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歴史に学ぶ鈴置論考:李朝から現代が見える理由とは?

日本を代表する優れた韓国観察者・鈴置高史氏が昨日、「李朝への先祖返り」をテーマにした秀逸な論考を公表しています。「大衆化した党争」、「レミング」など、非常に参考になる用語が出てくる重要な論考ですが、それ以上に参考になるのは、やはり「歴史に学ぶ姿勢」でしょう。このあたり、歴史というものが私たち現代に生きる者にとっても、じつは大変に重要なものなのです。

韓国大統領選で誰が選ばれるのか

韓国でもうすぐ大統領選が行われます。

文在寅(ぶん・ざいいん)大統領の任期が5月9日に満了するため、その後継者を選び出すのです。

現在のところ、韓国メディアの報道によれば、「保守派」(?)とされる尹錫悦(いん・しゃくえつ)氏が一歩リードしていて、それを左派の李在明(り・ざいめい)氏が追う、という展開となっているようです。

ただ、個人的に尹錫悦氏が「保守派」なのかどうかはわかりませんが、少なくとも日本との関係でいえば、「保守派」が当選した方が日韓関係にとっては良いことだ、などと考える人が多いことは事実でしょう。

なにせ、文在寅政権時代、日韓関係はずいぶんと傷つきました。

「一丁目一番地」といえば、2018年10月と11月に相次いで発生した自称元徴用工判決問題ですが、それだけではありません。

自称元慰安婦問題を巡っては、慰安婦合意検証タスクフォース(TF)が日韓間の外交交渉記録を日本政府の了解なく一方的に公表してしまいましたし、慰安婦財団の解散させられましたし、さらには主権免除原則に反し、日本政府に賠償を命じた国際法違反判決が、昨年1月、韓国の地裁で確定しています。

また、安全保障上の信頼を損ねる行為、外交儀礼違反も多く、ことに2018年12月に発生した韓国海軍駆逐艦による海自P1哨戒機への火器管制レーダー照射事件は、一歩間違えば戦闘行為と認定されても不思議ではないほど危険な行動でしたし、その後の「低空威嚇飛行」という逆ギレも異常です。

こうした日韓関係が、「保守派政権」の誕生によって「修復」される、ということへの期待を持つ人がいても、ある意味では当然かもしれません。

保守政権ならば日韓関係は「改善される」のか?

ただ、ここでは某新聞社風に、「だが、ちょっと待ってほしい」、などと言いたいと思います。

そもそも韓国が「保守政権」だった時代に、日韓関係が最後まで良好だったことがあったのか、という事実を振り返っておく必要があるからです。

ここでは2例だけ挙げておきます。

1例目は李明博(り・めいはく)政権(2008年~2013年)です。李明博元大統領自身が大阪生まれの「在日韓国人」だったという点に加え、大企業出身の「経済大統領」との呼び声も高く、盧武鉉(ろ・ぶげん)政権時に「悪化」した日韓関係を修復する、との期待も日本国内では高かったことも事実です。

しかし、現実にこの政権の時代、李明博元大統領自身が任期末が近づいた2012年8月、韓国が不法占拠を続けている島根県竹島に不法上陸し、返す刀で天皇陛下に対し、大変無礼な発言をしたことで、日本の韓国に対する国民感情が悪化したことは間違いありません。

外交に関する世論調査』を眺めてみても、日本国民の対韓感情は、2012年10月以降、急激に悪化している(図表1)のに加え、韓国との関係が「良好だと思わない」人の割合が激増した(図表2)ことが明らかです。

図表1 韓国に対する親近感の推移

(【出所】『外交に関する世論調査(令和3年9月調査)』より著者作成)

図表2 韓国との関係が良好かどうかに関する認識の推移

(【出所】『外交に関する世論調査(令和3年9月調査)』より著者作成)

朴槿恵政権時代、韓国はむしろ「中国重視」に舵を切った

そして、李明博政権時代に傷ついた日韓関係を巡っては、これに続く朴槿恵(ぼく・きんけい)政権が修復してくれるに違いない、といった期待感が高まったこともまた事実でしょう。

実際、朴槿恵政権が発足したのは、日本で安倍晋三総理が第二次政権を発足させた直後のことであり、安倍総理の祖父である岸信介と、朴槿恵氏の父である朴正煕(ぼく・せいき)が「親友同士だった」とされるなど、個人的なつながりを活用した日韓関係の「改善」が図られる、との「予言」がもっぱらでした。

