不動産PFが韓国の金融システムの信管となりつつある――。こんな記事が韓国メディアに最近よく掲載されるようになりました。そこで本稿は、そもそものPF、OF、CFを含めた特定貸付債権(SL)の特徴を紹介するとともに、現在韓国で何が発生しているのかを金融評論的な視点で概観してみたいと思います。
不動産PFとは?
少し前から韓国メディアに「不動産PF」という表現が頻繁に出てくるようになりました。たとえば、こんな具合です。
韓国、銀行除く金融機関のPF貸付73兆ウォン…市場の信管に
―――2022.10.25 07:22付 中央日報日本語版より
これは韓国メディア『中央日報』(日本語版)に掲載された記事です。
記事タイトルにも「PF」という用語が出てきますが、中央日報によると、現在、韓国金融市場では、とくに不動産PF(不動産開発業者などが借入人となる融資)が大きな社会問題となり始めているのだそうです。
ちなみに金融の世界でいう「PF」、すなわち「プロジェクトファイナンス」とは、「債務の返済原資と担保の引き当てとなるものが単一のプロジェクトであるような融資」を指し、本来は不動産に限られません。多くの場合、発電施設、化学薬品プラント、輸送インフラ、環境、メディア、通信などのプロジェクトが含まれます。
中央日報によると、金融機関による融資残高は6月末時点で112兆ウォンで、この10年間で3倍に増えたのだそうです。また、この112兆ウォンのうちの73兆ウォンが銀行以外の金融機関(保険会社、証券会社、ノンバンクなど)による融資なのだそうです。
これについて、中央日報は次のように述べます。
「流動性悪化により爆発力が拡大する火薬庫を抱えているのが金融機関だ。特に今回の資金繰り悪化が火を付けたPF危機に震えているのは証券と保険、カード会社などの銀行以外の金融機関だ。PF関連の銀行制裁が強化された死角地帯と隙間に食い込んだのがこれら非銀行系金融機関だ」。
いったいどうしてこんなことになってしまうのでしょうか。
SLの特徴
そもそもプロジェクトファイナンス(PF)はオブジェクトファイナンス(OF)、コモディティファイナンス(CF)などと並んで、「債務者の信用」ではなく、「そのプロジェクトそのものの価値」に注目した融資形態を指します。
金融規制上、この手の融資は「特定貸付債権」と呼ばれ、英語の「スペシャライズド・レンディング」を略して「SL」と呼ばれることもあります。
特定貸付債権(Specialized Lending, SL)とは?
特定の事業、活動、資産を裏付とした融資。多くの場合、債務者である事業体が重要な資産・事業をほとんど有しておらず、債務を償還するための原資は裏付資産そのもの、または裏付資産からの収益以外に保有していない。したがって、多くの場合、ノンリコース性を有する
(【出所】バーゼル銀行監督委員会資料等を参考に著者作成)
SLの種類
種類 | 特徴 | 裏付資産の例 |
---|---|---|
プロジェクト・ファイナンス(PF) | 債務の返済原資と担保の引き当てとなるものが単一のプロジェクトであるような融資 | 発電施設、化学薬品プラント、輸送インフラ、環境、メディア、通信など |
オブジェクト・ファイナンス(OF) | 設備を購入するための借入金であって、当該設備から発生する収益を返済原資に充てるもの | 船舶、航空機、衛星、鉄道、タンカーなど |
コモディティ・ファイナンス(CF) | 短期的な融資であって、その返済原資が裏付資産から発生するような融資 | コモディティ(石油、金属、穀物)の在庫、棚卸資産、金銭債権など |
(【出所】バーゼル銀行監督委員会資料等を参考に著者作成)
本来、資金ショートは考え辛いのだが…
ちなみに「ノンリコース」とは、返済原資は担保の範囲に限られる、という特徴を持っていることを意味します。ただし、これらのSLは通常、プロジェクトの期間で資金ショートすることはあまりありません。なぜなら、スキームを組む時点で、そのファイナンスにかかる資金繰り計画や資金使途が最初から決まっているからです。
とくに著者自身がよく目にする不動産PFの事例でいえば、不動産開発案件について、「いつからいつまでいくら融資する」、「融資するための条件は全期間固定金利でいくらである」、「完成した不動産の入居者は誰それである」、「賃料収入はいくらである」、といった諸条件を決めてから投資家を募集するのが通例です。
細かいことをいえば、銀行等の機関投資家はこれらの金融商品に投資するにあたって、「SL」というかたちだけではなく、「不動産向けエクスポージャー」、「証券化エクスポージャー」、「ファンドに対するエクイティ出資」など、さまざまなリスク管理を行っています。
