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法律は人権に勝る

日本で生まれ育ち、日本の高校に通うタイ人の少年が、強制退去処分を受けました。少年側はこれを不服として国を相手取って提訴したものの、一審、二審ともに敗訴。現在、少年は上告するか、判決を受け入れてタイに帰国するかを迫られています。強制退去処分を受けた少年のことは非常に気の毒ですし、「人権」という観点からも気になる話ですが、真に「法治主義」を理解している人にとっては、結論は一つしかありません。それは、「強制退去やむなし」、です。

タイ人少年強制退去事件のあらまし

日本で生まれ育った少年の強制退去問題

先週、日本に不法滞在していたタイ人の両親から生まれた甲府市内の高校生の少年の退去処分を認める高裁判決が下されました。

「とても悔しい」日本で生まれ育ったタイ人少年「退去処分」取消し請求、二審も棄却(2016-12-06 15:23付 オリコン・スタイルより【弁護士ドットコム配信】)

いわば、地裁、高裁がいずれも、この日本で生まれ育った少年に対して東京入管が下した「強制退去処分」の決定を支持したのです。これに対し、マス・メディアを中心に、「人道上の観点」からいろいろ考えさせられる、といった論調が沸き起こっています。

実は、この事件は既に、いくつかのメディアが以前から注目しており、昨年の「ハフィントンポスト日本語版」にも、問題の少年の特集記事が掲載されていました。そのリンク先は、次の記事です。

「日本で生まれたことが罪なのでしょうか?」日本生まれ日本育ちのタイ人少年、在留許可を求める(2015年04月24日 19時13分 JST付 ハフィントンポスト日本語版より)

リンク先記事には、この少年が昨年書いた「裁判官にお願いしたいこと」と題する、400字詰め原稿用紙5枚あまりに及ぶ上申書が掲載されていますが、著作権の都合があるため、全文引用はできません。そこで、私自身の文責で、かいつまんで内容を紹介しておきます。

上申書では、少年が

  • 平成12年(2000年)1月21日に甲府市で誕生以来、母と一緒に各地を転々としたこと
  • 「オアシス」というボランティア団体が主催する「子ども会」で勉強を続けたこと
  • 13歳の時に甲府市の教育委員会に掛け合い、中学二年生に編入したこと
  • 2014年8月に母親とともに入国管理官から強制退去命令を受けたこと

などの事実をしっかりとした日本語で説明したうえで、

「僕は日本で生まれて育ったので日本のことしか知りません。タイには言ったこともなければ、友だちもいません。タイ語は話せるけど読んだり書いたりできません。どうして退去しなければならないのか納得できないのです」

と主張。そして、

「僕は特に甲府に来てから一生懸命頑張ってきたと思っています。どうして僕が日本に居られないのでしょうか?何か悪いことでもしたのでしょうか?何か悪いことを下のなら、教えてほしいと思います。人はお父さんとお母さんを選ぶことができません。僕はお父さんを知りません。僕が生まれたことは悪いことだったのでしょうか?僕は産んでくれたことを感謝しています。産んでもらって良かったし、友だちと楽しく、一生懸命生きていきたいと思っています。どうか僕のことを認めてほしいと思います。何も悪いことをしていないのに、なぜ罪があるように扱われるのでしょうか?僕が日本で生まれたことが罪なのでしょうか?僕は悔しいです。」

と、一生懸命、裁判官に訴えかけています。非常に悲痛な叫びでもあります。

確かに、少年から「この世に生まれてきたこと自体が悪いことなのか?」と尋ねられれば、非常に心が痛みます。少年が自ら主張する通り、人は自分の両親を「選ぶこと」などできないからです。

では、このことについて、私たちはどのように考えればよいのでしょうか?

不法滞在の発覚恐れて逃げ回る

確かにこの少年の上申書は「悲痛なもの」であり、感情的には少年に「特別の滞在許可を与えても良いではないか?」と考えてしまう人もいるかもしれません。

しかし、この少年、あるいはその母親のこれまでの行動について調べていくと、いくつかの不可解な行動があります。

まず、この少年の両親は就労ビザなしに1990年代までに来日。少年が生まれてまもなく父親とは離別し、その後、少年は母親と二人で暮らすものの、母親は「不法滞在の発覚」を恐れて各地を転々としたそうです。

その後、母親の配慮で甲府市内の人権支援団体(少年の上申書にある「オアシス」のことでしょうか?)の主催する学習教室に通い、13歳の時に甲府市内の中学校に2年生で編入。そのうえで2013年に東京入管に特別在留許可を申請したものの、不法滞在を理由に、2014年に母親とともに国外退去処分を受けた、というものです。

恨む「相手」が違う!

