X

ポートフォリオ理論とビジネス

あるセミナーの準備をしているときに、「ポートフォリオ理論」を復習する機会がありました。ふと気づいたのですが、この「ポートフォリオ理論」、個人でも企業でも国家でも、いかようにも応用が利きます。本日は、少しマニアックですが、中小企業の中国進出を例にとり、金融の理論をベースにしつつもビジネスを議論してみたいと思います。

ポートフォリオ分散の基礎

私はこのブログを通じて、「読んでくださった方が、知的好奇心を刺激されるような話題」を提供するように努めています。先日、セミナーの準備をするために「ポートフォリオ理論」を復習していたのですが、それに絡む雑感です。

金融の世界では、「ポートフォリオの分散」という理論が有名です。これは、「財産をいろいろなものに投資して分散して持っておけ」、という思想です。「ポートフォリオ」(portfolio)とは、有価証券の世界でいう「保有している銘柄の種類」のことで、もともとはイタリア語の「財布」(portafoglio)から来ているものです。そして、「分散」とは、「いろんな種類の財産に分ける」、という意味です。

具体例を挙げます。1億円の財産を持っているAさんとBさんという人がいるとします。この2人の「ポートフォリオ」は次の通りだったとしましょう(図表1)。

図表1 ポートフォリオの分散度合い
Aさんのポートフォリオ Bさんのポートフォリオ
現金・預金 3000万円(30%) 1000万円(10%)
株式 3500万円(35%) 0円(0%)
不動産 3500万円(35%) 9000万円(90%)
合計 1億円 1億円

AさんとBさん、どのような違いがあるでしょうか?

Aさんの場合は1億円を「現金・預金」、「株式」、「不動産」に分割して保有しています。しかし、Bさんの場合は、資産の90%が「不動産」です。地震・火事が発生するなどして不動産の価値がゼロになってしまうと、Bさんの財産は90%が失われる、という計算です。

こうした「ポートフォリオの分散」理論は、証券会社の営業の人が持ってくるパンフレットに書かれていることが多いように思えます。つまり、「日本人は不動産ばかり持っているから、リスク分散のために株式も持とうよ」という提案です。

もちろん、この「ポートフォリオの分散」については、現実の世界では必ずしも正しいとは言えません。たとえば、株式だと配当金は投資額に対してせいぜい数パーセントですが、賃貸用不動産だと、物件次第では10%近くにまで達することがあります(※ただし現時点で不動産市場は過熱気味であり、投資収益率はそれほど高くないようですが…)。

また、株式の場合は「買った時より値上がりした際に転売」すれば利益が得られます(いわゆる「キャピタル・ゲイン」)が、逆に「買った時より値下がりする」というリスクもあります。これに対し、不動産(特に中古物件)の場合は、災害でもない限り、価格が乱高下することはないといわれています(東京の場合、中国人ら外国人投資家の「爆買い」で価格が上昇気味ですが…)。

ただ、「ポートフォリオ」はあくまでも例であって、一般的には「収益源を分散させておくこと」は有効だといわれています。そして、それは個人でも会社でも、あるいは国家でも成り立つ話です。

敢えて経営資源を集中させるという選択肢

ただ、私自身、敢えて経営資源を「分散」させずに「集中」させる、という投資戦略もアリだと思います。たとえば、冒頭に示した「Aさん」と「Bさん」の事例にもありましたが、「これからは株式よりも絶対に不動産の方が儲かる!」と自信を持っているのであれば、敢えて財産を現金や株式に分散させずに不動産に集中させる、という戦略も成り立つと思います。

これに加え、個人レベルでは、「得意分野を見つけてそこを伸ばす」、という努力が重要です。たとえば私の場合、専門分野は「金融商品会計と金融規制」であり、これに特化しているというのが「ウリ」です。もちろん、公認会計士の資格さえあれば、公認会計士としての会計監査(独占業務)もできますし、税理士試験・行政書士試験を受験することなく税理士登録・行政書士登録もできます(さらに限定的ながら司法書士・社労士業務もできるようです)。しかし、いまさら自分の専門分野と関係のない会計監査や税務などの慣れない業務に手を出す気はありません。

その意味で、「リスクの分散」とは「不確実性が高い時に有効な戦略」であり、「リスクの集中」とは「不確実性が低い時に有効な戦略」である、という言い方ができると思います(図表2)。

