産業構造から見た「インバウンド振興」の大きな間違い
労働集約産業である観光・介護産業よりも製造業と金融業を大切にせよ
先月も、外国人が日本に押し寄せました。日本政府観光局(JNTO)が先週公表した統計によれば、2025年5月の訪日外国人(速報値)は369万3300万人で、単月の数値としては過去3番目に多かったことが明らかとなりました。中韓台港に偏っていた訪日外国人の多極化も少しずつ実現しています。また、政府が目標とする「2030年6000万人」の達成ももうすぐかもしれません。ですが、果たして本当にこれで良いのでしょうか。
単月としては過去3番目の多さ
日本政府観光局(JNTO)は先週水曜日、訪日外国人に関する最新版の統計データを公表しています(生データはJNTO『訪日外客統計』のページでダウンロード可能です)。
これによると、2025年5月に日本を訪れた外国人の総数(速報値)は369万3300人で、単月で見た訪日外国人数としては4月の390万8900人、1月の378万1629人に続き、史上3番目の多さを記録しました(図表1)。
図表1 日本を訪問した外国人合計
(【出所】JNTO『訪日外客統計』データをもとに作成)
グラフでもわかる通り、最近だと訪日外国人が毎月300万人を超えることは常態化しており、これから観光の「ハイシーズン」になると、いよいよ史上初の「400万人超え」も現実のものとなる可能性が高そうです。
また、政府は2030年までに訪日外国人6000万人の目標を掲げており、これには単月で500万人を実現する必要がありますが、この調子でインバウンドが伸び続ければ、この「単月500万人超え」も現実的な目標として視野に入ってきそうです。
中韓台港が多いが…少しずつ分散化
一方で、訪日外国人に占める国籍別内訳を確認してみると、図表2のとおり、少なくとも上位5ヵ国・地域は、4位の米国を別とすれば、相変わらず近隣諸国・地域で占められていることがわかります。
図表2 訪日外国人・国籍別内訳(2025年5月)
国 | 人数 | 構成割合 |
1位:韓国 | 825,800 | 22.36% |
2位:中国 | 789,900 | 21.39% |
3位:台湾 | 538,400 | 14.58% |
4位:米国 | 311,900 | 8.45% |
5位:香港 | 193,100 | 5.23% |
6位:タイ | 108,100 | 2.93% |
7位:フィリピン | 82,700 | 2.24% |
8位:豪州 | 78,900 | 2.14% |
9位:カナダ | 66,300 | 1.80% |
10位:シンガポール | 63,300 | 1.71% |
その他 | 634,900 | 17.19% |
総数 | 3,693,300 | 100.00% |
(【出所】JNTO『訪日外客統計』データをもとに作成)
とくにトップ2ヵ国は、2025年5月に関しては韓国が825,800人で789,900人だった中国を抑えてトップとなりましたが、いずれにせよこの2ヵ国が「訪日客数トップ2」であることは間違いなく、これに少し遅れて台湾がランクインしている格好です。
もっとも、それと同時にもうひとつ興味深い現象があるとしたらこの中韓台港という4ヵ国・地域からの入国者数が訪日外国人全体に占めるシェアは、最近、低落傾向にあるようにも見受けられることです。
中韓台港からの入国者、過去最高だった2017年8月には81.35%というシェアを占めていたのですが、とりわけコロナ後に、そのシェアは60~75%程度で推移しています(図表3)。
図表3 中韓台港からの訪日客が全体に占める割合
(【出所】JNTO『訪日外客統計』データをもとに作成)
欧米豪からの訪日客などが少しずつ増えてきた
2020年2月ごろから2022年10月ごろにかけての時期、中韓台港からの入国者のシェアが極端に下落しているのは、コロナ禍で日本政府が外国人に入国制限を課していた影響もあると考えられますが、入国が正常化して以降、少なくともこれら4ヵ国・地域からの入国者割合が8割を超えたことはありません。
一方で、米国、カナダ、豪州、英国、フランス、ドイツの6ヵ国・地域からの入国者数を同様にカウントしたところ、コロナ前に15%を超えることはめったになかったこれら地域からの入国者数が、コロナ後は平均して15%前後で推移していることもわかります(図表4)。
図表4 米加豪英仏独からの訪日客が全体に占める割合
(【出所】JNTO『訪日外客統計』データをもとに作成)
いずれにせよ、本邦への入国者数はうなぎのぼりに増えていることは間違いなく、かつ、訪日外国人の出身国も多様化しつつあるなかで、政府が目指す「2030年6000万人」(平均すると毎月500万人)に向けて、訪日外国人が増えていることは間違いありません。
日本は「観光で稼ぐ国」なのか?
