日本の近所に、「米中双方に命運を握られてしまった国」があります。本日は、外交で失敗してしまったという事例をきちんと把握し、学ぶことの重要さを指摘するとともに、日本がどうしなければならないかについて考察してみたいと思います。
THAAD導入であたふたする韓国
日本が参議院議員通常選挙の期間に入っている最中の7月8日、韓国政府は在韓米軍が「高高度最終防衛ミサイル・システム」(Terminal High Altitude Area Defense missileの頭文字を取り、俗に「THAAD」と呼ばれます)を導入すると発表しました。
この発表には、非常に唐突感があります。というのも、中国政府はこれまで繰り返し、韓国政府に対し、THAADの配備をしないように圧力を掛け続けて来たからです。米韓両国によると、今回のTHAAD配備の決定は、あくまでも「北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対する抑止力を高める」のが狙いだとしており、表面上は中国が反発するのもおかしな話です。
しかし、THAADミサイルは、(その気になれば)中国(やロシア)のミサイルシステムを牽制することができるため、今回の米韓の決定に対し、北朝鮮だけでなく中露両国が強く反発しています。
ところで、THAADの配備は、実はアジアの外交にとって、単に局地的な軍事バランスの変更に留まらない、もっと大きな転機となる可能性があります。日本国内で、朝鮮半島問題を追いかけてきた第一人者といえば、日本経済新聞社の鈴置高史編集委員ですが、この鈴置委員が日経ビジネスオンラインに、韓国の今回の決定が「中国陣営入り寸前で踏みとどまったものだ」とする論考を掲載しています。
「中国陣営入り」寸前で踏みとどまった韓国
(2016/07/21付 日経ビジネスオンラインより)
ブログ主の文責において、鈴置編集委員の主張を要約しておきますと、
◆THAAD配備を巡り、いわば韓国を舞台に米中の代理戦争が勃発した形であり、今回の韓国政府による決定は、朴槿恵政権内で拒否派と配備派がせめぎ合い、親米派が押し切った格好となっている◆しかし、THAAD配備にはそれほど時間が掛からないはずなのに、配備の予定は2017年末と、実に1年半も先に設定されているが、これはどういうことか?◆韓国の配備派(国防部)は反対派を抑え込むために「配備を決めた」と急いで発表したが、米国は対中交渉材料を可能な限り長く使い続けるために、朴槿恵政権の任期満了(2018年2月)直前の2017年12月に設定したのだろう◆韓国内では保守系メディアを中心に、米中の対立に巻き込まれないように求める意見が強いが、それは容易ではない話だ◆実際、既に中国は対韓制裁を打ち出して来ており、米中の対立が韓国の国論を二分させることは不可避だろう
といったものです。相変わらず、鈴置編集委員のご見解は鋭いですね。
韓国は米中双方に命運を握られている
では、どうして韓国は、今回のTHAAD配備でここまで「あたふた」しているのでしょうか?
その理由は簡単です。韓国は、米国、中国、いずれの国との関係も重要だからです。
「国益」とは「軍事的安全」と「経済的利益」の二つから構成されます。これは当然の話ですね。「他の国から攻められてしまいやすい国」に住んでいると、国民は安心して暮らすことができません。「今日食べていくのにも困るくらい貧乏な国」だと、国民の多くが不幸です。なので、為政者は「国民が飢えず、安心して暮らして行ける国」を作らなければなりません。これは古今東西、全く同じです。
そこで、韓国について、この2点を考えてみましょう。
まずは「軍事的安全」について、です。韓国については、ご存知の通り、38度線を挟んで北朝鮮という凶悪な国が存在しています。北朝鮮は核・ミサイルを開発していると公言している国です。また、国民の多くは飢えています。隙を見せたらあっという間に攻めこんで来るかもしれない―。韓国国民の多くは、そんな恐怖を北朝鮮に抱いているのではないでしょうか?
ただ、北朝鮮が今日・明日、韓国に攻め込んでくる可能性は低いでしょう。なぜなら、在韓米軍が韓国を守っているからです。しかし、米韓同盟が消滅し、米軍が韓国から撤退するようなことになってしまうと、どうなるでしょうか?少なくとも、北朝鮮が韓国に攻めこんで来る確率は、今よりは高くなるでしょう。
このため、韓国としては、国の安全(というよりも国民の安心)のために、何としてでも米国と仲良くしておかなければならないのです。
次に、「経済的利益」について、です。総務省統計局が公表する「世界の統計2016」によると、日本と韓国のGDP構造は次のようになっています(2014年時点)。
図表1 日韓のGDP構造(2014年)
国 | 民間最終消費支出 | 政府最終消費支出 | 総固定資本形成 | 輸出 | 輸入 |
日本 | 61% | 21% | 22% | 14.5% | ▲16.9% |
韓国 | 50% | 15% | 29% | 40.6% | ▲37.3% |
【(出所)「世界の統計2016」図表3-5、図表9-3より著者作成。ただし日本の輸出・輸入は2013年の「貿易依存度」を用いている。】
これを見て頂くと、韓国の「輸出依存度」は、実に40.6%と日本の3倍近くに達しています。それだけ輸出の重要性が高い、ということですね。それでは、貿易相手国のうち、中国の占めるシェアはどのくらいなのでしょうか?
図表2 日韓の対中貿易シェア(2014年)
国 | 中国への輸出 | 中国からの輸入 |
日本 | 18.3% | 22.1% |
韓国 | 25.4% | 17.1% |
【(出所)「世界の統計2016」図表9-6を加工】
日韓ともに中国の輸出入のシェアは高いことがわかります。しかし、輸出(いわば「商品を買ってくれる相手」)という観点から見ると、日本が18.3%、韓国が25.4%ですが、GDPに占めるシェアとしてみると、
- 日本…14.5%×18.3%=約2.7%
- 韓国…40.6%×25.4%=約10.3%
です。いわば「中国経済がGDPを押し上げてくれる効果」としては、日本が3%弱、韓国が10%強で、韓国の中国経済への依存度合は日本よりもかなり大きいと推定できるでしょう。
他にも、国同士の通貨スワップ協定、アジアインフラ投資銀行(AIIB)などの国際協力銀行などについても議論したい点は沢山ありますが(これらについてはまた稿を改めて論じます)、手短にいうと、韓国はもはや経済・金融面で、ほぼ完全に中国に命運を握られてしまっている状況にあります。
経済を中国に、軍事を米国に握られた韓国の悲哀
韓国がこれからどうなるのか、正直、私にはよくわかりません。
ただ、今回の「唐突な」THAAD配備決定により、中国が経済・金融面で、韓国に対して様々な嫌がらせをしてくることは、容易に想像が付きます。そして、その一部は既に始まっている可能性があります。
韓経:【社説】ささいな難癖で韓国持分のAIIB副総裁を廃止した中国(2016年07月11日13時39分付 中央日報日本語版より(韓国経済新聞配信))
中央日報日本語版が報道したのは7月11日時点ですが、これは在韓米軍へのTHAAD配備が決まった2日後です。韓国が米国を激怒させてまで出資したAIIBで、やっと確保した「副総裁」ポストが取り上げられてしまったというものです。
しかし、おそらくこれは「始まり」に過ぎません。今後、中国はTHAADについて、米国との間で直接、交渉を行うことになります。その一方で、中国は経済・金融面で、韓国を容赦なく締め付けてくるものの、この問題で韓国と交渉することはないでしょう。
日本への教訓
では、最も重要な論点です。日本はこの問題について、どう関与していけば良いのでしょうか?
結論から言えば、日本は傍観しているだけで良いです。というか、朝鮮半島におけるTHAAD配備議論に、決して巻き込まれてはなりません。日本自身、日本固有の領土である尖閣諸島に対し、中国が領有権を主張してきているというトラブルを抱えています。下手に韓国を助けようと手を出すと、中国との外交交渉が泥沼になる可能性があります。
そして、日本がやらねばならないただ一つのことは、韓国がどのようにして「米中二股外交」に巻き込まれ、国論が「股割き」状態となっていったのかをきちんと研究することです。
幸い、経済・金融面からは、韓国と比べて日本は遥かに盤石です。日本は特定の国にGDPの1割以上を握られる状態にはありませんし、日本の通貨・円は世界でも最も信用力の高いハード・カレンシーの一つです。さらに日本は世界最大の対外純債権を保有しており、世界的な金融危機の際にキャピタル・フライトが発生しやすい韓国とは全く状況が異なります。
ただ、米国に安全保障を依存しているという点では、日本は韓国と全く同じ問題点を抱えています。違うのは、「軍事的安全」と「経済的利益」のうち、外国に握られているのが片方だけだという点です。
日本は現在、中国の軍事的脅威に直面しています。米国との同盟関係を密にして、これに対処していかねばならないことは言うまでもありませんが、それでも少しずつ、米国からの「軍事的独立」は進めていかなければなりません。月並みですが、韓国の迷走を見ていると、そういう思いを改めて強くする今日この頃なのです。
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はじめまして。ここのブログにはじめてコメントします。韓国の外交は相変わらず売春ふのやうで、笑ってしまいます。 パートナーに対して誠実でないと、銀行の副総裁の地位も失います。くねは。、得意の売春で稼ぐしかありません。自業自得です、わらい
コメントありがとうございます。
アメブロから離れるというわけではないのですが、やはりワードプレスだと飛躍的に執筆の自由度が上がりますね。是非、ご愛読下さい。
楽天へのオートログイン機能を無効にしてしまったため、コメントが打てない状況にありますが、ゾンデイテストの名人様のブログもいつも楽しみに拝読しております。
本文でも触れましたが、現在の韓国は「米中二股外交」が破綻の危機に瀕しているという状況にあります。韓国は軍事面で米国に、経済面で中国に、それぞれ深く依存しており、現在のように米中双方が対立する状況となってしまった時には、なすすべもなく漂流してしまっているのです。ただ、我々日本としては、下手に韓国に手を貸すと、彼らの混乱に巻き込まれてしまいます。従って、我々がなさねばならないことは、韓国が「二股外交の破綻」という状況にあるということをよく理解した上で、我々自身が韓国の轍を踏まないよう、「失敗事例」として分析し、他山の石とすることではないかと思います。
このテーマについては奥が深いため、これからも時々、ブログで議論していきたいと考えております。