ロシア軍がヘルソン市から撤退:存在感のないプーチン

ロシアのヘルソン市撤退を巡って、英国防衛省の『インテリジェンス・アップデート』によれば、ロシア軍が民間人に紛れて避難を続けている、などとする情報がありました。今回ウクライナが制圧したのはヘルソン州のうちドニプロ川西岸部分ですが、ヘルソン州自体がクリミア半島に至る唯一の陸路でもあるため、戦略的には大きな意味がありそうです。その一方、BBCのロシア編集長は、今回の撤退劇についてはウラジミル・プーチン大統領自身が登場していないことを指摘しています。

2022/11/13 22:50追記

記事タイトルが誤っていましたので修正しています。

  • (正)ロシア軍がヘルソン市から撤退:存在感のないプーチン
  • (誤)ロシア軍からヘルソン市から撤退:存在感のないプーチン

ロシアのヘルソン市からの撤退

ウクライナ情勢を巡っては、『ロシア部隊がヘルソン近郊のドニプロ川西岸から撤退へ』でも取り上げたとおり、どうやらロシア軍が占領していたヘルソン市から撤退したようです。

これについて、英国防省の『インテリジェンス・アップデート』が詳細な状況を伝えています。

昨日のインテリジェンス・アップデートの内容を箇条書きにし、逐一、著者自身による意訳を付しておくと、こんな具合です。

  • On 11 November 2022, Russia’s Ministry of Defence claimed their withdrawal from Kherson had been completed. Russian forces highly likely destroyed road and rail bridges over the Dnipro River as part of this process.
  • 2022年11月11日、ロシア国防省はヘルソンからの撤退が完了したと主張した。ヘルソン撤退作戦の一環として、ドニプロ川にかかる道路橋と鉄道橋を破壊した可能性が高い
  • The completion of the withdrawal came only two days after its announcement. It is likely that the withdrawal process had already started as early as 22 October 2022 when Russian-installed figures in Kherson urged civilians to leave the city.
  • 撤退の発表から完了までの期間はわずか2日だった。撤退作戦は早ければ2022年10月22日、ロシアによって任命されたヘルソン市当局者が市民に対し、都市からの退去を促していた時点で始まっていた可能性が高い
  • There is a realistic possibility that Russian military equipment and forces in civilian attire had been evacuating in conjunction with the 80,000 stated evacuated civilians in recent weeks.
  • ここ数週間で避難したとされる8万人の市民に紛れる形でロシア軍が装備とともに民間人の姿の部隊も一緒に避難していた可能性が現実味を帯びている
  • Kherson was the only regional capital city captured since February by Russian forces so the withdrawal brings significant reputational damage. The withdrawal is a public recognition of the difficulties faced by Russian forces on the west bank of the Dnipro river.
  • ヘルソンは2月以降、ロシアが占領した唯一の地方首都でもあるため、今回の撤収はロシアに対し、大きな風評損害をもたらす。今回の撤退は、ドニプロ川西岸でロシア軍が直面している困難な状況を公に認識させるものだ。
  • It is likely that Ukraine has retaken large areas of Kherson oblast on the west bank of the Dnipro River, and that its forces are now largely in control of Kherson city itself. It is likely that Russia is still attempting to evacuate forces from other areas of the oblast across the river to defensible positions on the east bank.
  • ウクライナはドニプロ川西岸のヘルソン州の大部分を奪還し、ヘルソン市自体もほぼ制圧したようだ。これに対しロシアはヘルソン州の他の地点からドニプロ川を渡り、東岸の防衛可能な位置に部隊を避難させようとしているようにも見える

ヘルソン州自体がクリミア半島に陸路で至る唯一のルート

この「英国防衛省のツイートを全面的に信頼するならば」、という前提はつきますが、これはウクライナから見て、かなり大きな進展です。ロシア国防省が「撤退する」と表明してからわずか2日後に、ドニプロ川西岸を放棄したということだからです。

そして、これが事実ならば、今回の撤退はロシアのウラジミル・プーチン大統領にとっては非常に大きな政治的打撃のひとつです。なぜならほんの6週間前に、プーチン自身がヘルソンを含めた4州を「永遠にロシアの領土になった」と宣言したばかりだからです(※この点は口述します)。

ただし、このツイートの時点では、ロシア軍はまだドニプロ川西岸からは完全には撤退しておらず、ヘルソン市内に民間人の格好をしてロシア軍人が潜んでいる可能性は十分にありそうです。

また、地理的に見れば、ヘルソン州全体はクリミア半島に(橋ではなく)「陸路で」至るうえで唯一のルートであり、交通の要衝です。

それでなくてもケルチ海峡にかかるクリミア大橋が何者かの攻撃により大きく損傷している(『クリミア大橋爆発等に関する報道』等参照)なかで、今後、クリミア半島に対する物資の補給がさらに圧迫されるであろうことは、想像に難くありません。

もちろん、ウクライナ側がまだ全面的にヘルソン州を制圧したわけではないため、今後、ロシアはヘルソン州の残りの部分を全力で防衛しようとするでしょう。

しかし、ウクライナ側がヘルソン市を制圧したことで、ウクライナ側の支配地域からクリミア半島までの直線距離は最短で100㎞を割り込みます。西側諸国がウクライナに「ハイマース(HIMARS)」と呼ばれる高機動砲兵ロケット・システムを供与していることも忘れてはなりません。

プーチンはどこに行った!?

こうしたなか、英メディア『BBC』には昨日、興味深い解説が掲載されていました。

【解説】 ヘルソン撤退の打撃、プーチン氏は逃れられない=BBCロシア編集長

―――2022年11月12日付 BBC NEWS JAPANより

執筆したのはBBCのロシア編集長を務めるスティーブ・ローゼンバーグ氏で、日本語訳されているため、私たち日本人であっても簡単に読むことができます。

このなかで、非常に気になる一節が出てきます。

ロシアでは大勢が、ヘルソン撤退を軍にとっての痛手、そしてロシアの威信への打撃とみなすだろう。それを政府は承知している。それだけに、軍の撤退とプーチン大統領とは無縁だと、政府はそう見せようとしている」。

…。

これはまったくそのとおりでしょう。4州が永遠にロシアの領土になる、などと高らかに宣言しておきながら、無様な撤退を余儀なくされたのですから、「特殊軍事作戦は予定通り順調に進行中」と刷り込まれているロシア国民の怒りがロシア政府に向かうことは容易に想像できます。

そのうえでローゼンバーグ氏は、こんな重要な事実を指摘します。

11月9日に、ロシア軍がヘルソン州の一部から後退すると発表したのは、将軍たちだった。ロシアのテレビは、スロヴィキン将軍と協議後にセルゲイ・ショイグ国防相が撤退を命令する様子を映した。全軍の最高司令官、プーチン大統領の姿は、その場にはなかった」。

たしかにそのとおりです。

公式には、ロシア軍のセルゲイ・スロビキン司令官がセルゲイ・ショイグ国防相に対し、「ヘルソンへの補給はもはや不可能」と述べたうえ、「ウクライナ側が貯水池を攻撃すれば大規模水害が生じて危険」であるため、ドニプロ川東岸に防衛線を張る戦略に転じるべきと提案したとされています。

なぜここにプーチンの姿がないのでしょうか。

これについてローゼンバーグ氏は、こう続けます。

『国防相の決定だ。私には何も言うことはない』。プーチン大統領の報道官、ドミトリー・ペスコフ氏は11日、記者団にこう話した。クレムリン(ロシア大統領府)は、これは軍の決めたことだと言っているわけだ。少なくとも、そういうことにしようとしている」。

しかし、ウクライナ侵攻を命令したのは、プーチン大統領だ。彼が『特別軍事作戦』と呼ぶものは、プーチン氏の発案だ。その当人がいくらこの戦争の一部から距離を置こうとしても、簡単なことではない」。

つまり、今回の撤退がロシア軍にとっては戦略的にも非常に大きな転換点であるとともに、プーチン自身にとっても大きな打撃となったのではないか、というのがBBCの見立てなのでしょう。

いずれにせよ、現時点でこの戦争を「ウクライナの全面勝利に終わる」、などと楽観視すべきでないことは言うまでもありませんが、しばらくは「朗報」を待ちたいと思う次第です。

読者コメント一覧

  1. 引きこもり中年 より:

    毎度、ばかばかしいお話しを。
    日本企業の最高責任者:「小泉悠氏によると、ロシア軍の撤退は損切り、とのことだ。ならば我が社もロシアに倣って、損切りを決断させるための社長を雇って、彼の責任で損切りをさせよう」
    これって、笑い話ですよね。
    蛇足ですが、損切りや撤退の決断は、最高責任者しか出来ないと思うのですが。(つまり、日本んは最高責任者がいないので、損切りや撤退の決断をする人がいない、ということになります)

  2. 匿名 より:

    自分は先日、ロシアの撤退発表を受けて、ウクライナ側がロシアの偽装工作を疑って警戒する姿勢を崩していないことについて、納得できるという立場から、この撤退発表はロシアの仕掛けた罠なのではないかという可能性を前提としたコメントをいたしました。

    もしこれが杞憂に終わってくれれば、非常に喜ばしいことだと思います。

    まだ確実な見極めができるほどの決め手には欠ける状況ではありますが、ウクライナには、今後とも十分に用心して自軍の損耗を可能な限り抑えつつ、着実に侵略勢力を排除し、戦況を開いていっていただきたいと切に願います。

  3. 元ジェネラリスト より:

    限られた輸送力でどうやってロシア軍が撤退できたのか不思議ですが、川の西岸の広い地域にウクライナ軍が展開したのは確かのようですね。
    また、女装して逃げたロシア兵もいるんでしょうかね。

    オマケ映像です。解放されたヘルソンでの孫との再会だそうです。

    Grandmother in Kherson meets her grandson-liberator on her knees.To tears… pic.twitter.com/OQssIRbZ4f— UkraineWorld (@ukraine_world) November 12, 2022

    解放という言葉を安易に使ってはならないことは、この戦争のロシアの手口を見ても強く思宇ところでしたが、これは解放なのだと思います。
    連れ去られたウクライナ人も多数に上るそうですが。

  4. はにわファクトリー より:

    Julia Davis 女史の Russian Media Monitor で知ったのですが、有名な翼賛 TV 番組において出演者のひとり(退役軍人)が、「ヘルソン解放、もといヘルソン撤退はまったく喜ばしくない」と言い間違ったのだそうです。

  5. 匿名 より:

    reputational damageの訳は風評被害よりもBBCの翻訳にある威信への打撃の方がしっくりきますね。

  6. クロワッサン より:

    猪野弁護士だとこうなります。

    ヘルソンからロシア軍が撤退 結局、即時停戦しかないのが現実
    http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-5937.html
    >この先に待っているものは何か。どう考えても核戦争の危険です。
    >あるいは膠着状態のままであればいいというものでもありません。休戦ということにはなりえないでしょう。だからこそ即時停戦なのです。

    なんというか、相手が合理的思考?をする場合は既知外になった方が勝ちにつながるって感じがしますね。

    なので、ゼレンスキー大統領はこのまま猪野弁護士をハラハラドキドキさせながら、クリミア含めウクライナ領からロシアを追い払えば良いんじゃないかなぁと。

    1. 農民 より:

       弁護士の方って、「依頼主の目的のためにあてはまる法をひっぱってくる」作業に慣れすぎているのですかね(先日の4千万円誤振込回収の件では脱帽しました)。ランキング上位に居るので怖いもの見たさにたまに見ていますが、思想優先の結論ありきであれこれ理屈をひっぱってきて論ずる記事ばかりという感じで楽しいです。ほとんど数字や事実確認無し。今回も何と戦ってるのかよくわかんない良い感じです。「ロシアは悪」で思考停止している人を批判する、「ロシアは悪ではない」「ゼレンスキーは悪」と思考停止している人の図。
      「下馬評はロシア圧倒勝利とウクライナは過小評価されていたが米国頼みだ」
      「アメリカは世界から収奪した富をふんだんに使っているが重荷になってきた、軍事作業(軍需産業?)はホクホク」
      とか数行で矛盾していたり。

       核戦争に至る危険というのは無視できないものではあるのですが、「核戦争にしたくないならいうことを聞け」というのは典型的な核保有ならず者国家の思考です。論ずるのであれば、ではどう対処すれば核危機もならず者の要求も封じられるのか、といったもう一歩踏み込んだ議論でなければ無意味ですね。そして米英などはそんなものは普段から研究しているはずです。

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