ただ、こうしたムードに水を差すようで恐縮ですが、当ウェブサイトとしては、インバウンドの振興には極めて否定的です。
実際のところ、わが国の旅行収支が黒字になり始めているのは、2015年前後以降の、ごく限られた期間です。
財務省の『国際収支の推移』データによると、わが国はサービス収支が一貫してマイナスの国ですが、旅行収支に関しては2025年3月期(24年4月~25年3月)に6兆6865億円の黒字を計上しているものの、サービス収支全体を黒字に転換させるほどの水準ではありません(図表5)。
図表5 経常収支・主な内訳(サービス収支)
(【出所】財務省『国際収支の推移』データをもとに作成)
しかも、図表5はサービス収支に限定したグラフですが、経常収支全体について確認してみると、現在の日本は貿易収支やサービス収支の赤字を補って余りある第一次所得収支黒字で稼ぐ構造になっていることがわかります(図表6)。
図表6 経常収支・主な内訳
(【出所】財務省『国際収支の推移』データをもとに作成)
この統計グラフを見ていてわかることがあるとすれば、だいたい次のような内容でしょう。
- ①2006年ごろまで日本の経常収支を稼ぐ出していたメインの柱は貿易収支だった
- ②2007年ごろから第一次所得収支の黒字が経常収支黒字の大半を生み出すようになり始めた
- ③貿易収支は2012年ごろから赤字となることが増え、23年度は過去最大の赤字となった
- ④サービス収支はほぼ一貫して赤字を計上し続けている
労働集約産業を振興する余裕が日本にあるのか
ただし、貿易赤字構造となっている理由は本当に簡単で、日本政府が再稼働可能な原子力発電所の再稼働を怠っているがために、化石燃料の輸入額が増えていること、中国からの輸入品(それらの多くはPCやスマートフォンなどの最終製品)が多いことです。
したがって、円安効果で製造拠点がある程度日本に戻ってくることが予想されること、原発再稼働が進めばエネルギー輸入が減ると予想されることなどを踏まえると、貿易赤字は一過性の要因と考えるべきであり、やはり日本の産業は半導体などの製造業によって成り立っている、という構造は変わりません。
このように考えていくと、人口減・働き手不足の時代を迎えるにあたり、正直、観光産業や介護産業といった労働集約産業よりも、半導体産業や金融産業の方が、圧倒的な「稼ぎ頭」です。
もっとも、こうした「産業構造論」などに立脚した数字に基づく議論は、日本の官僚の皆さんが最も苦手とする分野なのかもしれませんが。
いずれにせよ、著者自身は2020年頃から、当ウェブサイトや株式会社産業経済新聞社のオピニオン誌『正論』などを通じて提唱してきた通り、日本政府はそろそろ外国人観光客の「人数目標」を捨てるべきです。
日本国内でそれなりにおカネを落としてくれる外国人に絞って誘致するのが筋であり、その第一歩は▼外国人観光客向けの消費税の免税措置の廃止、▼一律ひとり1,000円の出国税の廃止、そして▼入国外国人ひとりあたり数万円レベルの入国税の導入ではないでしょうか。
とりあえずインバウンドの弊害を是正するうえで、可能ならば今すぐにでもこれらの対策を講じるべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
![]() | 日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
日本は既に金融収支で稼ぐ国になってしまいましたが、まだ外需で稼ぐ国だと考えている方も多いと思います。
外需を、物の輸出で稼ごうとすると相手国との貿易不均衡等から関税をかけられたりうまくいかないことは、バブル期前後から、広く理解されていると思います。(その結果、途上国又は輸出先に現法という形で輸出設備・雇用を移し、金融収支の黒字化を招いた面もある。)
すると、外需はインバウンドでということになるかと思いますが、インバウンドは、人数を追い求めたら、低賃金が前提となるのではないでしょうか。長い目で見て、日本国民の幸福につながるものとは思えません。
結局、インバウンドは、昭和脳がもたらしたもでは?
▼外国人観光客向けの消費税の免税措置の廃止
税の呼称を「売上税」と改めればいいのでは?(発生基準の変更)
消費と違って、少なくとも売上は ”国内” で発生するからですね。
▼入国外国人ひとりあたり数万円レベルの入国税の導入
どうして議題にならないんだろう? 入国税という名のNEW国税。
制定にあたり「”入国”とは帰国に非ず」との定義付が肝要ですね。
入国税出国税の大きな違い、入ってくるときに金を取れ、使われる前に金を取れ、は重要かと思います
本来は、サービス系は先にデポジットを取りやすくなるシステムだと良いのですけどね。クレジット端末は現状一部返金を受け付けてくれない・・・
あとは、事後についても未払いをもっと簡単に告発できる制度も必要だとおもいます
いつも楽しく拝見してます
仰っていることはそのとおりだと思うし、日本が豊かになるには製造業、金融業への投資が重要だと思います
一方で今後AIが発展したときに製造業、金融業はあまり人手がいらなくなるのでは?とも思います
労働集約性がある分、より一般的(特に地方)の労働者は介護、観光につかざるを得ないのではない気がします
日本に多大な富の蓄積は、主には戦中派、そして今では産業廃棄物の如く扱いをされている団塊の世代の方々の献身的な働きと彼らに職場を与えた国内の幾多の工場などの産業インフラがもたらした結果であったと認識しています。
超円高、合理性を感じない貿易干渉など米国による長年の日本が死なない程度の(非暴力ではあるが十分暴力的な)経済施策の結果、国内産業インフラは消失、産業インフラを支えてきた団塊世代の方々も引退、という状況下で、インバウンドは、時間稼ぎの為のつなぎ手段としてのやむ無き選択であった、と理解しています。
しかし今の日本にはかつての団塊世代のような潤沢な働き手はいない。
そこそこ事業所面積は必要かもしれないが、人手は以前程は要らない。
でも神は細部に宿る、を実践できる人は喉から手が出るほどほしい。
電力や水の品質は必要で、、、ということを鑑みると精密機器、食品、エネルギープラントなど得意分野はあるように思います。
九州や北海道で進めている半導体工場。先ずはこれが成功する事を心から願っています。
経済原論でペティの法則というのを習った。
それじゃないの。
観光依存で日本がやっていける訳ありませんので、観光立国などという表現は適切ではありませんが、観光客受け入れのための環境整備はしっかりとやる必要があると思います。施設やサービス体制が十分でないまま多数の観光客を受け入れた場合、日本の印象や評価に悪影響が出る可能性もあると思います。
それよりも、安全保障の観点からの資源エネルギーや高度な技術開発や技術の漏洩対策など、国を挙げて取り組まなければならない課題は山積していると思います。
よって、目先の課題は政治でしょうね。
某宗教系与党がごり押ししているだけで、インバウンドなど百害あって一理なしだとずっと思っています。安倍首相は偉大な人物でしたが、観光客を増やす政策を始めたのは失敗でした。
観光客の『質』についての施策がないか乏しく、際限ない量的拡大に走ってしまったのは失敗だったと私も思います。
それでも安倍総理の頃は、地域にもよるでしょうが、現在ほどの観光公害まではいっていなかったかと。
第二次安倍政権でインバウンド拡大を冷笑していたひと・昨今のインバウンド公害で地域住民を詰るひと、掘り起こしてみたいとも思う次第です。
安倍晋三元総理も「日本国の魅力を多くの外国人観光客に知って貰いたい」という気持ちがあったからでしょうが、如何せん「勇み足だった」と言わざるを得ないですね。
オリンピック開催を控えていた時期でしたから、分からないでもないのですが、外国人観光客を迎えるに当たって万全な法整備をしていれば、今のようなグダグダはなかったと思います。