図表2 リスクと投資戦略
不確実性 取るべき戦略 理由とデメリット
高い リスクの分散 どんなリスクがあるかわからない場合、ポートフォリオは極力、分散させておく方が安全だから。ただし、投資収益率は低くなる
低い リスクの集中 確実に儲かるとわかっているのなら、ポートフォリオ・経営資源は収益率が高い資産に集中させるべき。ただし、リスクは高くなる

中小企業の中国集中リスク

こうした「集中と分散」の理論は、企業の海外進出に関しても有効です。

いまでこそ「チャイナ・プラス・ワン」(中国だけでなく東南アジアなどにも進出すること)や「脱中国」(中国から撤退すること)といったキー・ワードを経済誌等でも見かけるようになりましたが、今世紀初めの日本のメディアは、こぞって「中国進出」を呼びかけていました。「中国は人件費も安く、経済成長も著しい国だから、今のうちに中国に進出すべきだ」とする議論です。また、「日本は少子高齢化でお先真っ暗だから、なおさら中国に進出すべきだ」と主張している方もいらっしゃったと記憶しています(敢えて実名は挙げませんが…)。

冷静に考えると、「人件費が安い」という状況であったとしても、「経済成長が著しい」のなら「人件費も高騰する」ことくらい、予想がつきそうなものです。また、当時の企業経営者らが基本的な統計書をきちんと読んでいれば、「少子高齢化の速度は日本よりも中国の方が遥かに速い」だとか、「中国の経済構造は投資と輸出に過度に依存していて、GDPの規模に比べると内需の比率は低い」だとか、「人件費は急騰が予想される」だとか、そういった事実に気付くことができたのではないかと思います。

しかし、実際にはメディアの報道に煽られる形で、多くの企業が中国に進出しました。そして、大企業ならともかく、中小企業のように企業体力に比べて巨額の対中投資をした企業は、人件費の高騰や法務リスクなどに苦しんでいると聞きます。こうした中、やや古いレポートで恐縮ですが、インターネットのウェブサイトで、少し気になる資料を見つけました。

日本企業に迫るチャイナリスクの脅威~懸念される中小企業への波及~(2015/09/08付 帝国データバンクHPより※PDF注意)

帝国データバンクによると、「中国事業の失敗によって倒産する中小企業が相次いでいる」(P2)としています。その要因をブログ主なりの言葉で要約すると、

①人件費高騰、②売掛金回収難、③中国政府からの工場移転命令、④品質問題、⑤反日感情の高まり

ということだそうです。これをもう少し詳細に見てみると、①②は中国のスタグフレーション(人件費高騰と経済成長の鈍化が同時に訪れていること)、③⑤は中国の政治リスク、④は中国社会の問題、と分析できます。これを「中国進出のリスク」という側面に置き換えますと、

  • 経済情勢の悪化(物価上昇と経済成長の鈍化)
  • 中国の社会リスク(食品偽装・衛生問題等)
  • 中国の政治リスク(許認可の取り消し、反日感情の高まり)

という三つの要因に整理できるでしょう。

このうち最初の要因(経済情勢の悪化)については、中国に進出した時点で予測できなかったとしても仕方がありません。しかし、残り二つの要因については、今始まった問題ではなく、昔から中国に内在するリスクです。これらのリスクがあるにもかかわらず、中国に進出してしまった中小企業は、いわば経営資源の選択に失敗した格好です。

「自業自得」ではなく「集中と分散」の活用を

企業の中国進出が結果的に失敗だったとして、それを「その企業の自業自得」と笑うのは簡単です。しかし、そこには何も意味などありません。むしろ重要なのは、「失敗例を見てそれをきちんと分析すること」だからです。

中小企業はただでさえ資本・経営体力が乏しく、情報収集力も限られているのですから、本来、ポートフォリオ理論からすれば、「自分の得意分野に集中する」か、それとも「できるだけ経営資源を分散させる」か、そのいずれかしかありません。中国に詳しいわけでもないのに、その中国に貴重な経営資源を突っ込んでしまうと、失敗する確率が高いのも当然といえるでしょう。

そして、経営リスクは、何も「中国リスク」だけではありません。日本国内でも少子高齢化が進む一方で社会の構造変革が続いていますし、新聞・出版・テレビ業界のように「先細り」の業界がある一方でインターネットの発展は急速です。

私は、こうした不確実性の高い世の中では、ポートフォリオ(個人だと財産、企業だと経営資源)を分散させるか、それともきちんと勉強して自信があるものに一点集中型でポートフォリオを集中させるか、そのいずれかしかないと考えています。

新宿会計士: