「人手不足倒産」のナンセンス:給料を上げれば済む話です

数日前の産経ニュースに、「人手不足倒産」という、まことに奇妙な用語が掲載されていました。どうも「従業員を確保できなくて倒産すること」「従業員の人件費上昇に耐えられず倒産すること」を指しているのだそうですが、もしそれが事実ならば、「社会のルールを破るブラック企業が、1社、また1社と淘汰されている」だけではないでしょうか?

「人手不足倒産」とは?

人手不足倒産という奇妙な用語

産経ニュースに「人手不足倒産」という、まことに奇妙なニュースが掲載されていました。

【独自】人手不足倒産が過去最多ペース 月内にも前年水準超え(2018.10.14 23:05付 産経ニュースより)

産経ニュースによれば、「人手不足倒産」とは、

  • 従業員を確保できず事業継続が困難になること
  • 従業員を引き留めるために賃金を無理に引き上げて収支が悪化すること

を指しているのだそうです。

東京商工リサーチのデータを持ち出して、「今年1月から9月までの人手不足倒産の件数は299件」で、「10月中にも平成29年の年間水準(317件)を上回りそうだ」、「この勢いで増えれば件数は400件前後、負債総額も550億円前後まで伸びそうだ」などとしています。

東京商工リサーチが何をもって倒産を「人手不足倒産」と「それ以外の倒産」に分けているのか、その基準は今ひとつよくわかりませんが、産経ニュースの記事から判断する限りは、おそらく、「倒産理由」で振り分けているのでしょう。

それって、ブラック企業が淘汰されているだけでは?

ただ、理解に苦しむのは、その倒産理由です。

太陽光発電システム設計・設置の「JINテクニカル」(東京都、負債額2億3000万円)は工事需要が増加したにもかかわらず人手不足で対応できなくなり、事業継続を断念した。

とありますが、この会社は本当に「人手不足」で倒産したのでしょうか?

これについて、「JINテクニカル」という会社名で調べてみると、複数のウェブサイト上、原因は「破産手続開始決定」とあります。上場企業でもない中小企業で、かつ、負債総額も2億円少々と少額であることから報道資料も少なく、詳細はよくわかりませんが、何となく「倒産理由をこじつけただけ」な気もします。

一方で、

トラック運送の「誠梱包(こんぽう)運輸」(神奈川県、1億2200万円)は、ドライバー不足を背景に人件費が上昇し、資金繰りが逼迫(ひっぱく)した。

とありますが、そもそも論として、この場合は倒産した理由は「ドライバー不足」ではないと思います。ドライバーの人件費が上昇しているのに、人件費上昇を価格に転嫁できなかっただけでしょう。

産経ニュースは

東京商工リサーチは「人手不足はブルーカラーの職種を中心に深刻化している。倒産の原因の8割程度は後継者難で、一朝一夕には解消できない」とみる

としていますが、どうも紹介されている事例が少なく、これだけでは何とも判断できないのですが、とくにドライバー不足で倒産した会社のケースについては、明らかに「ブラック企業が1社淘汰された」だけに見えます。

NBOの情けない記事

犯罪正当化!日経ビジネスの非常識

さて、私が「人件費を賄えないような企業はブラック企業だ」と考える理由はいくつかあるのですが、ブラック企業の典型的な事例を考えるにあたって参考になるのが、昨年3月に日経ビジネスオンライン(NBO)に掲載された、次の記事です。

佐川だけじゃない。運送会社の「駐禁地獄」/94人の運転手を抱える運送会社が年49回の駐車違反も(2017年3月22日付 日経ビジネスオンラインより)

少し古い記事ですが、もし興味があれば読んでみてください。ヒトコトでいえば、この記事を書いた大西孝弘記者の不見識ぶりが、余すところなく示されています。ここでは私の文責で、簡単に内容を要約しておきましょう。

  • 多くの運送会社が営業用トラックの駐車違反について悩んでいる
  • 94人の運転手と100台ほどのトラックを抱える、酒類の集配を担うワタコー(東京・葛飾)は、2006年度以降、駐車違反の件数が増え、多い年では49件の駐車違反を受けており、年間100万円以上の罰金負担を余儀なくされている格好だ
  • 渡邊直人社長は「1度の違反で1日の運賃がほぼ飛んでしまう。経営の大きな負担になっている」と話す
  • 東京都トラック協会が会員各社を対象に実施したアンケートでは、2014年に駐車違反の取り締まりを受けた企業は825社で、回答のあった企業の約半数だった
  • 東京都トラック協会は「日常の集配業務に大きな支障を来す状態が続いている」として、東京都議会や警視庁などに営業用トラックに対する駐車規制の見直し、緩和を訴えている

ブラック企業を正当化するな!

