このタイミングでなぜ米国が北朝鮮への人道支援を見直すのか

不思議なことに、米国が人道支援の分野に限ってではありますが、北朝鮮制裁を緩和する意向を示しました。また、韓国メディアは今月26日に実施される予定の南北鉄道連結工事の着工式を巡り、「米国の了解が取れた」などと報じているようですが、米国がわざわざ韓国による北朝鮮支援につながりかねない着工式の実施を認める(あるいは黙認する)というのも非常に不自然な話です。これについては、単に現在の米国に南北朝鮮を「成敗」するだけの余力がないという可能性もありますし、米国がわざと韓国を泳がせ、成敗できるタイミングをうかがっているという可能性もあると思います。

米国政府が北朝鮮支援方針を緩和

ここ数日、朝鮮半島に関する話題を巡っては、韓国による日本の自衛隊機に対するレーダー照射の話題でもちきりになってしまっていますが、実は、12月20日に、密かに大変なニュースが出ています。

米北朝鮮担当代表、人道支援や渡航の緩和を示唆(2018.12.20 19:46付 産経ニュースより)

産経ニュースなどの報道によれば、米国務省のスティーブン・ビーガン(Stephen Biegun)北朝鮮担当特別代表は19日、韓国・仁川(じんせん)国際空港で記者団に対し、北朝鮮に対する人道支援に関する米国の政策を緩和する方針を述べたそうです。

具体的には、北朝鮮に対する人道目的の支援を確実に北朝鮮民衆に行き届けるための取り組みを現地で実施できるようにするために、米国人の北朝鮮渡航禁止措置を見直すこととし、さらには来月初頭に複数の米民間支援団体とニューヨークで協議すると表明したとか。

北朝鮮の核放棄が遅々として進まず、それどころか、むしろ今年6月12日の米朝首脳会談の成果が後退、あるいは実質無効になりつつあるというののい、どうして米国は北朝鮮に対する人道支援方針を見直すと述べたのでしょうか?

これについて産経ニュースは、次のように述べています。

一連の見直しは、北朝鮮の非核化に向けた米朝交渉が停滞する中、人道支援に限り北朝鮮制裁を実質的に緩和する立場を示すことで協議進展の糸口としたい思惑があるとみられる。

はて、これは正しいのでしょうか?

今月26日の「連結式」は予定通り実施へ

この分析が適切なのかどうかについて考える前に、これに関連した報道をもう1つ紹介しておきたいと思います。韓国メディア『中央日報』(日本語版)が昨日報じた、次の記事です。

南北鉄道着工式は制裁の例外に…韓米が差し出した手、北は握るのか(2018年12月22日12時32分付 中央日報日本語版より)

これも同じく、ビーガン氏が韓国側の首席代表である外交部の李度勲(り・どくん)氏との会談後に出てきた報道であり、これによれば、米国側が南北鉄道着工式を制裁の例外にすることで同意した、としています。

もっとも、中央日報の記事を読む限り、ビーガン氏が直接、「26日の南北鉄道連結工事の着工式は北朝鮮制裁の例外だ」述べたわけではなさそうです。しかし、韓国政府のこのような報道発表を巡って、私が調べた限り、現時点までにそれを否定する見解が米国務省から出ている形跡はありません。

このように考えていくと、やはり米国が26日の南北鉄道連結工事の着工式実施を容認(または黙認)したという可能性はそれなりに高いと見て良いでしょう。

もっとも、中央日報によれば、韓国政府が北朝鮮に対し、800万ドル相当の人道支援を計画していた問題を巡っては、米韓両国で継続的に議論することになったそうです。

米国に余裕がないだけ?

つまり、産経ニュースと中央日報の2つの記事を読むと、明らかに米国が北朝鮮に対する態度を緩和させたと読めてしまいます。そして、その狙いは、米国が北朝鮮に対して手を差し伸べることで、非核化交渉を前進させようとしている、という仮説が成り立つのだそうです。

しかし、私はこの仮説には同意しません。

そもそも私は、6月12日の米朝首脳会談と共同宣言は、別に本気で北朝鮮の核放棄を実現させようとする目的のものではないと考えています。むしろ米国が中国やイランとの対決に集中するために、北朝鮮問題を一時的に棚上げにしようとしたものだと理解すべきでしょう。

当然、米国の圧倒的な軍事力をもってすれば、北朝鮮という国を一瞬で叩き潰すことは造作のないことです。しかし、北朝鮮は陸上で、ロシアとは数キロ、中国とは一千キロ以上にわたって国境を接しているという事実を忘れてはなりません。

つまり、北朝鮮を本気で叩き潰したければ、米国としては中国、ロシア2ヵ国と手を結ばねばなりませんが、それと同時に現在の米国は、ロシアとの間では「ロシア・スキャンダル」(※ヒトコトでいえば「米国版もりかけ問題」のようなものです)、中国との間では米中貿易戦争などの課題を抱えています。