そこで、この少年は2015年に処分の取り消しと在留特別許可を求め、国を相手取って東京地裁に提訴しました。しかし、今年6月の一審判決、12月の二審判決ともに原告の訴えを退けました。今のところ、原告の少年が最高裁に上告するかどうかに関する続報はありませんが、仮に上告したとしても、おそらく最高裁でも判断は変わらないでしょう。

では、この少年が退去処分を受けたとしたら、この少年がなにか「悪いこと」をした、という意味なのでしょうか?実際、この少年は「母親が日本人ではなかった」というだけの話で、本人が何か日本で不法行為をしたというわけではありません。それなのに「強制退去処分」とは、心が痛むのも事実です。

しかし、確かにこの少年が日本の法律を犯したわけではありませんが、結論からいえば、今回の東京入管の処分、裁判所の判決は、いずれも妥当なものです。なぜなら、少年自身の決定ではないにせよ、「正当な資格もなしに日本に不法滞在している」という事実は揺るがないからです。

残念ながら子供は親を選ぶことなどできませんが、そもそも母親が就労ビザも持たずに日本に入国して不法滞在を続けるという「犯罪者」です。それも、発覚を恐れて各地を転々とするなど、「確信犯」的な行動を取っていることから、事態は相当悪質です。何より、日本は法治国家であり、「かわいそう」などの「感情」だけで不法入国者の特別滞在を認めていると、法の支配が揺るぎかねません。

少年が誰かを「恨む」なら、適法に強制退去処分を下した東京入管でも裁判所でもなく、本来ならば「不法滞在」という原因を作った母親の方でしょう。

聡明な少年だからこそ、法に従って再入国を!

ただ、先ほど紹介した「ハフィントンポスト日本語版」に掲載された少年の上申書を読んだ印象は、幼少期に教育を受けていない割に、語彙も豊富です。また、動画サイトを調べても、発言も明瞭ですし、非常に理路整然としていて、非常に聡明な少年のようです。

幸い、本人は日本語能力も高いので、いったんタイに帰国して、そこできちんと勉強し、改めて適法に日本に来る、ということが良いのではないでしょうか?

私は「少年」と書きましたが、16歳といえば、もう分別も付いて自分で自分の進路を決めることができる年齢ではないでしょうか?少年が将来、何をやりたいのかは、私にはわかりませんが、少年の上申書にも「立派な大人になって真面目にしっかりと働きたい」「困っている人がいたら手助けできる人になりたい」とありました。

若いのに、非常に結構な心がけです。そうであればなおさら、「お情けの例外扱い」ではなく、正々堂々と日本に滞在できるよう「努力」すべきです。私のこの文章が本人の目に留まるかどうかはわかりませんが、私はこの少年の将来を、陰ながら応援したいと思います。

法を破ることの意味を知れ!

増加に転じた不法滞在者数

ところで、少し古いデータですが、法務省のウェブサイトによれば、日本にはアジア諸国を中心とする各国からの不法残留者が2016年7月1日時点で約6万人いるそうです。

国別の実数で見ると、韓国と中国の人数が圧倒的に多く、この2か国だけで全体の3分の1を占めている状況ですが、これに加えて近年ではタイやベトナム、インドネシア国籍の不法滞在者数が増加傾向にあります。

法務省が発表する正確な内訳については図表1、推移については図表2をご参照ください。

図表1 国籍別不法滞在者数
国籍別 2012年
1月
2013年
1月
2014年
1月
2015年
1月
2016年
1月
2016年
7月
韓国 16,927 15,607 14,233 13,634 13,412 13,180
中国 7,807 7,730 8,257 8,647 8,741 8,592
タイ 3,714 3,558 4,391 5,277 5,959 6,287
フィリピン 6,908 5,722 5,117 4,991 5,240 5,218
ベトナム 1,014 1,110 1,471 2,453 3,809 4,322
台湾 4,571 4,047 3,557 3,532 3,543 3,607
インドネシア 1,037 1,073 1,097 1,258 2,228 2,280
マレーシア 2,237 2,192 1,819 1,788 1,763 1,776
シンガポール 1,586 1,304 1,079 1,066 1,055 1,030
ブラジル 1,290 1,075 1,013 988 983 968
その他 19,974 18,591 17,027 16,373 16,085 16,232
合計 67,065 62,009 59,061 60,007 62,818 63,492
図表2 国籍別不法滞在者数の推移

このグラフを見ていて思い出すのは、外務省が「入国ビザ」の免除を行っている国の一覧です。

外務省のウェブサイトによると、日本が入国ビザを免除している国・地域は、2014年12月末時点で67か国です(図表3)。

図表3 日本が入国ビザを免除している国・地域
地域 国数 具体的な国
アジア 9か国 インドネシア、シンガポール、タイ、マレーシア、ブルネイ、韓国、台湾、香港、マカオ
北米 2か国 米国、カナダ
中南米 12か国 アルゼンチン、メキシコ、ウルグアイ など
大洋州 2か国 豪州、ニュージーランド
中東 2か国 トルコ、イスラエル
アフリカ 3か国 チュニジア、モーリシャス、レソト
欧州 37か国 欧州主要国など

しかし、私自身が以前、『訪日観光客2000万人計画に「穴」はないのか?』でも指摘したとおり、いかに「観光産業振興のため」とはいえ、ビザ免除の結果、不法滞在者数が増えているということであれば、本末転倒です。