「1度の(駐車)違反で1日の運賃がほぼ飛んでしまう」(!)

はて、「たった1度の駐車違反で丸々吹き飛んでしまうほどの運賃で配送すること」が、ビジネスとして果たして適正なのでしょうか?私がこの記事を読んで抱く違和感は、そこかしこから漂ってくる「ブラック企業臭」です。というのも、記事で紹介されている会社は、

  • 1日の運賃は1度の駐車違反の金額(12,000~25,000円)とほぼ等しい
  • 年間50件近い駐車違反が摘発される場合もある

ということです。所属するトラック運転手の2人に1人が、年1回、摘発されている計算です。何か非常に不自然なものを感じます。そこで、記事をもう少し深く読んでみると、次の記述があります(番号は引用者が便宜的に付したもの)。

  • ①同社は東京の銀座、赤坂、六本木の酒屋や飲食店に酒類を配送している。いずれも繁華街のど真ん中に立地しており、駐車スペースがほとんどない。
  • ②飲食店に酒類を運んでいる間に、駐車監視員によって、配送トラックに駐車違反のステッカーを貼られることが多い。同じルートを回っているため、狙い撃ちされるケースもあるという。
  • ③1日40~50件を回るため、1件ずつ配送先から離れた駐車場に停めるのは業務効率や採算性を考えると現実的ではないという。」

あたかも同社が「不条理な違反取締の被害者」であるかのような記事ですが、常識的に考えてみましょう。まず①について、東京の繁華街(銀座、赤坂、六本木)に駐車スペース(駐車場、荷捌き場)がないというのは事実でしょうか?

これについては残念ながら、路上の荷捌き場、コインパーキングの需給に関する信頼できる統計はありません。しかし、私自身は新宿の住人であり、近所の繁華街に出掛けると、指定された荷捌き場に駐車せず、往来のど真ん中に停まっているトラックが非常に多いのに気付きます。

当然、②の下りについては、違法駐車が常態化している業者であれば、目を付けられるのも当然でしょう。そして、これらの業者が違法駐車を常態化させている理由は、③の下り、すなわち「法律を守って駐車場に停めていたのでは、依頼主からもらっている運賃では割にあわないほど運賃水準が低い」からです。

人手不足倒産は良いことだ

ダンピングで仕事を取る企業よ、退場せよ!

「法律を守っていたのでは採算が合わない」。

これは、ブラック企業の経営者がよく口にする言葉です。

しかし、「悪貨は良貨を駆逐する」という諺もありますが、ある業界にブラック企業が出現し、違法な経営を前提に思いきり単価を引き下げたとしたら、その業界内で法律をきちんと守りながら適性な報酬を得ようとする会社が倒産するのも当然のことです。

余談ですが、これは現在、世界規模で発生している現象でもあります。中国という国が環境を破壊し、労働者を搾取しながら格安でさまざまな製品を生産し、全世界に輸出することで、法律や人権や環境を守って製造活動をしている国に迷惑を掛けていることを思い起こす必要があります。

ブラック企業もこれとまったく同じことです。

そういえば、ひと昔前には「ワンオペ」という言葉が流行しました。某チェーン店で、人件費をケチるあまり、深夜に従業員を1人しか張り付けられないという状況が常態化。従業員からすれば割に合わない仕事を押し付けられていたというものです。

正直、従業員を不当に安い給料でこき使う企業には、市場から退場してもらうのが妥当です。

先ほど紹介したNBOの大西記者の記事にもまったく同じことが言えます。大西記者は違法ブラック企業に対して妙に同情的な視点で記事を書いていますが、駐車違反などの違法行為を組織的に正当化させるような企業など、この法治国家である日本に存在する資格がありません。

法令順守も人件費の価格転嫁も立派な経営能力です

先ほど冒頭で紹介した産経ニュースの記事については、「人手不足倒産」の定義も曖昧で、紹介されている事例も少なすぎるため、何とも判断が付きません。ただ、読んだ印象からは、「従業員に正当な給料も払わないブラック企業が自業自得で廃業に追い込まれているだけ」ではないかと思わざるを得ません。

あくまでも一般論ですが、「経営」とは「社会のルールを守って儲けること」です。最低人件費は社会のルールですし、違法駐車をしてはならないというのも社会のルールです。当然、賃金などの上昇を売上高に転嫁することも含めて「経営能力」です。

これらのルールを無視することを前提にした収益計画を立てるような経営者は、即刻、社会から退場してもらう必要があります。その意味で、産経ニュースが報じた「人手不足倒産」は、実は、日本経済にとっては非常に良いニュースではないかと思うのです。

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