さらに、マティス国防長官が来年、退任するとの報道もあり、どうしてもドナルド・J・トランプ政権自体、さまざまなことに手が回らない状況にあるように思えません。

このように考えていくと、米国の「北朝鮮との関係改善」は単なるポーズであって、現実には米国が北朝鮮問題の棚上げを図りつつ、ほかのさまざまな問題を叩き潰すことに注力しているというのが実情に近いのではないかと思うのです。

米国、そして国際社会は何ら変わっていない

実際、米国が今回、北朝鮮に対して打ち出したのは、あくまでも「人道支援」の分野だけです。

今月上旬、米国は北朝鮮政府高官3人を対象に金融制裁を発動していますし(『米国の新たな北朝鮮金融制裁、日本にとって他人事ではない』参照)、国連は14年連続で北朝鮮に対する非難決議を採択しています(『盗人猛々しい北朝鮮から「戦犯国家」呼ばわりされるのも名誉?』参照)。

米国の新たな北朝鮮金融制裁、日本にとって他人事ではない

盗人猛々しい北朝鮮から「戦犯国家」呼ばわりされるのも名誉?

このように考えていくと、別に米国や国際社会が北朝鮮に対して実質的に融和姿勢に転じたと見るべきではなく、「北朝鮮に対する最大限の圧力」を加える姿勢は維持されているという方が正しいでしょう。

そして、12月26日の南北鉄道連結工事着工式についても、米国としてはなし崩し的に認めざるを得なかったものの、米国政府内では韓国に対し、腸が煮えくり返るほど怒っているのではないでしょうか?

いや、そもそも米国政府は韓国に対し、「鉄道着工式は実施しても構わない」というお墨付きを与えていないという可能性もあるでしょう。

また、米国政府の狙いは、今回は韓国の動きを黙認しつつ、北朝鮮を成敗すべき時期が来れば、そのときに韓国を北朝鮮と一緒に成敗する、という点にあるのかもしれません。

まずは12月26日に本当に着工式が実施されるかどうか(そして「徴用工判決」で日本企業に対する強制執行に踏み切るかどうか)については、興味深くチェックさせて頂こうと思います。

本文は以上です。

読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

このエントリーをはてなブックマークに追加    

読者コメント一覧

  1. 泣ける より:

    管理人さんとの見解と異なり
    アメリカはトランプ政権の間はアメリカへ直接の危害を加えないのならば
    北朝鮮のしたいように放置する気がしてなりません。

    ひょっとするとマティス長官退任後は在韓米軍を撤退するかも

    1. 非国民 より:

      そうかもですね。アメリカにとって北朝鮮の優先順位が低いので、ある程度なら許容可能なのかもしれませんね。逆にもう攻撃が決まっていて、その時期までしたい放題にしているとしたら恐ろしいですね。

    2. 鞍馬天狗 より:

      泣けるさんへ

      在韓米軍撤退なら大歓迎
      是非、現実になって欲しいものだ

  2. クク より:

    アメリカは軍事上はラインが出来上がる方が、ひっくり返しやすくなるのかも
    空も海も、レッド陣営からは監視されやすいでしょ?

    妄想してみました。

  3. 匿名 より:

    中国が新型ミサイルの開発に成功したとか。こちらにかかってる場合でもないのかもしれませんね。
    https://mainichi.jp/articles/20181222/k00/00m/030/171000c

  4. めがねのおやじ より:

    < 更新ありがとうございます。そしていつも見当違いのコメントをして申し訳ありません。

    < 米国のマティス長官が2月退任という事。これでトランプ大統領の高官として当初登用された方のうち、何人が残っているのでしょうか。それほど意見が合わない方を連れて来たのは、所詮目利きではない。トランプ大統領はビジネスには長けているが、政治の世界ではイマイチという気がします。

    < もし、日本でこんなコロコロ大臣や長官が変わってたら、政権持ちませんよ。足引っ張る野党が居ますからね〜。それと、肝心のトランプ氏が北東アジアをどう見ているか、もひとつスッキリしません。

    < やはり『世界の警察』『世界の番犬』?だから、対中国や対中東、あるいは露の『モリカケ』などで今ひとつ北東アジアには力が入ってない。

    < 北の核廃棄、韓国の二重スパイぶり(完璧な北傾注、シナ寄り)には発言も対応も甘い。というか、小さな事には構ってない。日本も20日の火器管制照射には、防衛大臣の頼んない発言(失笑)。もうちょっと気骨のある方を任命してくれ。

    < 米国の本音は、今は北を触らない。どうせ北は核を止めない。ICBMではないだろうから、米国本土にも届かん。もし、一丁事あらば在日米軍と後方支援で自衛隊がいる。で、このままほっといたら、制裁で北は餓死するだろうーーーではないですか。

    < ところがなかなか死なないんだな、コレが。韓国という『血盟の同士』がいるし(金正恩は思ってないよ)、中国も手を貸している。これでは英、豪らが参列しても、抜け穴がある。何とか日干しにして、今の半島勢力を一掃して欲しい。

    < 最後に、日本は未だに韓国には当たりの弱い発言が多いです。なにも下手に出る必要ナシ!強く言えばチビる国だ。

  5. 鞍馬天狗 より:

    更新お疲れ様です

    米国の思惑が、良く分かりませんね
    少なくとも、中東の混乱は米国の利益になるんでしょうね
    中国も、”生かさず殺さず”で搾り取ろうとしてるみたいですね
    クラゲが捕食し合ってるみたいな感じの絵を思い出します

  6. カズ より:

    北朝鮮への経済制裁の目的は、「完全非核化の実現により、東アジアの脅威を排除すること」なんですよね。

    それならば、人道支援に関しての活動は、むしろ「大国の責務」であり、国際社会で人権問題に発展させないための予防線なのかもしれません。

    だだし、支援活動は、米国をはじめ西側諸国から、北朝鮮国民に対してのダイレクトな取組みである必要があります。

    「お金や物資を政権に渡して終わり」なんて活動なら、しない方がいいんです。意味がありません。

    *****

    私の想像なんですが、現時点での非核化プロセスの選択肢は、

    ①半島の両国を対象とした制裁継続による国家権力の無力化〔降伏〕

    ②同盟国の影響力を残したままでの南北統一の実現〔在韓米軍による核施設の制圧〕

    ③国際社会から大義名分を得ての、空爆等による北朝鮮政権の打倒

    なのだと思います。

    *****

    米国は、①を実施しつつも、最終的には②を実現させたい思惑〔あわよくば、北の核の確保〕があるのでは?と、考えます。

    そうでなければ、米国が「同盟破棄宣言のチキンレース」に付き合う必然性がないからです。
    ま、そうなったらなったで、中露がうるさいとは思うんですけどね。

    *****

    韓国の不法に対しては、セカンダリー制裁の名目で、経済〔金融?〕を締め上げつつも、同盟関係の解消宣言はしないつもりではないのでしょうか?

    そこのところは、日本政府も右へ倣えでいいと思うんです。

    執拗な「サラミスライス〔既成事実〕」作戦には、
    毅然と「サラニストレス〔各種制裁〕」作戦で対処すべきと考えます。

    長々と失礼いたしました。

  7. めたぼーん より:

    優秀と言われている人物を次々にクビにしていて、機能不全に陥る兆候で無いかと憂慮はしております。

  8. みつみね より:

    おそらく、いまのアメリカにとっては、朝鮮半島情勢はそれほど重要度が高くないのだと思います。北朝鮮よりも重要な問題は、中東とか中国とか、いろいろとありますから。ただ、北朝鮮に対する制裁は緩む気配がないので、北朝鮮にとっては厳しいでしょうね。北朝鮮としては、橋渡し役の韓国に期待したのに、期待したほどの成果が上がらずにイライラしているという感じで、韓国としては、何の勝算もなく自分勝手にスタンドプレイに走った結果、アメリカと北朝鮮との板挟みで苦しんでいるという感じだと思います。文さんはこれだけ頑張っているのに、結局、金さんの年内のソウル訪問は絶望的な状況なので、なんだか必死すぎる文さんがかわいそうです。というか、笑えます。

    とりあえず、アメリカとしては放置プレイに徹していながら、ときどきにらみを利かせて効果的に北朝鮮を抑え込んでいるわけですから、コスパ的にはかなり優秀ですよね。圧倒的な国力の差が、こういうところに出ているのかなと思います。

  9. 匿名係長補佐 より:

    2月とされていたマティスさんを、トランプは1月1日に退任させるらしい。まさかのフェイクではないと思う。
    https://twitter.com/cnnbrk/status/1076887720021164032

    奇襲をかける場合、その兆しを相手に悟らせますかね?その気が微塵もなさそうに見せかけて、油断しているところを襲うからこそ効果的。あたかも融和的で力を抜いてるように見せかける、これはその作戦かもしれません。

  10. gommer より:

    >北朝鮮に対する人道目的の支援を確実に北朝鮮民衆に行き届けるための取り組みを現地で実施できるようにするために、米国人の北朝鮮渡航禁止措置を見直すこと

    この為の要員に情報部員が含まれるのは確実ですね。
    状況によっては特殊部隊員も。

    人道支援のNPOだけが入るなんて、アメリカはそんな呑気な国ではありませんよ。

    鉄道連結事業にしても、仮に着工式を黙認したとしても連結自体は制裁破りだとしているのですから、工事はさせないでしょう。着工式だけして工事が始まらない状況で、韓国が北朝鮮からの高圧的な催促をどう凌ぐのか興味があります。
    北朝鮮の前に韓国を追い詰める腹積もりなのかもしれませんね。

※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。

やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。

※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。

※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。

当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました

自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。

【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました

日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。
関連記事・スポンサーリンク・広告