(※なお、もし本稿をご覧になられていて、何らかの投資商品に関する金融規制上の取り扱いについて詳しく業務相談したいという機関投資家の方がいらっしゃるのであれば、本記事のコメント欄ではなく、代表メールアドレスまでコンタクトをください。)
さて、それはともかくとして、「不動産PFが金融危機の信管となる」、などと言われても、「どうして?」という疑問が浮かぶのが一般的でしょう。とくに日本のストラクチャー専門家であれば、日本における不動産PFは、たいていの場合、大手企業の本社ビルの建替え事業などを思い出してしまうからです。
経営体力に乏し業者に利用されていた可能性
ただ、韓国の金融市場の状況を読む上では、こうした先入観を捨てる必要があります。先ほどの中央日報の記事の続きを読んでみましょう。
「PFは危険だが魅力的な商品だ。平均年10%前後の貸付利子が毎月得られ、基準金利0%台の時期でも5%の利子を得ていた」。
「PFは不動産事業の『始まりで終わり』と呼ばれる。韓国では数百億~数兆ウォンに達する不動産事業費を確保できる手段は多くない。不動産開発企業の立場では大きな資本がなくてもPFを活用して大規模事業を進めることができる」。
…。
つまり、この記述を信頼する限り、韓国では、不動産PFは経営体力がない不動産開発事業者によって多用され、そこに金融機関を含めた機関投資家らの資金が流れ込んでいるようなのです。
日本でもかつてバブル期に、経営体力が弱くノウハウも杜撰な不動産が乱脈にニュータウンなどの開発を行い、それらの残骸が不良資産化し、いまでも都市近郊に残っていますが、まさか30~40年遅れでかつての日本と同じようなことが発生しているというのも興味深い点です。
中央日報の記事は、さらにこう続きます。
「問題はPFの貸付根拠が事業価値というところにある。信用・担保を基準として資金を貸す一般貸付と違い、該当企業が『これから作る不動産の未来価値』を『それぞれの基準』で評価する。PFをした金融機関は該当事業の『土地取得→許認可→着工→分譲→入居』まで全過程にわたるリスクを分け合う」。
このあたりの記述もなんだかよくわかりません。
SLには多くの人(投資家、SPE、アレンジャー、オリジネーター、信託銀行、BUSなど)が関わりますし、それぞれの投資家がきちんとリスクを査定していれば、収益性のない不動産PFなど見極めができそうなものです。
不動産バブル破裂リスクはシステム全体に広がる
ただし、一般に「資産バブル」が発生するときは、当事者らとしては冷静な判断ができなくなっていることも多いようです。実際、中央日報にはこんな記述もあります。
「PFが金融市場の『時限爆弾』として浮上したのは2008年の金融危機以降だ。<中略>世界金融危機を経て大宇建設など建設会社が相次いで倒産し財務健全性が悪化すると建設会社の支払い保証は魅力が落ちた。建設会社も支払い保証に対する負担が大きくなると完工に対する義務だけ負うという責任保証に旋回した」。
つまり、韓国では不動産開発業者の経営体力が減り、その分、社会全体として銀行等金融機関が負うべきリスクが増えてしまった、ということらしいのです。
また、この手のPFに対し、銀行以外にも保険、証券、ノンバンクなどが貸し手として参入したことも、韓国におけるPFのリスクを高めているのだとか。
とくに気になるのは、こんな記述です。
「自己資本が豊富でない中小証券会社であるほどPF依存度が高い。韓国信用評価によると韓国の主要証券会社24社の自己資本に対するPF(ブリッジローン+本PF)の割合は平均39%だ」。
つまり、韓国社会において不動産PFが不動産市場に効率的に資金を流し込む仕組みとして普及した結果、リスクが高い不動産開発案件に対する国全体としての与信が高まり、金融システム全体が不動産市場バブル破裂に直面している、というわけです。
著者自身の見立てですが、1990年代後半から2000年代前半の日本の金融危機も、もともとは住専問題などに代表される80年代から90年代にかけての不動産バブルの後遺症を引きずったものだった、という側面があります。
それでも日本の場合はまだ不動産ローンは銀行等の預金取扱機関内に留まっており、不良債権問題が深刻化した際にも、証券、保険、ノンバンクといった非銀行セクターは比較的経営体力の余力を残していました。しかし、現在の韓国の場合、不動産バブル破裂リスクは金融システム全体に広がっているようなのです。
しかも中央日報の記事には、こんな記述もあります。
「延滞率はじわじわと上がっている。金融監督院によると1-3月期の証券会社の不動産PF貸付延滞率は4.7%だ。<中略>2019年末の1.3%と比較すると3倍以上高くなった」。
たった3年で延滞率が3倍に増えた、ということです。もちろん、現時点においてはまだ4.7%程度ですが、それと同時にSLで延滞が生じるというのも、スキームそのものにおける収益計画などが杜撰だったという証拠なのかもしれません。
参考:ABCP
なお、韓国メディアで最近出てくる用語としては、ほかにも「ABCP」というものもあります。
CPはコマーシャルペーパー(短期社債)ですが、「AB」とは “Asset Backed” 、つまり「資産担保型」という意味です。つまり、「ABCP」は「資産担保型コマーシャルペーパー」の略ですが、これについても余裕があれば別途、どこか別稿で取り上げたいと思います。
View Comments (12)
韓国で今一番ホットな話題ですねw
詳しくご説明ありがとうございます。よくわかりました。
> 本来、資金ショートは考え辛いのだが…
まぁ、韓国に限り(OINK)、計画通りに物事が進むはずがない、という典型例ではないでしょうか。要所要所でポッケナイナイ... 資金もショートするはずです。シランケド
>計画通りに物事が進むはずがない
備えることを知らないから、理想とのギャップに身を身を焦すことになるんですよね。
捕らぬ "多抜き"の皮算用。
当らぬはずない、宝くじ。
♩たんたん たぬきの たからくじ
"た"の字を抜いたら か〜らくじ
・・。
PFとかSLとか、鉄道ネタかと思いました。ABCPで連想するのは鉄建公団。
それはさておき、この不動産PF、「計画が杜撰なクラウドファンディグ」のように感じました。クラファンと言おうが何と呼ぼうが、不特定の投資家からの資金集めではありますが...
新宿会計士様
こちらに記事が載っていました
https://japan.ajunews.com/view/20221024163258550
どうも韓国のレゴランドの債券(ABCP?)の保証を江原道という地方自治体が行っていたみたいですが、そこが保証の履行を拒否して不渡り処理してしまったみたいです
それにより、信用問題が他の地方自治体のにも広がり、リスクとして全体にも波及してしまった感じです
地方が踏み倒して、レゴでドミノ倒し
ニュースタイトルだけで、この面白さ!はさすが韓国
>ちなみに「ノンリコース」とは、返済原資は担保の範囲に限られる、という特徴を持っていることを意味します。
要するに質と同じ。
質草をあきらめれば借りた金も返さなくていい。(質流れ)
なるほど、やはりABCPは担保付きのCPだったのですね。解説ありがとうございます。ようやく腑に落ちました。
とは言え、担保が付いているはずのCPがデフォルトを起こしてしまう、さらに保証していたはずの地方自治体がバックレるというのは、いったいどういうことなのか、なんらかの異常事態が起きているらしいくらいまでは想像がつきますが、やはりなんだかよくわかりません。
ますます疑惑、もとい疑問は深まったとでもいうのでしょうか。OINKの一語で済むような話であれば良いのですが。
南国では不動産PFだけでなく、社債発行も
ピンチになっているそうです。
(シンシアリー氏ブログ他)
利率5%以上・南国格付AAAでも、発行できない等。
原因は江原道レゴランドから始まったそうです。
江原道レゴランドは大元の公共団体が借金の
保証していたのに支払わないという、
実に南国らしいものです。
公共団体保証で公共団体が保証しなければ、
民間企業は返済可能なのか、誰にも解らない。
これが一番大きな問題なのでしょう。
僅か73兆ウォンの貸し付けで,PFなら抵当もあるので,不動産バブル崩壊とはいっても,それなりの回収率は確保できるはずです。アルコゲスでの野村證券の損害とか,ソフトバンクの失敗との比較で考えると「韓国人は小さな問題で大騒ぎするんだな」と感じます。別の所で書いた「アメリカ債券の暴落」に比べれば,本当に微々たる問題です。
この辺の解説記事をお待ちしていました。勉強になります。
先日コメント欄で話題になりましたけど、不動産PFでどこもかしこも「流通センターばっかり」作ってて、事業の収益性が悪くなってると言う記事がありました。不動産PFが社会資本整備というより単なる流行の利殖目的で使われてるんじゃないかと思いました。
保証できる会社が少なくなった上に、担保価値も以前よりショボいなんてことかも知れませんね。
堰を切ったら早いんだろうなぁ。
世の中には色んな債務があるのですね。
勉強になります。
一通り記事を拝読して、不動産PFそれ自体がポンジスキーム化している危険性を感じました