安倍 “祖父と朴正熙大統領 親友だった”

―――2013-02-24 22:01付 ハンギョレ新聞日本語版より

ただ、残念ながら、朴槿恵前大統領自身は、「米国に続く2番目の訪問国を日本とする」という韓国の歴代大統領の「慣例」を破り、米国に続く2番目の訪問国として、中国を選びました。また、朴槿恵氏は在任中、ただの1回も日本を訪れることはありませんでした。

つまり、「保守派大統領」だからといって、日韓関係が良好な状態でその大統領が在任期間を終えるとは限らない、というのが、過去の歴史が我々に教える教訓です。

歴史に学ぶ鈴置論考

こうしたなか、(尹錫悦氏が「保守派」かどうかは別として、)当ウェブサイトごときが「保守派政権になっても日韓関係が修復されることはない」、などと申し上げたとしても、あまり世間的に注目されることはありません。

しかし、日本を代表する優れた韓国観察者である鈴置高史氏であれば、少なくない人が耳を傾けるでしょう。

昨日はその鈴置氏の最新論考が、ウェブ評論サイト『デイリー新潮』に掲載されていました。

誰が大統領になっても韓国は「内紛の時代」へ 「レミング」が生む李朝への先祖返り

韓国政治の自壊が止まらない。「内部抗争のあげく滅んだ李氏朝鮮と同じだ」との自嘲が漏れると韓国観察者の鈴置高史氏は言う。<<…続きを読む>>
―――2022/02/21付 デイリー新潮『鈴置高史 半島を読む』より

ウェブページ換算で4ページ、文字数も7000文字近くに達する長文です。

しかし、今回の論考は、普段にもまして読みやすく、朝鮮半島問題に関心がある方であれば、ひざを打ち、共感しながらあっという間に読了してしまうことは間違いありません。というよりも、「賢者は歴史に学ぶ」の格言を思い出してしまう、非常に優れた論考です。

記事タイトルにある「李朝」とは、今から100年以上前に滅亡した李氏朝鮮のことです。

歴史教科書を読むと、李氏朝鮮といえば「内部抗争」、「党争」が重要なキーワードですが、今回の鈴置論考も、韓国の識者・A氏が鈴置氏に対し、電話で「李朝の党争」が現在の韓国大統領選に復活した、と指摘するところから始まります。

そして、李在明氏が遊説で「負ければ無実の罪で刑務所に行くことになる」と述べたことなどをもとに、鈴置氏は「大統領を降板すると刑務所に送られるのが韓国の通例」としつつも、「大統領選挙で落選しても監獄行き」という「新たな慣例」に言及しているのです。

まさに、李朝時代の党争そのものでしょう。

「いきなり『党争』などと言われても…」

ただ、私たち一般の日本人が、いきなり「党争」などと言われても、ちょっとピンときません。それに、韓国といえば、とくに1960年代以降、今でいう「開発独裁」を通じて経済発展してきた国であり、その国内が党争で混乱している状態にある、などと言われても、やはり唐突感があります。

しかし、これについても鈴置氏は、ちゃんと答えを用意しています。そもそも韓国で政治が安定していたのは、建国から1988年2月までの期間の多くを通じ、軍人が実質的な独裁政権を維持していたことと関係がある、というのです。

鈴置氏はこう指摘します。

『文人が圧倒的に優位だった朝鮮半島では異例の時代だった』と韓国研究者の田中明氏は評しました。その『異例』がさほどの抵抗もなく受け入れられた背景には、文官の間の熾烈な抗争――党争で国が衰微した李氏朝鮮の苦い記憶がありました」。

すなわち、むしろ朴正煕、全斗煥両大統領による「軍人独裁」の時代こそが、韓国にとっては例外的だった、ということです。これに対し、李承晩などは「李朝以来の伝統的な文民政権」であり、「これまた伝統的に党争に終始して国を混乱に陥れた」というのが、鈴置氏の指摘です。

その上で鈴置氏は、1970年に日本語で出版された『朴正煕選集』のなかに、「大韓民国建国後の政治的混乱は李朝時代の党争に根がある」と朴正煕自身が断じた記述があることを指摘しています。

しかし、そんな昔のことを、唐突に指摘されても困ります。もう李朝ではないからですし、現代の韓国はきちんとした民主主義国家だと、私たちの多くは信じています。これについて、どう考えれば良いでしょうか。

鈴置氏の答えは、こうです。

そうはならないのです、韓国では。指導層を諌めるどころか大衆が大型デモで政権を揺らす手法が定着しました。デモの背後には政権に対抗する政治勢力がいることが多い。『党争の大衆化』です」。

「党争の大衆化」(!)。

これは、1960年に李承晩政権を、1987年に全斗煥を揺さぶった学生らによる大規模な民主化デモのことを指しているのですが、実際に李明博政権も2008年に「狂牛病デモ」に見舞われましたし、朴槿恵前大統領が2017年に弾劾に追い込まれたきっかけも「ろうそくデモ」でした。

なるほど、大変にわかりやすいたとえです。

「レミング」「李朝」…重要なキーワード多数

ほかにも、今回の鈴置論考には「レミング」、あるいは「レミング効果」という重要なキーワードが出てくるのですが、これについての意味合いは、是非とも鈴置論考で直接確かめていただきたいと思います。

そして、この「レミング効果」自体がときおり「人間の世界でも見かけられる」という主張を、韓国人ジャーナリストが保守サイト『趙甲済ドットコム』に寄稿している、という点については指摘しておく価値があるでしょう(ほかにも、鈴置論考ではブロガーのシンシアリーさんの論考にも言及されています)。

なにより困ったことに、時間の経過は韓国人から「李朝の苦々しい記憶」を抹消しつつあります。

今回の鈴置論考も、歴史に学びつつ、豊富な実例をもって、李朝の歴史が繰り返されつつあるのではないかとの懸念を抱かせるには十分でしょう。

いずれにせよ、今回の鈴置論考でも、私たち日本人が最も学ばねばならないのは、最後の1文です。

是非、それを直接確かめていただきたいと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (26)

  • おはようございます。
    党争の大衆化、というと、要するにデモ行為の肯定ですね。
    左巻きのお花畑さんたちが、ロウソクデモを「キャンドル革命」と呼んで美化する、というか。
    彼らが唾棄する朴正熙大統領をさらに否定するために、李氏朝鮮時代の党争を正当化までする、なんてビックリしますが。歴史ロンダリングもここに至れり?
    不幸中の幸いというか、武漢肺炎のおかげで大規模なデモ活動を抑え込んで来れたのが現政権です。
    果たして、次に来る大統領はデモ活動をどうするのか?
    もし尹候補が当選すれば、左派は当然「キャンドル革命2.0」を目指すでしょうし。
    李候補が当選しても、経済破綻への不満からの大規模デモは避けられないだろうし。
    うーん。

  • 最初の1880年代の南大門の写真、誰がWikipediaに上げたのかと思ったらあばさーさんか。まだ元気に編集しておられるようで。この写真を見てソウルには瓦屋根の家は無かったっていう人がいるけど、この藁葺の家は道路を不法占拠して建てられた土幕で、この後ろに本来の通りに沿って瓦屋根の家が並んでいます。土幕は度々火災の原因になったそうですが、李朝がなぜ排除に躍起にならなかったのか謎。

    今回の鈴置コラムで一番面白かったのは一番最後の大正10年の『朋党士禍の検討 九雲夢』を引用しながら書かれた部分。でもまあ、後20年統治が続いていたら少しは変わっていたかも。

    ・そして、この序文は朝鮮の宿痾を理解せず、彼らを変え得るとの前提で統治を進めることは「無意味と云はうより、寧ろ害毒の一方」と日本人に訴えています。

    • ちなみに、写真の元ネタの労働経済社「映像が語る日韓併合史」も、河を渡る笑顔の慰安婦とか、日清戦争で捉えた清国兵士を前に自慢気に写っている朝鮮兵の写真とか色々載ってて楽しい本です。

  • (鈴置論考:韓国に民主主義が根付かないのはなぜか・・。から)
    >成熟した民主主義を知らない社会には、それを求める声は起きず、それに進むこともないのです。

    *相対的に保守と左派に分類されてるだけで、絶対的には左派と極左派でしかないんですものね。
    (たぶん)

  • 党争を左右の葛藤の繰り返しとして見るのは、日本人には分かりやすいでしょうが、本質では有りません。

    「対等の無いウリナム社会には、必ず階層が発生し、階層が下なのは不正によって作り出され、上を攻撃する権利を肯定する」。
    「上の立場は不正によって作り出されたものであるが、自らは上に成りたがる」。
    これらは、上下が入れ替わろうが、変化しなかろうが、格差、階層が存在する限り、無限ループします。また、韓国人の上というのは、最上位のみですので、ほぼ韓国人全員が似たような意識で、現代社会を形成しています。

    結局は、韓国特有の「恨」と「相対的剥奪感」、「小中華的思想」が、現代的に変化したように見えながら、本質は変わらないので、結局朝鮮時代に近づいているのです。

    分かりにくいニカ?

  • 金泳三氏が大統領に就任した頃、ある韓国の知識人が「これでもう韓国は大丈夫です。文人が政府を担うようになりましたから」と語ったという話が伝わっています。日本人からすれば、なぜ「文人」ならば「大丈夫」なのかよくわかりませんが、韓国人にとっては、軍人が政権を担うというのは、良く言っても一時避難の不正常な状態であり、「文人」が政権を担うのが「あるべき姿。正しい姿」という観念が染みついていると言うべきでしょう(*)。

     (*) 「文人ガ―」ではなく、民主的に大統領が選出されたことを喜んだのだという見方は
       正しくありません。選出手続きという意味であれば、前任の盧泰愚氏だって、全国民
       による直接選挙で選出されているのです。

    良く知られているように、「文人絶対優位」が貫徹されたのが李朝時代です。例えば、「両班」にしても、本来は科挙における文班と武班の二つを合わせた呼称でしたが、その後ほぼ文班だけが問題にされるようになり、さらには貴族階級の名称に転じました(考えてみれば、文班絶対優位なのに"両班"という名称だけは残ったのも不思議と言えば不思議)。
    そんな文人絶対優位であった李朝の政治史は、簡単に言えば、王族内の内紛と党争、つまりは内輪もめに終始した500年でした。文人政権への復帰が喜ばしい事態であるとするならば、ちょっと視点をずらせば、内輪もめの世界への復帰を歓迎することに他ならないのです。

    鈴置さんは「党争の大衆化」と喝破されていますが、その一つの理由として、階級としての両班の解体と拡散があると思います。日韓併合によって両班は階級的特権を失いましたが、すでに李朝末期には国民の過半数が両班の家系を自称しており、それがさらに拡散することになりました。そして、両班であるからには党争に血道を上げるのが正しい姿です。軍部独裁の頃はまだ抑えが効きましたが、「民主化」によってタガが外れました。現在の状況は、「大衆化された党争」がもはや誰の目からも覆い隠せなくなったのだと考えればすっきりするでしょう。

    • 確かに韓国では、選挙で選ばれた盧泰愚のことも、所詮軍人と括っていましたね。当時に違和感を感じていたのを思い出しました。

      こないだ龍さんと「鈴置さんは歴史のことを書かないね」と話したばっかりでしたので、鈴置さんがここのコメント読んでるのかしらと思いました。(笑)

    • 日本国憲法の規定でも軍人は総理大臣にはなれないよ

  • お疲れさまです。

    丁寧な無視で、韓国内で勝手に争ってくれればそれに越したことはございません。

    その上で、現金化されたと日本が見なせば、それに対する対応を希望いたします。

  • 旧内務省にあったはずの過去資料は破棄され失われてしまっているのでしょうか。
    記録好きの日本人官僚ですから相当なものがあったはず。
    中国文字を排除することにより彼らは自らの歴史を辿るのを放棄してしまったようです。今はせっせとハングルで妄想をつづっているかのようです。

  • まあ党派の争いは、古今東西起こるものですけどね。韓国民の激しやすい性格と、「ネロナンブル」が当たり前の後進性が、深化させている要素もあります。あの民主主義の権化のような米国でも、いまやトランプ支持者が共和党を占拠し、異なる意見を顧みようともしません。我が国がその轍を踏まないように、「人のふり見て我がふり直せ」でしょう。ネット世論も激しがちですから。

  • 犍陀多を日本的感覚で救うことはできません。
    彼はその行為の真意が理解できないのですから、ただ罪が増えるだけになります。
    仕方ないので、私たちは地獄でのた打ち回るか彼を哀れに思い眺めていることこそが望ましい態度となります。
    また、彼なす場合は容赦なく罰を与えること。
    それは、彼らにとって一番理解できる接遇であり、情けというものです。

  • 今回の鈴置さん論考は、いつにも増して濃い感じでした。実際に渉外活動に関与されている方々には是非とも読んでいただきたいものです。

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