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中華思想を警戒せよ

常設仲裁裁判所(PCA)が中国による南シナ海での「九段線」の主張などを違法と認めた判決が7月12日に下されたものの、中国はこれに従う意向を示していません。日本としては、中国が周辺国と突発的な軍事的衝突を発生させる可能性を十分に警戒しつつ、アジア諸国との連携を深めていくべきです。

PCA判決と中国の「居直り」

2013年にフィリピン(The Republic of Philippines)が中国(The People’s Republic of China)を相手に南シナ海の領有権を巡ってオランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所(Permanent Court of Arbitration, PCA)に提訴。参院選直後の今年7月12日に、PCAはほぼ全面的にフィリピンの主張を認めた判決を下しました。PCAのウェブサイトに掲載されている判決文(award)はPDFで500ページ少々と長文ですが、私自身の文責で、要点をかいつまんで日本語にしておきます。

フィリピンのPCAに対する要望は次の4点でした。

「①中国がこの海域に領有権を主張する際に論拠としている「歴史的・慣習的な中国領」とする主張は無効であると認めてほしい。②スカボロー礁・スプラトリー諸島を巡る両国の領有権を仲裁して欲しい。③中国が南シナ海で行っている、フィリピンの漁業の妨害、海洋の環境破壊などの事実を認めてほしい。④(現在はフィリピンが実効支配している)セカンド・トーマス礁へのフィリピン側のアクセスを制限する行為をやめさせてほしい。【判決文第7~10項】」

これに対し、PCAはほぼ全面的にフィリピン側の言い分を認めました。特に、中国が南シナ海の領有権を主張する「九段線」については

「中国が南シナ海の領有権を主張する際の論拠となっている「歴史的理由」には論拠がない。【判決文第1203項】」

と指摘。中国に対して国際法遵守を求めた格好です。

今回のPCA提訴は、フィリピンが国際法の規定に基づき、国際法の手続に従って、領有権を巡る中国との紛争を解決しようとする試みであり、私としても「戦争によらない平和的な紛争解決手段」として、全面的にフィリピンの姿勢を支持したいと思います。

ところが、肝心の中国側が、このPCA判決に猛反発しています。下記WSJの報道によれば、もともと仲裁手続に中国は最初から関与しておらず、判決後も中国当局者は直ちに「中国は判決に従うことはない(Beijing won’t comply with the ruling)」との声明を発したとしています。

Tribunal Rejects Beijing’s Claims to South China Sea(米国時間2016/07/12(火) 09:38付 (日本時間2016/07/12(火) 22:38付)WSJオンラインより)

いわば、完全な国際法違反を指摘されているのに、「居直り」を決め込んだ格好です。

CSIS顧問のルトワック氏の指摘

ところで、米国のシンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)で上級顧問を務めるエドワード・ルトワック氏は、中国に関し、いくつかの興味深い書籍を出版しており、その一部は日本語訳されています。

例えば、日本は民主党政権が終了した直後である2013年7月に刊行された「自滅する中国」は、365ページにも達する大著ですが、翻訳者である奥山真司氏の力量が優れているためでしょうか、平易に読める名著に仕上がっています。また、今年(2016年)3月に出版された「中国4.0」も、とくに日本の読者に対して有益な示唆を与える書籍に仕上がっています。

ルトワック氏の両著はいずれも読みごたえのある「大著」ですが、本日の議論の中で重要だと思う部分を私自身の言葉と文責で抽出すると、「中華思想」というキー・ワードが重要です。

中国では「中華思想」が復活しつつある。中華思想のもとで、中国は「小国(あるいは蛮夷=ばんい)」を「朝貢制度」によりもてなし、柵封する制度である(以上、「自滅する中国」第4章)

中国では「G2論」(世界の超大国は米国と中国である、とする理論)が台頭している(以上「中国4.0」第3章)

