
素人考えの思い付きです。。
三菱重工等の日本企業は、韓国の最高裁の判決が確定しているので、日本企業が認めようが認めなかろうが「韓国国内」では債務者の地位にあるのだと思います。
よって、「我々は債務を認めないし、判決にも同意はしないが、「日帝強制動員被害者支援財団」が自己の責任において支払うことことを妨げない」といった発信を行うことにより、「韓国国内」的にはパターン②:債務者の同意に基づく免責的債務引 が成り立つ余地はないでしょうか。
個人的には未解決で良いと考えていますが。