東京入管「豚肉提供事件」

もう一つ、不法滞在者が増えれば増えるほど問題となるのが、「文化・宗教の摩擦」です。今年と昨年、東京入管で強制退去手続中のイスラム教徒に対し、豚肉を提供したという問題が発生しています。

各種報道によると、事件のあらましは次の通りです。

2016年8月3日の事件
  • 東京入管横浜支局が2016年8月3日夕方、退去強制手続で収容中のパキスタン国籍のイスラム教徒の男性に対し、誤って豚肉のハムが入った煮物を提供した
  • 宗教上の理由から豚肉が禁忌となっているにも関わらず、入管が誤って提供したもので、パキスタン人男性は抗議のため水と蜂蜜しか口にしていない、
  • 支援団体は入管に対して厳重に抗議した
2015年8月12日の事件
  • 入管は2015年8月12日、豚肉のベーコンを含んだマカロニサラダを収容中のパキスタン国籍のイスラム教徒の男性に提供した
  • 男性はこれを「人権侵害」だとして、水と栄養補助剤しか摂取しないハンガーストライキを続けている

いずれの事件も、不法滞在で強制退去手続中の出来事であること、パキスタン国籍のイスラム教徒であること、など、事件の概要や「被害者」の国籍、その後の経緯がそっくりです。

もちろん、東京入管は、イスラム教徒にとっての「禁忌」がとても大事であるということを、きちんと理解すべきですし、こうしたミスは批判されてしかるべきです。日本国の公務員に対しては、日本国憲法に従い「人権の尊重」が義務付けられており、たとえ相手が外国人であったとしても、最低限の節度を守ることが必要であることは言うまでもありません。

ただ、それと同時に、豚肉を食べることは、日本では違法でも何でもなく、豚肉を食材に使った食事を提供したこと自体は、「日本国における慣習に照らして」、著しく不当であるとは言えません。よって、東京入管の職員が「誤って」豚肉の入った食品を収容者に提供したことが、「著しく不当な行為」と見るべきではありません。むしろ、「自分の意志で日本にやってきた」のであれば、「日本国内でイスラムの戒律を守ることが難しい」ということを理解する責任は、不法滞在者の側にあります。

本末転倒甚だしい「人権」の議論

タイ人少年の議論にせよ、イスラム教徒への豚肉提供の議論にせよ、重要なことは、いずれも「人権」の尊重がとても大事であるということです。ただ、それと同時に、「人権」は「法」よりも上位に来ることはありません。あくまでも日本は「法治国家」であり、主権者である国民が国会を通じて決めた「法律」が最上位の規範として支配する社会です。

当然、「人権」は「法の許す限り」、最大限尊重されるべきですが、「人権を守るためには法を犯しても良い」、という話ではありません。日本は世界に冠たる先進国であり、その経済大国の責任として、国際貢献しなければならないことは言うまでもありません。ただ、難民や移民の受入れなど、「日本社会を壊してまで」行う国際貢献は、本末転倒です。なぜなら、日本社会が壊れてしまえば、日本は国際貢献などできなくなってしまうからです。

なお、本日は締めとして、冒頭で紹介したタイ人少年に、私からエールを送りたいと思います。

「日本社会は適法に入国した外国人を尊重する社会です。貴君は聡明で優秀な若者であり、日本社会で学び、働きたいのであれば、自分で努力することによって、今度は『合法的に』、再び日本に来てください。日本社会の法秩序を守るのならば、貴君を歓迎します。」

と。

新宿会計士:

View Comments (1)

  • 日経ビジネスオンライン『「外国人歓迎」と言いつつ鎖国続ける嘘つき日本』に、次のコメントを投稿しております。

    この事件、タイ人少年に一切の過失・違法性はない。その意味では、「悪いことを何もしていないのに国外退去処分を受ける」というのも割り切れない思いを抱くのも事実だ。「何も悪いことをしていないタイ人少年に強制退去処分が下された」という一面だけを切り取ってみれば、確かに可哀想だし、「人道的に寛大な措置」を求める心理も理解できなくはない。

    しかし、それと同時にこのタイ人少年は「日本に滞在するための合法的な根拠がない」という状態であることも事実だ。そして、彼はタイ国籍を所持しているのだから、本国・タイに帰ったところで入国拒否に遭うこともないし、生命の危機に晒されるわけでもない。何より、この少年、「不法残留状態」の発覚を恐れ、幼児期に母親と一緒に各地を転々としていたとか。

    そうなると、この少年は母親とともに、敢えて「日本の法を犯す」ことを選択し続けた、と評することもできる。そして、日本は「情治国家」ではなく「法治国家」だ。例外を認めると、彼以外にも大量の不法残留者に特別滞在を認めなければならなくなるし、何より、正当な残留許可を所持している外国人に対しても失礼だろう。

    それから、「嘘つき日本」というタイトル、日本国民の一人として到底容認できない。日本は法治主義国家であり「嘘つき」ではない。直ちに訂正を求める。