中華思想の間違い

つまり、ルトワック氏はかなり前から、「中国で中華思想が復活しつつある」が、「それは誤りだ」と指摘し続けているのです。

中華思想とは、敢えて極端な言い方をすれば、「大国と小国の関係」であり、「小国は大国(である中国)に従順になりなさい」、という考え方です。中国外交部がPCAの判決に「従わない」と明言しているのも、中国が「フィリピンは小国だから(大国である)中国に従わなければならない」と考えている証拠でしょう。しかし、こうした「中華思想」は、中国だけでしか通用しない考え方です。実際、フィリピンは国際法に従い、中国を提訴し、そして「勝訴」しました。

ところで、今年6月に就任したばかりのフィリピンのドゥテルテ大統領は、事前の報道だと「親中派だ」とされていましたが、実際のところはどうなのでしょうか?ここに、興味深い報道があります。

比大統領「中国と交渉しない」=南シナ海領有権、譲歩せず(2016/07/20-00:12付 時事通信より)

時事通信によると、19日に米議会代表団との会談したドゥテルテ大統領は、PCA判決を受け「中国に対して譲歩しない」と明言したのだそうです。もちろん、この情報は、会談に参加した米議員がツイッターに投稿したものを孫引きしたものであり、大統領自身が公式に中国を大声で批判している訳ではありません。しかし、中国の「中華思想」に基づく強硬姿勢は、「親中派大統領」を「反中」に変えてしまっているのであり、その意味で中華思想は間違っているのです。

日本はどうすれば良いのか?

ついでに、ルトワック氏の著書から、日本に関する記述を抜き出しておきます。

ルトワック氏の著書のうち、「自滅する中国」の方が出版されたのは、日本では民主党政権が終わって半年あまり経過した2013年7月の事です。これは訳書なので、原著は少なくとも自民党への政権交代(2012年12月)以前に脱稿しているはずです。したがって、ルトワック氏は、著書を執筆する際、民主党政権時代の日本政府の姿勢を参考にしています。

当時の民主党政権は「親中派」などと揶揄されていたはずですが、「自滅する中国」の第14章を読むと、当時から既に日本は「脱中」を開始していたことがわかります。ルトワック氏は、特に「2010年9月7日の尖閣沖の漁船侵入事件」と、それに続く

  • 日系の商店にたいする暴動による破壊
  • 訪中していた日本人の企業役員の逮捕
  • 日本に対するレア・アースの輸出の禁止
  • 中国外交部による補償と謝罪を求める最大限に挑発的な要求

を受け、日本の親中的な姿勢が急変。さらに東日本大震災の発生を受け、日本人の間で自衛隊に対する印象がガラッと変わったことが指摘されています。

非常に鋭い指摘です。日本人である私の目から見ても、当時の日本のことをよく分析しているのは間違いありません。

その後、2012年12月に自民党・安倍晋三政権が発足。日本が徐々に中国から、政治的にも経済的にも距離を置き始めています。例えば、対中直接投資は減少する傾向にあります(もっとも、これは中国の「政治リスクが高まっているから」というよりも、どちらかというと中国における人件費の上昇を受けた流れですが…)。また、直近の内閣府調査によれば、中国に「親しみを感じない」と答えた日本人の比率が83%に達するなど、日本人の対中感情の悪化は急速です(図表)。

図表 中国に対する親近感

【(出所)内閣府「外交に関する世論調査」

もっとも、日本が中国と「どう付き合うか」については、日本国内でコンセンサスができているとは言い難いのが実情ではないでしょうか?

私自身は、日本が中国に乗り込んで行って、中国に中華思想を止めさせ、国際法を守らせる、といったことなど非現実的だと思います。しかし、中国にいじめられているアジア諸国(ASEAN諸国など。ただし韓国を除く)に対し、日本が率先して救済の手を差し伸べる、といった方法で、アジア諸国の平和に貢献することはできます。

いずれにせよ、私自身の見解としては、遅かれ早かれ、中国人民解放軍がアジアのどこかで暴発するリスクは高いと見ています(それが「中国発の世界大戦」にまで発展するかどうかはわかりませんが…)。

日本としては、中国が「中華思想」に基づいて国土を膨張させようとしていること、国際法を守る意思がないことをよく理解した上で、「中国リスク」を緊密に監視していくべきではないでしょうか?

新宿会計士: